30 生徒会役員
「あの……もしかして、ジャミル先輩ですか?」
「うん?」
私とヒューバートは図書室を訪れていた。
今は放課後。
『宰相の子』のジャミル・メイソン侯爵令息は、主にこの時間に図書室に来ているの。
もちろん毎日は居ないわ。彼にもやることがあるもの。
ただし、今日はゲーム上のジャミルのイベントデーじゃない。
ヒロインと鉢合わせになる可能性が低いってことね。
けど、頻繁にこの時間にここに現れることを考えれば、イベントデーじゃなくても居る可能性が高いと踏んだの。
ビンゴだったわね。
「なにか用かな?」
「はい。あの、私は1年Aクラスのアリス・セイベルって言います!」
アリスターとは違う喋り方を意識して、表情も作る。
元気系、少し無礼に。
『アリスター』の私とジャミルは当然、面識がある。
とはいえ、そう頻繁に会ったわけじゃないし、髪色ごと違う上に喋り方も雰囲気も異なる今の私には気付かない可能性は高い。
絶対じゃないけどね!
「セイベル……?」
探るように、考えるように私の家名を繰り返すジャミル。
思い至らないのだろう。
当然だ。普段は、お父様が保有しているだけの子爵位。彼は知らないはずよ。
「子爵ですが、領地を持たない『爵位』ですので、我が家のことはご存知ないかと」
「ああ……。それで? 何か用かい?」
うん。目の前に居ても私の正体に気付かないみたい。
顔は変えてないんだけどなぁ。
公爵令嬢として人前に出る時、彼と会った時は、化粧や服装が整えられているものだから。
今の私は、悪役令嬢の素材に任せたナチュラル系よ。
「私、来年か再来年には生徒会に入りたいと考えているんです!
ですので今、出来ることなどあれば……教えて欲しいなって!」
ニヘラっと崩し気味の笑顔でヒロインスマイル。
「来年か再来年?」
「はい。生徒会は3年生で入るのが主流だと聞いています。今年は事情が違うとは聞きましたが……」
「まぁね。そうか。だが、たしかに例年は3年生が生徒会を務めるな」
「はい! ですので今から頑張れば生徒会に入れるかなって!」
「……生徒会に入ってどうしたいの?」
「そうですね。一番は……お父様に自慢したい、って思っています!」
「父君に?」
「ええ! お父様は王宮にも関わる仕事をしているみたいなんですけど……。学園に居る間にお父様を見返す! それが私の目標なんです!」
「はぁ……。厳しい人なのかい?」
「ええ。そうですね。あ、親しくはあるんですよ? でも、貴族令嬢として、もっとお淑やかにとか沢山言う人でぇ……」
声で媚びっ。うふふふ。
ちょっとキャラを作り過ぎて『昔の私』とすら違う私になってきたわ。
「……お嬢」
後ろに控えていたヒューバートが呆れた声を上げた。……ほほ。呆れないでくれまして?
「それで後ろの彼は?」
「はい。お初にお目にかかります。メイソン侯爵令息。
私はルーカス・フェルクと申します。一応は伯爵家ですが、次男ですし、親もまぁ……。
高名な宰相閣下の家門と比べますと、しがない一貴族に過ぎません」
「ふぅん。彼女とは?」
「彼女、アリスは私の婚約者……候補なのです」
「候補?」
「そこはフェルク家とセイベル子爵家で話をしている最中ですので」
「ですから、まだ『候補』なんですよ!
まぁ、仲良くはしておくつもりなんですけどね!」
ここはヒューバートの立ち位置を誤魔化すために、私が嫌がっているわけではない風を装っておくわ。
幸い、私がアリスであることをジャミルは疑っていなそうだし。
「……ふぅん。そっか。婚約の話は進んでいるんだ」
「はい?」
「いや。すまない。変なことを言った」
「はぁ」
何かしらね、その少し残念そうな感じ。
「それで。生徒会を希望っていう話だね。それで今から出来ることを教えて欲しいと」
「はい!」
元気よく返事をするわ。令嬢らしからぬ態度よ。
「……ルーカスくんも?」
「俺は、お嬢が希望しているなら」
「お嬢?」
「ああ、まぁ、その。爵位とは関係なしで家同士の関係で、そう呼ぶようになったんですよ。
まぁ、俺はお嬢の『護衛』みたいなものなんで」
「へぇ」
私もヒューバートも素面でウソを吐きまくりね。
「生徒会は特に何かをしたから入れるって場所じゃないんだけど」
「そうなんですか?」
「ああ。まぁ、強いて言うなら求められるのは学力かな?
体力仕事よりは事務仕事が多くてね。領地経営や、商売を知っているとか。
あとは貴族について、それなりに把握している者がいいか。
必要な人材を求めているってところかな」
「そうなんですかぁ。あ、もしかして平民や下位貴族では入れませんか?」
「そんなことは決められていないね。学園内での身分は問われないから」
ここまでは普通の対応をされているし、ジャミルがこちらの正体を勘繰る様子はなし。いいわね。
「大変なんですね」
「まぁね。諦めるかい?」
「いえ! むしろ、やる気になってきました!
絶対、生徒会に入ってやるぞー! って! えへへ」
「……お嬢」
ヒューバートは、いちいち私の言動に呆れたような目を向けないでくれるかしらね!
「そうか。やる気はあるのか。君の方は?」
「そうですね。それなりに仕事は出来ると思いますが……。雑用があるなら、それのお手伝いとか。
そういう気持ちですね、自分は」
「ちょっとルーカス。ここはやる気を見せるところじゃないの?」
「……お嬢と違って、俺は別にそこまでじゃないんで」
なぁにかしら、その如何にもな、やる気ありません感は。
それも演技よね? 絶対、私の護衛・監視はしなくちゃなんじゃないの?
「生徒会と言ったら花形なんですから、希望者も多いんでしょう?
いくら自分に事務仕事方面に自信があるからって、彼ら・彼女らを押しのけては無理ですよ」
「……自信はあるんだ?」
「え? まぁ、はい。家の仕事をよく手伝っていたので。
店長の仕事の補佐とかですね。学園のことは勝手が違うし、また別の形で大変とは思いますが……。
やってやれない事はないと思います」
まぁ、さり気なく有能アピールするヒューバート。
やる気はないけど仕事は出来る感を出してきたわ?
店長の仕事の補佐も何も、貴方、その歳で店長そのものをやっていたでしょうに。
「ふぅん」
あ、ジャミルの反応も好感触。ちょっと。
私だけ落選して、ヒューバートだけ生徒会入りとかにならない?
私が生徒会に入れないのは運命っていうパターンかしら。
「でも、ルーカスくんはアリス嬢が入らないと来ないんだろ?」
「まぁ、それは、はい」
「そうか。そのアリス嬢はやる気があると」
「はい!」
考え込むジャミル。この時点で何を悩むことがあるのかしらね。
一応、このタイミングで彼に先んじて声を掛けた理由もあるんだけど上手く嵌まるかどうか。
「……実は、まだ生徒会は人数が揃っていないんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。まだ去年の生徒会から引き継ぎをしたばかりだからね。
それで、実は当てにしていた人が、どうにも……ダメみたいで」
「当てにしていた人?」
「ああ。まぁ、言ってもいいか。シェルベル公爵家の令嬢、アリスター・シェルベル嬢。
今、生徒会長をしているレイドリック殿下の婚約者の女性だ」
「へ」
「本当は彼女に生徒会に入って貰うつもりだったんだけど……。どうもよく分からなくてね」
「へ、へぇ……?」
あら? もしかしてアリスターを最初は勧誘する気だったの?
でもゲーム上では『私』が生徒会に入ったことはないはず。
私やヒロインの行動のせいで何か事態が変わったのかしら?
「なので希望者が居るのなら、実は今の時点で引き入れてもいいんじゃないかと思っている」
「え、じゃあ、今年から生徒会入りってことですか?」
「ああ。出来そうかい?」
私とヒューバートは、これみよがしに目を合わせる。
想定内でもあり、想定外でもある展開ね、これは。
だって、ヒロインが生徒会入りするのは二学期からよ。
前世で言うなら夏休み明けになってからぐらい。
……まぁ、でもその段階でヒロインを勧誘するぐらいだから『人手不足』は想定していたのよね。
でないとおかしいもの。
レイドリック様やジャミルといった有能なはずのメンバーだから、少数で回せていたのかしら?
「やりたいです!」
「……お嬢が行くなら」
「そうか。ただ、まだ実力を見たわけではないし、生徒会長の殿下に話を通さねば、正式には迎え入れられない。だが生徒会長には話を通しておくよ」
「本当ですか!?」
「ああ」
まぁー、これがトントン拍子というやつなのでは?
そうよねー。人員不足なのよね、この時期の生徒会。
ヒロインが相応しい『知性』のレベルに達するまで、かつジャミルの好感度を上げるまで、レイドリック様から生徒会入りのお誘いイベントは発生しない。
ゲームとしては、この時期のヒロインには他にやる事がいっぱいなんだから、それでも自然かもしれないけど。
現実で考えると夏休み明けの時期までヒロインが入る予定の『人員の空き枠』が残ったままで、生徒会は運営されていることになってしまう。
今回は、そのシナリオ的な穴を突いてみたのよ。
ズバリ!
『今は人手が足りていないんだから、押せ押せで行けば入り込めるでしょ』作戦!
ゲーム上の攻略にご執心の『ヒロイン』様だと、順当にイベントをこなすことを優先してしまうはず。
つまり、生徒会に入りたいアピールをするならば夏季休暇明けで、それまではジャミルの好感度上げに集中するはずだって、そう思ったの。
もっとド直球で生徒会入りを嘆願すればいい、という現実的な手段に気付かずにね。
「まだ分からないけど。だが安心したよ。生徒会に入れるかはともかく、色々とアリスター嬢に助けて貰うつもりでさ。正直に言えば困っていたところだったんだ」
「……はい?」
何ですって?
私はピシリと表情が固まったわ。
「どういうことですか?」
ヒューバートが私の代わりにその話を追求する。
「うん。ほら、彼女って殿下の婚約者だろう? それに優秀なことは分かっているから。
だから、生徒会の仕事も手伝ってほしいと思っていたんだよ」
「……それは、シェルベル公爵令嬢に生徒会に入って貰いたかった、という話ではなく?」
「もちろん生徒会に入って欲しかったさ。『俺は』ね」
「俺は、ということは生徒会長は許可していない、とか?」
「うーん。どうだろうな。そんなことはないと思うけど。でも、すぐには生徒会入りはさせなかったかも。
実力を見てから、とか。仕事が出来るか見てからとか。そういうことはした気がする。
今の君たちみたいに」
は? ちょっと待って。
ゲーム上、ヒロインのレーミルが生徒会入りする時期は、夏季休暇……夏休みの後の2学期からということになる。
生徒会入りフラグは『宰相の子』ジャミル・メイソンの好感度が一定値以上。
そしてヒロインの『知性』レベルが一定値以上なのが条件になるわ。
そのままが現実にも当てはまる場合、生徒会は人員不足のまま1学期を終えたはず。
その期間、彼らが少人数で生徒会を回していた……。
なのに、その期間に『私』に生徒会の仕事を任せようとしていた?
それも実力を見るためだとか。
生徒会入りさせる条件付けのために?
つまり……私に『仕事だけさせて』? 結局は生徒会入りを認めなかった、と。
そういうことかしら?
ねぇ、ゲーム上のレイドリック様……。
挙句の果てにレーミルを勧誘して生徒会入りさせたかもですって?
「お嬢」
「ん」
ヒューバートに声を掛けられて、強張っていた表情を無理矢理に緩める。
「じゃあ、お話してくださるんですね? ジャミル先輩!」
「ああ。また……そうだな。1週間後ぐらいにこの時間にここに来て貰えるかい?
その時には答えが出せていると思うから」
「はい! よろしくお願いします!」
最後に挨拶をして私たちはその場を離れていく。
ジャミル・メイソンは結局、私の正体を疑わないまま。
ただ人手不足が解消できるかもしれないと喜んでいた。
彼にとっての『当て』が外れて困っていたから。
「お嬢」
「……ええ。私、想像できたわ。『本来』の私が辿るはずだった、この時期の生活が」
「そうですか」
ゲーム上の『アリスター』は、学園に入学してから1年の1学期。
生徒会で彼らの仕事をこなしていた。
人手不足だから、正式な生徒会役員である彼らがこなすべき分の仕事まで。
だから少人数でも生徒会は運営できていた。
それは『生徒会役員入り』の条件としてレイドリック様に与えられるテストのようなものなのだ。
……そのテストをこなしていたからこそ、私は『生徒会入りして当然だと思っていた』ことになる。
それを2学期に入ってから裏切られるのだ。
私の代わりに生徒会の役員になるのはヒロイン、レーミル・ケーニッヒ……。
「……辿らなかった運命だったとしても」
ずいぶんとふざけた話だと、私は静かに怒りを覚えたの。