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5-5 ガブリエル視点

 請求書の束をテーブルに置き、僕は母さんに詰め寄った。夕食はこれからなのに、誰も食事を作ろうとしない。ちなみに朝はシリアルにミルクをかけたものだったし、昼は母さんがハムを挟んだだけのサンドイッチを作った。ロレーヌならそんなことはしない。サンドイッチには必ず卵やチーズも挟んだし、レタスだって忘れなかった。まぁ、それはいいとして、まずはこの請求書だ。


「母さん、この請求書は多すぎるよ。なんでこんなに買い物をしているんだ?」

「あら、いつものことですよ。宝石デザイナーのパーティは毎週あるし、お付き合いは大事でしょう? 毎回同じ服を着て出席をするなんて恥ずかしいことです」

「母さんは宝石デザイナーで、モデルでも女優でもないんだぞ。同じ服を着て行ったところで、誰もそれほど注目していないよ」

「なっ、なんですってぇーー!! 酷いことを言わないでよ」

 僕は当たり前のことを言ったまでだ。待てよ、そう言えばロレーヌも同じようなことを母さんに言っていたことがあった。確かあれは結婚してまもなくの頃だった。宝石の注文は今ほどではないがそこそこあったのに、アサート宝石店はいつもお金に困っていた。


「お母様、高価な服を毎週のように買うのはやめていただけませんか? 手持ちのブローチやネックレスで印象を変えたり、ストールで変化をつければ、また違った雰囲気がだせます」

「そう思うならロレーヌがすれば良いでしょう? 私はクリエイティブなお仕事をしているのよ? こうして新しい物に触れるだけで発想が湧くのよ」

「これではいくらお金があっても足りません。ガブリエルも少しお酒を控えてくれないかしら? 酒代だけでもかなりの額よ。せめてもう少し安いお酒に替えてくださいな」

「は? そんなの無理だよ。僕だって宝飾師としてクリエイティブな仕事をしている。つまりはこの素晴らしい才能を枯渇させない為には清らかな水(酒)が必要なんだよ」

 当時のロレーヌは呆れたようにため息をついていた。やがて多くの貴族達が来店し、高価な宝石を次々と注文するようになった。それは母さんと僕の腕が漸く貴族達に認められたんだという誇りに繋がった。それがロレーヌのお蔭だったなんて、ひとつも思わなかったんだ。


 僕の昔の回想を中断させたのはサイラの能天気なセリフだった。

「お金のことなんて心配しなくても良いですよ。ロレーヌのせいで離れていったお客様は私が取り戻してあげるわ。お客様にお世辞を言えば良いのでしょう? 屋敷に挨拶回りに行けば、上等なお菓子を出してもらえるかしら?」


「サイラさん。あなた、いつまでここにいるの? 最初にロレーヌが提案したようにアパートを借りるべきですよ」


「あら、ガブリエルのお母様。最初にここに居てもいいと言ったのはあなたですよ。暴力夫から逃げ出してきた可哀そうな私をここにずっと住まわせてくれますよね? だって、このエルネはガブリエルの子供ですもの」

 

 母さんは腰を抜かしそうになるし、いつもは空気の父さんは珍しく多くの言葉を口にした。


「ガブリエル、それは本当なのか? エルネはお前の子なのかい? うちには孫がいないから嬉しいなぁ。良かった、良かった。なぁ、カサンドラだって孫の顔が見たいと、いつもロレーヌに言っていたじゃないか。お前の望みが叶ったんだぞ。今日はお祝いだな」

 父さんは母さんの機嫌を取るようにそう言ったけれど、母さんは苦虫をかみつぶしたような顔で黙っていた。キッチンにはまだ洗っていない食器が山積みだし、テーブルはエルネの食べこぼしでベタベタだ。絨毯はティアが調味料やらなにやらをこぼしまくってシミだらけ、ソファもティアがそこで跳ねるからスプリングがおかしくなってきている。清潔で全てが整理整頓されていた部屋は、今ではどこもかしこもぐちゃぐちゃだ。


「さぁ、お金の問題は私が解決してあげるから夕食を作ってよ。すっかりお腹が空いたわ。ランチが質素すぎてティアも私も栄養不足になってしまいます。子育てはとても体力がいるのはお母様も知っているでしょう? ステーキが食べたいです。ティアにはハンバーグで、トッピングはチーズでお願いしますねっ!」


 サイラは上機嫌で鼻歌まじりに夕食の催促をしてきた。テーブルを拭こうともしなければ食器を洗おうともしない。


「サイラはやっぱりアロイスさんのところに帰った方が良いよ。僕はロレーヌを迎えに行くよ。きっと僕を待っているんだ」

「嫌よ。アロイスなんて口やかましいばっかりで、息が詰まるわ。真面目すぎるアロイスを選んだのは失敗だったのよ」


 結局夕食は誰も作らないので、レストランに食べに行くしかなかった。そこでも、落ち着いて食べることは許されない。なぜなら、ティアがレストラン内を声をあげて走り回るし、エルネはここぞとばかりにぐずりだし大泣きしたからだ。優雅に夕食を食べられていたあの頃が懐かしい。




★☆彡




 翌日、僕はもう限界だった。どんどん最悪な状況になっていく。今日こそはロレーヌを連れ戻しにウィドリントン宝石店に行こうと決心した。


(そうさ。僕と母さんがちょっとサイラの肩を持ったものだから拗ねているだけさ。ロレーヌの我儘にも困ったものだ。きっとロレーヌは僕が迎えに行くのを待っているんだ!)


 ところがお昼ごろに一通の封書が届く。そこには裁判所の文字が記されていたのだった。


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