24 ファーストイベント
「いいこと、ヒュー……ルーカス」
「へい、お嬢」
「何が『へい、お嬢』よ。何なの、その下っ端言語は」
ヒューバートって、こんな従者キャラじゃないわよね!?
王家の影見習い、寡黙な仕事人というのが売りの攻略対象なんだけど!?
「アリス嬢には従うようにって色々とありますので」
ヒューバートこと『ルーカス・フェルク伯爵令息』は、私の従者の真似事をし始めた。
まだクラスに友人が出来ていない内から男子とばかり絡む女子になっている現状に焦りを感じたり。
女子グループに所属しなくちゃなのよ、もう。
学園生活を楽しむにはそれが大事よ。
男子にモテるより、むしろ少しモテなくて、意中の相手の気を惹くにはどうするかとか。
ああだこうだと言い合うのがいいんじゃない。
いえ、それもどうかと思うのだけど。
前世の記憶と憧れがごっちゃになっているわね。
「ルーカス。そのキャラで学園生活乗り切るつもり……? 演技だと疲れるわよ。先は長いんだから」
「アリス嬢がそれを言いますかね」
「私は、私のままの私だからいいのよ」
ピンクブロンドのヒロインは、この世界には居ないもの。
居るのは黒髪・黒目の日本人系ヒロインよ。
なので正確には『昔の私』をモチーフにした、私の知識にある小悪魔系ピンクブロンドを再現することによってレイドリック様を篭絡する作戦なの。
あと一番は、悪役令嬢ポジションを回避して、第3者視点からヒロインとヒーローたちの動きを観察することね。
「とにかく、いいこと。あくまで貴方は『婚約者候補』に過ぎないのだから。距離感は大事にしてね」
「当然分かっていますよ、お嬢」
「だから、お嬢って呼び方……」
もういいけど。違和感しかないじゃない。
ヒューバートルートでの彼は、相棒ポジションとはいえ、もっと捜査を先導するような頼れる先輩タイプだったはず。
なのに、現実の彼は髪の色は変えているわ、キャラも謎の下っ端キャラだわ。
謎過ぎない? 彼も転生者だったりしないわよね?
今までそんな素振りはなかったけど……。
「それで本日からのご予定は?」
「私の『ヒロイン』計画を押し進めるのよ」
「……ヒロイン計画?」
本気で意味が分からない、というような表情を浮かべるヒューバート。
「ええ。私がレイドリック様のヒロインになるの。彼を攻略するのよ」
「攻略……? えっと? すみません。私には理解しかねる計画のようで」
「本当にぃ……?」
「はぁ。本当ですが」
私はいぶかしげに彼を見る。
ゲーム世界転生者としては、誰彼構わず転生者じゃないかしらと疑っちゃうのよね。
これ、適度にしておかないと病気の類になりかねないわ。
何より私は現地人。アリスター・シェルベル。
惑わされ過ぎてもよくないわよ。
「それで。大目標は分かりましたが、もっと直近の行動はいかがなされるんです?」
「レイドリック様と『出会い』を演出するわ!」
「…………」
あ、ヒューバートのしっぶい顔。
レアな立ち絵イラストねー。見た事ないわ、ゲームで。
『お前、会ったことあるだろ』感が凄いの。
「アリスとしては初めてお会いするのよ」
「それはそうかもですけど」
「ヒュー……ルーカス。プランはある?」
「はい?」
「いえ、彼と出会うのに良い計画とか」
「それを俺が組み立てるんですか?」
別にそういうわけじゃないんだけどー。
変装のプロとしてのアドバイスとか欲しいじゃない?
今のところ、誰も私のことをアリスターだとは思ってないけどね。
「……はぁ。とりあえずバレるかバレないかが、最初で決まりますね」
「そうよね。普通に顔を見てバレる可能性だって高いのよ」
「それでよく、この計画をやろうと思いましたね……」
「それはね。勝算があるのよ。だからね。最初に彼に『可愛い』と思わせられるかがポイント。
ちなみに私の計画では、明日。教室から食堂へ向かう途中の中庭で彼とぶつかる予定よ」
「なんでそんなに具体的な場所指定なんですか? 日時も明日ですか?」
「……色々とあるのよ」
運命の強制力がある場合、悪役令嬢アリスターの不在はどう響いてくるのか。
単純にイベントをこなしていけばヒーローたちは、なびくのか。
それとも変装しようと行動を変えようと、アリスターとレーミルの役割は変わらないのか。
検証期間があまりにもなさ過ぎたわよね。
「まず、明日じゃなく今日ではダメなんですか? 早い方がいいと思いますけどね。殿下にバレるかどうかが一番重要でしょう。それ以降の計画とか、それによって変わってきますよ」
「……う」
まぁ、そうよね。バレちゃったらどうなるか。
うーん。私に苛立っている彼でも流石に困惑しそうだわ、今の私を見たら。
「でも、今日か」
どうかしら。流石に学内行事系のイベントは日程を変えられないけど。
顔見せだけのイベントに細かい日時は関係ないんじゃない?
それに、もしかしたらヒロインのレーミルより先んじられるかも。
乙女ゲーム通りに順当にイベントをこなすつもりなら。
或いは、ただのヒロイン・レーミルであれば日程はズレないかもしれない。
今の私と同じようにレイドリック様一点狙いにする可能性もある?
でも、そうするなら、まずは無難に『高位令息ルート』を進めようとすると思うのよね。
つまり最低でも『近衛騎士』ロバート、『宰相の子』ジャミル、『公爵令息』ジーク、そして『王太子』レイドリック様の4人には絡んでいこうとするはず。
ちなみに義弟のジークは私の計画について知らないし、お父様にも伝わらないようにと釘を刺しているのよ。
「高位令息ルートに進みたいなら、今日はジークとロバートのところへ行くはず」
加えて今日、起きる予定の顔見せイベントには『大商人の子』ホランドのもあるの。
きちんと運命通りを狙うなら、朝の時点で彼とは出会いに行っているかもだわ。
「何が何です?」
ぶつくさと呟く私に、距離を保ちつつヒューバートが尋ねてくる。
「……いいわ。当たって砕けて見せる。今日、決行するわよ」
「かしこまりました、お嬢」
なんだか変なお供、インチキ下っ端チンピラみたいなキャラと化したヒューバートを伴い、私は中庭へと向かった。
「そもそもレイドリック殿下って、この時間にここを通るんですか?」
「……さぁ」
「さぁって」
だって本来のイベント発生日は明日なんですもの。
でもルーティーンとしての行動で発生した場合、レイドリックは通常通りなのを単にヒロインが向かっただけの話になるはず。
ほぼ固定の場所にいる男たちと違って、ヒロインの行動って無軌道過ぎて怖いわね。
あっちに行ったり、こっちに来たりするのよ。不審者過ぎないかしら?
「あ」
「え?」
「歩いてますね、こちらに向かって」
「あら、本当? ビックリね」
「自分で言い出したくせに……」
ヒューバートが先んじてレイドリック様を見つける。
普通に女子生徒に囲まれての登場ね。
……あれは『きゃー、ぶつかっちゃいましたぁん』アタックは無理筋じゃない?
先に女子たちとぶつかるわよ。肉の壁かしら?
「ちょうど別れて、こちらに来るんじゃないですか? 彼女たち、3年生の女子生徒ですよ」
「え? あ、そうね。向かう先が違うから……」
あっちもあっちでルーティーンなのかしら?
ちなみに制服に付いている小物の装飾の色で学年を分かりやすくしているのよ。
「自然とレイドリック様とぶつかれるかしら」
「ぶつかるんですか? そうですね……。それって俺と一緒だとまずいです?」
「うん? うーん……」
「俺と話しながら歩いているなら、ぶつかっても自然ですけど。
一人でこの空間の広さで歩いててぶつかるのは、もう意図してじゃないと無理ですよ」
「たしかに」
中庭よ、だって。それなりに広いのよ。
それなのに、どう彼とぶつかるの? ごく自然な形で。
ヒロインって……自らぶつかりにいってる? ゲーム上の彼女も。
学内だからか、はたまた女子生徒と仲良く会話していたからか。
レイドリック様の近くに側近がいない。
彼がわざと遠ざけたのだろうことは想像に容易かった。
とすると、彼のこの動きは側近との合流ルート?
学内には警備もそこかしこに立ってはいる。
貴族子女が多く通う場所ですもの。それは当然。
王族だろうと公爵令嬢だろうとそれなりに自由に動けるのが学園という場所の良さでもある。
「時間差で、少し距離を置いて、貴方との予定があった風に自然な雰囲気を装うことは出来るかしら?」
「じゃあ、それでやってみましょうか。さっさとしないと行ってしまいますし」
「ええ、そうね」
当たって砕けろ。
ええ、その気持ちでレイドリック様にぶつかるの。
素早くヒューバートが配置につく。
中庭を突っ切ってレイドリック様の前……こちらを振り向いてないから横……を通り過ぎたの。
チラリと顔を向けられると視線が合ったわ。
彼の足跡を追えってことかしら。
少し速めに歩き、彼の動きだけを追えば斜めからレイドリック様が。
視界の端に捉えつつも別方向を向いて、私は進み。そして。
「きゃっ」
「と!」
見事、私たちはぶつかることになったわ。
よし! 第一段階クリア! 次はヒロインの台詞よ。
「『ご、ごめんなさい。大丈夫ですか!?』」
「あ、ああ……。問題ない。そちらこそ平気か?」
その時、昼の太陽が彼の顔を照らし、眩しく輝かせた。
こ、これはまさに……『初登場シーン』のレイドリック・スチル!
密かな興奮を覚える。私は今、まさにゲーム世界を再現しているのだ。
VRゲームをプレイしているような高揚感よ。これは仮想現実じゃなく、現実だけどね。
「『わ、私は平気です。あの、本当にごめんなさい』」
「いいんだ。私も不注意だったからね」
まったくゲームの通りに。レイドリック様は反応したの。
これは……恐ろしいわね。
こんな体験をしてしまったら、転生者系ヒロインが『この世界はゲームの世界なの、ヒロインは私なのよ!』と思い込むのも理解できてしまう。
まさか、そのまま同じ台詞の応酬が始まるなんて思わないじゃない。
「『あの。お怪我はありませんでしたか?』」
「大丈夫。キミが気にすることは何もなかったよ」
茶会で見せた高圧的なレイドリック様とは打って変わって、まさに貴公子、王子様然とした優しい態度を見せるレイドリック。
思惑通りなのだけど……。
同時にがっかり。やっぱり彼、私だって気付いていないわ。
目もばっちり合って瞳の色も、顔も見ているのに。
……分からないぐらいに『私』に興味がありませんでしたか、レイドリック様。
お慕いしていた気持ちが、ぐんとマイナス側に傾いていった。
「『そうですか。それは良かったですけど、本当にごめんなさい』」
「ああ。気にしなくていい。次からは気を付けるようにね」
「『は、はい! 分かりました!』」
ここまで台詞。でも私は少しだけ言葉を足してみた。
「いつも、この中庭では走ってしまって! 前も人にぶつかってしまったんです」
「……そうなのか? それは、また。困った子だね」
『困った子だね』とか、優しく言われちゃったわ。
「本当にすみませんでした」
ここで私はきちんと頭を下げたの。
淑女の礼じゃなくて、もう少し庶民的に。
「いや。いいんだ。次からは私も気を付けるとしよう。今度はぶつからないようにね」
「あ……は、はい」
そして、少し恥じらうような雰囲気を。
「お嬢ー。大丈夫ですか?」
と。そこで、まさかのヒューバートの横槍が入った。
でもナイスタイミングかも。今、レイドリック様と長く話す気はないもの。
「……連れが呼んでいるようだ」
「そうですね。改めて、すみませんでしたっ」
私は元気よくレイドリック様に頭を下げてからヒューバートの方へ小走りで移動したわ。
ヒロインっぽく振る舞うことを意識しながら。
今のレイドリック様の表情や態度が気になるけど……けして振り向かずに『待ち人』の方へ。
そして、適切に距離を空けながら2人で中庭を去っていく。
ヒューバートはいつの間にか、何か手に抱えているわね?
なにその小道具というか荷物。
「……何持ってるの?」
「手を塞いでおこうと思いまして。流れで接触するように見せないために」
大きめの荷物を運んでいたかと思ったら、黒い布で包まれていたはずの『箱』が、パッと消えた?
「え?」
「今のはただのフェイクです。布を広げて荷物を持っているように偽装しました」
手品かしら? どこから用意したかと思ったら、そんな器用なことを。
「レイドリック様の様子、どうだった?」
「そうですね……。たしかにお嬢に興味は抱かれたみたいなご様子ではありましたが」
「そうなの?」
「はい。ただ、彼の胸中は分かりません。もしかしたらお嬢の中身に気付いたのかも」
うーん。それは可能性あるわね。
分かっていて咄嗟にツッコミが追いつかなかっただけ、とか。
なんにせよ、ファーストイベントクリア! よ。