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偽りのピンクブロンド【商業化予定】  作者: 川崎悠
第二章 アリスの学園生活
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56 アリスと2人の王子様

「レイドリック。今夜はシェルベル公爵令嬢はどうしたんだい? 誘ったんだろう?」

「う……。そ、それは」


 サラザール様が、おブッコミあそばされたわ!


「アリスターは今夜は来ません」


 ここに居ますけどねぇ。気付きませんか。気付きませんね。

 むしろ普段の私のことは一体どう見えているのかしら?


「そうなのかい? 彼女、体調が悪いのかな? ねぇ?」

「えっと。私はよく知らなくてぇ……」


 王子と王弟の会話に巻き込まないでいただきたいわ。

 私、子爵令嬢でしてよ。まぁ、それを言うなら王子に話し掛けるなとも言えるけど。

 あと何が『ねぇ?』なのかしら。


「アリスターは私の婚約者としての自覚がないのですよ」


 ……レイドリック様の台詞と共に、その表情を私は観察する。

 『アリス』の正体に気付いている様子はない。

 サラザール様に対しては心を許していらっしゃるようだわ。

 親密で近しい人間に『私』についての愚痴をこぼしている。


 今回の件に関しては、たしかに私は婚約者としての義務を放棄したわね。

 『アリス』の私で、殊更にアリスターのフォローを入れるのは良くないかもしれない。

 嫌悪感をアリスターに向けているのなら、そちらの味方と思われては本末転倒。

 でも、レイドリック様の『良くない態度』はきちんと諫めるべきだわ。

 問題は今の発言が諫める必要のあるものなのか。


 『私』だからこそ引っ掛かるだけかもしれないもの。

 実際、レイドリック様は婚約者を誘った。問題のない行動だ。

 その誘いを断ったのは私の方。加えて別の男性と夜会に参加している。


 ……うーん。これは分が悪いわね。

 正論で攻めると私に返ってくる。藪蛇だわ。


「……はは。本当に体調が悪いのかもしれないだろう? ねぇ?」

「そ、そうですよ。レイドリック様」


 なぜ、サラザール様が私に話を振ってくるのか分からないわ。

 やっぱり試されているの?

 でも正体を探っているということは陛下から話を聞いていないのかしら?


「どうだかね……」


 不満そうね。この夜会はダンスパーティーじゃない。

 もしもダンスパーティーなら彼は恥をかいただろう。

 だから今夜の件は、やっぱり私の方が不誠実。

 まぁ、私だってダンスパーティーなら、きちんと誘いに乗った。たぶん。

 ただし、その手の夜会の場合、私と殿下が今の関係なので、より空気が重くなるだろう。


「レ、レイドリック様。えっと」


 ここは『アリス』として話題を変える!

 あえてアリスターの件には触れない方針で! 色々と藪蛇だから!


「あっ、そうです。生徒会の皆さん、お元気ですか!? レイドリック様も体調はお変わりなく……?」

「あ、ああ。そうだな。元気に過ごしていたさ。ジャミルやロバートも元気だよ」

「本当ですか! うふふ、良かったです! 夏季休暇で実家に帰れるのは嬉しいけど、皆さんと会えないのは寂しかったんデスー」


 ヒロインスマイルを繰り出しながら、レイドリック様の不満の方向を逸らしていく。


「そ、そうか」


 レイドリック様の表情は明らかに柔らかくなった。

 今の時期は、やっぱり『アリスター』では無理ね。

 何を話しても不機嫌になりそうな気配がある。

 はたして、これは乙女ゲームの運命の強制力なのかしら。


 ……私が、これだけ好き勝手に振る舞えているのに、ヒーローたちだけ強制力なんてバカなことないわよね。

 第一、私の知らない『魔王』なんて話も出ている。

 『原作』に囚われ過ぎるのはよくないことだわ。


「レイドリック。それにアリス嬢。2学期から生徒会は例年よりも、ずっと忙しくなるだろう。2人にはこれからも頑張ってほしい」

「……! そうですね。分かっています。叔父上」


 あら? 例年よりもずっと? あ、魔王の件ね。

 おそらく授業体制も魔術鍛錬などが重視されていくはず。

 教皇猊下の託宣が、いつ頃のことを示されたのかは知らないけれど……。

 例年にない事に加えて、2学期からは『魔塔の天才児』クルスも入学してくる予定。

 生徒会としては忙しいはずね。

 もしも『アリスター』に正式に生徒会入りを希望されたら、どうしようかしら。

 ……その時は、やっぱり断るしかないのでしょうね。

 だんだん墓穴を掘っているだけな気がしてきたわ。


「さて。レイドリックをいつまでも独占しているわけにはいかないな。

 皆、君に話したいと思っているだろうから」


 サラザール様がそう言って周囲に視線を向けた。

 王太子殿下と王弟殿下との会話の邪魔なんて誰にも出来ない。

 でもスタンバイはしているようで、人だかりが近付いていた。


「アリス嬢。さぁ、キミは私とこちらへ」

「えっ……あ、はい」


 サラザール様に誘われつつ、レイドリック様に名残惜しい視線を向ける。


「レ、レイドリック様。では、また学園で! ご健康にお過ごし下さい!」

「あ、ああ……。アリス嬢。ありがとう。キミも元気で……」


 まだまだ、交流としてはこんなものよね。

 『アリス』としての好感度は、おそらく上々。

 事情を知っている陛下なら、レイドリック様の機嫌を『私』が取ったのだから上出来だと評価されてもいいはずよ。


 チラチラとレイドリック様に視線を送りつつ、サラザール様のエスコートで離れていく。

 ある意味で目的は果たしたけど……。問題はここからでもある。


 サラザール様に対する対処をどうするべきか。

 変に話題を振る気はない。

 もう帰りたいと言って帰るのがベストだけど。油断せずに『アリス』を貫いていく。


「……ずいぶんレイドリックとは仲良く過ごしているんだね」

「はい! 生徒会で良くしていただいているので! あ、ルーカスも一緒にですよ! えへへ」

「そうか。学園では、わずらわしいことなどないかい?」

「わずらわしいことですか?」

「うん。生徒会入りしたメンバーについて、まだ知られていないだろう。

 けど1学期の間にキミが生徒会に出入りしていたことを知っている者は居る。

 知っているかい? 生徒会入りを希望している生徒は意外と多かったんだよ」

「えっ! そうなんですか? レイドリック様たち、人手不足で困ってらしたのに、それならどうして……?」

「さぁね。それはレイドリックたちに考えあってのことだから」


 最初は『アリスター』頼りにする予定だったんですものね!


「1学期は、まだ、そういった生徒たちも動かずに様子を見ていたんだよ」

「様子を……?」


 わかりませーん。

 生徒たちの細かな争いなんてアリス、わかんなーい! な態度。


「うん。ところでアリス嬢」

「はい。なんでしょうか。理事長……あっ、えっと。殿下……?」

「……どちらの呼び方でも構わないよ。サラザールと呼んでくれてもいい」


 何をおっしゃっているんですか? 名前でなんて呼びませんよ。


「うふふ! ありがとうございます! 理事長(・・・)!」


 天真爛漫にそれなら理事長って呼べるわね、嬉しーい! という態度で笑って見せたわ。


「……ふふ。それでだ。さっきの話だけどね」

「さっきの話ですか?」

「ああ」


 ニコリとサラザール様が微笑まれて。


「アリスター・シェルベル公爵令嬢」

「えっ」


 自然に。話し掛けるように『私』に呼び掛けてくる。

 不意打ち気味に。……来たわね。


「……えっと?」


 何も知りませんと私は首をコテンと傾ける。

 聴き慣れた自身の名前に対して無反応を貫くのは中々に難しい。

 でも、これは想定の範囲内。今夜はどこかでそう呼ばれるだろうと考えていた。


「……レイドリックの婚約者の名前だよ。聞いたことはあるかな」

「え、あ、はい! レイドリック様たちが話されていたと思います!」

「ふぅん。シェルベル家のことは知っているんだね?」


 貴族の名前を知らない設定のくせに? ですよね。


「はい。ルーカスに口をすっぱくして、それだけは覚えておけって言われててぇ……」


 困った時のルーカス投げよ!


「まぁ、そうだね。知っておいた方がいい名前だ。

 アリスター・シェルベル公爵令嬢」


 いちいち私の名前で体言止めしないでいただけるかしら?


「……アリス嬢は彼女に会ったこと、あるかい?」

「いいえ、お見掛けしたこともないんですぅ」

「会ってみたい?」


 うわ。王弟権限で会わせてあげるよ、とか言い出しそう。

 やっぱり私の正体、知っているんじゃないの?


「公爵令嬢様ですよね。私なんかじゃ恐れ多くてぇ……」

「レイドリックは王太子だよ。そっちの方が恐れ多くないかい?」

「えっ……。その。それはお仕事で、学園での役割だから……」

「さっきは親し気に話していたよね?」


 あれ。詰められてる? しかも『アリス』の私が?


「……申し訳ありません。夜会で、あんなに馴れ馴れしく殿下に話し掛けるべきじゃ、ありませんでした……」


 しゅん、と反省して気落ちした態度を作り出す。

 背中には冷や汗。本場ヒロインのメンタルだったら、こういう時でもゴリ押せるかしら。

 『レイくんと私の仲だからいいのよ!』とか。

 うーん、処罰対象。


「それはそうだね。少し失礼だったよ。皆もレイドリックと話したがっていたから。

 キミがレイドリックの婚約者であれば問題なかったけどね」


 やっぱり私の正体、知っていない? 知っててとぼけてない? どっち? むむむ。

 表情からは掴めないわ!


「……以後、気を付けますぅ」

「はは。まぁ、レイドリックは嬉しそうだったけどね」

「レイドリック様が」


 たしかにね。嬉しそうだったわよね。

 あの微笑みが、わだかまりなくきちんと『私』に向けられていたなら、どんなに。


「レイドリックの婚約者は、アリスター・シェルベル公爵令嬢だよ。

 そこだけは弁えているようにね、アリス・セイベル子爵令嬢」

「……はい」


 サラザール様の言葉は、結局、私のことを知っているのか知らないのか。

 どちらの立場とも取れる発言ばかりだった。


「もう疲れたかな」

「少し……」

「そうか。じゃあ、もう帰ろうか? 寮まで送るよ、アリス嬢」

「……はい。ありがとうございます」


 サラザール様のエスコートで私は夜会の会場を後にする。

 最後に会場を振り返ってレイドリック様の姿を探した。


「あ」


 レイドリック様と目が合ったわ。

 彼は、こっちを、私を? 見ていた。

 ペコリとお辞儀だけすると曖昧な微笑みを返される。


 ……まだ『アリス』としての攻略は序盤だけれど。

 今の時点で『私』に惹かれているなんてこと、ないわよね?


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― 新着の感想 ―
[良い点]  そのまさかだと思われ。  「アリスター」にとってはネガティブな感情しか湧かないだろうけど。  それこそもっとどーんと構えて、自己催眠をかける勢いで「アリス」を演じきって欲しいw  やる…
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