26 作戦会議
学園3日目。
私は、クラスメイトとの交流を始めた。
公爵令嬢かつ王妃教育を受けた『私』を隠し、前世の知識と昔の自分の在り方を思い出しながら『子爵令嬢アリス』を作り上げて。
今はまだ『王太子殿下にすり寄る女』ではないからね。
なので昼休憩の時間は、クラスの女子生徒に声を掛けてみたの。
話題の種はあったわ。それはルーカスこと、ヒューバート。
『まだ婚約者候補なんだけど……』みたいに、どういう関係かを話題に使ってね。
そこからは相手のことを聞く側に回る。
前世一般人なので、身分を問わず相手を尊重できている……と良いわね。
ただの公爵令嬢よりはきっと、うん。
客観的に言えば、私は悪役令嬢らしい気質なのは間違いないわ。
だから暴走しないように自分を律する必要はあるわね。
それでよ。
ヒューバートには今日、昼休憩の時間は別行動を取って貰ったの。
私の護衛が目的なので渋られたけど。
ちゃんと私が『アリス』をやれてるのと、学園の治安の良さのお陰ね。
ヒューバートには昨日の中庭でレイドリック様を確認して貰ったわ。
そうして放課後に学内カフェで報告を聞く。
「どうだった? ルーカス」
「黒髪の女子生徒が、殿下にぶつかろうとしてましたね。
明らかに故意に。狙って。昨日のお嬢みたいでしたよ」
「やっぱり」
ヒロインの中身が転生者か否かに拘らず、彼女は意図的に王子にぶつかりに行っているんだ。
そんなことをする女だってことは、もしかしたらゲーム上でも語られてないだけで、悪役令嬢は冤罪を仕掛けられていたりした?
「やっぱり?」
「……それで? 貴方はその子のこと、好きになったの?」
「は?」
忘れがちになるけど、ヒューバートもれっきとした『攻略対象』なんだもの。
でも、今の状況だと、どうなるのかしらね。
『ヒューバート』としては出会わないんだけど。
ヒロインが転生者だとしても、きちんと攻略情報に基づいて考えるかは未知数かも。
なんでも自分に都合がいいように考えるタイプで、イケメンだったら『私の知らない隠しキャラね!?』とか考えるかもしれない。
「容姿は可愛かったかもしれませんけど、なんで俺がアレを好きにならないとダメなんです?」
「ダメってわけじゃないけど。貴方の好みかなぁ、って」
「お嬢は本当に何を言っているんですか? 貴方が俺の好みを知っているとは思えませんが」
「それは……まぁ、はい。ソウデスネ」
ヒューバートルートって『相棒』って感じで、ちょっと恋愛感が薄いのよね。
それこそ今の私たち程度の距離感というか。
いえ、流石にもっと信頼し合ってる感じになっていたけどね。
乙女ゲーだから彼の好みはヒロイン、って思い込んでいたけど。
客観的に言うと別にストーリー上でも好みだった感はなかったような?
「まぁ、その。その女には気を付けてね? 貴方の正体がバレると近寄ってくるかも」
「……それは、どうしてそう思うんです?」
「うーん。まだ確信は持てないかなぁ」
顔見せイベントを意図的に起こしたとしても、まだ殿下狙いかは微妙なラインなのよね。
最序盤の顔見せ順で言うと、レイドリック様は6番目の登場。王子なのに。
今の時間だと7人目のヒーローの顔見せイベントが発生していてもおかしくない。
ヒューバートの順番は最後だった。つまり、明日の昼休憩の時だ。
「ルーカス。明日の昼休憩の時間にね。
誰か、貴方ではない青髪の男子生徒を、一年校舎の2階廊下へ向かわせる事とか出来ない?
そして離れた場所から、それを確認するとか」
「はぁ……?」
無茶振りを承知でお願いしてみる。別に絶対ってわけじゃないんだけど。
「なんでそんなことを?」
「貴方に注目をさせないため?」
「…………」
「それから彼女とぶつかった後の殿下は、どんな反応だったか見た?」
初見で一目惚れとかじゃなかったはずだけど、そこはヒーローとヒロイン。分からないわよね。
「……ぶつかりませんでしたよ」
「え?」
「昨日の今日だからか、殿下も警戒して歩いていた様子です。
そのため、故意にぶつかろうとしていた件の女の突進を避けていました」
「あらまぁ、本当? やったわ」
ちょっとレイドリック様のイベントがズレるようにって思ってたのよね。
なので昨日は余計な台詞をつけ足しておいたの。
それが本当に効果があるなんて。
まぁ、好感度アップイベントじゃなかったのが惜しいけど。
ヒロインの邪魔は出来る。そしてイベントは奪える。
「ふふふ」
「あ、その笑い方。よいですね、お嬢。『悪役』って感じで似合っていますよ」
「……余計なお世話よ」
ピンクブロンドになっても悪役令嬢の魂は変わらず、なのよね。
まだ序盤かつ共通ルート期間。
だからレイドリック様単体のイベントは少ないの。
どちらかと言うと顔見せが済んだ後は『ゲーム部分』の方のチュートリアルに入るわ。
ヒーローたちに会うのが『朝』『昼休憩』『放課後』の1日3回。
それ以外の時間、ヒロインは何してるのかと言うと、現実では授業を受けているはず。
でもゲーム上だと、その間の時間はヒロインのステータスアップの割り振りになるのよ。
『勉強』をすれば『知性』が上がり。
『運動』をすれば『体力』が上がる。
少し先になると『魔術鍛錬』も項目に加わり、それを選べば『魔力』が上がるわ。
ヒーロー9人の攻略は、それぞれ選択肢による好感度の変動や、ルート選択も影響する。
でも、ちゃんとグッドエンドまで辿り着けるかは、ステータスによっても変化があるの。
ステータスが足りてなければバッドエンドとかノーマルエンドになるわよ。
レイドリック様とのグッドエンドには、少なくとも『知性』と『魔力』ステータスを、かなり上げてなければいけない。
現実的に考えたら当然よね。
仮に私が勝手に破滅したとしても、優秀でなければ王太子妃になど選ばれるはずがない。
実際、バッドエンドの一つとして『愛妾エンド』が存在するわ。
レイドリック様の好感度が高い状態で『知性』ステータスが著しく低い場合にそれが起きる。
『魔力』も一定値以上あることが条件ね。
……要するに魔力だけを子供に期待された孕み腹。現実で考えるとね。
「その子の動向、出来れば察知されずに探りたいわね」
「……見掛けない女子生徒でした。公爵家や、侯爵家の令嬢じゃありませんよ」
「見掛けで相手の身分が分かるなんて、私たちが言えるかしら?」
「……ごもっとも」
公爵令嬢と侯爵令息だものね、私たちって。
それが今は髪の色の違う、子爵令嬢と伯爵令息なんだけど。
ヒロインが殿下狙いなら、きちんと勉強や魔術鍛錬をするのかしら?
現実でやると地味で苦しいものになりそうだけど。
とりあえず明日の昼休憩。
本来はヒューバートの顔見せイベントがあるはずの場所へ、ヒロインが現れるか否か。
それを確かめておきたいわね。
その間、私は大人しく過ごすわよ。目下の課題は、クラスでの友人作り。
レイドリック様の次のイベント発生までに状況を把握しないと、ね?