10 カリオスの正体
「カリオス様。先程から気になっていたのだけれど。貴方のその髪、この店の商品かしら?」
侍女と護衛を引き連れて女性向け装飾品店『エルミーナ』の応接室へ案内された。
そして、出し抜けに私はそのことを指摘したの。
変なことじゃないでしょう?
私はウィッグに興味を抱いていたのだから。
店員、店長である彼がその商品を身に着けているのなら、会話の始めにするのは自然なこと。
たとえ、それが一目見て見破れるようなものじゃなくてもね。
これは私が前世の記憶、ひいては乙女ゲームの記憶があるからこその一手。
カリオスの正体がヒューバート・リンデルであるという『決め打ち』で、さも観察力で見破ったように指摘したの。
「……、……それは」
ふふ。困っているわね? なにせ見た目は完璧だもの、彼。
生来、灰色の髪として生まれてきたように自然体。
見破られるはずがないと考えていたのは明白。
自信もあったのに、出会って少しで見抜かれるなんて、ってね。
……これでカリオスが普通に別人で、灰色の髪も地毛だったら恥ずかしいわね、私。
「それに貴方。すごく若いでしょう。化粧かしら。それで青年実業家のように見せていらっしゃるけれど。20歳も越えていない。……私と同じ年齢じゃない?」
さらに、ぐいぐいと攻める私。
如何にも正体を見破りましたよ、とばかりに。ふふふ。
「……参りました。たしかに私は見た目よりも若いのですが。私がこの店『エルミーナ』の店長であるのは本当ですよ。他の従業員に聞いていただいても構いません。けしてシェルベル公爵令嬢を騙すつもりはありませんでした。申し訳ありません」
あら。そう来るの?
もっと正体を見破ったかどうかの、ひりつく駆け引きをするものかと。
「実は若い以前に私、かなり童顔な方でして。仕事柄、若さで舐められないために大人びた顔付きに見えるよう工夫しているのです。それでもまさか、このようにあっさりと見抜かれるとは。流石はシェルベル公爵令嬢です」
「ふふ。ありがとう」
微妙に話を逸らしたわねぇ。
「それでね。私、こちらのウィッグについて興味がありますの」
「うぃっぐ?」
「あら?」
首を傾げられたわ。え? 普通に店頭に商品としてあったでしょう。
あ、商品名? 違うのよね。そりゃあそうよね。
ん。今、私が話してる言語……いえ、母国語なのですけど。
まぁ、深くは考えないようにしましょうか。
ただでさえ王妃教育で詰め込まれた他国の言語まで頭に入ってるのですもの。
これ以上の混乱は避けたいわ。
「ええと。たしか『疑似毛髪』でしたかしら」
「ああ、あれですね。人気の商品なんですよ。髪型、髪の色は人の印象を大きく変えてしまいますからね」
「それはそうねぇ」
前世とは比べものにならないぐらいに重要よね。
なにせ皆さん、髪の色が前世の日本からすると派手ですもの。
「ですから、作りのいい疑似毛髪に興味がありますの。カリオス様の頭のそれは一際、よく出来ているわ。店頭にあるものより、随分と出来がいいのではなくて?」
なんて、カリオスが疑似毛髪を使っていることを前提に話を進めてみる。
案の定、困ったような顔をする彼。
誤魔化すか、受け入れて話に乗るかを悩んでいるのかしらね。
裏の仕事を考えると、出来れば本来の髪の色なんて知られたくないはず。
この世界だと余計に髪の色は重要だからこそ。
髪の色が違うだけで、目撃されてしまった時の攪乱にかなり有用になる。
……軽々には打ち明けられないわよね。
王家の影。或いは、それになるために努力中の彼。
私の後ろには侍女と護衛が1人ずつ控えているし、閉じていないドアの向こうにもまた、2人の護衛が立っている。
こんな状況なら出来れば誤魔化したいのが人情。なら。
「貴方たち。ドアを開けたままでいいから、少しドアの向こうまで下がってくれる?」
「え? お嬢様?」
「安心して。別に男性を誘うなんて、はしたない真似しないから。聞き耳を立てて貰っていてもいいわよ」
「ですが、アリスターお嬢様」
「ふふ。危険じゃないわ。それに、いざとなったら自己防衛できる程度の魔法は使えてよ? 私」
私は攻撃的な魔法を使うことができる。
それもゲーム上の設定を考えるなら、かなりハイレベルで。
実際、生きてきた記憶から考えても、私の魔力量は王国でもトップクラスのはずだ。
悪役令嬢、というよりラスボスだものねぇ……。
最後に立ちはだかる障害は大きければ大きいほど、強ければ強いほどいいのだろう。
「……わかりました」
「ありがとうね。ふふ」
渋々といった体で侍女と護衛は下がる。もちろん、扉は開いたまま。
初対面の人間にこんな対応を許すなんて普通ならどうかしているのだけれど。
私は自身の力には、それなりに自信を持っている。
それに別に彼が私を狙う理由なんてないはずだもの。
物語が進んだ後、彼がヒロインと恋に落ちて、私がその障害となったら別だけれど。
今の段階ではね。彼が『店長』を名乗る以上、顧客と店主の関係に過ぎないわ。
「さぁ。カリオス様。人払いはしましたわ。その素敵な疑似毛髪、私にも見せてくださらない?」
興味があるのは、あくまでウィッグの方だというように態度で示す。
もちろん私の狙いは、彼の本当の髪の色を知ることだけれど。
「……はぁ。困った方のようですね。未来の王妃様は」
「私のこともご存知でして?」
「もちろんです。お会いするのは今回が初めてですけれどね」
王国貴族、それも王都に暮らしているなら当然かもしれないわね。
「ふふ。ありがとう。それで? あなたのそれは見せてくださらないの? 何か深い理由があるのなら無理は言わないのだけれど。企業秘密ですものね。残念だけれど、それなら身を引きますわ」
ここで一歩引いておく。
相手が私のことを『未来の王妃』と認識しているのなら、勝算がなくもないわよね。
そもそも別にヒューバートの存在を確認しなくても、ヒロイン・レーミルを捜す方法もあるもの。
どうしても彼の確認が必須というわけではない。
だから表面上、問題ない程度で切り上げておくのもいいわ。残念だけれどね。
「……いえ。シェルベル様がおっしゃるように、店に出している品とは別口の物がありまして。
口外しないよう、簡易の契約を交わしていただけるなら……」
「契約までなさるの? それほど革新的な商品なのね! 素晴らしいわ!」
店頭に並べられていたウィッグだって作りは良かった。
でも、いつの時代でも商品に良し悪しはつきもの。
前世だって高品質の品は割高だったはずで、その分、値段に見合ったものになっていた。
カリオスの灰色の髪がウィッグなら、より真に迫ったものだと言える。
仕事で使うのでしょうけど、欲しがる人は多いわよね。
こちらの国でも、いえ、こちらの国の方が女性は髪の毛を伸ばすのが女らしさ。
ベリーショートな方は、貴族令嬢では見掛けないわね。
なら関心が強いのは当然でしょう。
男性の場合は、お洒落よりも整える方向が強いわね。
理由はともかく、男女共に興味深い商品なのよ、これは。
「もちろん。口外しない契約は結んでも構いませんわ」
「……分かりました。そこまでおっしゃるなら」
「ふふ。では、やっぱりカリオス様の髪は?」
「それは契約書を書いてからのお楽しみです」
「あら」
契約。魔法のある世界で契約と言えば、と思うけれど。
魔法による拘束力を持つような契約はないわね。
この国の魔法は、前世における科学現象を引き起こすために使われることが多い。
照明のための光魔法とか、お風呂を沸かしたりとかのアレね。
あとはシンプルに攻撃魔法として使われる類のもの。
航空戦力とか、火薬類は……思い当たる技術はなし。
これは魔法が発展しているせいかもしれないわ。
火薬による爆発を起こさなくても火炎の魔法を撃ち出すことが出来るもの。
「……はい。これで如何?」
ただし、契約書は法的な契約としては効力を持つ。前世の契約書と一緒ね。
この場合は、口約束よりも強めの約束、みたいなものだけど。内容的に。
紙の空白を利用されて契約内容を後書きとかも考えられる。
なので、そこを警戒した一工夫。
崩し字と言って、たしかに当人を目の前にした時は、その人の名前に読めるのだけれど。
いざ、後になってこの契約書を持ち出された時。
『この名前は違う名前で読むのではなくて?』と、一悶着起こせるもの。
……前世的に言うと詐欺かも。
もちろん、相手が理不尽なことをしてきた場合の対策なのよ。
私が契約を踏み倒す理由なんてないのだし。
「……なるほど」
守秘義務の約束みたいな話だけれど、油断なく私の書いた署名を見るカリオス。
別に何の商談を進めているわけでもないのに、この念の入り様。
まぁ、特殊商品についての口外禁止は、要求として理解できる範疇ね。
「では? 貴方のその灰色の髪の毛を手に取らせていただけるかしら」
別に保管してあるでしょう商品そのものを見せられるかもしれないので、あえてカリオスの髪について言及しておく。
本当に見たいのは彼の地毛だもの。
「……分かりました。少しお待ちを」
カリオスは、そう言うと髪留めをパチパチと音を立てて外していく。そして。
「やっぱり地毛じゃなかったのね!」
「はい。ご明察です。シェルベル嬢の目はとても良いですね」
カリオスは、その灰色の髪の毛を頭から取り外して見せたの。
灰色のウィッグの下にあったのは……やはり青髪だった。
ヒューバート確定、かしら。いえ、もう少しだけカマを掛けてみてから判断を……。
「まぁ、素敵な青い髪。それが本当の貴方なの?」
「ふふ。どうでしょう。さらに下に別の髪があるかもしれません」
なんて曖昧にしようとするカリオス。
でも私はさらに畳み掛けることにする。
「あら? ……青い髪。それに貴方の澄んだ青色の、ブルーサファイアのような瞳。
……もしかしてカリオス様。貴方ってリンデル侯爵家の縁者かしら?」
「────」
少しだけ動きを止めて。僅かな動揺を見せるカリオス。
私はその反応を見逃さない。
「私、王宮の王妃教育で有力貴族、諸侯たちについて学んだのだけれど。
貴方のような青い髪と青い瞳の方は、リンデル家の出だと知っているわ」
「……そう、なのですか」
「それにお若い年頃。もしや、貴方は……、リンデル家のご次男、ヒューバート様?」
さも、今ある情報だけで正解に辿り着きました、とばかりにうそぶく私。
こうなると公爵令嬢や王妃教育を受けた者っていう肩書きは便利よね。
ハッタリがよく効くもの。
「……本当に参りました。貴方には何もかも見抜かれてしまうようだ。隠す自信はあったのですが……」
「では、カリオス様の正体は……侯爵家次男のヒューバート・リンデル様?」
「……はい。ご指摘の通りです。この件も出来れば口外して欲しくないのですが……」
確定。カリオス様は、ヒューバート・リンデルだった。
攻略対象の一人。記憶通りの情報で。
これはいよいよ、この世界は乙女ゲームの舞台ということに。
少なくとも私が覚えているヒーロー役たちは全員、このウィクトリア王国に存在すると分かったわ。
分かってしまった、と言うべきね。
「それは構わないわ。でもどうして? 侯爵家のご次男ならば、身分を明かした方が信用のある商売ができるのでは?」
「……理由は、やはり年齢です。私もシェルベル嬢と同じ年齢。
これでは若さで侮られてしまいますからね。
もう少し落ち着いた年齢と見られた方が都合が良いのです」
「そうなのねぇ」
流石に彼が『王家の影』候補であることは明かせないわよね。
でも、まさか攻略対象の一人と、こんな風に直接、交流を持つことになるなんて。
その存在を明らかにできれば良かっただけなのだけど。
「どうぞ」
「はい?」
そして私は、彼から灰色のウィッグを手渡された。
「直接、手に取って見たかったのですよね?」
「あ、はい。そ、そうですわね……。おほほ……」
「?」
言えないわよ。貴方の正体を暴くことの方が本命だったなんて。
攻略対象者たちは全員、この世界に存在している。
これで私は、いよいよ腹を決めて、破滅の未来を回避する対策を考えなきゃいけなくなったの。