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21 婚約者候補ルーカス・フェルク

 ヒューバートが私を呼び出した場所は、学内にあるカフェだった。

 学期初日で授業は午前で終わりつつ、まだ1年生は勝手が分からないため、訪れる生徒は少ないみたい。

 王立学園は、やっぱり高校というより、大きくてオシャレな大学という印象ね。


 寮がいくつか併設されている上、騎士科の修練場を始めとした大きめの設備もあり。

 前世の都会では土地を確保するのが難しいので、少し離れた場所に建てられた大学、みたいな雰囲気。

 東京近辺にある有名なテーマパークの中と周辺のホテルすべてが、ここでは学生用に整えられたようなもの。

 学生の3年分の人員をすべて収める巨大な施設。

 そこには王族から公爵令嬢、平民まで通い……。

 だから、これぐらいの規模は必要なのだろう。

 ゲームの画面上で見た時よりも大きなものに感じた。


「あ」


 学内カフェで、黒髪ウィッグのヒューバートを見つけたわ。

 そう言えば、彼は教室では別の名前を名乗っていた。


「……ルーカス・フェルクさん、でしたかしら?」

「ええ、はじめまして。アリス・セイベルさん」


 私が近付いていくと、彼は微笑んで応対してきた。

 私たちは互いに偽名を名乗り合う。


「同席させていただいても?」

「もちろん構いませんよ」


 学内カフェは客席側がガラス張りで、外からの光が差し込むオープンな場所だった。

 カフェ内にもいくらか生徒たちが来ており、ほどほどに人がいる。

 ヒューバートが座っている席は窓際で、外からも見えるし、同席したところで妙な関係を疑われる心配はなさそうね。

 今の私はアリス・セイベルだから、別にその心配は薄いけど。


「フェルク、ですか。失礼ですがどちらの家の?」

「伯爵家ですよ、アリスさん」

「……ありましたかしら。そのような家門」


 伯爵家を勝手に名乗るのは、子爵・男爵家よりも難しい。

 どうしたって相応の領地持ちだし。数で誤魔化すことが出来ないのよね。


「それは卒業後のお楽しみ、と言いますか。強いて言えば、私は嫡男ではないのです。家そのものは継げませんが、幸いにして分けていただける領地がある、といったところですね」

「なるほど」


 リンデル侯爵家もまた私の父と同じく、爵位を複数保持している。

 ヒューバートは次男であり、リンデル侯爵家を長男が継ぐことになるのだけど。

 次男の彼には侯爵が保有しているフェルク伯爵位が与えられる、と。

 だから学園ではフェルクを名乗り、今の彼はフェルク伯爵令息。

 セイベル子爵令嬢アリスな私と同じような身分の誤魔化し方ね。

 印象としては別人への偽装だけれど、正式に突き詰められると嘘は吐いていませんよ、なんて。


「俺のことはルーカスと呼んでいただいて構いません」

「そう? でも私は、そんな事をするほど、貴方とは打ち解けていないつもりだけど」

「固いですね」

「え」


 彼の申し出を断ろうとした私に、彼はピシャリと言ってのけた。


「子爵令嬢とは思えない振る舞いだ」

「…………」


 何よ。と不満に思いつつ。


「そうかしら?」

「ええ。貴方が『したい事』はそれでいいのですか? もっと別人のように変わりたかったのでは?」

「……それは」


 ヒューバートは、私のことをどこまで知っているの?


「私のことは?」

「色々と聞いています。我が家の、上の、その上の身分あたりの方から?」


 侯爵家の上は公爵家。大公はいないから、その上は王家。

 王家から話は聞いているってこと?


「なぜ」

「……さぁ。ただ、耳に入っていないようでしたら。

 出来ればセイベル子爵から聞いていただきたかったのですが」

「何を?」

「アリス・セイベルさん。俺は、貴方の『婚約者候補』です」

「は!?」


 一体、何を言っているの!?


「落ち着いてください。まだ候補止まりですので」

「え、ええ……。まぁ、でも。はぁ……?」


 ヒューバートが私の婚約者候補??

 私、レイドリック様の婚約者なのだけど??

 一体、何を言っているの。


「セイベル子爵と『その上』の方から、お話がありましてね。

 アリス嬢と俺の婚約の打診です。

 ただ本人の意思確認ができていない内に決めることは出来ない、というのが両家から。

 それに子爵の上の方からも。ですので、あくまで俺は『候補』に過ぎません」

「……はぁ」


 寝耳に水なのだけど?


「とはいえ、両家からは学内での『困ったこと』などはアリス嬢のサポートをするようにと仰せつかっております。当然、女性だけの場には顔を出せませんが……。

 エスコートが必要な時や、貴方に惹かれた男子生徒が近付いてきた時。

 そういった場合は、俺の名を出していただいて構いませんよ。

 学生の社交の場は限られていますが、そういう場合のパートナーも務めましょう。

 ……そうですね。まずは少しずつ距離を縮めていくということで。

 俺のことはアリス嬢の『護衛』とでも思っていただければ」

「護衛……!」


 そういうことなの?

 ヒューバートは『王家の影』見習い。

 本来は、というかゲーム上では地毛の青髪で学園に通う予定だったけれど……。

 私の、このヒロイン変身作戦に巻き込まれて王家から私の護衛を命じられた?

 だから、今みたいに黒髪のウィッグをつけて名前も『ルーカス・フェルク』を名乗っている?


「まぁ。まぁ、なんてこと」


 彼は『アリス・セイベル』子爵令嬢の婚約者候補、ルーカス・フェルクだと。


「それは、また。その。ご迷惑をお掛けしまして……」


 私の行動のせいでヒューバートの学生時代が丸々変わっちゃったってことじゃない?

 こ、これは居た堪れないわ!


「ふふ。構いませんよ。それに婚約者候補を名乗りましたが……気分は護衛騎士のようなものです。従者か何かだと思っていただくのが良いかと。俺への恋愛感情をアリス嬢に期待することもありませんから」

「ええ……。そう、そうなのね……」


 ヒューバートは私の正体を知っている。ウィッグのメンテナンスも出来るわね?

 そして見習いとはいえ王家の影……。

 『アリス』の護衛とサポートに付けるには適任過ぎる。


「……実を言えば」

「はい」

「もっと相応しい『女性』を、という話があったそうです」

「女性?」

「ええ」


 この話の、表向きの流れだと、それは『ルーカスの縁談相手』の話に聞こえるけど。

 でも、裏事情を知っている私たちにとって、それは?


「ですが年齢の合う、相応しい能力を持った令嬢がすぐには見つけられなかったもので」

「あ、ああ……」


 本当は『女性の護衛』を『私』につけようとしたけど、この状況で自然に溶け込める人材は急には用意できない。

 陛下たちからすれば、降って湧いたような計画。

 それなのに、最長3年間にも及ぶ長期計画だ。

 適した人材を放り込める猶予はなかった。

 それで白羽の矢が立ったのが……事情を理解しやすく、その立場にも居るヒューバート。


 男性であることは問題だけれど、この立場の人間が『アリス』に居ないなら、それはそれで問題が起きるはず。

 子爵令嬢で、私の器量はたぶん、かなり良い。客観的に言ってね。

 なので言い寄ってくる男子生徒もいるはずで……。

 そういった方たちを追い払う役目も担ってくれると。


「それはまた……なんとも。色々と」

「ですが、ご心配なさらず。男女の距離は弁えていますので、2人きりになるような真似はしません。今日のこの場のように」

「え、ええ。それはありがたいことで。何から何まで」


 王家の影ってどれぐらいの組織なのかしら?

 私のイメージだと黒衣の集団で、普段は物陰から見ているような印象なのだけど。

 でも、ウィッグで変装したりするのが常なら潜伏とかは年齢相応の人材が?

 王太子が通っている期間。生徒として潜入する者を用意していてもおかしくないはず。

 それが正にヒューバートだったのかもしれないけど。


「それで」

「はい」

「今日は、これからどうされますか?」

「へ」

「……目的があって入学されたのでしょう? 今日から動かれるのでしょうか。

 でしたらお供しますよ。お嬢(・・)

「お、お嬢?」


 なにそのチンピラ風な呼称は!?


「気分は護衛ですからね。上下関係は感じられた方がいいかと。お互いのために」

「え、あ、あー……それは」


 私と彼が男女としてお近付きになった、なんて言われては本末転倒。

 だったら普段から主従のような間柄でしかなかったとした方が?


「え、で、でも私は」

「はい」

「子爵令嬢……ですし。相手が伯爵令息なのに」

「…………」


 あ、呆れたような目を向けられたわ。

 『誰のせいでこうなっていると思っているんだ?』と言わんばかり。

 真実の身分は、公爵令嬢と侯爵令息だろうと。

 しかも王太子の婚約者のくせに、って。何を下手(したて)に回ろうとしているのかと。


「……まぁ、そういう関係もあるでしょう」

「あるかしら?」

「……たとえば俺が、貴方に惚れ込んでいて、その愛を得ようとしている。

 そのため、上下関係は貴方の方が上。それでどうでしょうか」

「え、あー、それは……まぁ。そういうこと、で?」


 即席で設定を作り出すヒューバート。

 そういう嘘って、どこかでバレてしまうと思うけど?


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