7 ガブリエル視点
※ここは異世界ですので日本の法律とは違います。ご都合主義の作者独自の設定で書いておりますので、妙に日本と似たところもあれば、全く違うこともありますので、お許しくださいませ。
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離婚調停の日、空はどんよりと曇り小雨がぱらついていた。呼び出されたのは僕とサイラで、申立人はロレーヌとアロイスになっていた。これは正式の裁判の前に話し合いで解決する方法だった。ここでまとまらなければ本格的な裁判という面倒なことになる。
家庭のなかのごたごたをかたづけるには、まずは話し合いをしてまるく収めようという考え方だった。家庭裁判所という名前もとてもわかりやすい。
「ちょっと待ってよ。髪型がきまらないのよ。こんな日に限って寝癖がとれないわ。ワンピースもどれを着ていいかわからないのよ」
「早くしてくれ。遅刻してしまうよ。この通知には時間厳守と記されているだろう?」
早速のアクシデント。サイラがおめかしをするのに手間取り、すっかり遅刻してしまった。裁判官はあからさまに顔をしかめ、「あなたの家には時計がないのですか?」と嫌味を言ってくる。
「あら、嫌だ。時計ならありますわ。今どき、時計がないなんてありえないでしょう?」
なぜか裁判官に上から目線で言い放ち、鼻で笑うサイラに肝を冷やす。案の定、裁判官の僕達に対する印象は最悪なものとなった。
「早く着席してください。あなた方がいない間にだいたいの話は聞きました。お二人が相当深い仲だと推察される証言がルイ・シャルル様からなされています。認めますか?」
「えぇっと。それは本当に私達なのでしょうか?もしかしたら・・・・・・そのぉーー・・・・・・」
「わたしの目は悪くないよ。アロイス事務次官の奥さんの顔は知っていたし、あの時にいた男性は確実に君だよ。恋人のように手を繋ぎ、ときたまキスをしながら歩いていたよな? 人通りの少ない通りだとしても愚かすぎる。君達は既婚者だという自覚がないのかい?」
僕が言い訳をしようとしたタイミングで、勢いよく扉を開けて入ってくる明らかに高位貴族の男性。この方がおそらくシャルル公爵家の坊っちゃんか。黒髪に黒目の精悍な顔立ちは文官というより騎士団長だ。途端に隣に座っているサイラが頬を染めそわそわしだした。
「切ない恋の歌や小説はたくさんあります。吟遊詩人は道ならぬ恋の歌を作ることが得意だし、皆はそれを喜んで拍手喝采します。既婚者だからって人を好きになる気持ちは止められないわ」
ルイ・シャルル様の顔を見ながら、上目遣いに言ったサイラのその台詞は、厳格なこの場には全くそぐわない。
(サイラ、頼むから黙ってくれ!)
僕はサイラの足を蹴るけれど、サイラは「痛っ! やめてよ、なにするのよっ」と全く僕の思いに気づいてくれない。
「つまり、認めるのですね?」
「えぇ、アロイスとは離婚したいので認めます。私にはもっと相応しい男性がいるはずなので」
サイラは私ではない男の目、つまりルイ・シャルル様の目を見つめてそう言った。
(終わった・・・・・・)
僕の頭の中で、なぜか学園のチャイムの音が鳴り響く。授業が終わった時の、または始める時のあの音色さ。これは僕の破滅の始まり? 人生終了のお知らせ?
「不貞の慰謝料はかなり高額になりそうですよ。あなた方は3年近くも逢瀬を重ねていたでしょう? 旅館業法違反の罰金も払ってください」
「はい? なんですか、それは?」
「二人で泊まった宿泊施設での偽名は罪になります。何の気なしにしたのでしょうが、あれは立派な犯罪です。本名と住所は必ず正確に記さなければなりません。この申し立てがあってから、あなた方の過去の行動を調査官が調べあげたのです」
本名を書けないような行動をするべきじゃないのですよ、と裁判官は正論を振りかざす。そんなことは頭ではわかっている。しかし、わかっていながらも人間は過ちを犯す。それは人間だからだよ。皆、完璧になんて生きられないんだ。堅物な裁判官にはわからないんだよ! イライラとそう思っていると、
「ほんの出来心ですわ。どうか許してください」
サイラはピンクの瞳をうるうると潤ませた。手を胸の前で合わせ拝むようなポーズで胸の谷間を強調させる。
「コホン。このような場所によくも胸の開いた服を着て来られますな。やはり、こういうことをするご婦人の頭の中は理解できません。どうしたものか」
「裁判官。この二人はしばらく拘留してほしい。わたしへの名誉毀損の件もあるのでな。アンヌ・ロール侯爵夫人、入ってきてください」
扉を開けて招き入れたのは、僕が失言したときに一緒だったアンヌ・ロール侯爵夫人とウィドリントン宝石店の店長と支配人だ。
すでに慰謝料は高額になり、罰金もプラスされ、不敬罪も適用される? ムチで打たれるのだけは嫌だ。涙目でロレーヌに縋った。
「お願いだよ、勘弁してくれ。これからはロレーヌを一番に考えて絶対に大事にするから。子供が産めないと母さんに責められたら庇ってあげるし、なんなら親と別居してもいいから。そうだよ、二人でまた新しくやり直そうよ」
「は? 娘のエルネはガブリエルの子なんですけど?」
サイラはまた余計なことを言い出して・・・・・・まさに崖っぷちに立たされた僕だ。でもロレーヌは今までなんだって僕の言うことには従ってきた。だから今回だって、きっと許してくれる。
「ガブリエル、あなたとやり直す気なんてさらさらないわ。庇ってあげる? なんでそんなに上から目線なのかしら? はっきり言ってほしい?」
「え? う、うん。いいとも。母さんとは別に住もうよ。絶対に大切にすると・・・・・・」
「ルイ・シャルル様、アロイス先輩、裁判官様、ちょっと耳を塞いでいただけますか? ガブリエル。私ね、あなたの顔を見るだけで反吐が出そうよ! はっきり言ってクソくらえ、なの!」
「・・・・・・っ」
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※家事事件のうち審判という手続では,裁判官が当事者の言い分を聴いたり,当事者が提出する証拠を調べるなどして,事案に応じて,家庭裁判所調査官の報告や参与員の意見を聴くなどした上で審判をします。←日本の法律。
それを参考にして青空風に書いております。