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「わあ~! すごいですぅ~!」

「気に入ってくれたかな? 天使様」

「もちろんです! あ、それと『天使様』だなんて他人行儀な呼び方じゃなくていいですよっ。『エリエル』って呼んでください!」

「そう? ……じゃあ、エリエル。……嗚呼、美しい名前を呼べて幸せだよ」

「ふふふっ。言いすぎですよぅ」


 アハハ、ウフフ。


 そんな朗らかな声がかろうじて聞こえる位置からわたしはふたりを見ていた。


 男性のほうはセラバート殿下。この国の第六王子で、その肩書に見合ったまさしく「王子様」と呼ぶにふさわしい美貌と、堂々たる態度の御仁。けれども今はひとりの少女を前にして、いつもはクールに微笑む表情をはにかみ顔へと崩している。


 そんなセラバート殿下の表情を見て、少女――“天使ちゃん”ことエリエルはまるで大輪の花が咲いたかのような笑みで、「そっちの顔のほうがずっといいですよっ」などと言う。


「そう、だろうか……」

「ずーっと険しい顔をしているよりは、ずっといいですよぅ。少なくとも、エリィはそっちのほうがいいと思います!」

「そうか……エリエルがそう言うなら、少しは練習してみようかな」

「じゃあ、エリィがたくさん笑わせますね!」


 セラバート殿下は天真爛漫な天使ちゃんの言葉を受けて、口元をほころばせる。それを認めた天使ちゃんは、また「その調子です!」と言ってセラバート殿下を褒めて、その気にさせる。


「わたしのときと全然違う……」


 遠くからふたりを見守っていたわたしは、気がつけばそんなことを小さな声でつぶやいていた。


 セラバート殿下ほど頑固な人間をわたしは知らない。自分に厳しく他人にも厳しい彼は、不敵な笑みを浮かべているばかりだった。


 だから敵もそれなりにいて、それを見かねたわたしは、お節介にも少しは愛想よくしてもいいのではないかと苦言を呈したことがある。もちろん、そんな有り体には言わなかったけれども。


 けれどもセラバート殿下は――


「アンマリア様のお考えはよくよく理解していますよ。王室のイメージにも配慮したほうがいいと言いたいのでしょう? けれど、私には私の戦い方があるんです」


 などと言って、わたしのアドバイスを突っぱねた。


 先述した通りに、わたしのアドバイスなんていらぬお節介であったことは事実。セラバート殿下のけんもほろろな態度を受けて、わたしは深く自省した。聖乙女(せいおとめ)だからといって、ちょっと調子に乗ってしまったと後悔した。


 以降はセラバート殿下の態度に物申すことはしなかったし、なんだったら彼のフォローに回ることだってあった。


 貧乏くじを引かされている自覚は一応あったが、わたしを敬うばかりではなく、ときに厳しく戒めてくれるセラバート殿下の態度を好ましく思っていたから、自ら進んでそうしていた。


 セラバート殿下も、もちろんそこにあぐらをかくことはせず、わたしに感謝の念を述べることを忘れなかった。


 わたしとセラバート殿下はそういう、つかず離れずの関係だったけれど、互いにそういうべったりしないところに好感情を抱いていることはたしかだった。……はずだった。


 けれども今の状況はどういうことだろう。


 言外に「私の態度に物申すのはお節介だ」と言って憚らなかったセラバート殿下が、天使ちゃんの前では鼻の下を伸ばしてデレデレと笑顔を隠そうともしない。


 わたしの中で、クールで不敵なセラバート殿下の幻想がガラガラと崩れて行くとともに、彼への信頼感がすーっと薄まって行くのを感じた。


 もう一方のわたしは、「いや、幻滅するのおせーよ!」と突っ込む。


 今、わたしたちが訪れている「東洋園」は名の通りに東洋に分布する花々を集めた植物園である。最近開園したばかりの「東洋園」には連日ひとが押し寄せて大盛況で、今は入園は先着順で、定員に達すれば締め切られて入ることは叶わない。


 そんな「東洋園」にどうにか入れないかと珍しく頼んできたのが三日前のセラバート殿下である。


 わたしは、孤高のセラバート殿下に頼られたという事実がうれしく、聖乙女の権力をフルに活用して「東洋園」の入園チケットを入手したのだ。


 ただ、誓って違法なことはしていない。神殿配下のニンジャであるモチくんに頼み込み、先着順に販売される入園チケットを買ってきてもらったのだ。


 「そんなしょうもないことにニンジャを使うな」、と理性的なわたしが今さらながらに突っ込む。


 けれどもつい先ほどまでのわたしは、セラバート殿下を「東洋園」に連れてこられたことを誇らしく思ってさえいた。


 だけどセラバート殿下は、天使ちゃんにいい格好をしたかっただけなのだ。そのために孤高をかなぐり捨ててわたしに頼みごとをしてきたのだ。ほかでもない、天使ちゃんただひとりのために。


 少し前まで、「こうして黙って尽くしていれば、殿下もわたしの健気さに気づいてくれるのではないか」とまったく夢見がちすぎる思考をしていた自分は馬鹿そのものだろう。


 けれども今でもその考えを完全には捨てられない自分もいた。


 今まで通り、コツコツ努力をしていれば、いつか報われるのはわたしなのだという気持ちが捨てられないでいた。


 だって、これまではそうだったから。聖乙女候補の時代から頑張って頑張って頑張って手に入れた、他人からちやほやされる居場所……。でも、その居場所に今いるのは、わたしじゃなくて天使ちゃんなのだ。

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