68 アリスターへの挑戦状
さらに数日が経過した。
『ヒロイン』レーミルの目的は、どう見ても逆ハーレムルートだと思う。
満遍なく話し掛けている上、ゲームでは出てこなかった『アリス』『ルーカス』『フィアナ』に対しては、なかなか雑な対応をしてくる。
ルーカスは攻略対象の一人であるヒューバートなので顔は美形よ。
ただの男好きなら彼を無視するはずがないと思う。
そして万人に優しい、本来のヒロインならば、私やフィアナ嬢に雑な対応をするのはおかしい。
傍から見たヒロインの行動なんて、こんなものかしらね?
特に逆ハーレムルート狙いの行動なんて余計にそうよ。
レーミルの態度は、自信を持って動いているように見えるわ。
だから、やっぱり私が知らないだけで『ある』んだ、そのルートが、きっと。
ネタ元が隠し要素なのか、オマケ要素や、追加要素なのかは分からないけど。
情報的なアドバンテージは、あちらが上ということだ。
知らないはずのことを知っていてもおかしくない。
魔王やダンジョンについてだって彼女は知っているのかも。
「彼女、生徒会を引っ掻き回したいんですかね?」
「うーん。結果としては、そうなりそうだけど」
私とヒューバートは、また昼休憩に学内カフェへ訪れていた。
そしてレーミルについてや、生徒会のことについて話し合ったりする。
少し離れた場所には生徒たちもチラホラと居て、けして2人きりにはならない私たち。
「お仕事としては1学期よりも順調よね。忙しさは上がっていると思うけど」
「はい。今期は行事が多いですからね」
生徒会の忙しさとしては意外と『横ばい』なのかも。
それぞれの行事で各学科が忙しくなるだけだから。
『剣技大会』は、体育部長のロバートと騎士科の代表が最高責任者なので、生徒会自体は裏方だ。
「それで。あれから数日経ちましたが、どうですか?」
「どうって?」
「副会長から何か届いたとか」
「……ああ。届いたわよ。『私』のところまでね」
公爵邸の『アリスター』宛てに送られた手紙は、バレないように時間を置いてから、学生寮で暮らす『アリス』の元へ送られてくる。
緊急の用事だったら、対応が遅れに遅れることになるけど。
それを言い出したら、もうこの状況だもの。仕方ないわ。
それで私の元へ送られてきた手紙は『3通』あったの。3通、それぞれ別の人から。
1通目の差出人はレイドリック様。
『いつまで学園に出てこないつもりだ? 公爵令嬢として、王子の婚約者としての自覚が、あまりにも足りない。さっさと出て来るように。9月末には剣技大会もある。私も出るつもりだ。お前も自分の役割を果たしたらどうだ』
……要約すると、こういった内容。
ビックリするぐらい傲慢な手紙。喧嘩を売っているとしか思えない文面。
『アリスター』としては彼との関係を向上していないとはいえ。
こうなると余計に『アリスター』として顔を合わせたくない。
反面、『アリス』で交流する時のレイドリック様は、とても穏やかに接してくれる。
好感度が、それなりに上がっているような手応えを感じているわ。
でも、なんだかなぁ、という気持ちにはなっちゃうけどね。
ヒロインに癒されてストレスが抜け、穏やかになることで、それで『私』に対しても穏やかに……とはいかないみたいだ。
この手紙の内容からすると、やっぱり私の正体についてはバレていない。
もう少し『アリス』としての好感度を上げたら、チラチラと正体バレを匂わせていこうかしらねー。
で、私に剣技大会へ出て欲しいのか、仕事を手伝って欲しいのか、どっちなの?
私の役割ってねぇ? 生徒会ではありませんし、『アリスター』は。
私が剣を振るったことがなかったことぐらい、把握しているでしょう?
……していないかもね。
明確な剣技大会への『出場命令』じゃない感じ。
とにかく、まずは『学園へ出て来い』っていう内容ね。
2通目の差出人はシャーリー様。
シャーリー・ロッテバルク公爵令嬢。
生徒会の役員入りについては了承を得たものの、遅れて参加すると返してきた方。
そんな彼女からの手紙には、その生徒会入りについて書かれている。
レイドリック様とは異なり、礼儀正しい文面で書かれていて内容をまとめると。
『いつ頃、学園へ来られるおつもりかしら? 生徒会入りを打診されましたが、アリスター様が来られるのでしたら、この役目はお譲りする予定でございます。どうか、ご検討を』
……ね。
後々のことを考えて、私の許可を得ていた方が良いと判断されたのでしょう。
別にシャーリー様はシェルベル家と事を構える気がないのだろうし。
シャーリー様には返事を書いていいわね。
レイドリック様にも書くけど。のらりくらりとズレた内容でお返事するわ。
問題なのは3通目の手紙。
3通目の手紙の差出人はミランダ様。
ミランダ・ファムステル公爵令嬢。
前世の記憶を思い出したからこそ言うんだけど。
『お嬢様』『悪役令嬢』と言うのなら、彼女というか。
すなわちミランダ様は金色の髪で……その髪の毛はロールしている。
と言っても変な感じじゃないのよ?
『可愛い』『綺麗』を両立した、金髪で縦ロール、なの。
彼女の瞳の色は青色。
前世基準でも今世基準でも、けっして変な髪型とは評せず、きちんと可愛らしい見た目だ。
うーん。芸術だわ。あれこそ高位令嬢。そんな感じな方がミランダ様。
で、そのミランダ様のお手紙の内容はというと。
『アリスター様。ぜひ剣技大会へ選手として参加なさってくださいませ。私も参加致しますわ。もちろん狙うのは優勝ですけれど……それよりも先に。貴方との勝敗がつくことを望みます』
……これよ。うん……。
断っておくけれど、今まで別にミランダ様とバチバチとやり合っていた記憶はないのよ?
なのに送られてきたのは、こんな手紙だった。
まるでライバル視されているような内容だ。
如何にこの国において戦闘行為がノブレス・オブリージュに含まれるとはいえ。
高位令嬢から高位令嬢へ送られる内容の手紙かしら、これが?
「……ミランダ様って、婚約者がいらっしゃったわよね?」
「はい。そうですね」
「婚約解消したとか、する予定とかあるかしら?」
「特に聞いたことはありませんね」
「そうよねぇ」
なぜ、そんなミランダ様が私をライバル視?
いえ、学園にすら来ていない『アリスター』がレイドリック様の相手として相応しくないと考える理屈は分かる。
道理とも言えるだろう。
では、ミランダ様としてはどういうお気持ちなのか。
私がそうやって彼との関係を蔑ろにするのならば……かつて身を引いた己は一体、何なのかと。
そういう憤りを感じていらっしゃる?
ありえなくはないし、正当な憤りのようにも感じる。
私の事情なんて知った事じゃないと言ってしまえば、だけど。
でも私は私でレイドリック様への正当な抗議活動でもないし。
陛下とお父様の承認はもぎ取ったものの、公には出来ない隠密活動みたいなもの。
「剣技大会って、いわゆる勝ち抜き戦よね?」
「はい。優勝者を決めるまで、勝ち上がった者同士が試合を重ねていく形式です」
つまりトーナメント戦ね。
「対戦相手とかは主催者側が選ぶの? それとも抽選などでランダムに?」
「参加者の実力を考えて、ある程度は拮抗した組み合わせを考えているようです」
「ランダムじゃないんだ」
「騎士科だけの行事ではなくなり、注目度が上がっていますからね。意図的に誰かを優勝させようという動きではないので、まぁ」
まぁ、ロバートやレイドリック様が優勝候補なのは間違いない。
彼らに不正行為の必要はないだろう。そういう性格でもないし。
あとは全体的なバランスを取り、大会自体が盛り上がればいい、という考えね。
なので実力が拮抗する者同士がぶつかり、盛り上がるように対戦相手を組む。
「女性は女性同士で?」
「序盤は、そのように組むそうです。女性同士で対戦するように。
ですが勝ち上がっていけば男とぶつかります」
「うんうん」
完全に男女別なのではなく、序盤だけ女性同士、男性同士で別れたトーナメント戦。
勝ち上がると男女の『山』が合流し、男も女も関係なく対戦カードが組まれることになる。
決勝戦で男女になる組み合わせではなく、バランスよく対戦表がバラけている感じ。
男男女男男女、みたいな対戦並びね。
参加総数はどうしても男性の方が多い。
おそらく女性参加者だけでトーナメント戦を別に作ると人数が少なくなり過ぎるのだろう。
「ミランダ様は『剣技大会』に参加なさるそうよ」
「本当ですか?」
「ええ。手紙に書いてあったわ。そして私と勝敗がつくことを望むって」
「それはまた」
私は声を潜めてヒューバートと顔を近付けて内緒話をする。
この内容を『アリス』が知っているのはおかしいものね。
「……お嬢は受けるんですか?」
「剣を持って一月にも満たず、大した鍛錬時間を過ごせない私なのに?」
「それはそうですね。では断られますか。大々的に決闘を申し込まれたワケではありませんし」
「……そこなのよねぇ」
たしかに、このまま黙っていても誰が盛り上がるってワケじゃないでしょう。
やんわりお断りの手紙を出すのも悪くはない。
どう受け取られるかは分からないけど。
でもねぇ。この状況と、そしてお相手がミランダ様。
生徒会入りも打診されたし、乙女ゲーム事情の関係ない出来事。
ミランダ様は公爵令嬢として『私』の振る舞いに納得していないご様子なのよね。
『アリスター様は一体、何をしていらっしゃるの?』と現実的な問題が追い付いてきたような。
乙女ゲーム対策としては妙案だったと思う。
だけど現実の公爵令嬢として、『アリスター』の振る舞いは他人事じゃないのよ。
シャーリー様とミランダ様にとっては特にね。
だって仮に私とレイドリック様の婚約が破談になった場合。
シャーリー様かミランダ様、そのどちらかに問題が飛び火するのは目に見えている。
私は彼女たちを『納得』させなければいけないわ。
学園に通わずとも、少なくとも『シェルベル公爵令嬢』としての実力を示し続ける必要がある。
どうも期末考査の首席だけでは、それは足りないのかもしれない。
「……優勝するのは、流石に無理だと思っているんだけど」
鍛錬の量が違うのだもの。
1年後の大会であれば……。でも1年後の『私』と今の私は、どれだけの差があるのかしら?
ロバートルートをヒロインが進んだところで、私が1年間も剣に時間を費やしていたとは思えない。
ということは私は、かなり付け焼刃で、強引に剣技大会を勝ち抜いた?
「もしかしたら大会に参加すると、いい線までいくかもしれない」
「……中々の自信ですね」
それって、いい経験になるんじゃないかしら。
1年後の大会で、ぶっつけ本番よりも、ここで経験を積んでおいて、と。
いえ、来年に参加することも決まっていないのだけれど。
「つまり、お嬢は『参加』する方針で考えているのですね」
「……うん」
何よりも『やってみたい』『試してみたい』という気持ちがある。
そんな気持ちの時にミランダ様からの『挑戦状』を受け取った。
どうやらジャミルやレイドリック様も、私を大会に出させたいらしいし。
選手としての参加のために来たのなら、『裏方の仕事をしろ』とか命令される筋合いもない。
『アリス』は、またお休みすることになるけれど……。
それに。それによ?
レーミルが、どうも『逆ハーレム・魔王・ダンジョン解禁』ルートを攻略している気がする。
逆ハーレムの時点で……ヒーローたちのイベントが、けっこう前倒しにされるんじゃない?
ということは、ロバートやクルスみたいなバトル系イベントも、私が想定しているより早く生じるかもしれない。
全員分のイベントが同時多発的に発生するようなイメージ。
逆ハーレムってそういうものだし。
だとすると、やっぱり早い内に、実力をつけておいた方がいいって思うのよ。
幸い、学力に関しては、きちんと修めてきた私だ。
ジャミルのイベントでは早々に負けるつもりはない。
だから、今は戦闘系・運動系の方を重点的にした方がいいのでは……?
「……分かりました。では『貴方』が選手として参加する方針で今月の予定は立てましょう。
しかし、鍛錬をこなさねばなりませんので、スケジュールがハードになりますよ?
鍛える時間は、主に放課後になるでしょうか」
「そうね」
『アリス』として努力する? アリスターの姿は見せられないものね。
手の平の怪我が増えそうだし、『奇跡』持ちの確保もしておきたいかも。
ヒューバートが『加護』の奇跡が刻まれたグローブをくれたので、かなり手には優しい状態だけど。
うん。ミランダ様からの挑戦状。お受けする事に決めたわ。
『アリスター』として、ね?