69 鍛錬中のイベント発生
それからは、とにかく忙しい日々が続いた。
放課後に生徒会の仕事をこなしつつ、その後に剣の鍛錬を始めたからだ。
レイドリック様、ヒューバート、フィアナ嬢、ロバートも一緒になって鍛錬する。
私は、まだまだ基本の型を教わるところから、そして基礎を繰り返すところからね。
ロバートも居るものだから、一緒にレーミルも付いてくる。
レーミルが付いて来るとホランド、ジャミルも一緒に揃う。
クルスは好感度の問題か、まだ常に引っ付いてくるワケじゃないみたい。
学園でも研究室を与えられていて、生徒会に居ない時は、そっちに居るそうよ。
当然のようにレーミルは、クルスの研究室に訪れて彼の世話を焼いている。
うっとうしがられながらも彼に関わっていくヒロインムーブだ。
……けっこう『マメ』なのよね、彼女。
リアルで逆ハーレム攻略なんてやろうとすると身体がいくつあっても足りない。
よくやるなぁ、って思う。
全員好きなのかしら? 本当に? ついていけないわ。
その言動から『アリス』のことは、やっぱりモブ扱いしているようだ。
つまり、彼女の知る『原作』には、今の『私』は居なかったってこと。ふふ、いいわね。
なおのことバレないように振る舞わなくちゃいけないわ。
常に生徒会の皆で一緒にいるわけじゃない。
ゲーム上でも彼らは、それぞれ別々の場所に居るものね。
ある意味で原作再現だ。そんな時でもヒューバートは私のそばに居たけど。
一向に姿を現わさないか、別人だと思っているヒューバートのことを彼女はどう思っているのかしら?
「ヒューバートのことは捜していないのかしらね、あの子」
「……詳しく追いかけて調査したわけじゃあないのですが」
「うん」
「以前、すれ違った『青髪』の男子生徒に向かって突撃していましたよ、あの女」
「うわぁ……」
想像に難くない姿。
「それって最初に引き合わせた男子生徒とは別の人?」
「ええ。まったく関係ない、ただの青髪の男子でしたね」
「それはまた」
きっと『覚えていない』んだわ。あの生徒Aくんの顔を。
なんというか普通の容姿だったから。
レーミルの中でヒューバートは『青髪のイケメン』程度の認識なのかも。
元々が『王家の影見習い』というキャラクター。
ゲーム上でも、彼の影は薄く、ルートでの恋愛も微妙に恋愛じゃないヒューバート。
見つけにくいのは、そのキャラクター性にも合っているからか。
だからこそ会えなくても、それほど気にしていないのかも。
『ヒロインの前には、いつか姿を見せるでしょ』ぐらいの気持ち?
「今のところは皆、まともに生活しているんだけどねぇ」
ヒューバートと一緒に素振りと型の練習を続けながら雑談。
そうしている内に……。
「痛っ……」
「お嬢?」
手の平が滲んでいることに気付いたわ。
「流石に『加護』付きグローブをしてても、やった事のない素振りを続けていたら、こうなるわよね」
「手の皮が剥けましたか」
「そうみたい」
治りも早いという『加護』の奇跡つき。
数日も鍛錬を続けて、今更に痛みが走る程度なんだから、その効果は十分にあったのだろう。
全身の筋肉痛とかは、まぁ若いから気にならないというぐらいで翌朝に治っているし。
「保健室へ行きましょうか」
「そうね」
ヒューバートが鍛錬を切り上げ、私を保健室へ連れて行こうとする。
だけど、その時に。
「──私が治しますよ」
「え」
呼び止められたの。呼び止められたというか、用件を言われたというか。
声に振り向くと、そこに立っていたのは。
……げ。
「こんにちは。頑張っておられますね」
アルス・マーベリック司祭。学園1年生。
攻略対象。『大司教の子』。学生でありながら司祭になっている聖職者キャラ。
糸目でうさんくさい雰囲気だけど、正義の人。
『アリス』として彼と会うのは初めてのはず。何故、ここに?
「……貴方、は?」
「アルスと申します。貴方たちと同じ1年生ですよ」
ヒューバートがスッと私の前に立ち、守ってくれる。
ありがたいわ。やっぱり護衛として誰かがそばに居てくれるって頼もしいわよね。
「我々に何の御用でしょうか」
「ああ。いや。私は『治癒』の奇跡が行使できますから。
怪我をされたのであれば治せます。なので名乗りをあげただけですよ。
その手の治療、しましょうか?」
「…………」
ヒューバートが彼の治療を受けるかどうかを目で聞いてくる。うーん。
何故、レイドリック様以外とのイベントじみた事が発生してしまうのかしら。
『アリスター』の時ならともかく『アリス』の時に。
「お気持ちはありがたいですが、必要ありません。保健室で治療を受けます」
「おや。しかし、この時期に剣の鍛錬をしていたのであれば、剣を握れないような怪我は、すぐに治してしまいたいのでは?」
ぐぬぬ。そうだけど。
剣技大会に出るんだから頑張ってるんだろう、ってことよね。
たしかに治して貰うに越したことはない。
大会までの時間もないんだから。鍛えられる時間がもったいない。
治して貰うののがベスト。
でも、なんかヤダ……。攻略する気のない攻略対象に借りを作りたくない。
私の中身は『悪役令嬢』なんだもの。
「『奇跡』なんて、こんな小さな怪我で使うものじゃないですよ? ね、ルーカス」
「そうですね。お嬢の言う通りです」
「……そうですか」
私が断ると、意外とあっさり引き下がるアルス。
こんなイベントあったかなー? 似たようなイベントならあったかも?
『治癒』の奇跡が行使できるアルスがヒーローなんだもの。
当然、怪我したヒロインを彼が癒すエピソードは存在する。
でもシチュエーションが違うし。
アルスがヒロイン以外にも普段から治療を行っているだけかしら。
「……生徒会に入られた方たちですよね?」
「そう、ですけど」
なに? 元から私たちに用事があったってこと?
ピリピリと警戒する空気を出してしまう私。
「生徒会長に伝えていただけないでしょうか?」
「会長に? 一体、何を」
「はい。剣技大会の日は、医療班として参加すると」
「はい?」
私とヒューバートは首を傾げる。どういうことかしら。
「ああ。実は私、生徒会長に声を掛けられていましてね。生徒会に入らないかと」
「まぁ」
やはりアルスも誘っていたのか。妥当な人選ではある。
彼とクルスが居るなら、そりゃあ生徒会でダンジョンに行ってみよう! なんて言い出すわよね。
「……断られると?」
「いえ。保留です。剣技大会では、以前から医療科の方で動くと話しておりましたので。なので今回は、と」
「なるほど。伝えておきましょう」
「ええ。よろしくお願い致します。また来月からは、会長にお心変わりがなければ、生徒会に参加できると思いますので。それも」
「それも伝えておきます」
「ありがとうございます」
ふぅん。ひとまず、すぐには生徒会へ来ないのね。
でも参加はする予定。やっぱり攻略対象は生徒会に揃うのか。
もはや驚きはない。そういうものなのでしょう、
『魔王復活・逆ハーレムルート (仮)』。
この場合、本来の『悪役令嬢』は、どういう動きをしていたのかしら?
レーミル的には今、まだ『私』の動きは気にしなくていい?
ヒーローたちさえ味方につければ、いくらでも陥れられるとか。
レイドリック様を攻略する方針は変わらないけど。
他のヒーローたちのレーミルへの好感度が上がり過ぎないようにしておくべきかな。
ヒューバートのそれは、なし崩し的に成功している。
『王家の影』が、あちらに付かないのは大きいでしょう。
そう考えていくと、アルスも……でもねぇ。
クルスほど拒絶しなくていいかな、程度でいきましょうか。
「もう一度、お尋ねしますが。『治癒』の奇跡、掛けませんか?
その手の怪我を治す程度なら特に問題ありませんよ」
頑なに固辞するのは、はたして『アリス』のキャラかしら。
何か違う気がする。そう、私はピンクブロンドのヒロイン。ならば。
よし。ここは。
「ルーカス、どうしよぉ? これってお受けしてもいいのかなぁ?」
「……お嬢」
ヒロイン口調で『ルーカス』に媚び甘えスタイル!
判断を丸投げするのよ。
私、『子爵令嬢アリス』なので! お願い、伯爵令息ルーカス様!
ジト目で呆れ顔のヒューバート。ふふふ。
お嬢様にお付きポジションの男キャラは、振り回されて苦労するのがお仕事。
これ、お約束。
「……アルス殿。たしか貴方は有名な、教会では『司祭』様であったかと」
「はい。その通りですね。司祭の末席を名乗らせていただいています」
糸目のイケメンお兄さんが、謙遜する台詞。
くぅー、うさんくさい! 信用したくない!
見た目でキャラ立ちしているわ。すごく失礼だけど。
これを言ったら『私』の容姿も悪女そのものなのかしら?
「ええ!? し、司祭様!? なんですか!? だって学生なんですよね!?」
「……お嬢」
『知ってるでしょ、あんた』みたいな目で見てくるヒューバート。
いいのよ、このリアクションが『アリス』では正しいんだから!
「はは。そうですね。少々、親が特殊な立場ですので。
ですから多少の『奇跡』を行使しようとも、まだ平気なのです」
「そうなんですかぁ。凄いですぅ」
親が。とか言うと、私にも掛かってくるので口を噤む。
この世界、この国で、親が公爵なのは幸運だもん。
「……お嬢」
私の本性を知っているヒューバートは、私の媚び媚びヒロインムーブに白い目を向けてくる。
止めて。その目と表情。
恥ずかしくなるから。現実に引き戻さないで。
「では。レディ。お手を失礼?」
「あ、はぁい」
あれだけ抵抗しておいて、今度はあっさり手を差し出す私。
「っ」
グローブを脱がされると少し痛みが走った。
まぁ、どうってことない痛みだけどね。
アルスは『神への祈り』の言葉を少し発した後、私の両手へ『奇跡』を行使する。
「──『治癒』」
パァっと光の粒子が湧き始め、私の手の平を癒していった。
痛みが引き、楽になっていく。
「はい。これでおしまいです」
「ありがとうございます!」
感謝はするけど、これ以上の『すごぉい!』アピールはナシ。
アルスを攻略したいワケではないので。
「ついでに、そちらも」
「え?」
ヒューバートに貰ったグローブに、アルスは再び『加護』の奇跡を行使していた。
「これでまた効力を発揮するでしょう。『加護』の奇跡は、永続するものではありませんからね。
使い過ぎれば、すり減ってしまうのです」
「あっ」
そうか。『加護』が切れていたのね。
なにせ、私は剣の鍛錬なんてした事がなかったんだもの。
それなのにハードな鍛錬をしていた。
手の平なんて、あっという間にボロボロになっていたところを、グローブの加護が守ってくれていたんだわ。
「……ありがとうございます。ルーカス。貴方も、ありがとう」
「俺ですか?」
「だって、貴方がくれたグローブだもの。すり減るぐらいに使っちゃったけど、今まで怪我をしなかったのは、貴方がこれを用意してくれたからだわ」
「……それは、どうも」
あら。ヒューバートが珍しく照れてるわ? まぁ、珍しい!
ポーカーフェイスの彼が!
王家の影見習いの表情を崩すなんて中々に快挙じゃない?
「まぁ、ルーカスったら照れてるの? うふふ!」
これは、からかいどころ!
鉄面皮なクールガイの意外な素顔、暴いたり。
「……ご容赦ください、お嬢」
「うふふ! だって意外なんだもの!」
私は演技を忘れて素で楽しくて笑ったの。
「……では、お邪魔しました。私はもう行きますね」
「え、あっ! ありがとうございます! ええと……マルス様!」
咄嗟に思考をアルスへ戻し、加えて、わざと名前を間違えていくスタイル。
「お嬢。アルス様です」
「え! ああ、ごめんなさぁい!」
「……構いませんよ」
そう言い残して去っていくアルス。
心なしか寂しげというか背中に哀愁を感じるのは気のせいでしょう。
なんとなくアルスのフラグは立たない感じでイベントを乗り越えた気がするわ!
すべて問題なし! ヨシ!