8.水色のリボン
短編版から大幅に追加してます。短いです。後ほど次話も投稿します。
最近ダニエルはずっと刺繍をしている。
「どうだ、反射の魔法陣を縫い込んだマントだ。私の財力と時間を惜しみなくつぎ込んだ逸品だ。ついに完成した。感無量だ」
「魔道士長って自分で刺繍するんだってことにビックリよ」
「まあな、その方が魔力の通りがいい。夫婦は魔力が似通ってくるから、嫁に刺繍してもらう魔道士も多い。私は独身だから自分でやるのだ、ははは……」
「ちょっとー、落ち込まないでよね。それにしても。色味がひどいんだけど。なんでそんな色とりどりの刺繍なわけ?」
「それはな、様々な素材を使うことによって、反射の威力を高めているからだ。この白いのはな、初めて毛刈りした生後一年のマグレー種の羊毛だ。非常に暖かい」
「暖かい」
「この赤いのはな、トルケイラ種の馬の尻尾の毛だ。馬は誇り高い動物だからな、尻尾の毛を切るわけにはいかないだろう。抜け落ちた毛を譲り受けるのだ。それを、アケイアの根っことアザールの実をすり潰して染めるのだ。とにかく手間暇がかかる。とても速い力を持つ」
「速い?」
「この青はすごいぞ。粒の揃った最高級の蚕から取った絹糸を、ソールー海の珊瑚を砕いて染めるのだ。最高級の糸だ。極上の深さが出る」
「深さ……。さっきから言ってることがよく分からないんだけど」
「そうか。このマントひとつで、古代エルフの魔法陣がひとつ買えるぐらいだ。すごいのだ」
「よく分からないけど……」
「……君の父君の五年分の稼ぎぐらいだ」
「ええっ! ええええ、すごすぎんだけど。……ていうか、なんで父さんの稼ぎとか知ってんの?」
「君のことは全て調べたからな。君が産まれた日の天気、快晴だったが。初めて君に告白した男、ビルという小僧だな。初めての女友達エラ、二日で終わったが。本当は欲しかったけど言い出せなかったプレゼント、水色のリボンだな。などなど、全て調べつくした。どうだ」
「きききキモい、マジで」
「そうか。それならこれをあげよう。私の技術を結集して作り上げた、水色のリボンだ。オーパール高原で採れた綿を、最高級のラピスラズリを砕いて染めたのだよ。君の瞳の色になるべく近づけたつもりだが、どうだろうか」
優しい春の空色のリボンを手渡され、クララは固まる。
「ど、どうして……そんな高い物もらえないよ」
「いやいや、もらってくれないと困る。部下から聞いたのだが、ずっと私のお昼ごはんを作ってくれていたんだって? 全く気づいていなかった。君の魅了の魔力のおかげで、食べなくても腹が空かないのだと思っていたのだ、ははは」
「ありがと……。嬉しい」
「君の魅了を制御できるようになったら、そのリボンで前髪を結べばいい」
「……前髪結ぶと、だいぶおかしなことになるけど……。前髪上げて、このリボンでおさえたらいいんじゃないかな」
クララは前髪を上げて、幅広のリボンをターバンのように巻いて、首の後ろで蝶々結びにする。目をつぶって顔を上げる。
「どう? 似合う?」
「そうだな。すごくかわいいと思う。魚なのに火属性を持つ貴重な深海魚みたいだ」
クララはリボンを外してうつむいた。
「褒めてる?」
「褒めてる!」
「そっか」
「そうだとも。早く君の瞳がもう一度見たいよ、とても美しかったから」
「そっか、ありがと」
クララは顔が熱くなった気がした。