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偽りのピンクブロンド【商業化予定】【全体改稿予定】  作者: 川崎悠
第6章 アリスとアリスター
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54 夜会への誘い

「サラザール殿下が? え、『アリス』の方に? なんで?」

「……読んでみなさい」

「は、はい」


 お父様から手紙とペーパーナイフを手渡される。

 ソファーの対面に座っているお父様は黙り込んで、私の様子を窺ってきた。


 えー……? どうして? サラザール様が、しかも『アリス』を?

 知り合ってなんていないわよ? これは絶対。

 だいたい私、サラザール様の姿を知っているし。わざわざ彼に近付くはずがない。


 『アリス・セイベル嬢へ。

  1年生で、それも1学期での生徒会役員入り。おめでとう。

  レイドリックたちが認めた優秀な女性であると、貴方には誇りを持って、これからも頑張って欲しい。

  ついては貴方と話してみたいと思っている。

  どうか、誘いを受けてくれることを願う。

  王立学園 理事長 サラザール・ウィクター』


「これは……」


 生徒会入りした『アリス』に興味を抱いてサラザール様が動き始めた!?

 つまり『ヒロイン』に興味を持った『王弟』ルート……ってこと!?

 いやぁ! 要らない要らない!

 くっ……。これは乙女ゲームあるある『違う攻略対象が引っ掛かる』現象!?


 同封されているのは、夜会への招待状。

 王族が参加してもおかしくないような、高位貴族が催す夏季パーティー。

 特に何か祝い事ではなく、定期的な交流を目指す親睦会のような夜会だけど。

 『アリスター』に誘いが来るのはまだいい。

 でも、まさか『アリス』に誘いが来るだなんて。


「お父様。えっと。サラザール様は、私のこと」

「……『アリス』を誘っている。それがすべてだろう。

 受けるならば、そのように振る舞いなさい」

「ですが」


 学園にも、私の変装の協力者はいるはず。ただし、教員全員でないのは明らか。

 派閥もあるため、全員に報せれば必ずレイドリック様の耳にも入る。

 今のところ、彼に正体を気付かれた様子はない。

 いえ、気付かないのもどうかと思うわよ? 声とか顔とか、色々あるじゃない。


 婚約者と言っても、前世の恋人のように頻繁に顔を合わせて、お付き合いをしてきたわけじゃない。

 1年ほど疎遠になり、その間は私も成長期だった。

 その上で思い込みと、髪色の違いで……まぁ、分からなくはないけど。


 問題は私の正体を知っているのがサラザール様なのかどうか。

 口止めしておけば良かったけど……いえ、陛下的には一番信用が置ける人物?

 なら、彼にアリスの正体が知られていてもおかしくはない。

 ただ、この手紙からアリスターを匂わせるような文面はない。

 では、この誘いは一体?


「お父様。学園での協力者を教えていただいても?」

「それは出来ない。アリスター。お前もまた、試されているのだから」

「それは……そうですわね」


 突拍子もないことをしているのは私の方だ。

 監視者を私が把握し切っていれば、その目を欺いて……不貞を働くとか。

 しないけど。でも疑われてもおかしくはない。

 そもそもヒューバートも似たような立場。彼は私が承認した護衛も兼ねているけど。

 だから私は、誰が私を監視しているかを知らない方がいい。

 『王家の影』に監視されていることを前提として『アリス』での振る舞いも考えて動く。


「レイドリック様からのお誘いは。まぁ。同じ夜会ですのね?」

「そうだな……」


 2つの招待状は、同じ夜会への参加のためのものだ。

 必然的にどちらかの誘いはお断りすることになる。


 私は私、アリスター・シェルベルだ。

 『正解』はもちろん、婚約者であるレイドリック様の誘いを受けることなのだろう。

 だが、しかし。


「レイドリック様の文字ではありませんわね、この手紙……」


 私は、お父様に彼からの手紙を見せた。定型文と当たり障りのない内容の手紙。


「……そうだな。殿下の字ではないな」

「ハッ!」


 部下に書かせて、定型文だけで私を誘ったか。

 全く心の籠っていない。婚約者に送る手紙ではない、それに私は失笑する。


 彼の態度は、やはり徹底的だ。

 何も事情を知らなければ、私はこの手紙でも喜んだのだろうか?

 1学期が終わり、夏季休暇。

 2学期からは、きっと生徒会入りが当然だと思い込んでいる『アリスター』。


 でも、絶望に叩き落とされる。ただ、私の能力と時間を無駄に使い潰されて。

 気持ちを裏切られて。

 ……この夜会にアリスターとして参加しても、レイドリック様の態度が改まっているとは思えない。

 きっと、この誘いがゲーム上でも起きていたなら、より不仲の原因になっていただろう……。


「お父様。まだ私とレイドリック様は距離を置くのが良い期間のようです。

 これは、私とレイドリック様の『恋の駆け引き』ですわ。

 陛下もお父様も、将来の私たちのためと思えば、口を出したりは……しませんわよね?」


 ニコリ、と強めの圧のある笑顔でお父様に返す。

 お父様はサッと視線を逸らしたわ。


「そう、だな……。まだ少し時間を置いた方が良さそうだ、な……」


 サラザール様も微妙よね。

 どうせなら『アリスター』を誘ってくだされば良かったのに。

 そうしたらアリスターとしてサラザール様の誘いにお応えして、レイドリック様を夜会で冷やかせたわ。


「決めましたわ。お父様。私、サラザール様のお誘いをお受けします。よろしいですわね?」

「……そうか。好きにするといい。陛下も事情を分かってくださるだろう。

 ただし、お前の婚約者はレイドリック殿下のままだ。それだけは弁えているように」

「ええ。もちろんですわ。お父様」


 じゃあ。久しぶりに『アリス』になるとしましょうか?



◇◆◇



 期日が迫ると私は、公爵邸から変装用の屋敷を経由して『アリス』の姿を整え、学生寮へと戻った。

 ……部屋の掃除が必要ね。それほどじゃないけど、埃が少し積もっている。

 夏季休暇が明ける前に掃除をしに来よう。


 夜会の形式だけど、特にダンスを踊るような場はない夜会ね。

 立食形式で、本当に定期的に人を集めて交流をすること自体が目的のもの。

 相応のドレスは必要になるけれど、ダンスのことは考えなくていい。


 サラザール様と『アリス』は初対面だ。

 驚きの招待状だったわけで、子爵令嬢としては丁重にお断り寄りの返事をしたものの、また送られてきた手紙を受けて、参加を決意した流れ。


 『セイベル子爵令嬢』として、きちんと振る舞えるかしら?

 ドレスは用意すると通達が来たらしいが……。私は寮生活中で、実家に帰っていたという設定。

 返事は遅れて返し、こちらで用意しますと言っておいた。


 親しくもない相手ですもの。

 いくら、あちらが裕福だといっても、ドレスまで用意していただく関係じゃない。

 そして私のドレスは一人でも着られるタイプ。


 ……ちなみにだけれど、ウィクトリア王国にコルセット文化は、ほぼないわ。

 というより『廃れた後』ね。さすが、ゆるふわ乙女ゲーム世界。

 なんだかんだで衛生観念を始めとした健康問題が地味に行き届いていてありがたい。


 侍女なしでも着られる『セイベル子爵家』の経済状況設定に合った『既製服』のドレス。

 オーダーメイドのドレスじゃなくて、店に既に出来上がった物があって、サイズだけ微調整したものよ。

 なんだか新鮮だわ……。

 でも、このドレスを着ることに恥ずかしさはない。

 きっと前世の私のお陰でしょうね。

 『公爵令嬢アリスター』としては周囲に何か言われそうなドレスだけど、ね。


 ところで寮の中をドレスで移動するのは、ちょっと恥ずかしい。

 普段が、もっと楽な服装で過ごしてるからね……。

 いきなりドレスアップして部屋から出てきた私に、ぎょっとする寮生の姿を見る。


 私は苦笑いしながら会釈をしつつ、誤魔化して進んだ。

 寮生活からお洒落して、キメキメで外に出て行くって、こういう気分よねー。

 シェアハウスとかしたかったな、とか思っていたっけ?


 前世の私のパーソナル事情が、ちっとも思い出せない。

 友人は居たかもしれないけど記憶になかった。

 まぁ、今を生きているのは『私』だからいいんだけどね。

 そして約束の時間の少し前。寮の前に一台の馬車やって来た。

 この寮から今夜、夜会へ参加しようとしているのは私だけなのか。

 それとも時間がズレているだけか。

 一緒に待つ誰かが居なくて良かったのかもしれない。

 夜会と言うが、まだ日は落ちていない時間。夏なので日も長いからね。


「やぁ。セイベル子爵令嬢」


 馬車から降りてきた……年上の美形の男性が、私の姿を見つけて声を掛けてくる。

 金髪碧眼。レイドリック様と似た雰囲気の年上の男性だ。

 好みかどうかで言えば、好みではあるだろう。

 だからと言って、ときめいたりはしないけれど。


 当然のように攻略対象の内の1人。

 『王弟』サラザール・ウィクター様。

 原作でも人気がある方のキャラクター。やっぱり王族は根強い人気があるわ。

 さて。この場での『アリス』としての正解の言動は……。


「あ、は、はじめまして! えっと、あの。もしかして、貴方……様が?」


 キャピキャピ感を残しつつ、微妙にマナーは崩し。

 ただし、失礼のないラインを見極めて……初対面の対応だ。


「……ふ。ああ。私が貴方を招待した、サラザール。サラザール・ウィクターだ。

 王立学園では理事長を務めている」

「サラザール……、理事長様」


 『見惚れる』ような仕草や態度はしない。

 別に、彼とフラグを立てたいわけじゃないので。

 ただし、驚いたフリはしておく。


「び、ビックリしました」

「うん? 何がだい……?」

「い、いえ。理事長って、もっと、その。お年を召した方かと思ってました、私!」

「…………」


 キョトンとした表情。何よ?

 『アリス』は貴方について何も知らない『設定』なのだから、これは当然の反応でしょう?


「……ふ。あはは! そうだな。たしかにそうだ。理事長なんて聞いたら、そう思うだろうね?」

「ええ! ですから、お若くて、とてもビックリしました!」


 元気いっぱいに肯定。ちなみに年齢のことにしか触れない。

 ここで『こんなに格好いい方だなんて!』とか言うのがヒロインらしいかもしれないけど。

 そういう発言は、私の問題でノー。


「そうか。それは驚かせてしまったね。では、改めて。

 アリス・セイベル嬢。今夜はエスコートさせていただいても?」

「えっと……は、はい! よろしくお願いします! 夜会って私、ハジメテナンデスー」


 嘘だけど。うふふ。


「そうか。では貴方の良い思い出になるように」


 そして私は『王弟』サラザール様のエスコートで夜会へと赴いたのよ。

 さて。

 お誘いをお断りしたレイドリック様は一体どうしているかしらね?


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