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23 宰相の子ジャミル・メイソン

「レイの婚約者、じっとレイを見ていたな」


 レイドリック王子に気さくに話しかけたのは、彼の同級生であるジャミル・メイソンだ。

 メイソン侯爵家の次男、ジャミル・メイソン。

 緑色の髪と瞳をしている学園2年生。

 また彼の父であるメイソン侯爵は、この国の宰相を務める男だった。

 ジャミルは『宰相の子』であり、学園での成績も優秀な男子生徒である。

 将来、レイドリックが王になった際には、彼が次代の宰相になるのだとも噂されていた。


「アリスターか。見ていなかったな」

「本当かい? けっこう情熱的な視線だったけど」

「どうだかな」


 レイドリックが思い浮かべたのは、数年前の愛らしい彼女の姿ではなかった。

 どんどん冷たい表情に凍りついていく、高位令嬢らしい、つまらない女の姿だ。

 だが、次の瞬間には最後の茶会での彼女の記憶が思い浮かぶ。

 彼女の言葉は、まるで一度も自分を愛した事がないかのようなものだった。

 それだけでもレイドリックは苛立ちを覚える。

 だが、彼の心を乱しているのは他でもない。アリスターの見せた『笑顔』だった。


「チッ……」


 その笑顔は、レイドリックにかつての記憶を思い出させるのに十分で。

 間違いなく、それはかつて彼が望んだ彼女の微笑みだったから。


(あんな顔ができるなら、もっと)


 あの表情を自分に見せて欲しい。ずっと向けていて欲しいと。そう願っていたはず。

 あんなタイミングで、その笑顔を見せられたことでレイドリックの心は乱されてしまった。

 そのこともまた彼を無性に苛立たせる。


「この後、会いに来るんじゃない? 愛しの婚約者様」

「はっ……。俺たちは忙しいんだ。そのことを理解していないアリスターが来ても追い返すだけだろう」

「忙しいのはそうかもだけど」


 レイドリックやジャミルは、2年生になった今の『新・生徒会』のメンバーだった。

 慣例とは違うものの、学生に王族がいる今、王子であるレイドリックが生徒会を指揮することが順当だとされ、彼は新・生徒会長の責任を負うことになったのだ。


「それでどうするんだい?」

「どうとは?」

「生徒会のメンバー。シェルベル公爵令嬢を誘うの?」

「……それは」


 妥当な人選ではある。

 レイドリックも仕事を覚えるため、一年の段階で前期の生徒会に所属していた。

 2年生になってから正式に生徒会長に就任したのだ。


 通常の生徒会長は、最終学年である3年生が務めるもの。

 だが、これもレイドリックが王子であることで現在の状況になった。

 つまり、これから2年間、レイドリックは生徒会に所属し、生徒会長を務めることになる。

 生徒会で彼のサポートをしながら、彼から引き継ぎし、次代の生徒会長を担うなら、アリスター・シェルベル公爵令嬢は、これ以上ない人物だった。

 ならば彼女が、どこかの研究会に所属する前に声を掛け、生徒会へ誘うのが最適だ。

 ……だが。


「……ふん。そんなことは分かり切っているんだ。

 ならばアリスターの方から私へ聞きにくるのが自然だろう?」


 どうしてもアリスターを素直に勧誘する気になれなかったレイドリックは、そう溢すばかりだった。


「うーん。そう? レイがそう言うなら」


 ジャミルは呆れたようにそう受け止めた。


(まぁ、あれだけ情熱的にレイを見ていたなら、後で訪ねてくるだろうな)


 そう予測を立て、その時にでも生徒会入りの話をアリスターにしようとジャミルは考える。

 しかし、レイドリックの方は。


「レイドリック殿下ぁ。どちらへ行かれるんですか? 本日もとても素敵でしたよ!」


 数人の女子生徒たちに囲まれ、応対し始める。

 これもいつものことで、隣に居たジャミルは溜め息を吐くしかなかった。

 一線は踏み越えていないものの、レイドリックが多くの女生徒を侍らせるのは、この一年でそこそこ知れ渡っている。

 婚約者であるアリスターは一つ歳下であり、彼女の入学までに王太子に近付こうと、多くの令嬢たちが集まってきたのだ。


(婚約者が入学したら変わるかと思ったけど、自重する気はないんだなぁ)


 ジャミルは呆れながら、レイドリックと女たちを見据えた。


「……学園、荒れそう」


 こんな場面にそれこそアリスターが現れたら? それを目撃されたら?

 一瞬で修羅場の出来上がりだ。

 婚約者同士の王太子と公爵令嬢の仲違いなど目も当てられない。


 レイドリックが態度を改めないのなら。

 ジャミルはアリスターを宥めて納得して貰うしかないと考えている。

 さらに最近のレイドリックの態度を考えると、公爵令嬢に冷たい態度を取りそうで不安だった。

 ジャミルがそう考えている時、レイドリックもまた頭の中でアリスターのことを考えていた。


(……どうせ顔を見せに来るのだろうが。その時は雑に扱ってやる)


 レイドリックは、国王が同席した茶会でのアリスターの態度に苛立ちを覚えていた。

 そのため、彼女への処遇も意趣返しのひとつだと見做している。

 2人は、それぞれに思惑を抱えながら、当然訪れるものとアリスターを待っていたが……。

 その日、アリスターが彼らの下を訪れることはなかった。


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