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9.デートとはどんなものかしら

短編版から大幅に追加しました。

 ダニエルはニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべると、マントを羽織った。


「ほう…………。これはもしかしたらもしかしたのでは?」


「私は何も感じない」


「君の魅了をほとんど感じない。君の存在をぼんやりとしか感じないよ。結婚五十年の熟年夫婦みたいだ。経験はないが……」


「…………」




 ふたりは街に繰り出してマントの効果を試すことにした。


 ダニエルは爽やかな笑顔でクララに手を出す。クララはうさんくさい物を見るように、ダニエルの手をねめつける。手袋をしていない、ゴツゴツした大きな手だ。


「お手をどうぞ、お嬢さん」

「マントの威力を過信しすぎじゃない?」

「実験は、自分の体で確かめるのが最も手っ取り早い」

「ホントに変態だな」

「まあな、それは認めよう。お陰でこの年になっても、嫁がこないが、それ以外は困ってない」

「それ、貴族としては致命的なのでは……」

「なに、侯爵家の次男だが、長男がしっかり跡を継いでるので問題はない。魔道士長の給金は高額だし、魔道具を売りさばいて金には不自由してない。君への支払いも自腹だしな」

「へー」

「へーって」


 苦笑してるダニエルをクララは横目で見た。この数週間で傷だらけになってる上に、なんだかゲッソリやつれている。初めて会ったときは、もっとパリッとキリッとした美形の男だった気がする。


 鼻血出して私に投げ飛ばされ、研究のために食事や睡眠を後回しにしてるみたいだから、無理もないか。ま、変態だし大丈夫だろう。クララは気にしないことにする。



 ふたりは仲良く手をつないで歩く。最初はエスコートだったけど、エスコートはクララがなんだか体がかゆくなるので、変えてもらったのだ。

 ダニエルにうさんくさい笑顔でエスコートされても、ねぇ。



「ねぇ、あのさ……。どうして結婚しなかったの? 侯爵家の次男で、見た目だって悪くないし、背も高いし、頭もいいし、魔道士長だし。それなりにモテると思うんだけど」


「そうだな、学園の七不思議のひとつとして数えられている」


「自分で言うんだ」


「まあ、何度かデートというものはしたことがある。兄に泣いて頼まれたのだ」


「ふ、ふーん。そっか……」


「ところが気がつくといつも女性が怒って帰ってしまうのだ」


「なんで?」


「世界の二十不思議のひとつ、というのは冗談として……。兄に聞いたところ、突然黙って何か考えこんだり、脈絡なく研究のことを熱く語り初めて、延々止まらないのが気持ち悪いそうだ……」


 ダニエルが遠い目をして空を見上げる。


「ちょっとー、暗くならないでよ。でも、今日はいい感じじゃない?」


「そうだな、君となら何日でも歩けそうだ」


「う、うん。そっかな」


「お、あそこの店は掘り出し物があるのだよ。少し寄ってもいいだろうか?」



 横道にある古ぼけた小さな店だ。中に入ると、色んな魔道具や古代の装飾品などが置いてある。


「やあ、久しぶりだね。いや、ついこの間、大量に購入したばかりか」


「ようこそいらっしゃいませ、ダニエル様」


 にこやかな店主がもみ手をしながら近寄ってくる。



「ちょっと見せてもらうよ。この女性は魅了の力が強くてね。店主は危ないから、奥に下がっていた方がいい。何も盗んだりしないから、安心したまえ」


「おお、分かりました。では、閉店の看板をかけておきましょう。ごゆっくりどうぞ」


 クララは店主が奥に引っ込むまで、店主から一番遠い壁にピッタリ張りついた。



「さあ、自由に見たまえ。欲しいものがあれば遠慮せずに言うのだよ。私は金持ちだからね、この店ごと君にプレゼントしてもいいぐらいだ」


 クララはウキウキしながら店内を見て回る。こんな風に買い物をするのは初めてだ。ダニエルは魔道具を吟味しながら、チラチラとクララが手に取る物を見ている。クララが少し長く手にとって眺めたものは、クララが棚に戻したとたんに、さっとかすめとる。


「……なにしてんの?」


「ん? いや、なに。今日のデートのお礼にプレゼントしようと思って」


「デート……。そっか。うん、ありがたくもらっちゃおっかな」


「そうしてくれると嬉しい。兄から昨日、散々言われたのだ。絶対逃すな、全財産をつぎ込んででもモノにしろと」


「え?」


「私とこれほど長く一緒にいて、怒らない心の広い女性なんて他にいないだろうと、兄が言うのだ。私も腐っても侯爵家の息子だからね。できれば伴侶が欲しい。そのためなら金貨の一枚や二枚、ものの数ではない」


「…………」


「あ、怒っているのか? すまない、言い方が悪かっただろうか。もちろん誰でもいいわけではないのだ。君と一緒にいると、心が安らぐのだ。毎日君の夢を見る。夢の中の君は、美しい水色の瞳を輝かせて私に笑いかけてくれるのだ。それを実現させたくて、毎日研究しているわけだが……」


「……分かった。嬉しい」



 クララはダニエルのマントをつかんだ。ふふっと笑みがこぼれてしまう。


 ダニエルが無言で、持っていた羊毛針を自分の手に突き刺した。



「キャーーー、なにやってんの!」


「あ、いや……。笑顔はまだちょっと、耐性が……。危なかった、抱きしめるところだった」


「バカバカバカ。……抱きしめてもいいから、痛いことしないでよ」


「本当か? では次は遠慮なく。ふふふふふふ」


「いや、やっぱり、ちょっとは遠慮して。不気味な笑い方するのやめてよ」


 ダニエルはかつてないニヤニヤ笑顔で、大量の品を購入する。


「屋敷に届けてくれたまえ。では」


 クララはそっとダニエルを盗み見る。すっごいニヤけてる。おかしな人なんだから、まったく。クララはダニエルに見えないよう、うつむいてこっそり笑った。




「ねえ、もしかしてさ、このマント成功なんじゃないの?」

「まあ、私が正気を保っている時点で半分成功だな」

「半分とは?」

「はね返した君の魅了が、他の男を惹きつけてしまったようだ」

 

 クララが振り返ると、目をトロンとした男が数人ついてくる。


「どどどどうすんの?」

「罪のない市民を傷つけたくないから……」


 ダニエルはマントの裏から黒い丸い球を取り出した。卵ぐらいの球を、ダニエルが男たちの足元に投げると白い閃光と共に煙が巻き上がった。



 ダニエルはクララを横抱きに抱き上げると、走りだした。


 お、遅い……クララは呆れたが何も言わなかった。おそらくクララが単独で走れば倍の速さで逃げられると思う。汗をダラダラ流しながら、必死の形相で自分を助けようとしているダニエルを見ると、クララは嬉しくなった。クララをモノにしようとする男はたくさんいたけど、クララを助けようとするのは今まで父だけだったから。



***



 翌日クララは、ダニエルに母の形見のメガネを渡した。


「これ、私の母さんの形見のメガネ。どこで手に入れたかは知らないの。母さんには効果があったらしいわ。私には合わないんだけど。役に立つかしら?」


「ああ、役に立つとも。そんな大事なものをありがとう。母君は病気で亡くなったんだったね」


「そう、流行り病いにかかったの。その頃はあまりお金がなくて……薬が買えなかったんだ。それから父さんは、必死で商売してお金貯めたの。でも間に合わなかった」


「君が勉強してるのはお金を稼ぎたいから?」


「そう。もし父さんが病気になっても、お金を気にせず治療したいから。父さんも同じだと思う」


「そうか。辛かったね、君も、君の父君も……」


 ダニエルはクララの頭に手を伸ばし、ハッとして手を止める。



「母さんのこと、ほとんど覚えてないの。私にそっくりだったらしいけど」


「かわいらしい人だったんだろうね」


「うん? うん、そうね、そうだと思う」


 ダニエルは手を握ったり開いたりしたあと、タオルをクララの頭にかぶせた。タオル越しに優しく撫でられて、クララはそっと涙を拭く。ダニエルはぎこちなくクララを抱きしめる。


 クララは異常に速いダニエルの鼓動をずっと聞いていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 形見のメガネを託せる相手が見付かりましたね! これできっと優秀な度の合ったメガネを作ってくれる事でしょう!
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