第30話 黒いですもん
遅いっ
短いっ
夜の自室に可愛い女性が三人。これはなんという状況なのか。
二、三日使ってなかったこの部屋が喜んでいるように見えるのは、少女とファウストの移動の速さに対抗して全力疾走した結果だろう。おそらく。
「あ、ねぇ、髪留めない?髪留め」
唐突に部屋をうろうろしていた少女が言う。
ちなみに、この少女の名前はネイスと言うらしい。道中で聞いた。
「あ、ハイ。私持ってますよ」
とフィリスが言ってどこからか髪留めを取り出す。
その修道服、ポケットが無いように見えるが、内ポケットがあるんだろうか。
髪留めを受け取ったネイスは、喜々として髪をツインテールにし始める。一部始終を見ていたが、どうやったか微塵も分からなかった。
どうなってるんだ、あれ。
そこでファウストが話し始める。
「それでこれからなんだが、坂神は元の世界に戻ろうとは思わないのか?」
ここに来るまでに、三人にオレのここまでに至る経緯を全て話した。みんなあまり驚かなかったけど。
気がつくとネイスもこっちに耳を傾けている
「そうだな…必死になって帰る方法を探そうとは思わないな。気長に探すよ」
「じゃあ、見つかったら帰るのか?」
ネイスが尋ねる。
「あ~…どうだろう。その時次第だと思う」
「優柔不断だな」
ファウストが痛いとこを突く。
それはよく分かってるっちゅーに。
「あー…それはいいとして、フィリス?あの神っぽいやつからなんか来てない?」
何かあればいいんだけど。
すぐに動けるし。
「全く無いですね。どうしたんでしょうか」
「そうか…んじゃやっぱり普通に暮らしていくしかないか。…そうなると、お前達はどうする「来るぞ」か―――」
急にファウストが立ち上がり玄関に移動する。
そして、勢いよく玄関の戸が開かれるとともに、入ってきた者の首に手刀をあてがう。
「おっと。あー……降参だ」
そこに立っていたのはアレックスだった。奥には何人かの兵とサニルもいる。
その全員が警戒心丸出しなのだが、
何がなんだか全く分からない。
「全く、やれやれね。」
そう言いながらアレックスの隣に来たサニルは、突然短剣をファウストに刺そうとする。
ファウストは跳んでそれを躱し、天井を使って身体のバネを活かして急降下。手刀をサニルに振り下ろす。
アレックスが急に加速してサニルを抱えて距離をとり、剣を抜いて一人でファウストに突進する。
「マーズボール!」
それに合わせてサニルが四つの火球を放ち、それは左右と右上、左上に放物線を描きファウストに向かう。
それを見たファウストはじと目になり、ため息を零す。
「まったく……」
アレックスの剣を左手で握って潰し、前進しながらアレックスを右手でサニルに殴り飛ばす。
火球は前進した際に背後で四つが衝突した。
そして折り重なっているアレックス達の眼前に高速で移動し、二人の首元に両手をあてがう。
「お前達に私は百年は早い。それぐらい分かれ」
と、ファウストは至極だるそうに言い聞かせる。
すると二人は観念したように身体から力を抜く。
「はぁ…負けだ」
「………くっ」
そろそろ割り込んでもいい感じかな。てかサニルが恐くなってる。何故に?
「で、何の用ですか?こんないきなり」
「あ、お前は…えっと…坂……?」
「坂神です、アレックスさん」
「いやだからアレックスじゃないと…」
「んで、何の用ですか?」
「ああ、そいつだ」
アレックスはファウストを指差す。
そしてなんかアレックスって諦めてる気がする。
「いやな、ここまでどす黒い気を堂々と出して来たんだ。気づかない訳がない。警戒もするさ」
そういえば、オレが初めて会ったときも威圧感を感じたな。
完全に慣れてしまっていたけど。
いやぁ、慣れって恐ろしい。
「で、奇襲し終わってなんだが……あんたは何者だ?」
「確かに今更だな……、まぁいいだろう。とりあえず上がれ」
いやここオレんちなんだけど、等という疑問は限りなく無駄に感じたので、無かったことにしておく。
…スランプ?