51 それぞれの選んだ場所
「アリスターも決めたか?」
「はい。お父様」
結局、土地決めまでにヒューバートには相談出来なかった。
身分を隠して、私と同じ年齢で店の経営をしている人などそうは居ない。
ただ、彼も学生であることから普段は『エルミーナ』を経営している人間が別にいるのだろう。
今、彼はどこで何をしているのかしらね?
「私の店の候補地は、この地区です」
7つの指定場所の内のひとつを指し示す。
そうすると、お父様は少し驚いた表情を滲ませて、すぐに引っ込めた。
「……本当にその場所でいいんだな?」
「はい。時間はありませんでしたが、私の方でも調べました」
「そうか」
かなりの短時間だ。もっと情報量が少ないと思ったが、意外なほどのデータが私に返ってきた。
元々、お父様が見繕っていた土地。
事前調査したものが既にあったのかもしれない。
公爵令嬢として動かせる人員は、ほとんどお父様経由の人々ってことね。
お父様が公平な人で、私にきちんと愛情を抱いてくださる人で助かった。
……ゲーム上のお父様は、どうだったのかしらね?
今の私よりも追い込まれていて、どうしようもなかったのか。
ここからお父様の愛想を尽かされるような事が起きるのか……。
「では、アリスターとジーク。2人の店を出す場所が決まった」
ここから本格始動……は、まだ先ね。
まず商材が準備できていないから。
「2人には、同じ額の予算を与える。それぞれの土地には既に店舗にできるだけの大きさの『家』がある状況だ」
私とジークは、コクリと無言で頷く。それは見て確認している。
「その『家』を改装して店に作り替えるも、よし。改めて建て替えさせるのも良いだろう。
予算内で、お前たちが判断せよ」
……店自体にお金を掛ければ内装が整い、客の印象が良くなる。
手の抜けない部分だろう。必要なコストと取るべきか、節約する点とするべきか。
土台をそのまま活かして、ハウスクリーニングだけして誤魔化す?
それとも一度取り壊して、改めて建て直す?
お父様は、家屋の建て直しが可能なほどの予算を与えるつもりなのね。
前世基準で言うと、何百万するのかしら……?
『破壊』には魔法を使えるから、お金があまり掛からない?
それに熟練の魔導士なら風魔法を駆使すれば、大きな物を浮かせることが出来る。
重機が担当する作業部分を魔法で補うような感じだ。
壁の補強とかも魔法で済ませるかも。
前世よりは安上がりに済むのかしら……。
逆に人件費が高そうね。重機扱い分の給料が発生したり?
ウィクトリア王国の王都では、あまり地震が起きた事はない。
また、海は遠いし、火山なども近くにない。
耐震設計ぐらいはしておきたくはあるけど。
一番怖いのは現実的に言うと『火事』かしら?
と言っても木造の家ばかりじゃない。
レンガやコンクリートに類する建材は、地球の現代のものとは異なるだろうが、この国にも存在する。
そして、上位の土魔法使いが生み出す『土』は岩のように硬く、上質な壁や石柱にできる。
……『鉄筋コンクリート』って、この国にあるのかしら?
流石にない知識だわ。
うーん。分からない。インフラが想定以上に整えられている国だ。
『ここは前世で言うところの中世で~』と、ふわふわの知識では判断しかねる。
「お前たちは『商会長』の立場に立つ。人事権もあり、誰を雇うかも決められる。
ただし、それぞれ私の配下が適宜、監視・観察、護衛につくことは心得ておけ。
自分たちの身分をしっかりと弁えておくように」
「はい。お父様」
「わかりました。義父上」
まぁ、その辺りは妥当ね。商会長となっても私は公爵令嬢のまま。
店の経営自体も誰かに委任することになる。
あくまで私はオーナーであって店長になるワケじゃないから。
「そして……どんな商売をするか。それもお前たちが決めろ」
予算配分、人事権、商材の選定権。
商売を始めるに当たっての基礎部分。
「どんな物を売り、どんな店にするか。それらを決めて、どんな見通しで商売を継続していくつもりか。
それらをまとめた『事業計画書』を作成して貰う。
王国式の記入方法で、実際にそのまま商業ギルドへ登録可能なものを作成するんだ」
あら。事業計画書は課題の内なのね。
先んじて作っていたんだけど。でも、そうか。
お父様に認められるものじゃなくて商業ギルドへ、つまり公的な機関へ、公的な書類として出せる計画書の作成ね。
書類の不備など、身内の甘さで見逃されることはない。
当たり前と言えばそうよね。実際に店を出すんですもの。
「事業計画書の提出は、3週間後を期限とする。アリスターは学園が始まる前だ」
「はい。お父様」
「お前たちが用意した物を私が確認した上で、不備がなければ……ギルドへそのまま提出する。
お前たちは、その段階で正式な商会長になる」
うん。やはり、お父様は競い合いこそさせるつもりだが、私たちに失敗する商売をさせたいわけではない。
そりゃあそうだ。私たち個人以前に、公爵家そのものの威信に関わる。
出来ればハイレベルな競い合いをして欲しいだろう。
どちらかが赤字経営で破産しました、とかじゃなくてね。
……ジークは、私を蹴落としたいだろうけど。
ここで経営手腕を見せれば、公爵になれずとも、彼の『実績』に繋がる。
身分制度のあるこの国の感覚ではないかもしれないが、その段階で『身を立てる』ことが出来た証だ。
生活を支える目処は立つだろうな。
「一つ目の課題だが、最も長引く課題にもなるだろう。
結果を出すのも、おそらく最も遅くなる。改めて言うが、競い合いとして見るのは総合成績だ。
短絡的な発想ばかりでは長続きしないし、無意味となる。長期的な視野での経営を見据えておくように。
公爵となったなら、ずっとついて回る問題なんだ。一時的なものではなく、ずっと。分かるな?」
一時期だけの華やかな栄華、それだけではだめ。うん。
「では。質問がなければ下がりなさい。二人とも。また尋ねたいことが出来たなら来なさい。
競い合いの採点基準は教えられないが、必要なことであれば答えよう」
……ふぅ。
まずは店舗を出す土地の決定ね。
元々やりたい事に含まれていたものの、もう少し他人任せにするつもりだった。
それを、ここまで自分でやる事になるとは。
でも、とりあえず3週間か。
夏休みも終わり間近の時期。
夏季休暇は、これと魔術鍛錬で終わりそうねー。
余談で、後から確認したことだけれど。
ジークは、やっぱり大通り……中央通りとも呼ばれる一等地に店を構えることに決めたそうだ。
対して私は7つの候補地の中から、もっとも寂れた? 地区を選択した。
広く貴族の客も見込めるジークの店。
どちらかと言えば平民向けとなるだろう私の店。
真逆の選択が、どう、この競い合いに影響するか。
そうして。私がここまで進んだ話をヒューバートに聞かせることになったのは、さらに3日経った後だった。