111 魔術対抗戦
11月末、魔術対抗戦が始まった。概ね、剣技大会と似たような行事だ。
今回は、レギュレーションが魔法に寄っているぐらいね。
そのため、剣や斧、槍といった武器の使用は許されていない。
代わりに皆が使うのは、杖。ワンドという括りの、30センチ以下の長さの短い杖だ。
前世で言えば某有名な魔法学院の映画に出て来るような長さのアレね。
もちろん、杖を用いなくても魔法は使える。
ただ、多少の『補正』は入るわね。攻撃魔法であれば、威力と命中が上がるような。
汎用的な魔法回路のようなものと思ってくれればいい。
この世界は、前世の科学技術に相当する部分を魔法回路で構築している。
それらは、用途の定まったものだけれど。ワンドは、不特定多数の用途に使われるの。
「勝者! アリスター・シェルベル公爵令嬢!」
剣技大会と同じように順調に勝ち上がっていく私。
もう、登場から勝ち上がりに関してのざわめきも落ち着いたものよ。
流石に剣技大会の二番煎じだものね。
そして、『私』が、そういう態度なのだとも広まってきた。
シェルベル公爵令嬢は、こういった行事には参加するけれど、その他には姿を見せないと。
今回も様々な人物が私に注目している。
乙女ゲームのメインキャラクターたちに、二人の公爵令嬢。
今回はミランダ様はお休みよ。あんまり魔術系には興味がないみたい。
ただ、今回の彼女は。
「アリスター様! やりましたわね!」
「ありがとうございます、ミランダ様」
何故か私の応援に回っていた。なんでかしら。しかも、しかもよ。
「さぁ、フェルク伯爵令息。貴方もアリスター様にご挨拶なさい」
「はじめまして。シェルベル公爵令嬢。フェルク伯爵の息子、ルーカス・フェルクと申します。以後、お見知りおきを」
「ハジメマシテ」
なんでヒューバートがミランダ様の取り巻きをやっているのかしら!
いつも、ミランダ様を慕って共に居る令嬢たちは、何故か遠ざけられている。
その代わりと言わんばかりにヒューバートをそばに置いているのよ。
「彼、生徒会で暇そうにしていたから、声を掛けましたのよ」
「……そうなんですか。ええと、ルーカス、さん?」
「はい。シェルベル公爵令嬢にお話しできる、またとない機会。逃せないと思い、お受けしました」
お受けしましたじゃないわよ。
「ふふふ。これならば、彼も思う存分、アリスター様を応援できるでしょう?」
「ありがたい事です。ファムステル公女」
「まぁ、それは……」
前回、剣技大会では『アリスター』とルーカスに面識はなかった。
だから言葉も交わさなかったわ。つまり応援なんて出来なかった。
でも、今回はミランダ様の付き添いという名目で私の応援が出来る、と?
ミランダ様は破天荒というか。その行動力とほんのりマイペースなところ。
やっぱり、この人こそ私より、悪役令嬢の才能があるのでは?
いえ、悪役なんて押し付けられる人じゃあないのだけど。
「シェルベル公女」
「……ルーカスさん」
私とヒューバートは見つめ合う。きっと心配しているわよね。
あれからミランダ様も交えて話し合っていて、私は今回の懸念を伝えている。
クルスの相手をする時、死ぬかもしれない不安があると。
「どうか、ご無事で」
「ええ、もちろんよ」
「はいはい。アリスター様? きちんと試合に集中なさってくださいね」
そうミランダ様に窘められ、私は苦笑を浮かべた。
ふと気になって、チラリと視線を向けると……レイドリック様が、こちらを見ていたの。
「…………」
剣技大会の時とは違い、私は彼に愛想笑いも浮かべず、またフォローも入れなかった。
どうぞ『不仲』と広めてちょうだい。
普段からの接触はしていない。けれど、私は私なりに努力をしていたはずだ。
でも、レイドリック様は未だに『アリスター』への態度を改めていない。
そして『私』は、普段からの彼の態度を知っているのだ。
であれば、もうこのままでいいだろう。もう、彼は『アリスター』の笑顔は要らないらしいから。
「それでも、私は『アリス』をやり切るけどね」
それは『ヒロイン』レーミルに奪われたのではなく。
ただ、かつての己に恋されたままだった、という……。
「もう、ただの拘りね」
ヒロインには負けていない、という結果を残すため。
他の攻略対象をどれだけ落としても意味はない。
私の婚約者なのは、レイドリック様で。彼の心を奪ったのも私だと。
レーミルが勝ち誇れるものなどないように。
「こういう部分が、私の『悪役令嬢』たる理由なのかしら」
もう彼が好きではないというのなら、捨て置けばいいのに。
ただ、負けたくないという気持ちでヒロインから彼を奪おうというのだ。
やっぱり、ほら。ちょっと話が違うじゃない?
『でも、レイドリック様が愛したのは私なのよ!』とか。
レーミルに攻略を成功させられたら、そんな言葉が飛んできそうでしょう。
さも試合には勝ったけど、勝負には負けた、みたいな。
女としては私が愛されたのよ! とでも言いたげに。そういうのも許さないつもりなの。
「まぁ、私の動機は、今はそんなところね」
レイドリック様について私が思うことはね。
それから、私は気持ちを切り替えて試合に臨んでいったわ。
そして、とうとうシャーリー様と戦う事になったの。
◇◆◇
「シャーリー様。こうして貴方と、きちんと話すのは初めてかしら」
「ええ。アリスター様」
それから。彼女には開始前に言っておかないといけない事がある。
あれから裏付け調査も進めて、彼女の思惑を掴んでおいたのだ。
もちろん、それは。
「シャーリー様」
私は、試合開始前に彼女に近寄った。敵意は見せていない。
彼女も矜持があるからか、特に怯えた様子は見せずに私の接近を許した。
「私は、貴方とサラザール様の事を応援しますわ」
「……!?」
バッと私から距離を置くシャーリー様。その表情は驚愕に彩られている。
私は、ニィっと……。悪役らしい微笑を浮かべてしまったわ。
「何故っ」
「何故も何も。私と貴方は、利害が一致しているようで……それでいて互いに相手に『押し付け』ようとしていますでしょう? その点について話し合いをと思っていましたの」
「話し合う機会を失ったのは貴方が原因ですよ、アリスター様」
「それはたしかに。ですが、私も最近になって心を決めましたの」
「心を?」
私の言葉に察するものがあったのか。
表情を硬くして、鋭く睨んでくるシャーリー様。
「まぁ、このような場ですから。力によって解決する事に致しましょう。シャーリー様。私が勝てば、貴方も私の……『仲間』になっていただきますわ」
「仲間?」
「ええ、仲間。ふふ。公爵令嬢同盟です」
私は、そこで観客席に居るミランダ様に視線を向けた。
既に彼女が私の味方だと、理解してくれているでしょう。
「貴方の取り巻きにでもなれ、と?」
「その点については終わった後で話しませんか」
「……ええ、分かったわ」
そして、私たちの試合が始まった。
さぁ、そろそろ『伏線』を張っておかなければね。
シャーリー様には申し訳ないけれど。
私は、決勝まで勝ち上がってのクルス戦に狙いを定めている。
だから、通過点として処理させてもらうわよ、この試合。
「炎球・連弾!」
シャーリー様は、水色の髪と瞳の色なのに初手で炎魔法。
まぁ、髪色はイコール魔法属性ではないのだけど。
飛来してくる無数の炎の弾。基本中の基本とも言える炎魔法だけど、その威力と精度が高い。
加えて連射型だ。中級以上の魔法と言えるわね。対する私が繰り出す魔法は。
「──バニシング・ファイア!」
ボボボボンッ!
「っ!?」
シャーリー様の放った炎魔法すべてを、焼き尽くす魔法。
本来の私は、炎系の魔法を得意とするのだけれど。
前世の記憶を得た事で、違う魔法を鍛え伸ばしてきた。これは、それらの才能と鍛錬の賜物。
「魔法の相殺……、違う。今のは?」
「火炎消失。文字通り、消しましたのよ、シャーリー様の炎魔法を。私の炎魔法によって」
同じ炎魔法を衝突させて打ち消したのではなく。
相手の火球を『空気の膜』で覆った上で、その限定された場所をさらなる火炎で焼く。
炎に対して、水による消火ではなく、焼き尽くす事によって、それ以上燃えなくさせる。
……酸素がどうとは細かく言わないけど、そういうことよ。
この方が絵面のインパクトが強いでしょう?
魔法のぶつけ合いではなく、相手の魔法の力を利用して、そのエネルギーを消費させたの。
「私に炎は効かなくてよ? シャーリー様」
「くっ……!」
その後も、シャーリー様の放つ魔法に対して、すべてを凌駕するように返してみせた。
火には火を、水には水を。私と彼女の戦いの相性がいいのも大きいだろう。
シャーリー様は『万能型』だ。ヒーローたちのように、一点で尖った性能をしていない。
その代わり、すべての属性魔法をそつなく使いこなせるタイプ。
けれど、その万能型の上位互換となるのが『私』なの。
たとえ、彼女の得意不得意が魔法に偏っているのだとしても。
ミランダ様の本来の武器はレイピアだった。
シャーリー様も同じように本来、得意とする戦い方や武器があるのかもしれない。
でも、試合というレギュレーションの枠内では、彼女は私を凌駕することが出来ない。
「貴方とのダンスは楽しいわ、シャーリー様。ですから、お礼に私の最強の魔法をお見せしますわね」
私は右手を天に掲げる。実用性を無視した『見せ魔法』を使うために。
『天よ、我が呼び声に応えよ。我が招くは万雷の一筋。大地に至りて、我が敵を打て』
呪文詠唱は、魔法を使うのに不要でもあるけれど。ワンドと同じく威力を底上げする効果もある。
実戦で、詠唱の機会があるかは別だけれど。
高位貴族が求められているのは『大技』だから。こういう技術も必要なのよ。
掲げた手の上空に魔法陣が展開され、その中心に魔力が収束する。そして。
「サンダーブロウ!」
ガッシャアアアアアアンッ!!
神の怒りのような、落雷。ただし、見た目の割に威力は低めに調節してある。
もちろん、シャーリー様に直接、当てたりはしない。
マーキングとなる『銅の針』も、既に手前に刺した後だ。
「……なっ」
この魔法は、直接、相手を倒すための魔法ではない。
見た目と音のインパクトによって相手を『威嚇』するための魔法よ。
ええ。そんな事、貴族の居るこの社会に生きているのなら分かること。
よほど、自分の『魔法の実力』のみを過信している、子供以外は。
「まだ続けますか、シャーリー様」
私は、威嚇に雷魔法を用いて、シャーリー様に降伏を求める。
彼女は、あまりの衝撃に尻もちをついてしまったようだ。
「……参り、ましたわ。貴方の勝ちよ、アリスター様」
「ありがとう、シャーリー様」
私は、彼女に近付いて、手を差し伸べた。礼儀を尽くしながら、耳打ちする。
「お話は、また今度。ミランダ様を経由しても?」
「……許可します」
「ありがとう、シャーリー様」
これで、今後の問題についても一手を打てる。あとは。
私は、会場で今の試合を見ていた男の一人を見つけて、視線を合わせた。
「…………」
流石の彼も、雷魔法については衝撃を受けている様子だ。
『魔塔の天才児』クルス・ハミルトン。年下の少年魔法使い。
「フ……」
「!?」
私は、挑発するようクルスに微笑んで見せたの。
ええ、その表情はきっと、如何にも『悪役令嬢』だったと思うわ。