55 夏の夜会
「理事長は、私にお話を聞きたいそうですけど。何かあったんですか?」
ぶしつけに相手に話し掛ける。相手が話し掛けるのを待ったりはしない。
今の私は淑女ではないわ。
奔放なピンクブロンドの子爵令嬢、アリス・セイベルだもの。
「……何か、とは?」
「え? だって何かなければ、私なんか誘われませんよね」
「そう思うかい?」
「ええ! 私を誘ってくれるなんて、ルーカスぐらいですからね!」
「ルーカス、というのは……」
「え? 一緒に生徒会に入ったルーカスです! ルーカス・フェルク。
ルーカスとも、こうしてお話しをされたんですか、理事長?」
夜会へ誘った女から、一番に飛び出す話題が別の男。
ふふふ。面目は丸つぶれで失礼極まりないけれど……。
怒られはしないレベルよ。
サラザール様は、私を見極めようとしている。
私のことを知っているか知らないかに関係なくね。
なので、私がすることは『アリス・セイベル』としての振る舞いを徹底すること。
かつ、ルーカスを話題にするけれど、不貞めいた関係はしていないと示すこと。
それからレイドリック様が夜会に現れたら、彼の気を引くように動くこと。
気にしておくことは、大体この辺りね。
あと、サラザール様のフラグを立てないこと!
私が攻略するのは、あくまでレイドリック様だもの。
「いえ、ルーカスくんとは話していないですね」
「そうなんですか? え、じゃあ、今日はルーカスも呼んでくれれば、一緒にお話しできたのに」
「……ふ。そうですね。それはたしかに」
アリスのキャラ付けとしてはルーカスと親しい。
王都には慣れていない、おのぼりさん。
夏季休暇は実家に帰省中。などなど。
それから得意魔法は、今のところ水系でシャボン玉を出す魔法よ。
「理事長。私、頑張ったつもりですけど、レイドリック様たちに認めていただいたのは、ルーカスのお陰なんですよ。だから……もちろん、私もこれから頑張りますけど!
ルーカスの事も褒めてあげてくださいね! えへへ」
「……ええ。約束しましょう。実際、1学期の生徒会は、貴方たちに随分と助けられたようですから」
「本当ですか?」
「はい。色々と例年とは違いましたからね。
予定通りでもなかったようで、だから彼らも貴方たちに感謝していますよ」
「うふふ! 嬉しい。私でもお役に立てるんですね!」
パァっとニコヤカに笑う。ただし、半淑女みたいに控え目に。
重ねて言うけど、別にサラザール様を攻略する気はないので。
ヒロインスマイルは制限しておくわ。
「……ずいぶんとルーカスくんとは仲良くしているんですね?」
「ええ。まぁ、ふふ。婚約者……候補ですから! 私たち!」
「候補ですか」
「はい! 親が今、話し合い中でぇ」
必殺・語尾伸ばしアクセント!
ぶりっ子呼ばわりされるヒロインにのみ許された、恥ずかしくなってくる喋り方よ!
「じゃあ」
その話題が出たところで、サラザール様の視線や微笑み。
私の中の乙女ゲームユーザーの『勘』が、次の行動を決めた。
「あ! 凄いです! あんなに沢山の馬車が並んでますよ! 理事長!」
私は、窓の外へ視線を向けて、話題を強引に転換した。
なんとなくキザなセリフでコナをかけられる気配がしたのよね。
『じゃあ、まだ婚約が決まったわけじゃないんだ。私が立候補してもいいかな……?』とか。
そういう甘い台詞が飛び出しそうな気配だったの。
だからフラグ回避しておく。まぁ、自惚れかもしれないけど。
伊達に前世で乙女ゲームやってないのよ。
加えてアリスター……、アリスは美少女だから。
これは客観的に見てそうということで自惚れとは違う、と思いたいわ。
「ふ……。そうだね」
「ええ。わぁあ、みんな豪華な馬車ですね。やっぱり、すごいなぁ。
今日の夜会は……侯爵家が開かれていると聞きましたけど。
集まる方たちも、やっぱり凄いんだわ。あら?」
「どうしたんだい?」
ここで私は、さも今、気付きましたという態度を示す。
ええ。前世アリだからこそ驚きポイントを心得ているの。
「この馬車、皆の馬車を追い越してますけど。どうしてでしょう?」
「……ん」
そう。高位貴族の馬車は、やはり通行を優先される。
まぁ、下位貴族だって馬車の行き交いなんかで目を付けられたくないもの。
なので、どうぞという感じに高位貴族の馬車には先に通って貰う。
侯爵家主催の夜会なので、侯爵家以上の家格の家紋入りの馬車は、優先で通して貰えるわ。
『子爵令嬢』な私は、そんな経験をしたこともない『設定』なので、これにはビックリ!
うふふ。
「……高位貴族の馬車はね。優先して通して貰えるんだよ。
馬車に家紋が入っているからね。それで区別されているんだ」
「そうなんですね! わー、凄いなぁ。理事長様はやっぱり、理事長様だから優先して貰えるんですか?」
「……うん?」
「あっ。すみません。理事長様も、その。高位の貴族の方、ですよね?
ごめんなさい。あんまり貴族の家門には詳しくなくてぇ……」
無礼。とても無礼。うーん。絶対に眉を顰められる質問!
当然、周りに人が居る時はしたくないわ。でも『アリス』はこんな感じなのよ。うん。
「…………」
流石のサラザール様も困った顔をして、おでこに手を当てていらっしゃるわね。
「……そうだね。詳しくはないか」
「はい。すみません。その。沢山の貴族がいらっしゃるから、覚え切れなくてぇ」
私は貴方が王族だって、まだ気付いてませんよー、と。
気付いた瞬間に帰る方向で行こうかしら。
普通だったら『ウィクター』を名乗ってるんだから気付くだろ?
という、唐変木なやり取りをぶちかましていく『アリス』。
キャラ作りには拘っていく所存。
……レイドリック様以外の前では猫被りを止めるべき?
でも猫かぶりを止めると、それは『普通のアリスター』になっちゃうのよね。
なんの。今の私、アリスの存在は陛下公認のもの。
もし危なかったら正体を明かしてお咎めなしにして貰うわ。
「気を悪くされましたか……? 理事長」
「いや。そうではない。大丈夫だよ」
「すいません、私、いっつもルーカスにフォローして貰ってて。こういう時に失敗ばかりなんです」
ここぞとばかりにルーカスアピールもしていく。
ただし、あくまで仲のいい幼馴染のような主張だけにするわ。
遠回しに、距離を詰められないように牽制していくスタイル。
レイドリック様を夜会で見つけたら、満面の笑顔を発動して、サラザール様を置いてけぼりにするのが一番ね。
無礼だけど。本当に無礼だけど。
「ははは……。キミは本当に、うん」
「何か?」
コテンと首を傾げて見せる私。アリスターとは全く違う姿を演じ続けるわ。
「もう着く頃だよ。ああ、そうだ」
「はい」
「会場にはたぶん、レイドリックも来ていると思う。挨拶をしに行くといい」
「まぁ! レイドリック様が!?」
大げさに驚き、笑みを零して、嬉しそうな表情にする。
如何にもレイドリック様に惹かれているような……。ような? うーん。
「……掴めない子だね、貴方は」
小さくサラザール様がそう呟いたけれど。
当然、聞こえないフリをしておいたわ。
ヒーローなんて、だいたいそんなものだもの。
そうして、私たちは夜会の会場へと辿り着いた。
夏の夜会が始まるわ。
◇◆◇
「……サラザール殿下」
「あの令嬢は、」
ざわざわと私たちは注目される。まぁ、王弟殿下ですものね。
『殿下』という言葉が耳に入るけど、無視。
私はキョロキョロと大げさな態度でレイドリック様の姿を探す。
「……まだ来ていないみたいだね、レイドリックは」
「はい。そうみたいです」
まぁ、婚約者のアリスターを誘っても、すっぽかされたワケだけど。
お断りのお手紙は出したわよ? ええ。
ますます『アリスター』に対してお怒りになるか。
それとも、気持ちが離れていくのを感じて焦るのか。レイドリック様次第だわ。
「それにしても皆さん、素敵だわ。とても綺麗だもの」
「……貴方も綺麗ですよ」
「ありがとうございます。理事長」
特に謙遜もせず、肯定も否定もしない私。
男女の駆け引きなどは発生させず、サラザール様の言葉を引き出さない。
うーん、嫌われそう。
レイドリック様とは会っていないけど、当然、王弟殿下が放っておかれるわけがなく。
「これはサラザール殿下。ようこそ来てくださいました」
「ああ。セルブルグ侯爵、侯爵夫人。今日は招いていただき感謝している」
夏の夜会の主催の侯爵夫妻ね。
流石に無礼ムーブは控えて大人しくしておくわ。
……あと、ここからは私の正体に気付かれるかどうかの賭けでもあるの。
高位貴族はアリスターのことを当然、知っているからね。
王太子の婚約者アリスターが変装して王弟殿下と夜会へゴー。
うーん、アウト。完全にアウト。おーほほほ……。
でも今の私はアリスだから? そして国王陛下もご存知だから?
馬車とはいえ、2人きりの時間も過ごしたわね。
あれ、ダメじゃない? うーん……。
まぁ、ドレスも乱れていないし。御者もいる。
私を貶めたいわけじゃなさそうだから、変な噂を立てることもない、はず。
今現在、ヒロインが王弟ルートを進めているかは未知数だ。
あえてレイドリック様のイベント以外は関知しない方針を貫いている。
別にレイドリック様以外を選ぶなら邪魔する必要ないもの。
ただ、ゲーム的にも現段階で王弟ルートはそこまで進まない。
レイドリック様と同様に、好感度以前に『知性』の値が関係してくる攻略対象だから。
グッドエンドにおけるサラザール様は、レイドリック様を退けて王位に就く。
でも、特に仲違いしての話じゃないのよ。
ヒロイン的には王妃エンドだから、やはりエンディングの人気は高い。
「……そちらの女性は?」
流石に無礼のないように紹介されるまで口を開かなかった。
ヒロインにあるまじき大人しさ。
レイドリック様も近くに居ないし、破天荒アピールはそこまで必要ない。
「ああ、彼女はアリス・セイベル子爵令嬢です。今期、王立学園へ入学した1年生でね。
レイドリックの率いる生徒会へ入った優秀な女性だ。
今回は、彼女がどのような人か……気になってね。夜会へ誘ったんだ」
「ほう。生徒会へ……?」
「ああ。セイベル嬢。こちらの二人は、セルブルグ侯爵夫妻だ。
今日の夜会を開いてくれた方たちだよ」
サラザール様に紹介されてから、改めて私はカーテシー……、いえ。
ここは『お辞儀』で頭を下げる。偉い人が相手ですもの?
「は、はじめまして! 侯爵閣下、侯爵夫人。
セイベル子爵家の娘、アリス・セイベルと申します。
王立学園、一年です。今回は理事長のお誘いで参加させていただいております!」
徹底して私は『アリス』であることを貫いた。
実は素敵な令嬢、なんてイメージは作らずに。
王妃教育を受けた公爵令嬢なんて姿とは重ならないように。
「……セイベル子爵? 聞き覚えがないな」
うん。そうでしょうね。
すぐに口を挟まず、続く言葉がないことを確認してから、私は補足説明をする。
「領地を持たない名ばかり貴族の末端……ですので。侯爵閣下のお耳には入らない家かと」
特にカーテシーをしなかったことに対して怒られることはない。
隣に立つのが王弟殿下の影響もあるだろう。
そして所詮は、しがない子爵令嬢なことで、お目こぼしをされる。
発言として無礼を働いたわけではなく、どちらかと言えば可愛げのある下位貴族として映るか。
「ふむ。生徒会へ入ったというのは本当かい?」
「はい! 生徒会長たちに認めていただきました!
2学期からは、より力を尽くさせていただきたいと思っています!」
元気よく、ただし、サラザール様の前よりも失礼さを控え目に。
「はは。元気がいいご令嬢だ」
うん。悪感情は抱かれていない雰囲気! たぶんだけど。
「ところでサラザール殿下は、」
そして、すぐに侯爵たちの関心はサラザール殿下へ移った。
まぁ、当然よね。しがない子爵令嬢が相手。
また、私をエスコートして現れたものの、サラザール様が本気で相手をしている様子ではないことは分かる。
出自と誘った理由も判明しているので問題なし。
それにアリスターであることも疑われていない様子だわ。意外といけるわね……?
それからサラザール様に連れ回されつつ、私は常に心ここにあらずといった態度でキョロキョロしておく。
レイドリック様、来ないのかしらねー?
もしかしたら断ったのに一度、シェルベルの屋敷へ行ったりしたとか?
お父様が上手くあしらっていると思うけど。
挨拶に来る人たちをサラザール様が対応して、私は控え目に自己紹介を繰り返していく。
夜会が本格的に始まる前に、ようやくレイドリック様が現れたわ。
登場した彼は……1人、だった。その姿に少しホッとする私。
いえね。もしかしたら『ヒロイン』レーミルをエスコートしてくる可能性もあったかな、って。
まぁ、まだ仲良くなってないわよね。
でも、もっと……王太子殿下の取り巻きの女性とかには声を掛けなかったのかしら?
やっぱり『私』を誘って出るつもりだった? そこは弁えているのかしら。
その部分だけ誠実なら、この件で裏切ったのは私ということになる。
だけど、今までの彼の態度からして、エスコートして会場に入ったところで、すぐに『私』を置いて離れていったと思う。
そういう彼からの不快アピールは受け取りたくないの。
心底嫌いになっては良くないじゃない? だから距離を置いているだけ。
「レイドリック様!」
一人で来たレイドリック様へ向かって、静かに歩きつつ、突進していく私。
少々大きめの声で名前を呼ぶ。
無礼めなヒロインムーブ。
ただ、私の姿を見つけると、険しい表情を浮かべていたレイドリック様が驚きの表情へ変わり、眉間に寄せていた皺を消した。
「あ、アリス嬢? どうして、この夜会へ?」
挨拶をしようとしていた周りの人間は、突撃してきた私に対して不快な表情を浮かべる。
彼らの態度は無視しつつも私は、その場に立ち止まって、レイドリック様から近寄ってくるのを待った。
微妙なラインの駆け引きね。
でも、レイドリック様の目と鼻の先へまで突撃するよりは、反感が少なくなるわ。
「生徒会入りお祝いで、理事長にお誘いいただいたんです。
レイドリック様もこの夜会に参加されると聞いたので……お会いできて嬉しいです!」
パーッと大きく笑顔を浮かべる私。
淑女からは遠く、昔の私のように。ヒロインスマイルよ。
「お、叔父上に……?」
「え? 叔父上、ですか? レイドリック様の?」
キョトンとした顔。さも『今、気付きました』感を出していく。
「あ、ああ。学園の理事長、サラザール・ウィクターは、私の叔父上だ。知らなかったのかい?」
「え、はい。初めて聞きました。え? そう言えばウィクターって……え!? まさか理事長は王族の方……!?」
大げさに驚いて見せる私。アリス、びっくり!
「知らなかったのか……。アリス嬢は、そそっかしいところがあると思っていたが」
「わ、わわ! れ、レイドリック様、どうしたら? 私、何か失礼なことをしてしまっていたかも……!」
「いや。叔父上はそんな事でお怒りなられることはないよ」
「ほ、本当に……?」
「ああ」
レイドリック様の表情は……穏やかなものだったの。
ふぅん。最近では見ない、いえ、そんなことはないわね。
『アリス』になら見せてくれる優しい表情を浮かべているわ。
「やぁ、レイドリック」
そうして、レイドリック様とのやり取りをしている所へ、サラザール様が追い付いてきた。
……今のところ、皆を欺けているみたいだし。
出来れば、このままレイドリック様とのやり取りだけで過ごせればいいと思うけど。
流石にそうはいかないわよね。
「叔父上。こうして顔を合わせるのは久しぶりですね」
「ああ。生徒会、頑張っているみたいだからな。滞りなくこなしていると聞いているし、お前を信じているよ」
「……あ、ありがとうございます」
あらまぁ。レイドリック様はサラザール様に褒められると嬉しいのね?
まぁ、グッドエンドで王位を取られるものの、納得してのものだったし。
2人の仲は険悪ではないのでしょう。
ゲーム上、ヒーロー同士は喧嘩をしたりしない。
立場を競う関係になったとしても、ギスギスしたものはなく、協力的で、友好的だ。
基本的にすべてに於いて憎まれ、蔑まれ、嫌われるのは『悪役令嬢アリスター』だけとなっている。
あくまで『原作』ではね。
なので、この場でバチバチとしたものは……発生しない、はずよねぇ?