27 ヒューバートイベント目撃
机の中にヒューバートからの手紙があった。見つけたのは今朝ね。
「呼び出し……?」
今の段階で、彼が悪意を持って私を貶めるとは思えない。
その理由も見当たらないもの。
どちらかと言えば公爵令嬢の我儘をサポートしてくれるお助けキャラと化している。
「あら。この場所は」
ヒューバートが呼び出した場所は、昨日、私が指定した場所だ。
彼の顔見せイベントが発生する廊下の、近くの教室。
昼休憩の時間帯で、いくら表向き私たちが婚約者候補の間柄といっても中身は別。
男女2人きりになるわけにはいかないから……。これは彼の配慮だったり?
お膳立てはしてくれたってこと。
目撃したいなら私が見ろとか、そういう?
事情を説明して欲しいのかも。
護衛の役目を捨てたりはしないと思うから、2人で連れ立って行くのではなく、別れて行動してから合流しようってことね。
「…………」
私は、無言のサインだけを彼に送り、何事もなかったように午前の授業を受けたわ。
教室だけど空き教室ではなく、前の時間に授業をしていた後みたい。
まばらに人が居て、特に私の存在に気を留める人は……居るには居るけど、容姿に反応したぐらいの人ばかり。
皆は、お昼の食事に行ったりする時間帯だから、残っていれば人は少なくなるかしらね。
しばらくしてからルーカスことヒューバートが来た。
でも、私たちは特に距離を詰めずになんとなくその場で時間を潰す。
そして、さらに教室から人が居なくなっていった後。
事件は起きたの。事件。即ちイベント。
教室のドアの隙間から廊下を見ると、そこには青髪の男子生徒が歩いていた。
おそらくヒューバートが用意したであろう人物だ。
……よく見つけたわね。昨日の今日で。
ヒーローたち以外にも彩色の髪色の人物は居る。
ゲームではモブどころか立ち絵すらない人々も、普通にこの世界には生きているのだ。
なので青髪自体は珍しくはない。
ヒーロー以外、全員が黒髪か茶髪とか、そんなんじゃないのよ。
そして青髪の男子生徒Aくんに対して、黒髪の女子生徒がぶつかっていくのが見えた。
……ぶつかるんだ。
レイドリック様にも、ぶつかろうとするし。
だいたい中庭や廊下で、特に他に気を向けているわけでもないのに、人にぶつかるってどうなのよ。
ぶつかり系ヒロインね。
「きゃっ?」
「うわっ!?」
しかも勢いが強い。喧嘩を売りたいのかしら?
「なんだよ!?」
お相手の青髪男子Aくんは、当然のように怒った。当然すぎる。
「えっ!」
相手の顔を見たヒロイン……レーミルが固まって、彼の顔を凝視したわ。
私の居る場所からじゃ正確にその表情は読み取れないけど……。
ヒューバートと思ってあの行動なら、彼の顔を見て違和感を覚えた?
『本物ヒューバート』は、ヒーロー役らしく美形の男子だ。
対して青髪の男子生徒Aくんは……普通、かしら。
殊更に貶められるような容姿ではないけど。
なんとも絶妙な人選。ヒューバート、ナイスよ。
「だから、なんだよ!?」
「え、あ、あの。なんでも……」
「なんでも、じゃねぇよ! ぶつかってきておいて!」
「そんな……私は、そんなつもりじゃ」
「つもりかどうかなんて関係ないだろ! くそっ。うぜぇ……」
Aくん何故か既に激おこじゃない?
ヒューバートったら、何して彼を呼び出したのかしら。
そのままAくんはレーミルを無視して去っていったの。
絶句して固まったまま、その後ろ姿を見守るヒロイン。
思わずといった体で漏らした台詞を私は聞き逃さなかった。
「アレが現実のヒューバート? やっぱり『実写』って夢がないわけ?」
と。
「でも、王子たちはイケメンだったのに……」
どうも出会ったヒューバートの容姿に納得がいっていないようだ。
まぁ、比較対象を見なければ何とも思わないけど、並みいるヒーローたちのご尊顔を拝見した後ならば、その気持ちは分からなくもない。とても失礼だけど。
「…………」
チラリと本物ヒューバートの方を見ると、眉間に皺を寄せて様子を窺っていた。
場所は、私からは離れた方の教室の扉付近よ。
「……あ!」
ん?
「『あの人、なんだろう……?』」
ぶふっ!
い、言ってる! 『台詞』言ってる! 誰もいない廊下で!
別に言わなくていいでしょ、その台詞! 独り言なんだから!
臨機応変に対応しなさいよ。
しかも、つい口に出したのじゃなくて思い出したように。
「…………行こっ」
私が吹き出すのを堪えている内にレーミルは去っていった。
私たちのことは気付かれなかったみたいね。……ふぅ。
「……はぁ」
ヒューバートが、こちらに近付いてくる。
「もう行った?」
「ええ。なんですか、あの女」
「うーん」
『あの人、何だろう』は、こっちの台詞だとしか言えない。
「俺を探していたってことですか? なぜ?」
「なぜかは、今はまだ、はっきりしないわねぇ」
顔見せイベント自体はゲーム上、強制的なものだ。
2周目からはスキップできるものだけど。
それをなぞるなら、ヒロインとしては消化しておかないと不安なイベントかもしれない。
今の段階で誰狙いかは明確に絞れないってこと。
でも、ハッキリしたことはあるわ。
それは、あの子、間違いなく転生者。私と同類だってこと。
ゲーム知識を有している転生者であり、またゲーム通りに事を進めようと考えている。
偶然にヒーローたちと出会っているのではなく、故意にイベントを発生させようとして動いているの。
「ふぅん……」
それは、つまり『悪役令嬢を蹴落とす気がある』ということに他ならない。
他のゲームと違い、ヒーローごとのライバル女が別にいるのではなく、悪役となる相手は概ねアリスター・シェルベルだけとなるのが私の知る原作の内容だ。
それでもレイドリック様以外を狙うなら、私は別に彼女の邪魔はしないけど。
現実の、この段階でレイドリック様に会いに行ったのは間違いない。
私の知らないケーニッヒ家の事情があって、やむをえず乙女ゲームの知識を使って……とか。
そういう可能性もなくはなかったけど。
現実の彼女はどう?
ヒューバートがゲームと違って、そこまで美形じゃなかったことに不満を漏らすような女。
どうも貧乏で切羽詰まった事情があるとか、そんな線はないように感じたわ。
だいたい貧乏が理由での行動ならヒューバートは狙わない。
大商人の子、ホランド辺りを狙うのがベターだろう。
侯爵令息とはいっても、ヒューバートは次男だから侯爵家は継がない。
王家の影の給料がいくら高いとしても、他のヒーローと比べれば、わざわざ相手に選ぶのはおかしい。
「……お嬢はもしかして、あの女をどうにかしたくて今みたいな事をしているんですか?」
「ん」
なかなか鋭いところを指摘してくるわね。流石は捜査官枠のヒーロー。
「ううん。正確には、これからどうするかを決めるために色々と手探りなの。
まだ私がどうするかを決めかねているから、こうしているのよ」
「はぁ……?」
「殿下のこれからの動きも気になるし。あの女については警戒度を引き上げなきゃいけないことも、これではっきりしたわね」
「警戒度ですか。……他国の間者ですか?」
「間者、の線は……ないと思いたいけど」
ヒロインが実は他国の間者ねぇ。
高位令息を引っ掻き回されたら、国としては似たようなことになりかねない。
「本人にその気はなくても、危険はあるかもしれないわね」
「……では俺を探していた理由は分かりますか?」
「お近付きになりたかったからじゃない?」
「俺と?」
「ええ」
「…………」
あ。『王家の影』候補に意図して接触しようと図るって、かなり問題行動なんじゃない?
まだ彼がそういう存在だと口にしたわけじゃないけど。
それを口にしたが最後、間者の疑いは免れなくなる。
私の場合は、王妃教育で習ったか、陛下から聞いた可能性があるから、そうはならないはずだけど。
それを利用してレーミルを排除するのも手……いえ、ダメね。
レイドリック様が私に冷たい態度を取っているのは現状、レーミルには関係がないもの。
私が解決すべき問題として、ヒロインの排除は何の意味もない。
むしろ、イベントを正確に進めようとしてくれるなら、彼女は今後に必要な要員と言える。
「リンデル侯爵令息に婚約者がいない次男がいることを知っていた、とか。あ、いなかったわよね?」
「いませんが。そうですか。この場所まで指定したお嬢は何なのかという疑問にぶつかるのですが」
「それは……まぁ、おいおい話すつもり。たぶん」
どうなのかしら。
王家からの命令で私の護衛、アシスタントに付いているのなら話していいかどうか。
転生なんてことを説明しても頭がおかしいと思われるだけかと思う。
仮に信じられたとしても破滅フラグが強引に回避されただけでは、レイドリック様の態度が変わる保証がない。
レイドリック様に反省が必要なのよね。どうしたって。
私の気持ちの面でも、将来抱える問題についても。
「……ふぅ」
思い悩む私にヒューバートは呆れたように溜息を吐いた。
「お付き合いはしますよ、お嬢。それで、次はどうされるんですか?」
「ありがとう。そうね。次は……」
レイドリック様の個別イベントはまだ先。
その前にあるのは……魔術の初回授業イベントね。
そのイベントを経た後で通常項目に『魔術鍛錬』が追加され、魔力のステータスアップが出来るようになる。
また授業では、アリスターの面目が丸つぶれになるイベントよ。
例の『華麗な初級魔法』で自慢する私と、『派手な中級魔法』でぶち壊しにするヒロインの構図。
残念ながら今の私は、彼女を凌駕するような中級魔法は修得していない。
原作と同じく初級魔法を修めて、魔力コントロールが人よりもできるぐらいの優位性。
魔力量自体は、かなり多いけれど、それも鍛錬で伸ばせる項目に過ぎないわ。
『アリスター』の私なら鼻を明かせず、煮え湯を吞まされることになるんだけど。
今の私は『アリス』だもの。公爵令嬢の面子を守る必要はない。
周りの女子たちと、わいわい盛り上がれればいい程度ね。
「……あら。そもそも同じ授業なのかしら」
「何がです?」
「いえ。魔術の初回授業で、私とあの女が一緒に受けているはずなんだけど」
「何を言っているのか分かりませんが。あの女のクラスは?」
「知らないわね」
「…………」
あ、そのジト目は止めて。私だって色々と分からないことは多いのよ。
「……魔術の授業は隣のクラスと合同になります」
「ふぅん。じゃあBクラスと?」
私とヒューバートはAクラス、前世だとA組ってヤツね。
別に実力差でのクラス配置じゃないわよ。
「あの女、B組かしら」
「組ってなんですか」
「クラスね、クラス」
まぁ、何にせよ。
「とりあえず、あの女の名前はレーミル・ケーニッヒ。男爵家の令嬢だけど、以前までは貴族名鑑に名前が載っていなかったわ。庶子かもしれないって考えているけど、調べたわけじゃないから」
「調べてないのに知っているんですか」
「これでも私、国内貴族については学んでいますので?」
「……学びますかねぇ。男爵家の令嬢についてまで」
原作方面のイベントは、裏から手を出すことができるのが分かってきた。
あとは、そろそろ別の動きがあるかもしれないわ。
まず、アリスター・シェルベルが王立学園に通っていない。
……その影響はどう出るかしらね。