67 ヒロインのいる生徒会
「クルスくんは、なんでそんな事言うんですか!? そういうの良くないって思います!」
「はぁ? 弱いくせに何だよ」
……さっそく開始していたわ。
『魔塔の天才児』クルス・ハミルトンと『ヒロイン』レーミルのやり取りだ。
まさか、生徒会室の中でおっ始めるとは。
クルスが私と同じようにつっかかるように絡んでいったの。
私は無視したけど、レーミルは真っ向から彼に言い返している。
「弱いって! そういう問題じゃないよ!」
「うるさいなぁ」
あー、はいはい。クルスイベントの始めの辺りのやり取りね。
生意気なクソガキ感のあるクルスが、ヒロインにつっかかる。
ヒロインはそれに真っ向から言い返していくの。
すぐに問題は解決しないし、クルスだって見返すわけじゃない。
でも、実力主義者な彼。
魔術鍛錬をして一定以上の値になっていれば、彼はヒロインを見直すようになる。
『へぇ、やるじゃん』と、まだまだ上から目線で。
「……もう!」
「はっ!」
「まぁまぁ。クルスはこんな奴だから。あまり気にしないようにしてくれ」
「でも……! このままじゃクルスくんのためにならないです!」
「はぁ? 何が俺のためだよ! 余計なお世話だっての!」
生徒会の活動を始めて、つっかかってくるクルスに真っ向から言い返して。
他のメンバーは困った様子で、それを見守っている。
「…………」
ヒューバートが私に視線で『いいんですか?』とお伺いを立ててくる。
いいのいいのとアイコンタクトで返す私。
けっこう阿吽の呼吸になってきたわよね。
「レイドリック様。ひとまず9月の予定と現在の生徒会についての事務リストです。
新しく入ってくださった皆さんに見て貰うためのものですけど、確認して貰ってもいいですか?」
「あ、ああ」
レーミルがクルス狙いを発動している横で、レイドリック様にニッコリとヒロインスマイルを向けてアピールしていく私。
「ここなんですけどぉ」
と、言いつつ自然に距離を詰めた。
リストにはあえて『抜け』を用意してあり、レイドリック様が私に『教える』余地を残しておいた。
好きでしょ? こういうの。
「ああ。この点だが修正が必要になるな」
「え! どこですか? 完璧だと思ったのにぃ」
レイドリック様にアピールというか、まぁアピールそのものなんだけど。
仕事を振ってレーミルとクルスのやり取りからレイドリック様の注意を引き剥がした。
そのことについて、おそらく不満を抱いている空気を醸し出すレーミルだが、一瞬止まった後でクルスのイベント進行に意識を集中したらしい。
また翌日。
そろそろ剣技大会に向けての鍛錬をしようという話が出た。
騎士科ではないレイドリック様とヒューバートの鍛錬がメインね。
そこには騎士科所属のロバートやフィアナも一緒に居る。
ジャミル、クルス、ホランドはレーミルを中心にやいやいと言い合っていたので、そこをレイドリック様だけ連れ出した。
ふふふ。同時攻略なんてさせないわよ?
私の見立てだと、やっぱり『逆ハーレム』ルートを動かそうとしているようにしか見えないヒロイン。
今のところ『アリス』を『悪役令嬢』だと見抜いているかは不明。
なんとなくモブ扱いしている気はするんだけど……。
ヒーローたちの目が多いからか露骨に私たちを見下す言動はない。
まぁ、とにかく。彼女がまずジャミル・ホランド・クルスのイベントを進めたいって言うんなら、その隙に私はレイドリック様との仲を深めるのみ。
学園内の空気的にも、だんだんと剣技大会へ向けたものへとシフトしている。
学科外参加の募集が通達され、レイドリック様が参加する噂も流れているわ。
けっこう私と同じように頑張り始めた人も多いわね。
学科外の参加者と聞いて、騎士科の生徒たちは『負けられない』と燃えているのだとか。
前年よりも大規模な形になるため、その手の行事を行うための『会場』も押さえることに。
前世で言えば『スタジアム』とか、ほらスポーツの試合・大会を行うためにあるような施設。
あれが、この国にもあるの。
まぁ、前世のそれほど広くはないと思うけど。
建材も鉄骨が組まれてドームになって、とか、そういう雰囲気じゃない。
どちらかと言えば『コロシアム』? のような場所ね。
規模が大きくなった分、もしかしたら国王陛下や王妃様の見学があるかもしれない、とのこと。
両陛下が見学に来られなくとも『王弟』サラザール様が見学にいらっしゃるのは確定でしょうね。
「あ、私も剣の鍛錬を始めたんですよ」
「アリス嬢も?」
「はい!」
「お嬢には俺が教えています。会長も、お嬢や俺と一緒に鍛錬をされますか?」
「そうだな……。生徒会でもダンジョンへ行くことを考えているんだ。共に鍛錬をするのもいいか」
「わぁ! 嬉しいです! レイドリック様っ」
そして仲良く剣を振るう私たち。
ちなみにロバートルートにおけるヒロインは『すごいね!』と彼を褒め称えるムーブをする。
私の知る内容にはダンジョン踏破なんて要素はなかったから、ヒーローと一緒に鍛えたりはしなかったわ。
「アリス嬢」
「はい。ドノバン伯爵令嬢」
「私のことはフィアナでいい。素振りも良いが、女騎士には女騎士の戦いがある。その動きや型を貴方にも教えておこう」
「え、あ、はい! ありがとうございます! えっと、フィアナさん!」
「うん」
フィアナ・ドノバン嬢。『お姉様』気質ね。当然だけど美女。
絶対に女子からラブレターを貰うタイプの女性よ。
下手に彼女を知ると、そこらの男が目に入らなくなってしまう人。
……実力が伴っているのなら、すべてが順当に進んだ場合、王妃になる『私』付きの女騎士になるんじゃないかしら、彼女って。
仲良くしておいて損はないわね。
私は、素振りの指導に加えて、女騎士用の型を教えて貰う。
まだ習ったばかりとはいえ、この世界の私たちには『身体保護・強化』の魔法がある。
だから、前世より即戦力になるまでの期間は短い。
とはいえ、それは魔術鍛錬を怠っていないことが前提だけど。
「筋がいいな、アリス嬢は。今の君の学科はなんだったかな?」
「私は『国文化科』ですよ!」
国内の歴史学や、国際交流を見据えた語学などを専攻する学科ね。
前世で言うと『国際科』? 英語を中心にして学ぶ、みたいなアレに近い。
「国文化か。将来は文官を目指しているのか? それとも外交官か」
「……うーん。そうですね。外交は……出来るようになりたいなぁ、うふふ」
国際交流と言っても、前世のように飛行機がバンバンと飛び交い、電子通信でいつでも対話可能な世界じゃない。
移動だけでも長い時間が掛かるし、そもそも隣国すら国境の間に森が広がっていたり。海があったり。
判明している『国』も前世と比較すれば、あまりにも少ないわ。
未来の王妃としては外交能力もないとね。
「そうか。だが剣の筋がいいことは頭に残しておいてくれ。いつでも歓迎するぞ? 令嬢のマナーを知る女騎士は、実は貴重でな。それだけで仕事は引く手数多だったりするんだ」
「そうなんですね!」
「ああ。ゆくゆくは王妃や王女の護衛などもありえる。近くで言えば王太子妃アリスター様の護衛か」
「へー! そうなんですね! 凄いです!」
その王太子妃が『私』なんですけどね!
予定だけど。その予定、覆りそうだけど。
フィアナ嬢は気持ちのいい性格をしているようだ。
彼女ってレーミルと相性が悪そうな気がする……。
『アリス』の私ともかしら。バランスを取るのが難しいわね。
私たちが鍛錬をしていると、遅れてレーミルたちがやって来る。
意外と書類仕事には追われていない……まぁ、所詮は学園の生徒会でもあるわね。
会計役にホランドが入ったため、ヒューバートの方も余裕が生まれていた。
「わぁ! ロバートくんって剣を持つと凄く格好いいんだね!」
「あ、ああ。そうか?」
「うん! すごく様になってて、『騎士様』って感じだったよ!」
そして、さっそくロバートイベントを引き起こすレーミル。
「レイ、」
「レイドリック様も凄いですよ! 騎士様にだって負けてませんもん!」
レーミルがロバートを褒めたので、間髪を入れずに私はレイドリック様を褒め讃える。
まるでレーミルがロバートのことは褒めるのにレイドリック様のことは褒めなかったみたいに。
「あ、ああ。ありがとう、アリス嬢」
「うふふ! 一緒に頑張りましょうね! レイドリック様! 大会では格好いいところ、期待してます!」
「ああ。任せておくといい」
「うふふ!」
ヒロインスマイル! デレっとするレイドリック様。
これは好感度が上がっている手応えがあるわ。
「…………」
レイドリック様への称賛の言葉を遮られたレーミルは、少しフリーズしていた。
ふふふ。逆ハーレムルートとか、一人一人のケアがおざなりになるだけじゃない?
私は一点突破の攻略だからね!
その全方位への口出しスタイルで、どこまでいけるつもりなのかしら? ヒロインさん。