真世界反乱編Ⅺ:記憶
「お姉ちゃん・・・」
「何?って・・・何その傷!」
「ごめんなさい・・・お姉ちゃんが大事にしてたコップ、割っちゃった。」
涙目で謝罪する幼い妹を他所に、救急箱を探す。
「そんなのいいから!顔に傷が!」
「・・・怒って、ないの?」
恐る恐る訪ねる妹を抱きしめる。
「コップなんてまた買えばいい。でも、夜留はそうはいかないでしょ?」
「お姉ちゃん・・・」
妹の肩を優しく掴み、まっすぐ見据えてくれる。
「顔以外は怪我してない?」
「うん。」
「はあ、よりによってお顔に。跡が残らないといいけど・・・」
───お姉ちゃん、ごめん・・・敵、取れなかった。
「その女を殺す前に、お前の首が飛ぶぞ?」
「・・・貴方がなぜここに?」
「俺が何処に居ようと俺の勝手だ。」
九尾 夜留の額に銃を突きつけるウィンディア・葉山・サイクロンの首に、王里・ゴルドモンキー・天馬が、剣を突きつける。
「・・・・・ッ!」
目線を天馬から夜留に戻し、引き金を引くウィンディア。だが・・・
「莫迦が・・・」
その一瞬の間に、天馬の黒い箱から突きつけていた剣が射出され、ウィンディアの首を刎ね飛ばす。
「生きてるか?夜留。」
「・・・「先生を、つけなさい」って、いつも、言ってるでしょ。」
戦闘の疲労か、それとも死を目の前にした極限の緊張感からか、息も絶え絶えに後列のセリフを吐く夜留。
「フン、存外余裕そうだな?」
「なんで、私、生きてるの?」
「早坂 零斗の異能を中途半端に再現した人工異能、劣化硬化だ。あいつほどの無法な防御性能は無いが、ハンドガン程度なら、無傷だ。」
「そっか・・・」
夏の暑さが漂う空間に土御門 満の高笑いが充満する。
「ひどい顔だ!さっきまでの、険しくも凛々しい表情は、どこへいったのかな?」
頭が割れるように痛い。耳には今も幻聴が囁いてくる。鼻を掠める香りが眠気を誘う。口いっぱいに血の味が滲む。全身が麻痺したように感覚を失っている。
「どんな異能だろうと魔術だろうと、所詮、脳内で行われた異能演算や術式構築の結果!意識を鈍らせればすぐに途切れる!」
全身硬化で守られていた零斗の身体は、朦朧とする意識の中で全身硬化が解けたことで、満の攻撃をモロに受け、ボロボロになっている。
「僕に勝てると思ったの?浅はかだなあ!
僕に勝てるわけないだろう!土御門の血を引き、異能の才にも恵まれた真人類達の頂点たる土の真のこの僕に!」
声高らかに勝ち誇る満。
「ああ、真人類ってのは僕達、真世界が理想とする魔術も異能も扱える人間のことね!まあ、これから死ぬきみにはかんけ・・・」
───ぺちゃくちゃと、隙だらけだ・・・でも、その隙をつけるほど体は動かない。
あいつの幻術のせいで、今にも意識が飛びそうだ。
「・・・こんなムシケラな弟の為にコールドスリープされる早坂一途もバカだよね!あ、いや、あの弟は偽物か!偽物とすら気づかずに身を差し出すんだから、ほんとバカだよ!」
「どう言う、ことだ?」
「あ?」
「その話、どう言う、こと・・・」
その言葉の意味を知る前に、零斗の意識が途絶える。
「あ?気を失った?やー、人間の意思ってのは、案外しぶといものだよね!でも、こうも無防備になれば殺すのは容易い。」
満がニヤけ面のまま、うつ伏せで気絶している零斗に、手刀を振り下ろそうとした、その時。
「なんであんたが止める?・・・いや、そもそも、なんだあんたがここに居る!?説明してよ!光と闇の真!!!
アークの世界はどうした!」
「とっくに蹴りは着いた。」
「はあ!?じゃあ、僕達の回収時刻はなんだったのさ!」
「さあ、なんだろうな?それよりも・・・早坂零斗に死なれては困る。手を引け。」
「出来ない相談だね!早坂一途に受けた屈辱!その弟を血祭りに上げて晴らさないと!」
「真世界に刃向かうか?」
「僕からしたら真世界に刃向かってるのはそっちの方だけどね!」
笑い声がする。まだ土の真の幻聴が続いているのか?
いや、この笑い声は・・・人を嘲るような声じゃない。幸せそうな、嬉しそうな・・・優しい気持ちが伝わって来る。
『零斗・・・』
俺を呼んでるのか?
『零斗。』
『零斗、一途はどうした?』
姉さんは、敵に捕まって・・・だから、助けに。
『そう。怪我しないようにね。』
『ちゃんと、一途を連れて帰って来るんだぞ?』
言われなくてもそのつもりだ・・・いや、そのつもりだった、だな。こうして敵前で意識を失っている。直に殺されるさ。
姉さんはいつも、俺を守ってくれるのに、俺は何も守れない・・・俺には力が無い。
『何言ってんだ?力なら最初から持ってるだろ。』
『忘れているだけよ。いや、隠されてしまったと言った方が正しいかしら?』
忘れてる・・・隠された?
『お前の持ってる固定硬化は、まだ片鱗でしかないってことだ。』
!!!?
『あら、もうこんな時間。本当は、もっとお話ししたいけど、私達はもう死んだ存在だから・・・』
『死者が生者を縛りすぎると、死者の国の管理者様に怒られちゃうからな!』
ああ、そうか・・・
『行ってこい!零斗!』
『一途を助けてね。』
うん・・・・・・・行ってきます!
父さん!母さん!
目を覚ますと、まだ僅かに赤みが残る夜空が、電磁バリア越しに見える。
「渋谷・・・なら、まだ俺は死んでないな。土の真は・・・」
周囲を見回すが、奴の姿はない。
「他のところに行ったのか?それか・・・」
満の行き先を考えていると、空から何かがコンクリートを突き破る勢いで、降ってくる。
「っ!な、何だ!」
煙が晴れるとそこには服がボロボロの満が肩で息をしている。
「ッ!こんなことをして!許されると思ってるのかな!僕は土の真で、土御門家の土御門満だよ!」
奴の目線の先に目を向ける。
「起きた、零斗・・・」
「光と闇の真!」
二人目の真を前に、身構える零斗。
「早坂零斗。前にも言ったが、君に死なれては困る。そこの下衆・・・いや、コイツと一緒にされる下衆が可哀想だな・・・まあ、なんでもいい。ソイツと違って、私は君と殺し合う気はない。」
その言葉を残し、光と闇の真は「あとは任せる」と言わんばかりに姿を消す。
その声は嘲りでも慈しみでもない。ただ事実を告げるだけの声音。
───なぜだ。敵のはずなのに、なぜ俺を助ける?
思考が絡まるよりも早く、再生を始めた土の真が地響きを立てて立ち上がった。
「ふざけやがって!お前も光と闇の真も!僕が再生することを良いことに!これが人間のやることなのかなあ!」
零斗の胸に、心象世界での両親の声が蘇る。
『お前の持ってる固定硬化は、まだ片鱗でしかないってことだ。』
その瞬間、零斗の脳内に新たなイメージが駆け巡る。体を駆け巡る血が、細胞一つ一つの動きが加速する。音が遅れ、瓦礫の舞い落ちる速度すら目で追える。そんなイメージ。
零斗は拳を握り、構える。
「空想黎騎・全身加速!!!」