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4.婚約破棄もいりません

 憂うつな夜会の日。


 まったく気は乗らないが、ナタリー先生の顔をつぶすわけにはいかないので、クララはノロノロとドレスを着る。普通の令嬢は絶対に選ばないであろう、ネズミ色だ。ぜひとも壁と一体化したいと願っている。


 モスカール商会の馬車に乗り、早目に会場に着くと、入口近くでナタリー先生が待っていてくれる。


「クララさん、よく来てくれたわね。さあ、人が集まる前に控え室に行きましょう」


 クララとナタリー先生は、人目を避けて控え室に向かう。


「ここは教師用なのですが、事情を話してクララさん専用にしてもらいましたからね。陛下がお見えになったら、また呼びにくるわ」



 クララは扉をしめると、きっちりカギをかける。ホッと息を吐いて部屋を見回す。こじんまりとしているが、ソファーとテーブルがあり、壁際の机には飲み物と軽食が置いてある。


(これならのんびり過ごせそうだ)


 クララは安心してソファーに座り、小さなバッグに忍ばせておいた紙を出す。魔法学の術式を覚えてしまいたいのだ。何かと揉め事が起こり、学園を休みがちなクララである。人一倍努力しないと、上位の成績は維持できない。奨学金が打ち切られても困るし。


 幸い、父さんの商会は儲かっていて、お金には困っていない。だからといって、無駄遣いする気は一切ない。奨学金だって、なんだって、もらえるものはいただかないと。



 クララが術式をぶつぶつつぶやいていると、ガチャガチャっと音がして扉の取っ手が動く。クララは急いでソファーの後ろに隠れた。


「エドワード殿下、どうぞお入りください」


「ああ、まったく。夜会続きでうんざりする。外交ならまだしも、今さら学園の生徒と交流を深めたところで、なんになるというのだ」


「エミーリア様のエスコートは大事です、殿下。エミーリア様を普段かまっていないのですから、せめて夜会ぐらいはきちんと婚約者らしいことをなさってください」


「はっ、エミーリアはよくできた女だ。私の忙しさを熟知している。あいつはわきまえた女だから、愚痴などこぼさん。それに、あいつといても真面目な話ばかりでつまらんしな」


「殿下、エミーリア様はミドルトン公爵の愛娘です。どうか尊重なさってください。エミーリア様をないがしろにされると、王位が遠のきます」


「分かっておる。せいぜい愛妾でも探して、それと憂さ晴らしをすればよいであろう。愛妾なら、エミーリアも怒るまい」


「少なくとも、エミーリア様とのお子が数人産まれるまでお待ちください」


「つまらん、つまらんぞコリン。王位と引き換えに、私はどれほどの自由を失うのだ。いっそアンドリューに王位を譲ってしまいたい」


「……殿下、冗談でもそのようなことをおしゃらないでください。どこに耳があるかわかりません」



 キュウゥゥ クララのお腹がなった。しまった、クララがお腹を手でおさえたとき、首筋に剣が当たった。



「立て。ゆっくり前に出ろ」


 コリンの剣を避けながら、クララはソファーの後ろから出た。


「何者だ、名乗れ」


「クララ・モスカールと申します。父はロバート・モスカール男爵です」



「クララ・モスカール……。エミーリアが言っていた、魅了の力がある女か。おもしろい。お前、私に魅了をかけてみよ」


「殿下、お戯れはおやめください。危険です」


「何を言うか。私は最高級の魔力封じを身につけているぞ。それに、幼き頃より毒と魅了に対する訓練は受けておる」


 エドワードは立ち上がるとクララの前髪を上げる。クララはとっさに目をつぶった。


「ほう。なかなか可愛らしい顔をしているではないか。なぜ目を閉じている、開けてみよ」


 クララは目を閉じたまま、ブルブルと首を横にふった。


「ははは、強情な女だ。おもしろい。どこまで我慢できるか試してみよう」


 エドワードの指がクララのあごをつかみ、柔らかいものがクララの首に当たる。


「やめてください」


 クララは思わずエドワードの胸を押してしまう。だが、エドワードはびくともしない。生温かいものが首筋からあごに上がってくる。


「殿下!」

「イヤッ!」


 クララは思い切りエドワードの顔をひっぱたく。ほんのわずか、エドワードとクララの目が合った。



「……すまなかった。無体な真似をした、許せ」


 エドワードが甘い声で耳元でささやく。クララはおぞましさに全身に鳥肌が立つ。エドワードが優しくクララを抱きしめる。


「今分かった。私の求めていたものがなんであったかを。クララ……美しい名前だ」


 クララは胸がムカムカする。


「クララ、永遠の愛をそなたに捧げる。そなたの心が得られるなら、王位などいらぬ」


 クララは焦った。これはあまりにもマズイ。下手すると一瞬で消される。クララの背中を冷たい汗がつたった。


「殿下、お気を確かに。女、殿下に何をした!」


「魅了の力が出てしまったのだと思います。こうなると止まりません。殿下の意識を奪ってください」


「バカな、そんなことできる訳がなかろう」


「邪魔だ」


 エドワードがコリンを殴って気絶させる。


「ああああ、もうおしまいだ」


「何を言っているのだ、クララ。これから私たちの愛が始まるのではないか。さあ、いこう」


 エドワードはクララの腰に手を回すと、強引に連れて行く。クララはエドワードの足を全力で踏んだ。


「はははは、クララどうしたんだ。ダンスでもないのに足を踏むなんて」


 エドワードはクララを抱き上げると早歩きで会場にむかう。クララはエドワードの胸や顔を殴ったり引っかいたりするが、エドワードは意に介さない。


「クララ、お転婆はまだ待て。そういうのが好きなら、夜会のあとでたっぷりかわいがってやるから、な」



 あっという間に、会場に着いてしまった。エドワードはそっとクララを下ろすと、ガッチリと手を握る。エドワードが悠々と会場に入ると、ざわめきがやみ、人波が割れていく。


 エドワードはエミーリアを見つけると、歩みを止めてクララを引き寄せる。




「エミーリア、そなたとの婚約を破棄する。私はクララと真実の愛をみつけたのだ」


 エドワードが高らかに宣言した。エミーリアは蒼白だ。


 エミーリアは静かにたたずんでいたが、キッと顔を上げる。


「エドワード殿下のお気持ちは分かりました。クララ様のお気持ちを聞きとうございます」


 エミーリアはまっすぐクララを見つめる。


「クララ様、あなたを巡ってこの一年、数々の醜聞が巻き起こされました。あなたは一体どうされたいのですか? あなたは殿下を愛していらっしゃるのですか?」


 エドワードが隣に立つクララの肩をギュッと抱き寄せる。


 皆の視線がクララに集中する。視線に力があれば、クララの体は穴だらけであろう。



 クララはもううんざりしていた。いい加減にしてくれ、そう思った。クララはやぶれかぶれになって、本音をぶちまけた。


「婚約破棄も真実の愛もいりません。私は一度たりとも、そんなものを望んだことはありません。甘い言葉を言ったこともありません。皆さん勝手に私の気持ちを解釈して、暴走するんです。もううんざりです。私は誰とも結婚しませんから!」


 クララは何もかもどうでもよくなって、エドワードの手をふりほどくと、一目散に出口へ走っていった。





やっと短編版に追いつきました。

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