100 第三部・エピローグ ~文化祭~
「かき氷、お待たせしました!」
1年Aクラスの出し物は、『かき氷の屋台』だ。
アリス・セイベルは自身の店番になると制服にエプロンを身に付け、接客をしていた。
綺麗に整った容姿を持つ彼女が、明るく笑顔を浮かべる。
ただ、それだけで心惹かれる者は多かった。
男子生徒だけではなく、女子生徒も、だ。
そこに居るのは、明るく快活なアリス・セイベル子爵令嬢だった。
ピンクブロンドの髪をした彼女を、かのアリスター・シェルベル公爵令嬢だとは誰も思わないだろう。
『アリスター』が持つイメージと『アリス』は大きくかけ離れていた。
アリス・セイベルには、婚約者候補が居る。
常日頃から彼女のそばにいる、ルーカス・フェルク伯爵令息だ。
二人の仲が良いだろうことは、周囲の人々も認めている。
だが、それでもまだ二人の婚約は決まっていないという。
セイベル子爵家もフェルク伯爵家も、その名を聞いても、どういう人物か思い至らないような貴族家だった。
二人が結ばれるには、困難が待ち受けているのだろう。
店番をして笑顔で過ごしているアリスのそばにはルーカスが居る。
ルーカスは接客ではなく、調理側の担当のようだ。
「……アリス嬢」
そんな彼女たちを、少し離れた場所から見ている人物が居た。
「殿下? ああ、アリス嬢ですね。1-Aは『かき氷』の屋台ですか。寄りますか?」
「……いや」
レイドリック・ウィクター。学園2年生、そしてウィクトリア王国の王太子。
彼は、当然のように女子生徒たちと文化祭を回る約束をしていた。
側近であるジャミル・メイソンや、ロバート・ディックを引き連れ、また複数の女子生徒たちと共に。
彼が1年生の時もそうしたのだ。
だから今年もそうするつもりでいた。
だけれど。レイドリックは、今年は少し去年と違うことを期待していたことに気付く。
(もしも『彼女』から文化祭に行かないかと誘われていたら……私は)
今日は、彼女と二人でこの文化祭を回っていただろう、と。
そこまで思い至って、レイドリックは自身の胸の内に渦巻いていた心を自覚した。
「私は……」
既にあのピンクブロンドの少女、アリス・セイベルに……惹かれている。
レイドリックは、どうしてか彼女に心惹かれてしまうのだ。
それは、まるで。
(……まるで。かつてのアリスターと出会った頃のように)
レイドリックが異性を意識したのは、アリスター・シェルベル公爵令嬢が初めてだった。
彼の初恋がアリスターなのだ。
王子教育が進むにつれてアリスターと己を比較される窮屈な生活が続いた後の、自由な学園生活。
正当な評価を受けるようになった学園1年生の頃。
その立場を、その優雅な生活を失いたくない、と。
アリスターに『奪われ』たくはない、脅かされたくない、と。そう考えて。
様々な要因からレイドリックは、アリスターを疎むようになっていた。
そうして、彼女を好きでいた自身の感情をどこかに見失って。
(……そうか。私は)
今、レイドリックは。改めて『恋』をしている。
その事に気付いた。自覚をした。
所詮、アリスターへの気持ちは、幼い頃の気の迷いだったに違いない。
成長し、身体付きも大人びてきた今。
改めて恋をした、この感情こそが……真実の恋愛感情。
「殿下? ……レイ?」
「ああ、いや」
己の気持ちに気付いたならば。
そして、そうなると今や、好きでもなくなったはずの婚約者よりも。
「……どうすべきかな」
思い浮かぶのは、婚約関係の見直しだ。
だが、それは容易ではないことだろう。
何より、アリスの気持ちを確かめる必要が……彼女の心を手に入れる必要がある。
それに未だ婚約者が定まっていないといえども、あれだけ仲睦まじそうな別の男が居る。
だから大きく動き出すことは出来ない。
だが。
(いずれは……)
そんな風に。レイドリックは、彼女との『未来』を思い描いた。
己の恋愛感情を自覚し、そして意識し始める。
「ありがとうございましたー!」
元気に声を上げて、明るく笑うアリスの心を……いつか手に入れたい。
レイドリックは、そう思うのだった。
100話!