52 勇者か聖女か
「と、いうのがここ最近の私の周りの出来事よ」
「それはまた……色々とありましたね」
夏季休暇に入ってから初めてヒューバートの顔を見たわね!
場所は『エルミーナ』。彼の店の応接室。
専属侍女のリーゼルだけは同室させて部屋の中には3人だけ。
一応、ドアを少し開けていて、部屋の外には私付きの護衛がいるわ。
まぁ、ヒューバート相手には心配ないと思うけれどね。
見習いとはいえ王家の影になる者。
彼とのやり取りは陛下にも筒抜けとなっているだろう。お父様にもね。
だからこそ学園での『アリス』としての自由が保証されていた。
私は、きちんとレイドリック様攻略に向けて活動していたもの。
レイドリック様自体が、あの態度である以上、私の選択も行動も陛下に何かを言われる筋合いはないわよね。
「お嬢は、相変わらず突拍子もないことを計画されますね」
今のヒューバートはウィッグを着けていない。
地毛の青髪の状態だ。私も地毛で赤髪のまま。自然体の2人ね。
エルミーナの中なのに、ヒューバートはそれでいいのかしら?
「公爵令嬢と公爵令息の、爵位を懸けた競い合いとは。
王国を大いに騒がせることになりますよ」
「そうねぇ」
公爵家は3家門。我が家は、その内の一つ。そして王太子殿下の婚約者の家。
他の高位貴族が黙って見ていてくれるかというと怪しいところ。
さて、誰がどうなるのが誰にとって良いことで悪いことか。うふふ。
もう複雑過ぎて考えるのもバカバカしいわ。
『悪役令嬢』はアリスターではあるものの、『ヒロイン』が王太子殿下や高位令息らと仲良くなっていって、それで黙っていられる者ばかりではない。はてさて。
本当にこの先、どうなるのでしょうね?
「それでね。ヒューバートには、そこでの商売について相談に乗ってもらいたくて」
「……俺にですか。良いのですか? 俺は、お嬢の直属の部下ではありません。
『上』の命令で貴方の護衛や相談役、そして、」
「監視も兼ねている人。よね?」
「……ええ。それなのに、そんな情報を俺に流しても?」
うーん。その指摘はそうなのだけど。
なんていうか私、ヒューバートのこと、信頼しているのよね。
監視と分かっていてもよ。
「どの道、商会については公にされることだし。事業計画書を作成した後は、お父様にも見せるわ。
せいぜい、私が明かされたくないことって学園での『私』についてぐらいなのよね。
でも、それは私とレイドリック様の関係のためだから。貴方がバラすはずないでしょう?」
「……それは、すごい信頼だ」
ヒューバートはフッと微笑みを浮かべた。
ヒーローの一人らしい、ドキリとするような男性の色気を感じさせる。
「私の方は、そんな風に過ごしていたのよ。貴方は?
ここのところ会えなかったけれど、どうだった?
あ、話せないことがあるなら別にいいのよ。分かってるから気にしないでね」
彼もまた侯爵家次男。
それも目立たないことを『利』としている王家の影の一族。
私と同学年の今でさえ、普通の令息とは違う活動をしている様子だ。
『アリス』付きになったのは陛下からの命令だろうし、かなり特殊な立ち位置となっている。
乙女ゲーム的にはヒーローの一人であるため、有能かつ有望なのは間違いない。
レイドリック様も最近の態度がああなだけであって、学業成績は優秀なのよ?
ヒロインと近付くきっかけのためにか『アリスター』との確執が生まれるけど。
きちんと立派な王になるグッドエンドを迎えられるほどの能力はある。
『王弟』サラザール様のルートもあるから、彼を王へと推す声を押さえて国王となるほど、きちんと認められる実力があるのだ。
それがきちんと活かされればいいのだけど。
「俺も俺で最近はバタバタしていたんですよ」
「バタバタ? 何かあったかしら?」
「ええ。まぁ」
「私に話してもいいこと? なら聞いておきたいわね。興味があるから」
「……そうですね。まぁ、いずれ耳に入ることでしょうから。
少し早めに教える程度なら。アリスター様ですからね」
公爵令嬢で王太子の婚約者ですものね。
早々、私には話せないことって発生しないはずよ。たぶん。
「夏季休暇が始まった辺りで、実は枢機卿がこの国を訪れていたのです」
「……ああ、その話ね」
「ご存知でしたか」
「ええ。聞いたわ。私が聞いたのは国外にいらっしゃる教皇猊下が『託宣』を賜ったという話なのだけど」
「はい。その話です」
「やっぱり。他に何かあったりした?」
「いえ。託宣についての話だけです。少なくとも俺のところへ入ってきた話は」
魔王の復活の託宣、予言。そんなエピソードを私は『原作』では知らない。
そもそも魔王がどうとかいう話自体知らない。私の知識にはない出来事よ。
でも、それらは私が知らないだけかもしれない。
そもそもゲーム通りの世界ではない、この世界の現実的な事情かもしれない。
つまり何も分からないということだ。
「魔王が復活するとか、なんとか」
「はい」
「……魔王って何なのかしら?」
「それはまだ。上も調査中のようですから」
「まぁ、そうみたいね。お父様もご存知ないみたいだったもの」
そうなると、やっぱり。知っていそうなところと言えば、女神を信仰する教会だ。
「教会が何か知っているのかしら?」
「そう考えている者が多いようですね。現在、教会と魔塔、どちらにも教皇猊下の託宣について、魔王について調べるように話がされているとか」
「そうなのねぇ」
どう考えても、そっちの分野ですものね。
原作基準で言うと『ファンタジールート』にありそうなエピソードだろう。
魔塔か教会から情報が出て来るかもしれないのは大いにありえる話。
『ヒロイン』レーミル自体は、まだ序盤過ぎて誰ルートに進もうとしているのか不明。
どうも全員のイベントをやろうとしている節があるんだけど……なんでかしらね?
私の知る『原作』には、逆ハーレムエンドなんてなかった。
でも、それはあくまでゲーム上での話。
私が好き勝手にやっているように、知識を活かして、原作になかった逆ハーレムエンドを達成しようとしているとか?
それ、根性あり過ぎじゃない?
だって、この『原作』のヒーローって9人よ、9人。
9人全員にコナをかけるの? 原作にそれが成立するルートなんてないのに。
……もう男好きとか、そんなレベルじゃないのでは。
9股。怖……。何が彼女をそうさせるの。
「それで。お嬢はどうです?」
「どうって?」
「『勇者』と『聖女』、どっちがいいと思います?」
「……はい?」
何言ってるの、ヒューバートは。
「何の話?」
「いえ。魔王が復活するでしょう? それはまぁ、教皇猊下を疑うのは、ということで」
「……まぁ。信じたくはないけど、信じるしかないわよね、それは」
国を跨いだ権力者が神から賜る託宣だ。
よほど国そのものに害を為すような『指示』でないなら受け入れるのが自然だろう。
むしろ、私たちの国のためを思って、その託宣の内容を届けてくださった。
災害の予言をしてくれたものと変わりないのだ。
真摯に向き合わねば罰が当たるというものだろう。
「そうしますと人々は不安に怯えることになります」
「そうね」
「王国としては、そんな人々の不安を取り除くことが必要となるでしょう?」
「たしかに……」
「そこで『勇者』か、或いは『聖女』です」
「まさか」
私は、そこで思い至ったわ。
それが王家の、いえ、ウィクトリア王国上層部の判断?
「はい。この国から魔王討伐の『象徴』となりうる人物を選定し、大々的に発表する。
そういうことを考えているそうで。
国民に希望を示して不安を取り除くために、ですね。
それが、はて『勇者』とするか、『聖女』とするか、という話です。
あ、『勇者』は男性ということで」
「はぁ……!」
本気!? 何その展開!
伝説の勇者でも、伝説の聖女でもなく、国が士気を上げるための『お飾り』の勇者と聖女!
「何それ、知らないわ……」
「耳には入っていませんでしたか」
そういうことじゃなくて。
私の知る『原作』にはなかった展開ということよ。
まるで私の知らないゲームのルートに『魔王復活ルート』のようなものが存在しているみたい。
……え? 本当にそれ、あったりする??
実は『ヒロイン』レーミルはそのルートを辿っていて、そのため現実には、そういうイベントが発生しているとか。
なら『聖女』となるのはヒロイン、レーミル・ケーニッヒか。
そのパートナー、彼女が選んだ攻略対象の中から誰かが『勇者』になる?
でも政治として『勇者』や『聖女』を決めるのよ?
現実で、神などによる選定があるわけじゃない。
だったらヒーローの中でも『大商人の子』ホランドなんかは論外にならない?
いえ、そもそも『そういうルート』を彼女が選んでいるとしたら、最初からホランドは相手にされていないか。
「当然ですが『聖女』の候補は、貴方になります。お嬢」
「へ」
「……当たり前ですよね。レイドリック殿下が『勇者』で、お嬢が『聖女』。
それがまぁ王家としては最善なんですから。ただ、それでは露骨過ぎるとは思いますが」
そうなるのぉ……? え、ちょっと待って。
そのルートってさ。
最初は私が『聖女』扱いされるけど、魔王討伐が済んだ後で『真の聖女はレーミルである!』とか、やるヤツじゃない??
絶対イヤよ! 聖女になるの!!
「……頭が痛い話になってきたわね」
「ええ、まったく。すべて知っているわけではありませんが、かなり混乱している様子ですよ。
王宮に顔を出してみれば、それが伝わるかと」
「用もないのに行きたくないわねぇ、特に今は」
溜息しか出ないわ!
「たぶん、学園での授業も、それとなく方針が変わっていくと思われます」
「え? そうなの?」
「魔術の授業などが重要視されるようになるかもしれません。
それに『奇跡』に適性のある者の選抜も始まるかも」
「…………」
それも、やはり原作にはないエピソードだ。
そうなってしまったのは、はたして私のせいか、ヒロインのせいか。
それとも現実では最初から、こういうものなのか。
「それを受けてですね。ご存知でしょうか?
魔塔には今、俺たちとそう年齢の変わらない天才児がいるという話は」
「え、うん……。知ってる、けど。え、まさか」
「はい。教皇猊下の託宣を受けて動きがありました。魔塔でも天才と名高い少年。
最年少の魔塔の魔術師、クルス・ハミルトン様が2学期から俺たちの学年に入学してくるそうです」
「はぁああああ……!」
せっかく『魔塔の天才児』クルスの登場フラグを潰しておいたのにー!
え、これって歴史の修正力とかだったりする?
どう考えても『悪役令嬢』としては厄介ごとが増える!
「お嬢?」
「来るんだ。クルス・ハミルトン……」
「ええ。ほぼ決まっているそうです。お知り合いですか?」
「いえ、『私』は知り合っていないけど」
「はぁ……?」
ヒューバートには伝わらない私の絶望感、というか徒労感。
1学期でしたことのだいたい全部が無駄になりそうな雰囲気!
やっぱり何かしら? これ。
私の知らないルートが始まっている?
フラグを回避したからこそ起きるイベントというよりは、何か『規定路線』を感じさせる。
まさか私が『アリス』になることも含めて……?
いえ、それはおそらくない。
だって、それならレーミルが『アリス』の存在に気付かないはずがない。
「問題が問題ですから。事情を先に知らされることになるお嬢や、それにレイドリック殿下。
つまり生徒会メンバーで、まだ2つ下のクルス様を保護することになる……のではないかと」
「はぁあ?」
「お嬢様。はしたないですよ」
「うぅ……」
だってぇ。何それ! 生徒会に入ってしまったのって、もしかして失敗?
でもレイドリック様の攻略を進めなかったら『アリス』としての自由も失っていたに違いない。
くっ……。
「俺とお嬢が生徒会に居るのも、きっと、その結論を後押しすることになっているでしょうね」
「……そうでしょうね」
陛下は、私とヒューバートのこと知ってるんだもの。
入学する予定のなかった、まだ2つ下のクルスを入学させるなら。
そりゃあ、うん……。私たちやレイドリック様に預けて懐柔させる方針を取る……。
順当な決断だ。
「お嬢のやりたい事も助けて貰えるのでは?」
「え? 私のやりたい事?」
「新しい魔法を開発されたいんでしょう? なら天才と名高い彼の助力を得られれば、研究が進むでしょう」
「ああ。それなら、もう開発したわよ?」
「え」
キョトンとした顔のヒューバート。予想してなかったのね。
この短時間で私が新魔法を開発するだなんて。まぁ前世の知識があるからこそ。
私は過程を省略し、結果のイメージを知っているから。
「見てなさい」
私は右手を前に出し、ヒューバートの前へ。
そして親指と人差し指を少しだけ開いて、その間に。
──バチバチバチ!
「……!」
強力な放電ではなく、もっと細やかな電気の発現。
まだ人に当たってもバチッとして痛いぐらいの出力。
身体の動きを奪うほどじゃないわ。
「ね?」
「…………」
ヒューバートは驚愕していた。
私のそばに控えている侍女リーゼルも。
「まぁ、まだ実用には至っていないけど。それはこれからの鍛錬次第ね。
出力を上げていけばいいと思うわ。
今は、どちらかと言えば、この魔法の安全性を詰めているところ」
方針は『絶縁体』と『避雷針』の魔法再現ね。
相手もすぐに『雷魔法』を使えるようになることを想定して、先んじて対策魔法を研究している。
私だけの独占魔法ってワケにはいかないでしょうし。
それこそ『魔塔の天才児』クルス・ハミルトンならば、見ただけで模倣してきてもおかしくない。
「……驚きました」
「そう? ふふ。ヒューバートを驚かせることが出来るなんてね」
「お嬢は、そのままの実力で『聖女』になれるのでは?」
「絶対にならないから!」
悪役令嬢が聖女に選ばれるとか、それ完全に後からの破滅フラグだから!