2.席替えは地獄です
教室でのクララの席は決まっている。窓際の一番前だ。クララの周りの席を巡って、毎回もめ事が起こるので、すみっこに隔離されているのだ。
一番後ろの席に座ったこともあるが、そうすると男子がみんな後ろをむいて、授業にならなかった。通路側の席だと、他の組の男子が通路の窓からクララをのぞくのだ。そして、組の男子とケンカが始まる。
ナタリー先生の涙ぐましい試行錯誤を経て、窓際の一番前がクララの定位置となった。
クララはすっかり忘れていたが、今日は席替えの日だった。他の組は、せいぜい年に二回席替えするぐらいだが、クララの組は毎月だ。クララの近くに座りたい男子たちがゴネたからである。
(しまった。今日は休むべきだった……)
悔やんでも、もう手遅れだ。クララは席に座ってなるべく存在感を消す。
ナタリー先生は教室に入ってきて、クララがいるのを見てギョッとする。
(ごめんなさい。でも教師がそういう顔するのはナシだと思います……)
クララは小さくなって、縮こまる。
ナタリー先生はキリッとした顔をすると、十枚の紙を皆に見せる。魔法学、薬草学、数学、語学、歴史学、地理学、生物学、剣術、体術、奉仕活動とそれぞれの紙に書いてある。ナタリー先生は紙を一枚ずつ封筒に入れると、教壇の上で混ぜた。
「いつもなら私が選ぶところですが、今日はクララさんに選んでもらいましょう。いいですね」
男子は真剣な顔で頷き、それぞれ祈り始める。女子は全員しらけきっている。
「では、クララさん、お願いします」
クララは先生の手から、封筒を一枚取った。先生に促されて、封筒から紙を出す。
「薬草学です」
クララは紙を先生に見せながら、小さい声で言った。
数人の男子が歓声を上げる。
「では、薬草学の成績順に席を選んでください」
ナタリー先生が一番の生徒から名前を読み上げていく。一番は女子だった。その子はさっさと、通路側の後ろの席に移動する。
薬草学の成績、二位の男子がクララの隣の席に座った。
「ああああああの、ククク、クララさん! ひと月の間だけど、よろしくね」
クララが黙って頷くと、男子は鼻血を吹き出して倒れた。
(なんで? 意味分かんない、怖い怖い怖い)
クララは頭を抱えて机をじっと見ていた。
***
はあ、怖かった。クララは虎視眈々と話しかけようとする周囲の席の男子を振り切って、中庭に逃げてきた。
「私は周りは女子にしてほしいんだけど」
まあ、そんなこと言ったところで無駄だというのは、クララとて分かっている。今の席替えの方式に決まるまで大変だったのだ。
最初はくじ引きだった。そうすると、一番をひいた男子に、上位貴族が露骨に脅しをかけた。
次にナタリー先生は、女子と男子をパッキリ分けようと提案したのだ。女子の方が人数が少ないが、女子全員でクララを囲ってしまえば、男子は誰も近寄れないのだから平等だろうと。数人の男子が切れて机を破壊した。
そして、総合の成績順にしようとナタリー先生が提案した。学生の本分は学業であろうと。すると、得意科目が偏ってる男子や、体を動かすのが得意な男子から文句が出た。
(めんどくせーな)
クララを筆頭として、全女子が思った。ナタリー先生は大人だから、忍耐強く考え、今の形式に落ち着いた。
クララはナタリー先生に足を向けて寝られない気持ちだ。
「ああら、あなた。どうなさったの、そのダサい前髪」
クララはビクッとした。誰かが近づいてきてるなんて、ちっとも気づかなかった。
前髪の隙間から見ると、昨日ジュリアと一緒にいた女生徒たちだ。クララは黙ってうつむいた。
「驚いたわ。昨日あんな醜聞を巻き起こして、よく堂々と学園に来られるわねぇ」
「さすが平民上がりの男爵令嬢はツラの皮が極厚ですわ」
「あなたのお父様、商人なんですってね。いったい何を売っているのかしら。まさか、娘のあなたも売り物なの?」
「まあ、売女ですのね。それで色々と納得がいきますわ」
「売女は下町の男がお似合いよ。学園の貴族令息に体を売らないでほしいわ」
ひどい、あんまりだ。私のことはまだしも、よくも父さんのことまで……。
クララは言い返そうと顔を上げた。
「あなたたち、見苦しいわ。おやめなさい」
凛とした声が響いた。
「エミーリア様……この者はジュリア様の婚約者を寝とったのです」
「まあ、それは本当なの?」
エミーリアがクララに聞く。クララは首を横に振った。
「憶測で人をおとしめるのは、よくないわ。それに、もし言う資格があるとしたら、それはジュリア様だけではないかしら? 直接関係のないものが口を出すのは、問題を複雑にします」
女生徒たちが悔しそうに教室に戻っていく。
「クララさんと言ったかしら……。あなた、もしかしたら魅了の力があるのではなくて? 教会か魔道士に鑑定してもらえばいいと思うのだけど」
「以前……子どものときに教会で調べてもらったときは、何も出なかったです。魔道士の方にはどうやってお願いすればいいでしょうか?」
「そうねぇ、あなた男爵令嬢ですのよね。伝手がないと難しいかもしれないわ。わたくしから、エドワード殿下に相談してみますわ」
「あ、ありがとうございます」
クララはポロポロと涙をこぼした。学園に入ってから、こんなに優しくしてくれた人は、ナタリー先生以来だ。
「あなた、今日はもう帰った方がいいわ。ひどい顔よ」
クララはコクコクとうなずく。
「あなたの目、早く出せるようになるといいわね。素敵な空色でしたもの。では、ごきげんよう」
クララは号泣しながら、エミーリアの後ろ姿をずっと見つめた。