5.魔道士長は変態
短編版の内容から少しだけ変えてます。
夜会を飛び出し、家に帰ってふて寝した翌朝、クララは青ざめた父親に叩き起こされた。
「クララ、お前いったい何をしたんだ。王城から呼び出しを受けたぞ。今階下に王城の使いが待ってる。今すぐ着替えなさい」
クララは血の気が引いた。もしや牢獄にぶちこまれるのかもしれない。
クララはテキパキと着替えながら、父親に昨日の顛末を話した。
「そんなことが……。お前の母さんも異常に男にまとわりつかれていた。母さんの血だろう。仕方がない、男爵位を返上しよう。いざとなったら隣国に亡命すればいい。とにかく、知らぬ存ぜぬを貫き通しなさい」
「父さん、私のせいでごめんね」
「クララ、いいんだ。お前がかわいすぎるのは、お前の責任ではない。とにかく生きてさえいれば、どうにでもなる」
クララは父としっかり抱き合った。これが今生の別れになるかもしれない、そんな暗い予感を打ち消すように、クララは気丈に笑う。
「父さん、行ってくる。待ってて」
「夜逃げの準備をして待っているよ」
ふたりは悲壮な決意で別れを告げた。
クララは王城に着くと、窓のない殺風景な部屋に案内された。部屋の中には机と椅子しかない。椅子にはひとりの男が座っている。黒い魔道士のローブを着た男は、長い黒髪をひとつに束ねている。かぎ鼻で色が白く険しい顔だ。
男はクララに目もくれずに言った。
「座りたまえ。クララ・モスカール男爵令嬢で間違いないか」
「はい」
男は紙になにやら書き込んでいる。
「魔道士長のダニエル・エヴァンスだ。君とエドワード殿下の関係を教えてくれ」
「ただの同級生です」
「殿下の方はそう思われていないようだが」
「知りません。昨日まで殿下と話したこともありません」
「では、昨晩の騒ぎについてはどう思う?」
「分かりません。少なくとも私は殿下に真実の愛など感じていません」
ダニエルは、分厚い紙の束をペラペラとめくる。
「君が学園に入ってから起こした騒動だが、いくつあるか覚えているかい?」
「覚えてません」
「十だよ。ひと月に一度の頻度で何かしらの問題が起きている」
「そうですか」
「昨日の殿下のように婚約を破棄、または解消しようとしてまで君を得ようとした男が六人」
ダニエルが報告書のようなものを読む。
「君の隣の席を巡る決闘が二件、君のエスコートをかけての決闘が二件だ。客観的に見て、君は稀代の悪女と言っていいだろう」
クララは絶望した。客観的に聞くと、我ながらひどい女だ。
「ただ、一方で君を擁護する声があることも事実だ。君は極力、男性と話さないようにしている。男たちが勝手におかしくなっていってる、そういう証言が女生徒から出ている」
誰だか知らないけど、ありがとう。クララは涙ぐんだ。
「おそらく、君には魅了の魔力があるのだと思う。ぜひ調べてみたい。君の魔力を有効活用できないものか。たとえば君の魅了の魔力を魔術具に閉じ込められれば、諜報活動に有効ではないか。どうしても口を割らない犯罪者に使うのもいいかもしれない」
ダニエルはうっとりした表情で早口で話す。黒い目がギラギラして、ちょっとイッちゃってる感じだ。クララはそっと椅子を後ろに引いた。
「君は実におもしろい。夜逃げしても無駄だよ、決して逃がしはしない。君の父君、ロバート・モスカール男爵は既に監視下にある」
クララは顔を上げてダニエルをにらみつけた。
「おい、今私に何をした。クッ、君が、君が……好きだ」
クララは襲いかかるダニエルを反動を使って投げ飛ばした。長年にわたる男とのもめごとの日々はダテではない。クララは女騎士に教わった護身術をいかんなく発揮する。
クララはダニエルの首を締めると、意識を刈りとった。
そーっと扉を開けると、外には護衛がひとり立っている。クララは男の胸にしなだれかかると、涙目で見上げる。
「助けてください。あの人に襲われそうになって」
「なんだと、少しここで待っていてくれたまえ。中を見てくる」
護衛が中に入ると、クララは抜き取ったカギ束を音が出ないようにしっかり持ち、扉をしめて鍵をかけた。
クララは何食わぬ顔で王城を出ると、乗り合い馬車を使って家まで帰った。
「父さん」
扉を開けて中に飛び込んだ途端、クララは誰かに羽交い締めされ、意識を失った。
***
クララは目が覚めたが、何も見えない。どうも目隠しされ、ベッドに縛り付けられているようだ。拘束を解こうと体を動かすが、固く締められているようで、紐は少しもゆるまない。
「起きたか」
ダニエルの声が聞こえる。
「変態、放せ」
「変態……と言われるのは……まあ、甘んじて受け入れよう。協力してくれないか。そうすれば君の父君には手を出さないと約束しよう。それに、君の魅了を制御できれば、君も普通の暮らしが送れる。君にとってもいい話だと思うが」
「一筆書いて。私にも父にも手を出さないと」
「いいだろう」
「お金もください」
「いいだろう」
こうして私と変態との二人三脚、研究三昧生活が決まった。
クララは拘束を解かれ、ダニエルと顔を合わせた。ダニエルは部屋の隅に立ち、あらぬ方向を見ている。なんだか、じゃらじゃらと首飾りや腕輪をいくつもつけてる。
本で見た、どこぞの部族みたいだな、クララは冷めた目で変態を見つめた。
「今日は目を合わす実験をしよう」
「いや、しょっぱなから攻めすぎでは」
「見たまえ、この魅了吸収魔石つきの装飾品の数々を。美しいであろう」
「ダサいから絶対売れない」
ダニエルはクララと目を合わすと鼻血を吹いてぶっ倒れた。
クララは血まみれのダニエルを放置してとっとと家に帰った。
「父さん! 無事だったのね、大丈夫だった? 変態に脅されてない?」
「大丈夫だよ、なんだか色んな魔道具で調べられたけど、特に珍しいことはないからって解放されたよ。そういうクララはどうだった? 何かいかがわしいことをされなかっただろうね」
「大丈夫、ちゃんとぶっ飛ばしてきたから。それより父さん、見てこれ。ちゃんと契約書まいてきたんだから」
クララは胸を張った。
「やるじゃないかクララ、さすがだな。こんな大金をぼったくるとは、父さん鼻が高いぞ」
父は念入りに契約書の文言を読んだ上で顔をほころばせた。
モスカール男爵家は元々は裕福で商売上手な平民だ。金で男爵位を買ったのは、それが商売で役に立つと思ったからだ。『転んでもタダでは起きない』がモスカール家のモットーである。
「いいのか、クララ? 男爵位を返上して、田舎に引っ越してもいいんだぞ。蓄えなら十分あるから」
「いいのよ、父さん。ちょっと実験につきあうだけで、大金貨十枚も毎回もらえるのよ。こんなボロい商売ほかにないじゃないの」
クララは父の血をしっかり受け継ぎ、金儲けが大好きだ。
「それにね、魅了を調整する魔道具ができたら、私も暮らしやすくなるし。ほら、今だとまともに学園にも行けないじゃない」
「そうか。でも、イヤなことがあったらすぐ言うんだよ。父さんはクララの幸せが一番大事なんだからな」
母が亡くなってから、父ひとり子ひとりでがんばってきた。父もクララもお互いが何より大事だ。
「大丈夫、私イヤだったらちゃんと言うから、ね」
あの人なら、クララに無理強いはしない、そんな気がした。