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59 教会の承認

 マスコットの承認を大教会へ申請する。

 ここを承認されれば『アリスター商会』としての事業計画書は完成よ。

 ただ、あれから計画書を修正した部分もある。

 『王弟』サラザール様に教えていただいたダンジョン発見を受けて。

 お聞きした事は、まだ表には出せない事でしょうから私も公には出来ない。

 ここからは私の推測に過ぎないけれど。

 それらのダンジョンがクリア、というか何かしらが終わった後。

 王都に『何か』が起こると考えている。


 地震が少ないこの国で、建造物は耐震設計をされているかが怪しいから不安だった。

 なので私も調べた。店舗を改装するか、建て直すかを再考するためにね。

 ただし、そもそも私の前世知識が耐震設計を網羅しているかで言えば、かなり微妙。


 この世界の建築士は、道具も用いるけれど魔法も用いる。

 何もかもの勝手が違うため、門外漢としては依頼人の立場で色々と要望を出すしかない。

 王都で何かが起こる場合、絶望的なのは街の壊滅で人々が被害に遭うこと。

 建物が崩れるのは避けたいのだけど。うーん。

 でも何が起きるかが全く予想できないのよね。流石に。


 そういう不安の払拭も兼ねて。

 予算の範囲で店舗周りの土地も購入しておき、広めの土地を使って建物ごと納得する造りにしようと思ったの。

 私に与えられた土地は、一等地の土地よりも安いことは判明しているから、その分の余裕がある。

 契約を結んだ職人のための『工房』を併設してもいいわね。

 それから従業員用の居住区もあれば……、と。

 管理人用の事務所、従業員用の裏スペース、在庫管理用の倉庫……。

 職人と建築士と相談し、必要なスペースなどを相談しつつ、詰めていく。

 計画段階まで詰めてから大教会への申請へ。

 そして、大教会にこの時期に行くと。


「おや。お久しぶりですね。シェルベル公爵令嬢」

「……お久しぶりです」


 居るのよね。攻略対象の一人、『大司教の子』アルス・マーベリック司祭が。

 金髪、紫の瞳で糸目。王立学園1年生なのに同時に教会司祭。


 教皇>枢機卿>大司教>司教>司祭>一般信徒、の教会階位の中での『司祭』様よ。

 つまり、一般信徒よりも一つ上のお立場。

 大司教の教区とはいえ、大司教様は大教会のこういう細かい仕事をしているわけじゃないので、窓口に司祭様が出て来るのは妥当。

 目的を考えれば小教会に持ち込んでも二度手間であり、同じ王都内にある以上は大教会に行くのも妥当。

 事業内容を説明するのに商会長たる私が赴かないワケにもいかず。


 必然的にアルスと私が出会う羽目になってしまった。

 ジークとの競い合いなんてものは私が言い出しっぺなわけで、教会の承認が必要かなー? という商品を出すのも私の責任。

 もうすべて身から出た錆でもあるので……ぐぬぬ。


 正直、信用できないヒーローたちとは関わりたくないのは本音。

 私は悪役令嬢だし、前世基準で言う『悪役令嬢モノ』のように彼らを片っ端から攻略、ないし精神的問題を解決する趣味もない。

 むしろレイドリック様を攻略するに当たって、彼らのフラグは立てないに限る。

 悪役令嬢としてもヒロインとしても他のヒーローたちは鬼門なのよ。

 手早く教会の承認が欲しい旨だけ説明していくわ。

 必要書類も揃えていて、また公爵であるお父様の承認もある。


「ほう……? 新しい商会の立ち上げに商品の承認ですか」

「ええ。といっても教会の権益を脅かすつもりはなくてね。

 実は、主にぬいぐるみや、それに似たような玩具について承認が欲しいの」

「ぬいぐるみに玩具? なぜ、それに教会の承認を?」

「出したいぬいぐるみのテーマが『聖女ちゃん』と『勇者たち』だから」

「……それは」


 魔王についてはアルスから聞いたこと。

 逆に彼にこの話を通すのは筋が通っているかもしれないわ。

 だって別に私が無理矢理に聞きだしたんじゃないのよ?

 彼から話してきたことじゃない。だから私はその話に便乗しただけ。


「サンプルを作ってきているから、ぜひ見てくださる?」

「承りました」


 ちなみに場所は大教会の一室であり、私付きの侍女・護衛を同室させて貰っているのよ。

 私は、かばんに詰めてきた13体分のぬいぐるみを机の上に出した。


 9体は『勇者』のぬいぐるみ。

 もちろんモチーフとなっているのはヒーローたち9人よ。

 ちなみにヒューバートにも見せて本人承認を求めたけど、苦い表情を浮かべながら認めてくれたわ。


 残り4体は髪の色と瞳の色にカラーバリエーションを付けた『聖女ちゃん』。

 一応、カラバリ以外にも目付きと口の形も変える案で作られている。なので……。


 『赤髪』の聖女ちゃんは何故か鋭い目をしている。

 どういうことかしらね? 職人さん。

 赤、青、黄色、緑色のバリエーション聖女。

 黒髪もピンク髪もまだ作っていないわ。


「『需要』を見越してね。こういう『キャラクター』をモチーフにしたグッズ展開をしようと考えているの」

「……なるほど」

「加えて、こうすると音が鳴るのよ」

「音が?」


 私はレイドリック様モチーフのぬいぐるみを手に取り、ぐっとお腹を押し込む。

 そうすると『キュー!』という音が鳴ったわ。

 使う素材は、おそらく前世とは違うでしょうけれど、職人さんが試作してくれたプロトタイプ『泣き笛』入りの音の鳴るぬいぐるみ。


「これは魔石が入っているんですか?」

「うふふ。いいえ。入っていないわ。魔法の力も『奇跡』の力もなく、ただ仕掛けで音が鳴りますの」


 『音が鳴るぬいぐるみ』に反応しての第一声が『魔石が入っているんですか?』なのが、この世界で、この国って感じよね。

 魔石に頼らない製品だって、もちろん存在するわけで。

 それらは職人の確保や人件費と初期投資をクリアした後は比較的安く作れるし、販売価格も安めにできる。


 本来ならば商品開発までに、もっと夥しい数の失敗を積み重ねるもの。

 でも私は前世知識の『成功例』から逆算して企画しているから……。

 一般的な研究開発より、その分を安く出来ていると思うわ。

 ただ、なんとなく、そのことに後ろめたい気持ちにはなるから今日も祈りを捧げておきたい。

 それは、私の努力でもなければ私の研究でもないものね……。


「あくまで玩具ですからね。魔石は使わない方向でいきたいと思っているの。

 この先は分からないけど。子供が触れても安全なようにね」

「……なるほど」


 ぬいぐるみ自体はこの国にもあるし、親しまれている。

 なので事業としては新規開拓ではない。

 グッズ販売的に存在しているかでは、ちょっとないかも。


「試してみても?」

「ええ、どうぞ」


 アルス司祭が手に取り、ぬいぐるみをぎゅっとしてみる。


「鳴りませんね?」

「お腹の辺りを押し込むんですの。こういう風に」


 レイドリック様のぬいぐるみを、きゅーっと。


 ……今さら思い至ったんだけど。

 王族の姿を模したぬいぐるみは、普通に不敬ではないかしら?

 しまった。身分社会から逸脱していたかも。私の感覚、やっぱり狂ってる?

 ええと、ええと。どうしよう。教会の承認どころの話じゃないかも。


『キュー』

「おお……」


 ぬいぐるみの音を聞いて、ちょっと感動したような声をあげるアルス司祭。可愛らしい反応ね。


「たしかに魔法や奇跡といったものではないようですね。

 ……ん。どうされましたか、シェルベル公爵令嬢」

「え? ええと。その」


 うーん。まだ開発段階だし。きちんと言っておいた方がいいわよね。


「今回、その。ちょっと特定の方々をモチーフにしてしまったと言いますか。

 特に『勇者』のデザインに、その。ええ。

 とある王族の方々のお姿を模倣してしまったと言いますか……」

「ん? ああ」


 9体の人形の内、金髪をしているものの2つを見たアルス。

 すぐに分かったのだろう。少しデザインを本人に寄せ過ぎたかしら?


「もしかして不敬じゃないかしら? いえ、これを買った人々が不敬と思われたり」

「流石にそれは……」


 王族をキャラクターグッズに。うーん。不敬。普通に不敬。

 ダメダメ。前世に引っ張られ過ぎているわ、私。

 自分では気付いていなかった。危ない感覚よ。


「ちょっと、こちらは見なかったことに……」

「ああ、いえ。お待ちください」

「え」


 しかし、アルスはレイドリック様ぬいぐるみとサラザール様ぬいぐるみを下げようとする私の手を止めた。


「……貴方がもし、本当にその商売を始めるのであれば」

「はい」

「むしろ、その2つは混ぜていただいた方がいいでしょう。

 シェルベル公爵令嬢も、そのようにお考えだったのでは?」

「えっと?」


 何故、アルスがそう考えたのか。それは……まぁ、あれか。

 王宮もまた『勇者』にレイドリック様か、サラザール様を当てたいはず。

 なら、このキャラクター事業も当然、彼らを一番に推すべきなのは明白よ。


「そうですね。ただ、ここに来て、これは流石に不敬だと思い至りまして」

「……ちなみに、これらのデザインを考えたのは、どなたですか?」

「それは私ですわよ」

「シェルベル公爵令嬢が。……そちらも?」

「ええ」


 手の中のレイドリック様ぬいぐるみ。

 デザインは、どれもおかしくないと思うわ。


「……そうですか。教会からは、貴方のアイデアに対して、特に教義的な問題はないという見解を示しておきます」

「本当ですか?」

「はい。特にまぁ、それこそ(くだん)の『魔王』を信奉している内容でもありませんし」

「ええ。それはもちろん」


 前世の、それも日本のように『魔王』を軽く味方側として扱うのはダメよね。

 だけど、たぶん教会関係者すら眉唾な存在なのよね、魔王。

 教義的な敵とは聞いたこともないけど。良くはない相手なのは間違いない。


 あ、でも『悪役令嬢』の私としては、魔王って下手したら味方ポジションにならない?

 いやいや、どうかしら。どうなのでしょう。

 あんまり魔王に喧嘩を売るような売り方も止めておきたいわね。

 問答無用で害を為すタイプなのか。

 それとも話が分かるタイプだったりの可能性もある、魔王。

 あまり、つつきたくはないところだ。


「シェルベル嬢であれば、当人であるサラザール殿下や、レイドリック殿下に承認を得られるのでは」

「……それはそうかもしれませんけど。あまり知られたくもないと言いますか」

「そうなんですか?」

「ええ、まぁ」


 今のレイドリック様にアリスターとして会ってもねぇ。


「……では。こういう発想はどうかと思いますし、順番がどうかとも思うのですが」

「はい」

「公爵閣下を通じて、陛下や王妃様に直接の承認を頂くとか」

「なるほど……?」


 それならアリかしら。いや、どうなの。それ。一国の王は当然、忙しい。王妃様もだ。

 謁見を願えば叶う立場でもあるけど。けれど、一商会風情の承認に国王夫妻を動かす?


「ご存知のように、国を挙げての話になってくるだろう案件です。

 シェルベル嬢がやらずとも、おそらく似たような盛り上がりが、そこかしこに生まれるはず。

 その先駆けを公爵令嬢であり、レイドリック殿下の婚約者の貴方が行うのは、王家としても悪くない提案なのではないでしょうか?」

「……そうですわね」


 それも一理あるのかしら。でも、これは『競い合い』のための商売。

 王家に噛ませるのはフェアじゃないのは確かなのよね。

 それこそ、お父様に確認してからの方がいいか。


「司祭として、こちらの案件に許可を出す、と。一筆書かせていただきます。

 教会から改めて何か言われるのでしたら、そちらを見せていただき、私の名を出していただいて構いません」

「本当に? ありがとうございます。アルス司祭」


 同じ年齢にしては落ち着いた雰囲気よね。アルスって。

 教会出身系キャラと言っても、結局は傲慢で生意気ってタイプも多いのが乙女ゲーだけど。

 同年代でありつつ美形で大人びている人。

 なるほど。ヒーローの一人だな、という感じ。


「……1つ。サンプルをいただいてもよろしいですか? 改めて教会内で説明するのに使わせていただきたい」

「え? ああ、構いませんよ」

「では、こちらを」


 そう言ってアルスは……『アルスぬいぐるみ』を手に取った。

 自分のヤツじゃないの。


「ちなみに、こちらもシェルベル嬢がデザインしたもので?」

「え、ええ。すべて私が手掛けましたわ。あ、聖女ちゃんシリーズは職人が目付きや口元を変えてますけれど」

「そうなのですね。……赤髪の聖女が怒っているように見えますが」

「本当にね。何故なのかしらね」


 職人さんたちを問い詰めてやろうかしら。ふふふ。


「では、こちらはいただきまして」

『キュー』


 なぜ、とりあえず鳴らすの。いえ、鳴らしたくなる玩具なのだけど。


 とにかく司祭としてのアルスに一筆書いてもらい、無事に教会の承認を得ることになったわ。

 次は、お父様にまた相談して陛下の許可を貰うこと、ね。

 競い合いに影響しないようにとも配慮していただかなくちゃだわ。


「……可愛いですねぇ」

『キュー』


 ……アルスって、ぬいぐるみが好きなのかしら。

 そのプロフィールは知らなかったわ。


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