25 ファーストイベント(レイドリックside)
「……来ませんでしたね。シェルベル公爵令嬢」
ジャミルのその言葉にレイドリックはギロリと彼を睨みつけた。
まだ新・生徒会は前期からの引き継ぎを処理している段階で本格的には動いていない。
生徒会長であるレイドリックには生徒会の人員を構成する権利がある。
ジャミルは副会長ではなく、まだ一役員扱いだ。
「明日にでも顔を見せるだろう」
「そうですね」
入学式の日。アリスターはレイドリックの前に姿を見せなかった。
特に約束したわけでもないにも拘わらず、レイドリックは苛立ちを隠せないでいる。
けれど、翌日。まだ午前授業しかない学園生活初日。
その日もまたアリスターは姿を見せなかった。
学園に入学したのだから、婚約者に挨拶に来るぐらい普通のことだろう、と。
レイドリックはさらに苛立ちを感じる。
そんな姿を隣で見ながらジャミルは溜息を小さく吐いた。
(これ、噂は彼女の耳に入っているな……)
レイドリックのこの1年の動きを、彼女はきっと知っているのだ。
だから姿を見せないのだと悟った。
ジャミルとしては早期に生徒会の人員を充実させて欲しい。
能力があることは分かっているし、立場的にほぼ確定なのだから。
さっさとアリスターには参加して貰いたかったのだ。
(このまま姿を見せないで2人の諍いになるか、距離が開いたまま不仲説まで出たら)
面倒くさいが、流石にそこは王家と公爵家で解決してはくれるだろう。
ジャミルとしては今、問題なのは生徒会の人員が揃わないことだった。
そして今のままだとアリスターは期待できないことが予想できる。
「……生徒会の役員ですけど。シェルベル公爵令嬢は置いておいて、例年通り、3年生・2年生から選ぶのはどうでしょうか。3年生は選び辛いところがありますが」
身分制度のある国の学園、その生徒会。王族のレイドリック。
それだけでもややこしいところだが、学園の中では1年、2年、3年という、この年頃特有の差や、仲間意識がある。
たった数歳差とはいうが、この時期の交友関係は一生ものだ。ばかにできるものではない。
だから2年であるレイドリックに、3年の誰かが下につくのは気まずいものがある。
それでも王族に近付ける、という気持ちでやってくる者は居るかもしれないが。
元々、生徒会自体も1学期の間中に徐々に形を整え、2学期以降に本格的に運営していくといった場所だ。
3年から次の3年生、つまり2年生に引き継ぎがあり、そのまま機能を受け継ぐことが多い。
ただし、今年は1年だったレイドリックに引き継いだ関係で妙な空白が出来上がってしまっていた。
今の3年生は前年、生徒会には入っていなかったのだ。
「声を掛ければ応じるかもしれませんが、3年生は他にやることが決まっている者も多く、今さら生徒会に入るのは難しいかもしれません。2年も今から声を掛けて応じて貰えるかどうか。
来年もレイが……、レイドリック殿下が生徒会長なのですから、むしろ最初から今期の1年生を選ぶのもアリですね。
卒業と同時に生徒会は例年通りの運用サイクルに戻せますし」
「……そうか」
「まぁ、シェルベル嬢については、あちらもまだ学園に慣れるのに精一杯と考えれば、しばらく様子見ですね」
「ふん。さっさと役員を決めてしまえばいいな」
「……まぁ、それでもいいですけどね」
それから学園初日もあっという間に過ぎていく。
苛立ちを覚えつつ、様子見に決めたレイドリックたちは、アリスターには構わず、新たな役員を選定しに動いていた。
そのため、授業以外で動ける間は目ぼしい生徒への声掛けを行う。
レイドリックがそういった活動の途中、中庭で。
「きゃっ!」
「っと!」
レイドリックは一人の女子生徒にぶつかる。
装飾の色からして1学年の女子。
……ピンクブロンドの長い髪をした愛らしい女性だった。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……。問題ない。そちらこそ平気か?」
ただ、ぶつかってしまっただけのことを、かしこまって謝るその姿。
まだまだ礼儀作法が未熟な令嬢のようだとレイドリックは微笑ましく感じる。
「いつも、この中庭では走ってしまって! 前も人にぶつかってしまったんです」
「……そうなのか? それは、また。困った子だね」
(いつも? 入学したばかりだろうに。慌ただしく過ごしているみたいだな)
「次からは私も気を付けるとしよう。今度はぶつからないようにね」
「あ……は、はい」
恥じらいを見せる彼女の様子にレイドリックは悪くない気分だ。
ただ、彼女はいつもレイドリックにすり寄ってくる女子生徒たちと異なっていた。
特に彼に興味がないらしいことが窺えて、レイドリックは残念に思う。
「お嬢ー。大丈夫ですか?」
そこでピンクブロンドの少女に話し掛けてくる男が現れる。
彼もまた1学年のようで、レイドリックが誰かは分かっていない様子だ。
「……連れが呼んでいるようだ」
「そうですね。改めて、すみませんでした」
元気よく頭を下げてから、遠慮もなく小走りで去り、呼び掛けた男の元へ向かう少女。
「…………」
この学園には当然、自分のように婚約者がいる令嬢や令息が多い。
だから、ピンクブロンドの少女にも、そういう存在が居るのだろう。
レイドリックはそれを知り、ますます残念に思いながらもそれ以上、深く考えることはしなかった。
そして、また翌日。
彼が中庭に通り掛かった時、思わず昨日のピンクブロンドの少女の姿を探してしまう。
レイドリックは、そのことに自分でも少し驚いた。
ただ、ピンクブロンドの少女を探してしまいながら歩いていた影響がある。
「あっ……」
「なんだ?」
「えっ!?」
レイドリックに向かって黒髪の女子生徒が、ぶつかるように突進してきたのだ。
だが、彼は周りに注意していたので、ぶつからずに済んだ。
「……何か用か? 私に向かって走ってきたように思うのだが」
「え、あ、い、いえ! その!」
女子生徒を最大限に警戒する。
(まさか女子生徒が王子を狙って白昼堂々、襲いかかってきたとは思いたくないのだが……)
「『ご、ごめんなさい。大丈夫ですか!?』」
「……ああ」
芝居じみた台詞にますますレイドリックは厳しい目を向けた。
「あ、あれ? えっと。『わ、私は平気です。あの、本当にごめんなさい』!」
「……君が平気かどうかなど気にしていない。君がぶつかる勢いで走ってきたんだろう? 心配すると思っているのか?」
「えっ……」
レイドリックは溜息を吐いた。
(この子はアレか。他の女たちと一緒だな)
自分が王子だと知っていて、無理矢理に知り合いになろうとしたのだろう。
レイドリックはそう考えた。
彼とて可愛い容姿の女子は拒む理由もない。
だが、ピンクブロンドの少女との再会を少し期待していた彼にとって、このタイミング、この場所でぶつかろうとしてきた黒髪の女子生徒に苛立ちを覚えてしまう。
「……私は、もう行くよ。前を見て移動するよう心掛けてくれ」
「え? あ、え? ええ?」
黒髪の少女が上げる困惑の声などレイドリックは気にすることはなかった。
今年、最後の更新です。
よいおとしを。