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15 アリスターの決断

「ずいぶんと仲良く過ごせているようだな。レイドリック」

「父上。それにシェルベル公爵」


 私たちは立ち上がり、お2人を礼儀正しく迎える姿勢を取る。

 さすがにレイドリック様も、陛下やお父様の前では態度を改めるようだ。

 公式の場なら取り繕ってくれる、ということかしら?

 年齢も上がったから、これから社交界にも少しずつ顔を出していくことになる。

 エスコートが必要な場では応対してくれそうだ。


 ……でも、たぶんエスコートだけでダンスがあっても踊らないとか。

 ファーストダンス以降は踊らないで捨て置かれるとか。

 そういう感じがするわねぇ……。


 思わず遠い目をしてしまったわ。

 前世の無駄な知識のせいで、レイドリック様の取りそうな行動を予測できてしまうのよね……。

 悪役令嬢の不遇な扱いについては無駄に見識があるのよ、私。本当、無駄に。


「お久しぶりでございます。国王陛下」

「うむ。今日は堅苦しい場ではない、楽にしていい」

「はい。ありがとう存じます」


 粛々と。お二人を迎え、そして茶席に同席させていただく。

 陛下はレイドリック様の隣に。お父様は私の隣の席に着いた。


「それで。どうだ? 2人は先程、仲睦まじく話していたようだが」

「……それは」

「ええ。とても。レイドリック様は、どうやら私の前だと恥ずかしがり、照れてしまうようですの。

 それでつい高圧的にも見えかねない態度になってしまうようで。

 そんなところが、お可愛らしいと私が言いましたら、また顔を赤くしていらしたの」

「なっ……。アリスター!」


 ふふ。怒りたいけど怒れないから、と。

 そういう風に顔を歪め切れない、絶妙に面白い表情をされているわ。

 このぐらいの意趣返しは、ね? させていただきましてよ。


「あら。違いましたの? では、先程からのおっしゃりようや態度は、どのような理由がおありで?」

「っ、それは……」


 私はあくまで平然と。何事もなかったような態度を示した。

 彼の態度も照れ隠しだと笑って流せるものとしたわ。


「レイドリック。どうした? お前はアリスター嬢に何か言ったのか?」

「い、いえ。特に、その。深い話はしておらず。簡単なやり取りだけ、でした」

「まぁ、そうですわね。間違いありませんわ、陛下」

「……ほう」


 私は、レイドリック様から目を離さなかった。

 心底の照れ隠し特有の、本当は私のことが好き、という事実がないかどうか。

 それを見極めておくために。

 この段階で、あのように高圧的な態度を取る理由は何なのか。

 運命の強制力があるのかどうかも知っておきたい。


「2人の仲は順調か? 立太子したのだ。お前たちは将来、この国を担う王と王妃になる。そのことは理解しているな?」

「はい。父上……国王陛下」

「もちろんでございます。陛下」

「そうか。それならば良いのだが」


 国王陛下や、お父様の予定は詰まっている。

 私的な時間が取れないわけではないでしょうけれど、常に仕事に追われているのが実情でしょう。

 なので同席していただけたと言っても、またすぐに去っていくわ。

 それまでに……。


「まだ、お話の途中でしたの。陛下。レイドリック様に学園ではどのようにお過ごしなのかを尋ねたところでしたわ。お答えをいただくところでした」

「っ……!」


 答え辛い質問なのだろう話題を振ってみる。


「ほう! それは私も気になるな。もうすぐアリスターも学園へ入学する。どうだろうか? 王立学園はアリスターに優しいところですか、レイドリック殿下」

「……そうですね。皆、よい者たちばかりです。

 身分の差はあれど、王家を軽んじることなく付き合ってくれています」

「王家を、か。では公爵家ならば軽んじられると?」

「……まさか、そんなことは。公爵」

「そうか。もちろん、レイドリック殿下はアリスターと相応に付き合ってくれると思うが」

「お父様」


 私は、暴走気味のお父様の言葉を途中で止めて首を振った。

 以前の報告を受けているからか、辛辣過ぎる。

 それに、こういう場合。

 彼のような振る舞いをする方は、自分よりも弱い人間を攻撃対象にするものだ。

 つまり、この席で言うと私ね。

 陛下やお父様がいくら彼を強く責めても、それらすべてが私に降りかかってくる。

 そうした時点で彼の中で私を見下しているのだと思うけど……。

 尊敬しあえる関係とは到底言えまい。破綻している、と言っていいだろう。


「…………」


 案の定、レイドリック様の視線は私に厳しく注がれた。

 何も知らない私なら、ここで怯んだでしょうけれど……。

 私は淑女の微笑みではなく、『昔の私』を彷彿とさせる、崩した笑みを浮かべて彼を見つめ返す。

 かつての『私』を思い出せるような笑顔を、彼に向けたのだ。


「!?」


 そうすると思った以上の反応が得られた。

 それは本当に……ドキリとした、というような。

 以前までの私は、恋に盲目で、お互いに好き合っている時間が楽しかった。

 教育が進んだ上に、前世の記憶が混じり、かつ未来の破滅や彼からの冷遇さえ知った今では……そうはできないけれど。

 だけど、それが逆に、私に大人の対応をさせた。

 私の気持ちは冷たく冷え込んでいたの。


 ……こんな笑顔ひとつで貴方は揺らぐんですか、レイドリック様? と。

 この人、じゃあ本当に私の淑女然とした態度が気に入らないと?

 前のような私なら、やっぱり好きなのだと?


 でも、それは私の立場を無視したものだ。

 王妃教育を受けているのに、あんなに品のない笑い方をするなんて、と。

 そう言われたら臣下から王太子の婚約者の変更の突き上げをされるはず。

 両立は困難な振る舞いなのだ。

 プライベートだけはそう振る舞う、ということも出来なくはないけれど。

 ……それって、私はレイドリック様に気に入られるためにそうするの?

 自然とそうなってしまうならば納得できる。

 でも、そうしなければ、彼があそこまで態度を硬化させるから、というのは何か違う気がする。

 私には納得できそうになかった。

 淑女らしい微笑み方を覚えたのは……彼の妻となるためだったのだから。


「……ふふ」


 やっぱり、あの計画を進めよう。

 破滅の未来は確かにありえるのだと、このレイドリック様の態度で分かった。

 運命は既に動き始めている。『悪役令嬢』の破滅へと向かって。


「レイドリック様」

「な、なんだ……」

「私たちは政略で結ばれた仲。お互いに愛情を抱いてからの婚約ではありませんでした。

 互いに愛のない義務感(・・・)で、『今までは』お付き合いしてきましたけれど。

 これからは互いに尊敬しあえるよう、親愛を育んでいきたいと願っておりますわ」

「……っ!?」


 今までの私の気持ちを抑え、現実と、そして未来の予測から見えるレイドリック様と相対する。


 こういった場合、彼のような方は『アリスターは自分を愛しているのだから』ということを拠り所として傲慢な態度になる……らしい。

 愛が失われないものだと信じているからこそ、蔑ろにしても、それが消えないと考えてしまうのだ。

 だから、その愛を否定しておく。

 それは彼が本当に私を愛しているなら両刃の剣でもある。

 でも、愛を信じられた結果、こちらを見下すというのなら話が変わってくるわ。


「な、なん……」

「レイドリック様も私と同じ気持ちでしょう? 私たちには互いに愛情は『存在しません』でした。

 王家と公爵家の婚約を滞りなく進めるために、お互い頑張ってまいりましたものね」

「……!」


 口をハクハクとさせて私を見る彼が滑稽だった。

 きっと、私からの愛情は疑っていなかったのだろう。

 それで、あの態度なのだったら始末に負えないと思うけれど。


「……あら? 違いましたか? えっと。

 王家は、この婚約を望んでいらっしゃらないのかしら。

 でしたら、私は構いませんので、婚約の解消や白紙の手続きをしていただいても構いませんよ」

「な……!?」

「あ、アリスター!?」


 私の発言にぎょっとするお三方。

 ですよね。そんな反応になりますわよね。

 あくまで天然のように、そんな台詞をさらりと投下。

 責める意味合いではなく、身を引くというつもりと態度で。


「な、何を言う? アリスター嬢を望んだのは王家だ! 誤解をしないでくれ!」

「ち、父上?」

「まぁ。そうですわよね。王家が望まれたから、私たちの婚約が成った。

 ですが政略でもありますし。何か事情が変わられましたかと。

 それならば、私の方は問題ありませんので、いつでも婚約を解消していただければ」

「変わってなどいない! レイドリック! お前も分かっているな?」

「え、あ、は、はい!」


 ここでレイドリック様の立太子は、後ろ盾が公爵家だからこそだ、と指摘した方がいいかしら?

 誤解か、失念していたような気配があるわ。

 でも、ここでそれを指摘した場合。

 彼は、この学園生活の猶予期間で他の2つの公爵家から令嬢を見繕ってくるかも……。

 レイドリック様にとって優先順位が、ヒロインと結ばれることよりも、私を迫害することの方が高い可能性も、まだあるわよね?

 なら慎重に事を進めなければいけない。


 その後も、のらりくらりと彼らのやり取りを受け流しつつ、適度に爆弾を投下していく。

 私の愛に疑念を持たせること。

 そして立太子した彼の立場は、揺らぐ場合もあること。

 その2点に意識を向けさせた。

 加えて陛下たちの前だったからか、当初の高圧的な態度による私への威圧行為は鳴りを潜めたの。


 あの態度。レイドリック様としては、このお茶会で私を少なからず叩いておきたかった?

 彼は私が思い上がっていると考えている。学園で何を吹き込まれたのやら。


 第一王子が生まれた世代の前後は、貴族の子供が多い。

 王立学園の存在があるため、同年代は、王太子になる可能性の高い彼と同じ場所に通うことになる。

 貴族家門の多くは、それに合わせて子供を望むからだ。

 私が彼と同じ世代なのも、そういった事情がある。

 そうして思惑叶って、私とレイドリック様の婚約は成った。

 シェルベル家としても望ましい縁談だったのだ。

 考えてみれば、如何に学生たちとはいえ、その後ろには各家門の思惑が渦巻いているはずなのよね。

 彼に侍る令嬢たちもそうでしょうし。

 ヒロインの問題はともかくとして、やっぱり私なりの対策は講じてから学園に入るべきだわ。


「……よし」


 レイドリック様の態度を見て、今後の方針は固まった。だから。

 私は学園入学の前に、国王陛下とお父様、そして私の3人だけで。

 殿下にバレないように内々で話す機会を願ったの。

 そこで彼らの、私の計画への『合意』を得るつもりよ。

 私の……ヒロインへの『なりすまし』計画への、ね。


そして冒頭のシーンへ。

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