111 決勝戦 vsクルス・ハミルトン
「それでは、決勝戦を開始します!」
あっという間に私は決勝まで勝ち上がり、そして『魔塔の天才児』クルスと対峙していた。
ここまで来ると、もう自身の才能を信じるしかないわよね。
やっぱり1年生の間は悪役令嬢無双で、2年生になってからヒーローたちに逆転されるのかも。
「フン、ちょっと珍しい魔法を使えるようになったからって調子に乗らないでよね!」
クルスは、私が先に挑発した甲斐もあり、敵愾心を露わにしている。
私は、微笑みを浮かべるだけで特に彼の言葉には答えない。
彼の『やりたい事』は、既に分かっているのだ。
あとは、そこに至るまでのルートを構築する。これは理詰めの戦いだ。同時に命懸けの戦いでもある。
少なくとも私は、ここでデッドエンドを迎えるリスクを承知で立っている。
ただ、気になるのはクルスよりも『ヒロイン』レーミルの方。
彼女がクルスを焚き付けて、私を負かしたいのは理解できた。
だが、その理由を私は正確に知らない。単に気に入らないだけかもしれないけど。
彼女、性格が悪そうだものね。
「……無視するんじゃない!」
そして試合開始と同時に多様な魔法を同時展開させてくるクルス。
万能タイプなところは、シャーリー様と変わらないわね。クルスの方が荒々しく、大雑把。
シャーリー様の魔法は、それぞれが教科書のようにきちんとしていたわ。
「──ストームアーマー」
魔法による風と水の『流れ』を身体に纏う防護魔法の発展型。
ヒューバートに協力して願ったのは、彼の透明化魔法『水の衣』を教えて貰うため。
といっても、私が透明化を修得したワケじゃない。
彼の魔法は、外側から『光』を捻じ曲げて見えなくさせている。
つまり、それは『完全な外界とのシャットアウト』が出来ているということ。
それを対魔法に特化して構築したの。そして防護魔法や、身体強化・保護魔法に合わせて同時使用する。
不可視の『魔法受け流し』を身体に纏う魔法、ね。
今の私は、多重の防御構造によって身を守っている。
目立つ防護魔法、光の膜による『バリア』で注意を引いて、クルスの魔法でダメージを負わないようにするわ。
「ほら、ほら、ほら! そっちも攻撃してきなよ!」
尽きぬ魔力量により、連射攻撃で畳み掛けるのは、さぞかし気持ちいいだろう。
時折、景気よく爆発でも起こせば、さらに調子に乗るかしら?
ドンッ! ドゴン!
「はははは! アリスター様の魔法、届いてないよ、ぜーんぜんっ!」
クルスの魔法と同属性の魔法でいくつかに相殺させ、リズムよく炸裂させる。
ドンドンドーン、ドンドンドンドーン、タンタタン。
この辺りで予知夢通りに彼には空へ飛んで貰いましょうか。
私の『手』も、彼が空に居ないと困るのだ。地平に向けて、『横』には使えない。
「──アース・ニードル」
分かり易く、地面を伝播する魔法。そしてこれみよがしに、私の方の地面から『棘』が突き出して、クルスに迫っていく魔法。試合会場のフィールドから、蛇のような軌道で大地から棘が生えていく。
ちなみに、これにも『ブロンズ・スレッド』を仕込んでおくわ。
すぐに消失するのではなく、しばらく残留するように……これ、苦手なのだけどね。
当然、空に飛ぶでもなくクルスの防護魔法で防げる程度のシロモノ。
だけど、私の目的は地面からの攻撃によって彼を空に追いやる事だけじゃない。
「効かない! ねぇ! アリスター様、貴方の実力ってそんなものォ!?」
私は、多重防御によってクルスの攻撃を受け続け、時々、魔法を炸裂させる事で彼の気分を上げさせる。
そして、主に彼に届く反撃には『地面からの攻撃』を用いた。
アース・ニードルを残留させる事で、だんだんと試合のフィールドが埋め尽くされていく。
まるで、それが狙いかのように見えるでしょう?
『魔術戦で勝てないからって場外狙い』、才能に自信があるのなら尚の事。
己には勝てるはずがないのだから、搦め手を打ってくるに違いない、と思うはず。
クルスの目にもフィールドが土の残留物に覆われていくのは見えている。
極めつけに、これよ!
「──ゴム・ハンド!」
魔法で生成した『巨大な手』をゴムの弾力を利用して、射出!
「……!?」
場外へ押し出すための一手よ!
アース・ニードルと違い、明らかに精度の高い魔法による質量攻撃。
そして、大きな手という見るからに『場外へ押し出したいですよ』と言わんばかりの見た目!
あわよくば、この一撃で場外にクルスを落として勝利、というのもいい。
ダァアアンッ! という大きな音が響く。
クルスが防護魔法で、巨大なゴム・ハンドを受け止めたのだ。
「……ハハッ!」
こちらの『勝ち筋』を悟ったクルスは、私に絶望を与えるため、そして勝ち誇るために、次の行動を取る。
「僕を場外に出して勝つつもり? そうはさせないよっ!」
彼は浮遊魔法を己に複数同時に掛け、それを全て同時に制御し続ける事により……『飛翔魔法』を実現する。空へと浮かび上がっていくクルスの姿を、私だけでなく会場中の生徒たちも追いかけた。
「……確かに貴方は『天才』ね」
空を飛ぶ魔法というのは、そう使えるものではない。
物を浮かせるのでも、単純動作ならともかく、複雑さや精密さが求められれば出来なくなってくるものだ。
人体を空中に浮かせて、それを制御し続けるなんて、より難解でリスクも高く、思考・魔術リソースの無駄遣いに等しい行為だ。だが、それでもクルスは自然とやってのける。
「ははは! これで貴方の勝ちは、万に一つもなくなった!」
「…………」
私は微笑みながら、空に居るクルスを見上げる。
「ほら、防ぎ切ってみせなよ!」
そして、また始まる多種多様の魔法連射。今度は私に反撃の手がないと見ているのね。
或いは、私に『雷魔法』を使わせたいのか。
別にゴムじゃなくても、ある程度なら防護魔法で防げる事は証明済みだもの。私はね?
ドドドドドドドッ!
私は、淡々とクルスの苛烈な魔法攻撃の連射を受け続ける。
防護魔法・身体保護、および強化魔法・ストームアーマーによる三重の防御を駆使し、さらにフィールドいっぱいを使って逃げ惑うように駆け回った。
「あはははははは!」
身体強化に加えて、ハイスペック悪役令嬢の魔力量のお陰で、私の方のガス欠も起きない。
あとは集中力が如何に続くかだけね。
そして、耐え凌ぎながら、着々とフィールドに『仕込み』をしていく私。
「逃げ回っても、耐え続けてもどうにもならないよ、アリスター様!」
クルスには言いたいだけ言わせておいて、私は粛々と準備を整えた。
あとは、問題の瞬間まで、ひたすら持久戦ね。
ドドドドドドド!!
私は、ひたすらに彼の攻撃を凌ぎ続けた。
あの『予知夢』で見た光景の再現ポイントまで、ただ耐え続ける。
一見すると勝ちの目などない勝負に、ただ意地を張って負けを認めないような私の姿
自慢の連続魔法で決め切れない私に対してクルスは、だんだんと苛立ちを感じている様子だ。
お陰様で、降り注ぐ魔法も単調で御し易いものになっていく。
私は、その様子に思わず口をついて言葉が出た。
「クルス・ハミルトン。貴方は『同格』の魔法使い相手との戦闘経験が足りないみたいね」
わざわざ音魔法で、空中の彼に聞こえるように言ってやった。
私も別に同格相手との経験は豊富じゃないのだけど。
ただ、彼の戦い方は『自分の魔力量ならば押し切れるはず』という慢心を感じる。
だから、こうして同じように尽きない魔力量で、クルスの魔法に対処し続ける相手というのが想定できていないのだ。他者へのリスペクトを欠いている結果とも言えるわね。
「……この、いい加減に!」
そこで大技らしき、大火球を生成するクルス。
雷魔法じゃないのね、そこは。もう1回ぐらい、見せておけば良かったかしら?
結局、シャーリー様を相手にするぐらいでしか雷魔法は使っていなかった。
クルスが、私の雷魔法を模倣できないとすると、ここまでの準備が無駄になるのだけど。
「炎の魔法は『私』の得手でしてよ」
やはり、私は炎系の魔法の適正が高いのだろう。あっという間に高等クラスまで修得できた。
「──バニシング・ファイア!」
ドゴォオオンッ!
炎で炎を焼き尽くし、消滅させる魔法。
いくら火球の規模が変わろうとも、消失の原理は変わらない。炎は、燃え尽きるものなのだ。
「…………っ!!」
白煙を残して空中で消失した大火球に、顔を引きつらせるクルス。
私は、余裕の笑みを浮かべて彼を見上げたわ。
「調子に乗ってさぁ! いつまでも粘るの、やめてくれない!?」
「……!」
来た! 予知夢で聞いた、クルスの台詞だ!
私は、さらに入念に防護魔法とフィールドの『仕込み』に集中する。
対策はしてきたけれど、これは賭けなのだ。しかも私自身の命を懸けた。
「……ふふ」
バチバチと、手の平に雷を発生させ、クルスを挑発した。
予知夢の中と違うのは、ここまで私は、それほど雷魔法を使ってこなかったという事。
出来るだけ、クルス側の魔法精度は低い方がいいから。
それでも一度でも見せたなら、新しい魔法の模倣はするはずと、クルスの力を信じた。
「その魔法、よっぽど自信があるみたいだねぇ!」
そして紡がれるのは『私の死』に向かって進む運命と同じ台詞。
「はは! こうかなぁ!」
上空、飛翔魔法によって空に浮かぶクルスの身体が帯電していくのを私は見た。
バチバチバチ……。
「僕が使った方が……ずっと強い!」
魔力の高まりに圧力を感じる。膨大なはずの魔力量を誇るクルスが、ありったけの魔力を込めて、雷魔法を放とうとしているのを感じ取れた。
その魔法は、人の命なんて簡単に奪える事をまだ理解していない、愚か者。
「……愚者ね。高い授業料になるわよ」
そして、すべては、あの『予知夢』の通りに……。
ガッシャアアアアアアアン!!
落雷が私に落ちる。光だけでなく空気が振動する事による大音響。
クルスの雷魔法が私に与えられた影響は……。
「…………なっ」
私は立っていた。三重の防御魔法に加えて、さらなる『二つ』。
当然、絶縁体の特性を有した『ゴム魔法』による防御。
それだけでなくフィールドに『銅線』で敷いた、魔法陣型の『避雷針』。
空中と大地、という二人の立ち位置だからこそ、上手くそれらが嵌って機能し、私に掛かる電気の負担を受け流せたのだ。
「クルス・ハミルトン。今の魔法は、人を殺傷できるほどの威力を有していました。貴方は……私を殺したかったの?」
「は……? そんな、」
「私は、事前に雷魔法の対策を取っていました。貴方であれば、私の雷魔法でさえも『模倣』して見せると。貴方の才能を信じていたからです」
「えっ」
「だからこそ、私は雷魔法を披露すると同時に、雷魔法対策の魔法も開発し、鍛錬していました。……今の魔法は『私だから』防げたに過ぎません。他の誰かに使っていれば、貴方はその者の命を奪っていたでしょう」
私は、まっすぐに彼を見据える。
「貴方は私を殺そうとした。その報いは、この場で与えましょう。己が一方的に命を奪う者ではない。また一方的に攻撃する者ではない、と知るがいい。お前の命を脅かす者は存在する」
バチ、バチ、バチチチチ!!
「これはっ!? 会場が……!」
アース・ニードルの残留物を霧散させ、試合のフィールドに敷いておいた『銅線の魔法陣』を露出させる。
「この魔法陣には、クルス。貴方が全力で撃った雷魔法の『エネルギー』が蓄積しているのよ」
「な、に……?」
魔法事象と科学現象の同時使用。
『バッテリー』という概念を魔法的に処理し、構築しておいた。
これは、クルスの魔法をエネルギー源として放たれる『連携魔法』だ。
大地に刻まれた魔法陣型の避雷針は、そのままこちらが攻撃するためのバッテリーになった。
『大地よ、我が呼び声に応えよ。我が穿つは堅固なる城壁。天空へ至りて、我を護らん』
呪文詠唱と共に構築されるのは、予め私の中に描いていた図面通りの構造物。
それは地球、現代でもそうは目にする事はない、シロモノ。
しかし、現代では当然に存在し、利用されるものでもある。
空想の中においては、それなりに目にする機会も多くあるだろう。
「対城連携砲撃魔法……、」
巨大な構造物は、土台の先が無骨に硬く、細長いモノだった。
「──レールガン」
砲身の先から、赤い『光魔法』の線が伸びる。
ターゲットを示すためのレーザーサイトだ。
狙いは、クルスに直撃しないまでも、かするコース。
砲身にエネルギーを充填させていくのも視覚的に分かるように調節している。
また打ち出す砲弾は、これもまた魔法で生成する特別仕様。
けして人に撃ち込むようなものでは、ないけれど。
だからこそ、クルスが空中に居てくれる位置関係ならば使える。
「──発射!」
バンッ! という、大げさなわりに簡素な音と共に打ち出され、ほぼ同時にクルスの防護魔法を粉砕し、遥か高く、空中に砲弾が至った時点で……ドォオン! という炸裂音と共に光となって散った。
撃ち出す音よりも砲弾が炸裂した音の方が派手なぐらいだ。
「あ……、あ?」
クルスは頬が切れていた。現代のレールガンに頬をかすめられたら、もっと危なそうだけど。
これは、あくまで私が構築した魔法事象によるレールガンだ。
砲弾はクルスの堅固な防護魔法や、身体保護魔法を容易く貫通した後、彼のすぐ横を通り過ぎて、空中へ。
そして、ある程度の高度に到達した事で、砲弾にプログラムしておいた魔法が発動して、空で光魔法の花火となって霧散した。
「今の魔法、わざと逸らしてあげたけど。頭に当てて欲しかったかしら?」
私は、ニコリと、クルスに笑ってあげたわ。あらゆる防御を貫通していく砲撃魔法。
現代兵器の魔法再現。……完全にオーバースペックの大人げないシロモノ。
…………やり過ぎだったかも。
「あ……」
「え、ちょっと!」
クルスは、そもそも直前の雷魔法で全力を尽くしていたのか。
或いは、防護魔法等を打ち破られた衝撃か。あろう事か気を失った。
……空中で、だ。
「きゃああ!」
「くっ!」
かなりの高度から、フラリとよろめき、墜落するクルス!
「──ゴム魔法、『救命マット』三段構え!」
私は、落ちるクルスの真下に、段階的に3つのゴムマットを生成!
咄嗟の事だから強度に難があるけれど、どうにか落下の速度を激減させながら受け止め続ける!
そして、すぐに駆け出して彼の真下に到達して。
パン! パン! パン! と3枚の脆いマットを貫通しながら落ちてきたクルスを。
「風魔法!」
下から上へ吹き上げる風魔法でダメ押しに速度を殺して。
「くっ!」
ダンッ! と何とか受け止めた。落ち方も良かったみたいで頭からではなく、横向き。
お姫様抱っこをするみたいに、クルスをキャッチして……。
「ふぅ……無事ね」
良かった。レールガンの攻撃も、身体をえぐってはいないみたい。
クルスは息をしていて、ただ気を失っているだけの様子だ。
「……しょ、勝者! アリスター・シェルベル!!」
わぁあああ! という大歓声の下、私は魔術対抗戦でも優勝を果たすのだった。





