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16 アリスターの破滅回避計画

「私、学園生活では自由に過ごしたいのです」


 その話をした場所は王宮の一室。

 侍女や護衛には下がってもらい、私は国王陛下とお父様相手に交渉していた。

 陛下は思った通り、私に我慢させる方向で考えていたようだ。


 まだ若いから、学生の内だけだから。

 レイドリック様が奔放に振る舞うことを許容しろ、と。

 卒業すれば、結局は結婚するのだから、と。


 当然、陛下がそう判断することを私は予測していた。

 私にとっては乙女ゲームの舞台が整うことが前提だったからだ。

 ならば、この段階でレイドリック様の行動が咎められるはずがない。

 仮に咎めても、殿下の心に響かないか、無意味なもののはず。

 このまま行けば私は学園で、婚約者に蔑ろにされる女として扱われるだろう。


 ……そんなことは、させないわ。

 そんな不快な環境で大切な学生時代を過ごしたくはない。

 だから、私は作戦を決行することにしたのだ。


「まさか。学園に通わないと?」

「いいえ。学園には通います。ですが、その代わりに、私にある事を認めていただきたいと思います」

「ある事、とは?」


 陛下とお父様の注目が集まったところでニコリと私は微笑みを浮かべる。


「私が『別人』として王立学園に通うことを、ですわ。陛下、お父様」

「……なに?」

「別人? どういうことだ? アリスター」

「はい。実は王都にある『エルミーナ』という店で、疑似毛髪というものを見つけました。

 その店は、……秘匿しなければいけないことですが、陛下とお父様相手ならば構わないでしょう。

 リンデル侯爵家が管理する店でございます」


 私は微笑みながら、陛下の様子を窺いました。

 リンデル家のことを当然、陛下はご存知のはず。

 なら、その変装技術にも思い至るでしょう。


「リンデル家の? 珍しいな。あの家か」

「ええ。あまり目立つことはお嫌いな家門ですわね。ですので、このことは広めたくないそうですので。お父様も他言無用でお願い致しますわ。ね、陛下」

「う、うむ……。そうだな。侯爵家のすることだ。問題ないのであれば、そうしてやれ」

「はぁ……? 分かりました」


 2人の様子に私は頷き、話を続けた。


「そちらで、私の髪色とは異なる疑似毛髪を用意していただけることになっています。

 そして化粧や振る舞いを変えれば『アリスター・シェルベル』と関わりのない人々なら気付かないと思うのです。

 私は別人となって学園に通い、そして……」

「そして?」


 笑みを深めて、国王陛下を私は、まっすぐに見つめた。


「──レイドリック様を篭絡して見せます」

「……は?」

「なんと?」


 思いもよらない提案に2人は驚きを隠せないご様子。

 ええ、こちらのペースに呑まれてくれているわね。


「先日の茶会の席にて、レイドリック様のご様子を確認致しました。

 並びに学園での奔放な振る舞いも聞き及んでいます。

 そして、過去の私たちの交流を思い返しまして。私、気付いたのです」

「気付いた? 何にだ」

「はい。それはレイドリック様の好み(・・)が『昔の私』だということにです」

「……この、み?」

「ええ。つまりレイドリック様が最近、あのような雰囲気なのは、私が変わってしまったから。私が『昔の私』のように振る舞えば、おそらく彼は私に再び好意を寄せ、以前のように円満な関係に戻れると思います。

 しかし、そうしますと別の問題があります」

「別の問題?」

「ええ。それは……今、淑女としての態度を学んだ私だから分かりますが、ああいった態度は、未来の王妃に相応しくない、ということ。まだお若い、遊びたい盛りのレイドリック様には快く思われるかもしれませんが……。

 高位貴族、高等教育を受けた令息・令嬢たちにとっては目に余るだろうことです。陛下は、どう思われますか?」

「……どう、とは?」

「若かりし頃、高位貴族の令嬢の貞淑な振る舞いよりも、下位令嬢の奔放な振る舞いにこそ、心ときめかせる事はおありでなかったでしょうか?」

「そ、それは……」


 ここで視線を逸らす陛下。……あるのね。ちょっと軽蔑。

 いえ、心を動かされるぐらいなら良いけど、それで婚約者を蔑ろにしてなければね。


「今のレイドリック様もそういう『時期』なのだと思うのです。

 若い内だから、学生の内だから、というものですわ。

 ですが、それでも殿下は王太子。その奔放さにすべての貴族が寛容とは言えません。

 特に女性側からすれば殿下の評価は著しく下がると思います。

 有名所で言いますと、メルドーラ女侯爵様など……派閥ごと悪い影響を与えかねませんわ。

 そうしますと、レイドリック様の治世にも陰を落とし、王家に対する不信にも繋がるかと」

「ぐっ……。それはたしかに」


 うん。ありがたいわね、女性貴族!

 実際に高位貴族の爵位を持ち、影響力を持ちながら活動していらっしゃる方が居る事実は大きい。

 ちなみにゲーム上には、おそらくテキストでさえ登場していないはずよ。

 この知識は現実で学んで得た知識ね。

 私は失礼ながら、手を挙げ、人差し指を立てた。


「レイドリック様に寛容になるのは良いですが、この件は私が寛容であればいいという話では済みません。

 殿下ご自身の、ひいては王家の評判に関わることです。

 当然、婚約者に一途な態度である方が貴族も、平民の評価も高いでしょう。

 奔放な態度は、男性受けは良いかもしれませんが。

 プラスよりもマイナスの評価の方が大きいと私は愚考、致します」


 そして、2本目の指を立てる。


「ですが、そうであったとしてもレイドリック様の態度を変えるのは難しいのではないでしょうか。

 陛下からの言葉も、それは『親からの言葉』と聞き流してしまうかもしれません。

 お父様や、まして私から言っても殿下の反抗心を煽るだけだと考えます。

 こちらは王の資質かどうかというよりも、学生の、幼い子供の性分であると。

 先の茶会でそう感じましたわ。

 まさしく卒業する頃には治まっているだろう、一時期の病のようなものと」


 私は、ここまでの話を2人に聞かせて理解を求めた。

 幸い、最後まで話を聞いてくださるご様子で、少し安心する。

 頭ごなしに否定されて大人しくしていろ、と言われてもおかしくなかったもの。


「それでアリスターは、なんとすると?」

「はい。ですので。私は、王立学園に通う際、普段は『別人』へと変装して通いたいと考えています。

 お父様は、たしか公爵位の他に爵位を保持しておられましたよね?

 それらの内のどれかを私個人に継がせてくださいませ」

「爵位を? あるにはあるが……」

「ええ。出来れば男爵か子爵が望ましいです。それをいずれ継承するよう手配し、私は『下位貴族令嬢』として学園に入ります。そしてレイドリック様に近付き、彼を篭絡してみせますわ」


「待て待て。そこが分からない。篭絡? 何を言っているんだ、アリスター」

「レイドリック様は学園での振る舞いを『お遊び』だと思っていらっしゃるのでしょう?

 ですが、それは醜聞とは言わずとも不評の元。

 私の提案は、今後の王家のためであり、かつ殿下の評判を支えるための施策ですわ。

 もちろん私自身もそう振る舞いたい、という思いもあります。

 私が『下位令嬢』としてレイドリック様に近付き、そして以前のように仲睦まじくなれるなら。

 それで私たちのすべてが上手くいくと思いませんか?

 レイドリック様の振る舞いは、私が正体を明かせば、だらしがないのではなく『純愛』と評価されます。

 市井の評価もよくなるでしょう。貴族間においても笑い話に収まりますわ。

 なにせ他ならない『婚約者の私』がレイドリック様のお心に沿っていただけになりますもの。

 それにレイドリック様が『昔の私』を求めているのなら『今の私』はそう出来ずとも、別人としてなら」


 そこで私は言葉を切る。突拍子もない提案。

 だけど、ただ陛下をせっつき、レイドリック様の態度を改めさせて!

 と言うよりは……それこそ『可愛げのある』提案じゃないかしら?

 私が彼を愛していることを前提としているなら尚の事よ。

 この婚約を台無しにしたいのではなく、現状を受け入れつつ、円満にしようとする提案だもの。

 2人の態度から、即座に否定することではないと判定されたみたい。


「……だが、すぐにバレるんじゃないか?」

「バレた時は、それでも構いませんわ。

 レイドリック様があっさりと私の正体を見抜けるほど、私のことを見ていたということですもの。

 その際も変わりありません。

 むしろレイドリック様にとっては、好ましかった『昔の私』と一緒に過ごせて良い、と考えられるのでは?

 それが一番だと思いますの。殿下のお心を取り戻すための、学生の時分だからこその『策』ですもの」


 建前だけれどね。

 私の本命は、ヒロイン対策だ。

 悪役令嬢として立ち回って破滅を回避するのではなく。

 『ヒロインとして』立ち回り、ゲーム期間を過ごすの。

 ええ。だって、私の記憶にはあるのだもの。

 ヒロインとしてレイドリック様を落とすシナリオが。


 ゲームでは語られなかった悪役令嬢アリスターのことは分からない。

 私が、私として考え、立ち回る限り、運命から逃れられないのかもしれない。

 だけど、ヒロインなら?

 私は知っている。

 彼とどう出会い、どう振る舞い、どう言葉をかけるのがベストか。

 ──私は悪役令嬢でありながら、ヒロインとして学園に立つの。


 ……かなり痛い考えかもしれないけど。

 『ヒロイン』として振る舞う女の子に、攻略対象たちは、どう反応して見せるか。

 それこそ前世の記憶には数限りなくあったわ。

 『ゲームの知識通りに事を進めて男たちを篭絡していく』というタイプのヒロインが。


 私の手で、あれをこなすのよ。悪役令嬢である私が。

 前世のゲーム知識を頼りにして、彼を篭絡するヒロインに……なる。

 そうすればヒロインが下位令嬢だからと、高位令嬢が虐めたと吹聴するような手は使えない。

 『弱者』であるという武器を使わせず、ヒーローの庇護欲を逆手に取る。

 もしも運命の強制力があるのなら、逆にそれを利用して見せるわ。


 それが私、悪役令嬢アリスター・シェルベルの破滅回避の手段よ。


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