53 キャラクター作り
「まぁ、では。よろしいのでしたら聞かせてください。お嬢の考えている商会について」
ひとまず聖女や魔王の話は横に置いておいて、ね。
私は、お父様用に作っていた事業計画書と商材アイデアについてのレポートを彼に手渡した。
そして、しばらく彼にはそれに目を通して貰う。
空き時間は、ちょっとした魔術鍛錬をしてみたり。
「……なるほど」
一通り目を通した後、ヒューバートは顔を上げた。
「どうかしら?」
「良いと思いますよ。斬新ですね。ただ商売として成功させるには、相応の職人が必要かと思います」
ん。じゃあ、掴みはオーケー?
「アイデア的には、この国、王都でもウケそうって事でいい? 何か宗教的にダメだったりとか」
「宗教的に? 教会が何かを言ってきそうなモノはありませんが」
まぁ、そうよね。でも、私の常識をちょっと疑った方が良いかと思って。
「いや。そうか。教会の許可、なるほど?」
「うん?」
ヒューバートが何やら何かを納得している。え、なに?
「『勇者』や『聖女』をキャラクター化しておきますか?」
「へ」
「ストーリーのあるなしは考えていないそうですが。
キャラクターグッズ、というスタイルで玩具を広めるのでしょう?」
「え、ええ。そうだけど」
「王国では、この先、魔王に関する話題が増えていくことでしょう。
そして国を挙げて『勇者』『聖女』を祭り上げていく方針……を検討されています。
即ち、最も人気が高まるキャラクターと言えば、この国では」
「あっ」
そうか。この先、この国は『勇者』や『聖女』を推していくつもりなのよ。
なら、それに便乗する形で?
「まぁ。なんだか、いけそうな気がしてきたわね?」
「そうでしょう。盛り上げるために観劇なども準備されるはず。
その時流に乗れば、お嬢の企画も……」
これはアリなのでは?
どちらかというと、技術で話題になりたかったところだけど。
それで、なかったものを急に宣伝されても『はぁ?』となるだけ。
この世界では、ネットはないもの。
口コミ主流だから、商品の良さを伝える工夫がモノを言う。
でも、国を挙げてそういう方針を取る見込みがあるなら。
それに。それによ? 私の知る『原作』には、魔王の復活なんて出来事はない。
でも、この世界が乙女ゲー寄りのゆるふわ感を持っているのは事実。
悲惨な目に遭うのは概ね『私』だけ……いえ、それもどうかと思うけどね!?
とにかく。魔王を討伐なり、封印なりするのって絶対、ヒロインとヒーローたちの誰かだと思うのよ。
だから、ヒーローたちをモチーフにしたキャラクターグッズを作れば。
市井ウケに加えて、『アリスターが転生者』という囮にも出来るんじゃない?
以前から考えていた、ヒロインの注意を『アリス』から逸らす作戦ね。
「うん。その路線は、色々と嵌るかも。王国の方針とも噛み合うし。
レイドリック様や、近衛騎士のロバート様あたりをモチーフにキャラクター化しておけば、国の上層部にも喜ばれそう」
「そうですね。そうすると具体的な『キャラクター作り』を決めていくべきですか。
コンセプトを決めた後、公爵閣下に相談した上で、加えて教会の許可も得ておくと良いかと。
勇者はともかく『聖女』のイメージは、おそらく教会寄りになりそうですし」
「そうね。それは多分そう」
具体的に動いてくれる職人の確保も考えないとだわ。
「……キャラクター作り、は。お嬢にも必要ですよね?」
「へ」
「お嬢は『雷魔法』は、どちらのお嬢の姿で使う予定ですか?」
「どちらの?」
「現状、あなただけの魔法ですから。どちらの姿でも同じ魔法を使っていたら、即座に正体がバレます」
「それは……そうね」
「はい。それにお嬢には、やはり『アリスター』として、いくつかの試験・試練を受けるように望まれるはずです」
「……『聖女』に仕立て上げるため?」
「はい」
ということは魔術系の試験でも『アリスター』としての出席を求められる可能性が高い。
私は、隠れて二重生活をしているのではなく、陛下や学園のサポートありきで、変装して過ごしているのだ。
あちらが、そう求めてくるなら拒めない。
「それぞれの姿、キャラクターで使う魔法はガラリと変えておけば、バレにくくなります。
……その分、倍の努力が必要になりますけどね」
「変装って、実は大変なのね……」
だから『私の』キャラクター作りか。
性格面じゃなくて、こう『能力面』のね。
まず雷魔法をどちらの私で使用するか。これはまぁ、当然。
「雷魔法は、アリスターの時のみ使うわ。と言っても、まだ実戦レベルじゃないんだけど」
『アリス』で新魔法なんて、目立ち方をする意味はない。
私が目指しているのは逆ハーレムでも、『魔塔の天才児』ルートでもないから。
レイドリック様ルートをヒロインから奪うことだけ。
「『アリス』は、地味かつサポート寄りの魔法使いになるのが好ましいわね」
ゲーム上の『私』が得意としたのは火魔法だ。
アリスの時には火魔法を使いたくない。
「騎士寄り、戦士寄りの戦い方を学んでも良いかもしれませんよ。
『二人』の印象をガラリと変えられます」
「騎士寄り、戦士寄りかぁ……」
ゲーム上の私は、『近衛騎士』ロバートルートの、ヒーローとして成長したロバートとさえ剣で渡り合うスペックがあった。
もちろん、それは魔法込みでの話。
最終的には敗北するものの、そっちの才能もあるってことよね?
「走って動ける魔法使いのようなもの? 今、基礎的な身体強化や身体保護魔法は鍛錬を続けてるから」
その場に留まって高火力の魔法を放つ魔術師タイプと、動き回って近接戦闘もこなす戦士タイプがあるのよね。
令嬢はだいたい魔術師タイプが多い。
男性は半々、騎士を目指している人たちは戦士タイプ。
「そこまで徹底すれば、バレにくくはありますが。令嬢としては印象が微妙になりますね」
「そこは別にいいじゃない」
性格的には私、走り回るタイプだもの。
レイドリック様だって、その方が印象は良いんじゃない?
「アリスの方が走り回るタイプにした方がいいかしら?」
「そうですね……。元気そうではありますが……」
アリスターの時は、その場に立ち止まり、女王のように高火力の魔法を使うか。
アリスでは動き回って低出力の魔法を。
イメージ戦略的には、そちらの方が相応しいわね。
「『聖女』キャラクターにお嬢の姿を真似ることは考えていませんか?」
「えー……。イヤだけど。ああ、でも」
レーミルを『聖女』マスコットとするのも嫌よね。
そっちには乗りたくない。とすると妥協案としては。
「『アリス』を聖女マスコットとして作る、とか?」
「それは、いいんですか?」
「うーん。黒髪の聖女にするぐらいなら」
「黒髪? ああ、あの女の……?」
これから私はキャラクターグッズの商売を始める。
そこでは『勇者』デザインのレイドリック様のぬいぐるみとか。
魔王を倒すヒーローたちをテーマに、攻略対象たちをモチーフとしたキャラクターを作成する。
そこで『聖女』ポジションのキャラクターをどういう印象にするか。
赤髪の、本当の私だとアピールが凄くて嫌よね。これは避けたい。
破滅ルートっぽいから、悪役令嬢の私が聖女になるの。
でも、聖女に黒髪のデザインを作るのは、なんかヤダ。認めたくない。
だからって『アリス』を推すのもどうか。
「『聖女』マスコットは、カラーバリエーションを作りましょうか」
「バリエーション?」
「ええ。何種類かの髪色で売り出すの。
顔とか、服装、胴体部分は同じ人形だけど、髪の色や瞳の色だけ違う、同型タイプね。
ヒーロー役……ええと、男性マスコットは、だいたい9人ぐらい考えがあるから……女性マスコットも同じだけ用意する」
「ふむ……」
「王立学園の制服を着せておく?」
「そうした方が国からは認められそうですね」
ふふふ。なんだかお店のイメージが、ぬいぐるみショップになってきたわ。
聖女ちゃんとヒーローズのぬいぐるみショップ!
9人も居るヒーローが役に立ちそうだわ!
私の記憶を探る限り、王国にはない類のお店ね!
……需要があるかは不安だけど。
それは、これからのお国の事業に便乗していくスタイルで!
「じゃあ、その方向で詰めていきましょう。協力して貰える? ヒューバート」
「ええ、もちろんです。お嬢」
こうして私の夏季休暇のほとんどは、事業計画に費やされていったの。
もちろん魔術鍛錬は続けているわ。継続は力なり。
状況もキナ臭いものがあるから、ここは怠れない。
少なくとも学園内ではトップクラスの能力になっておきたい。
それだけの才能はあるはずだからね。
そうして3週間の期限を待たずに、だいたいの形が出来てきた。
職人の確保から、また私のアイデアを形にするための研究時間と材料の仕入れ。
こっちは先に予算を投入して動き始めて貰ったわよ。
実際にサンプル商品があった方がプレゼンはし易いものね。
お父様にもサンプルをお見せして、概要を説明しておく。
「……いいんだが。アリスター?」
「はい。お父様」
「……最近のお前は、なぜ、そう変わったのか」
「え?」
変わった、かしら。まぁ、そうね。変わったわよね。
「ふふ。でも良い変化でしょう? 前向きになっていますわ」
「それは……そうかもしれないな」
お父様的には、私が店に選んだ土地も、選んだ商売も『意外』なのかもしれないわね。
前までの私が競い合いをしたとしても、公爵令嬢としての立場を活かしたものを選択したと思う。
選ぶ土地は、きっと『エルミーナ』が近いファッション系区画ね。
でも現実の『私』は、平民寄りの区画を選択し、商材はぬいぐるみをメインにしたキャラクターグッズに、安上がりな玩具類。
お父様からすれば、何とも言えない気分なのでしょうね。
「アリスター」
「はい。お父様」
「……お前宛ての、夜会の誘いが2通、来ている」
「へ」
「一通はレイドリック殿下から、お前へ」
「まぁ……」
そういう誘いはするんですね、レイドリック様ったら。
凄く久しぶりに誘われた気がするわ。
「もう1通は?」
「王弟殿下。サラザール殿下から『アリス』への誘いだ」
「…………はい?」
それは全く予想していなかった名前と、誘いだった。