28 魔術授業
「このクラスにアリスター・シェルベルが居ると思うが来ているか?」
あら。レイドリック様の声ね?
私は授業の間にある休憩時間、クラスメイトたちと交流を取っていたところで、その声を聞きつけたの。
ヒューバート扮するルーカスも教室に居るわね。
「アリスター? シェルベル公爵令嬢は、このクラスではありませんが……」
「なに?」
言われてみると『私』のクラスってどこなのかしらね。
『アリス・セイベル』は確かにこのAクラスに名前があるのだけど。
アリスターは入学していないことになっていたりする?
それはないわよね。でも、このクラスじゃないんじゃない?
だって席が満席なんだもの。後で調べてみましょうか。
期末考査はアリスターとして受けないといけないもの。
「ジャミル。どういうことだ?」
「あれ? おかしいな。Aクラスって聞いてたんだけどな」
レイドリック様と連れ立って来ているのは『宰相の子』ことジャミル・メイソン侯爵令息。
緑色の髪と瞳の頭脳系キャラクター。当然ながら攻略対象キャラの一人ね。
「他のクラスじゃないですか?」
加えて一緒に居るのが『近衛騎士』のロバート・ディック伯爵令息。
ディック騎士団長の子。剣の才能は抜きん出ているけれど、更に優秀なお兄様が居るという。
彼も攻略対象の一人だ。
あの3人に私の義弟が加われば『高位令息ルート』の4人が揃うわ。
そう言えば義弟キャラことジークってね。
顔見せイベントでは『放課後』パートに登場するけど、出会うのは学園内じゃないのよ。
ヒロインとは王都の街中で初めて出会うことになる。
なにせジークは、私の義弟なんだけど、年齢はきちんと私の一つ年下。
つまり入学するのは一年後だから。
公爵令息に外でそんな簡単に会えるのか? と思うけど。
そこは元々、子爵家の出だったジーク。
王都に割と自由によく出掛けているのよ、あの子。あんまり知らないけどね。
……『ヒロイン』は、ジークに会いに行ったのかしら?
ゲームならともかく、現実でジークに会いに行くのはかなり面倒くさい。
それでもイベントをこなしたと言うのなら、その行動力だけは評価しなければいけないわ。
「あら?」
気付くと、まさかのレイドリック様がこちらを見ていたの。
私を見ている、のよね?
私はペコリと頭を下げてみる。
「殿下?」
「あ、ああ。いや。そうか。ここはAクラス……。アリスターは居ないか」
「はい」
何かしらね、あの反応。
まさか『私』を探しに来ておいて『アリス』の正体に気付いたなんてことないでしょうし。
今、バレて後から問い詰めるつもりとか?
そもそも何の用があるのかしら?
注目を浴びて居た堪れなくなったのか、彼らはすぐに去っていった。
「あの方、もしかして王太子殿下かしら。2年生の」
クラスメイトがそう言うので私は答えておくわ。
「殿下と呼ばれていましたし、きっとそうですよ」
「こちらを見ていなかった?」
「婚約者を捜していらっしゃったみたいですねー」
その婚約者は『私』なんですけどね!
「アリスター様、そう言えば私たちと同学年だものね。入学式でちらりとお見掛けしたけど、とても綺麗な方だったわ」
「まぁ……」
お世辞じゃなさそうで照れるわね。
「あの綺麗な赤髪の方ね。あれなら目立つもの。すぐに見つかると思うけど、そう言えば、どのクラスになったのかな?」
「……気になるわー」
きちんと書類とか確認すれば一発で分かりそうだけど。
アリスター宛てのものは公爵家の屋敷に届くでしょうし。
「私たちもお探ししてみる? お近付きになっておいて損はないわよ」
「ええ、公爵令嬢様でしょ。相手になんてされないわ」
いえいえ、お相手してもらってまーす。
「高位貴族のご子息・ご令嬢たちは学園でも派閥関係が強く影響されるみたいだからね。
まだ波風を立てない方がいいわよ、きっと。
クラスの中で仲良く、大人しく過ごしてましょうよ」
なんてクラスメイトが言うの。
とてもありがたいわ。その考え、大賛成。
「ふふ。まだまだ学園生活は始まったばかりだもんね」
と、私も下位貴族に交じって談笑して過ごしたのよ。ふふふ。
レイドリック様たちが何故、私を捜していたのかは気になるけど気にしても仕方ないわ。
だって次に私がアリスターに戻るのは、学期末の時だもの。
それまでの私は、いないいなーい。ふふふっ。
その日の午後の魔術授業。
魔術授業はBクラスと合同でやるみたいね。前世で言えば体育の授業枠かしら?
男女で分かれることがあって、その影響かもね。
乙女ゲームだけど、学園の教師には攻略対象が居ないのよね。いえ、ウソ。居るには居るけど……。
学園の講師よりももっと上。『理事長』に……『王弟』サラザール様が就かれているわ。
滅多に人前に顔は出さず、名前だけ。当然のように身分を隠して登場するの。
普段から学園に居るわけじゃないみたいね。
だから魔術の講師とか、そんな人物としては出てこない。
「……あ」
『ヒロイン』レーミルが授業に姿を見せた。
彼女、やっぱり隣のBクラスだったみたい。
とすると、本来の『私』もおそらくAクラスだった?
ヒロインと同じクラスって雰囲気じゃなかったもの。
それで、そのレーミルがキョロキョロと私たちAクラスの方を見ているの。
誰かを探すみたいにね。
目を付けられるかもしれない? ピンクブロンドの髪だから。
でも私のピンクブロンドの髪色だけど、この世界ではみんながカラフルヘアーなせいで、特に浮いてるって印象にはならないの。
まぁ、それでもレアな色っぽいけど、これウィッグだからねぇ。
私はレーミルと視線を合わせないようにクラスメイトと静かにおしゃべりする。
目の端で彼女の挙動を確かめながらね。
視線が逸れた瞬間を見計らって表情を盗み見るけど、不服そうなのがアリアリと浮かんでいた。
……初日のイベントをこなして『私』を貶めたいのかしら。
だとしたらタチが悪い。
私が転生者かどうかを見極めるつもりなのかもしれない。
明確にヒロインが悪役令嬢アリスターと出会うのは、この場面だもの。
そうして。魔術の授業が始まったわ。アリスターが現れないまま、ね。
見るからに動揺しているレーミル。ふふふ。
やがて各々が今使える魔術を見せて貰うということになった。
いきなり魔法を使えとか安全面は? と思うけど、よく考えたら貴族子女は家である程度は学んでくるものね。
「アリスター・シェルベル。皆に手本を見せて欲しいのだが」
と、教師がそう言い募った。
そう言えばこの学園、授業の出欠とか確認してないんじゃない?
サボり放題……。サボると困るのは明確にその生徒だけど。
曖昧にしたい部分かもしれないわね。なにせ生徒が貴族の子ばかりだし。
で、当然『アリスター』は名乗り出ない。
教師がこう言うってことは『私』の在籍クラスはAかBクラスなのね。
というよりも普通に『アリス』がアリスターの在籍を兼ねている扱い?
別人を入学させた扱いじゃなくて。
原作にはない私の作戦。細かい処理は、お父様や陛下に任せた結果ね。
「シェルベル公爵令嬢は、うちのクラスに居ませんけど……」
「あれ? おかしいな。Aクラスに居るはずだろう」
ざわざわと生徒たちも囁き合う。うん。普通にAクラス扱いだったわ、私。
じゃあ成績とかは『アリス』のものがアリスターに反映されるのかしら?
手を抜けないわね、それじゃ。
「お休みなのでは?」
「そもそもクラスに居ないんだけど……」
「Bクラスじゃなくて?」
あらあら。わざわざ私を名指しなんてするものだから変な騒ぎになっちゃったわ。
「あー、静かに。仕方ない。誰かやってみたい者は居るか?」
教師がそう問うと、率先して手を上げる生徒がチラホラと居るわね。
日本人だとこういう時には手を上げないわよねぇ、ふふふ。
授業のデモンストレーションのために生徒に魔法を使わせて、彼らの能力を把握。
魔法の得手不得手の見極めも大切よね。
私が使える中で得意な初級魔法は、やっぱり炎熱系。
ヒューバートは水系よ。
もう髪の色が、そのままそれぞれ得意な属性なところがあるわよね。
だけど今回は、あえて得意な炎熱系を使わずにおく。
ちょっとした工夫で出来る初級アレンジ魔法を見せてあげるわ。
「アリス・セイベルです。水魔法を使います!」
この世界の生活基盤は魔法で支えている。その中には勿論、洗濯なんてものも。
なのでここは定番、洗濯魔法……の前段階。
『シャボン玉』を生成するわ。
「泡の魔法です!」
ふわぁと私の前で広がっていく無数のシャボン玉。
攻撃性がなさそうで無害そうなイメージがグッド!
かつ、ヒロインのフワフワ感も演出できて一石二鳥よ!
「わぁ……」
「おお」
初級でもウケの良さそうな魔法は使えるの。
権威を誇示するには、やっぱり強力な魔法を使うのが一番だけど。
『アリス』にはベストマッチの魔法でしょう? ふふふ。
「ふむ。アリス・セイベルは水魔法のアレンジか……」
教師は特に私の正体を勘繰ることなく、さらりと流した。
アリスターとして魔法を使っていたら、どんな反応だったのかしらねぇ。
「レーミル・ケーニッヒ! 火魔法を使います!」
やがて順番が進んでいき、『ヒロイン』の番になった。
何かしら強力な攻撃魔法を使ってくる恐れがあるため、皆からは離れないよう、かつ教師の後ろ側に陣取り、申し訳ないけど盾にする。
「火の鳥!」
レーミルが使ったのは魔法で動物の形を模す中級魔法ね。
如何にも魔法的な魔法なんだけど、動物型にした後で『命令』を組み込めなければ、目を引く派手さ以外は無意味なもの。
威力自体は初級よりも上がっているかもしれないけど。
というか思ったよりも火力が大きいわね……。
「お嬢。俺の後ろに」
「え? ルーカス?」
レーミルと私の間には教師が立っている。
それに加えてヒューバートが目の前に?
「やっ!」
レーミルは火の鳥を空に向けて放ったわ。
別にいいけど、なんで空かしら?
命令の組み込まれていない火の鳥は、ただまっすぐに飛ぶだけ。
そのはずだけど。
「えっ」
高く空に打ち出された火の鳥は、方向転換をして、その頭を地上へ向けた。
心なしか、火の鳥の顔が私に向かっているように……。まさか?
ひやりと私の背筋に悪寒が走る。
授業でそんなことする? そもそも私に気付いて?
「──水の剣」
「へ」
ヒューバートが私の前で空の火の鳥を指差すように手を伸ばして、向けて。
いえ、指の形は親指を立てて人差し指を伸ばした、前世で言えば『鉄砲』を見立てた形で。
その人差し指の先に小さな『剣』が水魔法で生成されたのを私は見た。
パシュ! と、音を立ててその水の剣が射出される。
それは上空で方向転換した火の鳥へと着弾して。
パンッ! と音を鳴らせて魔法を打ち消したの。
「うおっ」
「!?」
ヒューバートのその動きに気付いていた者も居れば、意識を向けていなかった者も居る。
「……先生?」
「あ、うむ。レーミル・ケーニッヒ。火魔法か。今のは中級魔法だが、まだまだ未熟だな。初級魔法できちんと基本を学んでから挑戦するように」
「えっ、え? 今のは、でも」
「なんだ?」
「あ、い、いえ……」
レーミルは、またしても思い通りにならなかったのだろう。
かなり不本意そうだが引き下がるしかなかったようだ。
……しかし。
あんなのイベント通りじゃない。それに私を狙った?
まさか。気付かれる要素があっただろうか?
でも別にこちらを気にしてもいない?
「…………」
火の鳥が向きを変えただけでしかない。
ただ、ヒューバートはそれでも危険を感じたのか。
あの火の鳥が向きを変えた瞬間、自らの魔法で撃ち落としてくれた。
私を守るために。
「……ありがと。……ルーカス」
「どういたしまして。お嬢」
うん。なんだか。
ヒューバートもやっぱりヒーロー役なのよねぇ、って。そう感じたの。