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70 剣技大会への参加

 『ミランダ様のお心、しかと受け取りました。

  ですが、私も考えがあり、学園では、この赤い髪を(・・・・)見せていないのです。

  それ故、剣技大会への参加申請をする事も叶いません。

  もしも、私との試合を望まれるのでしたら、ぜひミランダ様の手をお借りしたく思います』


 ……という風な内容でミランダ様へお返事をしたの。


 剣技大会への参加申請は、本人が騎士科の受付へ行き、その場で受けて貰うか。

 或いは、申請書類を本人の署名入りで提出しないといけないわ。

 『アリスター』が参加するのなら、誰かに参加申請の代理を頼まないといけない。

 書類を見せた時点で『誰が』アリスターの代理なのか分かってしまうから私やヒューバートはダメ。


 そこでミランダ様本人に『アリスター』の参加申請書類・署名入りを託したの。

 出さないなら出さないで、まぁいいじゃない?

 ミランダ様を小間使いみたいにするなんて、と憤られるかもしれない。

 でも、だからこそ彼女には、それが『決闘承認』のサインみたいになると思うわ。


 そうしてミランダ様に私の手紙が届いたかどうかという頃。

 生徒会では『大商人の子』ホランドが、ある提案をレイドリック様にしていた。


「あの! 賭博とは……違ってて!」


 剣技大会の参加者リストを作成し、そして『優勝者の予測』を皆でしよう、という『企画』を立てているの。


「違うのか?」

「はい! ただ皆で盛り上がるための施策で! 『誰が優勝するか?』を投票できるんです! それで事前に優勝候補や大穴とか予測を立てて、皆でああでもないこうでもない、と! それ自体に賭けの要素はありません!」


 ふぅん。人気投票みたいなものかしら。

 あった方が盛り上がるわよね、そういうの。


「正直、騎士様が名乗りを上げても、誰が誰なのか分からないので! 事前に、そういう情報を知る機会があれば観戦にも身が入るんじゃないかなぁって!」

「……なるほど」


 俗っぽい提案ね。だけど今回は騎士科だけの内輪の大会じゃない。

 他学科からも参加者を募った大規模なもの。

 今の段階で国王夫妻の見学のご意向は聞かないから、おそらくお二人は見学に来られない。

 それでも例年より盛り上がることを期待されているイベントだもの。


「私、いいと思います! レイドリック様! ホランドの提案は、すっごく盛り上がりますよ!」


 レーミルが真っ先にホランドのアイデアに援護射撃をした。抜け目ないわぁ。


「……そうか? 皆の意見はどうだろうか」


 レイドリック様が今いる生徒会メンバーの考えを聞いてくる。

 意外ときちんと仕事しているわよね、レイドリック様。

 本当に『私』に対して辛辣なだけ。あと女好きなだけ。

 でも、取り巻きの女子たちは生徒会に入れようとしないのよね。

 まぁ彼女たちが生徒会に入っても仕事しなさそうなのは分かるけど。


「良いと思いますよ。盛り上がりそうですし。賭け事にしてしまうと荒れそうなので、止めた方がいいと思いますけど」

「騎士科の生徒もやる気が出るかもしれません。名を売り、実力を示す、いい機会ですから」

「そうか。ロバートがそう言うのなら。フィアナ嬢も同じ意見だろうか?」

「悪くない提案だと思います。ロバートが言ったように騎士としての実力と名を示せますから」

「そうか。アリス嬢とルーカスはどうだ?」

「私は、よく分からないですぅ」


 てへっ。


「……お嬢」

「でも! 皆が言うのならいいと思います! 楽しそうですし!」


 ちょっと悪ふざけが入ったわねっ。


「特に反対する理由はありません。まぁ、生徒会と騎士科の仕事は増えると思いますが」


 キリッとクールにヒューバートがデメリットを挙げる。

 まぁ、そうよね。

 生徒たちは盛り上がるけど、そのリスト作りと頒布(はんぷ)は私たちがやるんでしょうから。


「はは。そうだな。では、その提案を受け入れる以上、より皆にも頑張って貰わないと!」

「はい! ありがとうございます! つきましてはー……」


 ホランドは剣技大会を盛り上げつつ、他のこと。

 つまりまぁ、それに付随する売店などへの実家の商会からの商品提供を提案していた。

 サーベック商会は大商会だからね。

 悪くない提案ではあるけど、その商魂の逞しさに皆も苦笑い。


 参加者リストの作成と、人気投票……いえ、優勝候補予測投票かぁ。

 これってレーミルの提案? でもゲーム上にはそんなイベントなかったわよね。

 ホランド本人が思いついていても不思議じゃないけど。

 ジャミルとホランドは、順調にレーミルに絆されているみたい。


 生徒会の仕事が増えながら、それもこなしつつ絆を深めていく私たち。

 そこに憂いはない。『私』という異端の存在が居ること以外は。

 ……『アリスター』のままの私では受け入れられなかったことは分かっている。

 それはレイドリック様の言動や手紙で、はっきりしているから。

 乙女ゲームの知識もあるし、私がそうなる運命だということも分かっていた。


 ただ胸に湧くのは、ちょっとした虚しさなのよね。

 『なんだかなぁ』という気持ち。

 アリスターの姿で学園へ来たら、またレイドリック様は、あの態度をするんでしょう?

 そのことを考えると、げんなりとした気持ちになる。

 乙女ゲームの期間を過ぎれば、呪いが解けるように彼の考えも変わるのかしら?

 運命の強制力は、今のところ感じないけれど、全くないとは言い切れない。


 このまま。このまま……。いいのよ、これで。

 『アリス』として過ごしていれば、わずらわしい悪意から逃れられて自由に過ごせる。

 ハードスケジュールでもあるけど。

 本来はアリスターの姿でも出来たはずのことしかしていない。

 まぁ、そのままの私の場合、生徒会の役職は『書記』ではなく『副会長』になっていたかもしれないけど。

 レイドリック様が拗らせていなかったらね……。


 そして剣技大会の日が迫り、参加者リストが作られたことで『ソレ』は発覚した。


「……アリスター、が、大会に参加する、だと?」

「え?」


 大会参加者に『私』の名があることにレイドリック様が気付いたのだ。

 ミランダ様は、私の代わりに参加申請を出してくれていたみたい。

 いよいよ対決に向けて動かないといけないわねぇ。

 いえ、もちろん、もう動いてはいるのだけど。


 大会用の防具・衣類を整えたりしているわ。

 ヒューバートとリーゼル監修の女性用の戦装備。

 『アリス』の印象を残さないような『剣士アリスター』スタイルの確立よ。割とお気に入り。

 ボーイッシュ系、いえ女剣士風の出で立ちで、ライバルはフィアナ嬢かしら?


「アリスターが参加申請に学園に来たのか?」

「いえ。そのような話は聞いていません。彼女の場合、学園へ姿を見せただけで騒ぎになるかと。それならば耳に入るはずです」

「では代理か。誰がアリスターからの申請を受け取った?」

「……さぁ」

「調べておけ。ロバート」


 え、調べるの? 別にいいけど。むしろ調べて貰った方がいいのかな?

 学園に私の手の者が居るみたいに感じて気分が悪い……とか。

 いや、気分が悪いって何よ。私の想像だけど!


「どういうつもりなのだ、あの女……」


 苦虫を噛み潰したような顔をするレイドリック様。


 私は、ここでレイドリック様の表情を見るよりも『ヒロイン』レーミルの挙動に注視したわ。

 ヒューバートも私の意図を読んでか、そちらに目を向けている。

 こういう時ってレイドリック様に気を取られてはいけないのよね。


「…………」


 なんとなく何かを言いたそうにしているけど、口を噤んでいる様子のレーミル。

 アリスターの悪評をレイドリック様に吹き込みたいけど『今じゃない』とか、そういう感じ?

 そもそもゲーム上にないイベントだから思考停止している線もありそう。


 まぁ、公爵令嬢である『私』を表立って貶める発言はしないわよね。

 レイドリック様も今はまだ、そこまでレーミルに気持ちが向いていない。

 なら、ここは沈黙を選ぶか。

 ただし、私はここで言っておきたいことがある。


「あれ? レイドリック様やジャミルさんが、公女様に参加するようにって呼び掛けたんですよね?

 だから彼女は参加されるんじゃないんですか?」


 と首を傾げて、とぼけて聞いてみた。

 貴方たちが言い出したんでしょうが、と。


「そ、それは……そうだが」

「ですよね! 前に、ここでそう話されていたから、なのに、どうしたのかなって!」

「……たしかに会長たちがおっしゃっていましたね」

「いや、まぁ、そうなのだが」

「良かったじゃないですか! レイドリック様、婚約者の方に会いたがっていましたもん!」

「は!? い、いや、会いたいとは……!」

「えっ。婚約者なんですから愛していらっしゃるんですよね……?

 会いたくないのですか……? そんな」


 『アリス、ショックー、幻滅ぅ』みたいな態度でリアクションを返す私。

 私の言動に気まずさを覚えたのか、レイドリック様は視線を逸らした。


「いや、まぁ、うん……色々、な」


 皆の前で強く否定は出来ない、と。まだ分別があるようで何よりね。


「……参加者に注目するのであれば、他にもファムステル公爵令嬢がいらっしゃるようですが」


 ここでヒューバートが話題を変化させる。

 ナイスアシストよ、ヒューバート。


「組み合わせは、もう決まっているんでしょうか? 公女のお二人は離した方がいいのでは?」

「……いや、どうだろう。対戦表については騎士科が主導で作っているからな」

「あんまり対戦表には生徒会は関係しない方が良いんですよね? たしか」

「そうだな」


 レイドリック様が参加する以上、忖度を疑われるのが常だもの。

 騎士科の方で組み合わせを考えて貰った方が無難よね。

 圧力で彼に都合のいいように仕組んだと思われないために。

 そう思われてしまうと、せっかく勝ち上がっても正しく評価されなくなってしまうから。


 そんなやり取りをこなしながら、また時間が過ぎていく。

 生徒会でも騎士科でも、それからホランドが学園に入れる出店関連についても。

 本当に色々と忙しかったわ。その上で鍛錬も欠かさずに過ごした。

 ハードスケジュールをなんだかんだでこなす自身の体力に脱帽よ。

 魔法があるお陰よねー。絶対に前世よりも身体が丈夫な気がする。

 身体強化で前世基準で言えば超人的な動きができるんだもの。


 そして『アリス』としての生活をこなしつつ、週末の休日に寮を出ていく。

 『アリスター商会』の店舗を見に行ったの。

 商会の店舗周りは、けっこう建設工事が進んでいた。

 手紙のやり取りで工事の進捗報告は受けているけど、順調のようだ。

 店が出来るのが楽しみね。


 そして屋敷に戻れば女剣士風装備の試着。

 ジークには見つからないようにする。言い争いになるだけだから。


「え? ジークは商会で寝泊まりしてるの?」

「そのようですよ」

「へー……。まぁ、王都で遊ぶなら屋敷より近いけど。あの子、勉強はちゃんとしているのかしら?」

「それは、旦那様が徹底されているようです」

「そ。なら、いいのかしら」


 一応、公爵家の跡取りなんだけど。

 私が屋敷に居ないことぐらいは把握しているでしょうに商会で寝泊まりだなんてね。


 いえ、そうして店で寝泊まりする事で、市場調査をしているのかもしれない。

 夜の空気感とかを把握したり。

 学園へ入る前の余った時間こそ、ジークのアドバンテージだ。

 私がサボっている扱いだから、そうは思わないかもだけど。


「まぁ、いいわ。ジークが屋敷に居ないなら丁度いい」


 中庭で、この服装のまま動き回れるか試しておきましょう。

 髪の毛は後ろで1本にまとめている。

 『身体保護』の魔法を全身に張り巡らせれば、引っ張られて痛いってことにはならないはず。


 大会で使用する剣は木剣ではなく、刃を潰した鉄の剣よ。

 振り抜かれ、直撃すれば痛いものは痛い。

 男女混合のトーナメント戦でそれなんだから容赦ないわよね。

 身体保護の魔法がしっかりしていれば、鎧を着ているのと同じで怪我もし難いでしょうけど。


「ハッ!」


 中庭に立ち、大会用で使う剣と似たような処理をした鉄の剣を振るう。

 身体強化と保護の魔法を心置きなく全開にしながら。

 ダンジョン踏破も競い合いにある。

 ここで戦闘勘を養っておければいいわね。


「やぁ!」


 基礎の剣技による駆け引きのない、まっすぐな戦い方。

 でもそれでいい。ついでにゴム魔法も、きちんと使ってみて、と。


 一心不乱。身体を動かすのは気分がいい。

 武闘の才能をやはり私は持っているのかも。


 婚約破棄をされ、公爵にもなれなかったら。家を出て、剣で食べていくのもアリかしら?

 冤罪にだけは気をつけないとね。

 魔法の才能もあるのなら、私は十分に生きていける。


 『冒険者』という生き方を、この世界で初めて確立するのも悪くない。

 冒険者ギルド初代創始者とかになってやろう。

 ダンジョンは、ずっとあるものなのかしら?

 そういうのが実は他にも隠されているのなら、それを探す旅も悪くないかも。


「ふふっ」


 微笑みながら身体を動かし、剣を振るう。

 身体強化のお陰で、まったく苦ではない。

 楽しかった。試合をすればもっと楽しいかしら?

 型を延々と繰り返して過ごす。


 そして、また時間が過ぎて。


 とうとう剣技大会の日がやって来た。

 『アリス』は、お休み。

 『アリスター』として、私はまた学園へ向かった。


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