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10/12

10.王子はお呼びでない

前半はほぼ短編版と同じ。後半はほぼ新しいです。

 クララはいつも通りダニエルの執務室に向かっていた。前から数人の騎士が歩いてきたので、クララは端っこの方によける。騎士たちは通り過ぎた瞬間、クララの頭に布袋を被せた。クララはめちゃくちゃに暴れるが、数人がかりでおさえられ、持ち上げられてしまった。


 しばらく荷物のように運ばれ、どこかの部屋に入った。クララは椅子に座らされ、頭の布袋を取られた。目の前にエドワード第一王子が立っている。クララはすぐ目をふせた。


「クララ、お前、魔女なんだってな。魔道士が話してるのを聞いたよ。ダニエル魔道士長はお前の力を制御しようとしてるらしいが、私は甘いと思っている。お前は学園に不和を招き、私とエミーリアの仲を邪魔した」


 エドワードはクララに一方的に言い募る。


「父に言われたのだ。エミーリアと結婚しなければ、私は王位を継げないと。エミーリアはまだ私を許してくれない。お前のせいだ、クララ。古式にのっとり、お前を火あぶりにしてやろうか。それがイヤなら私の側妃となれ」


 クララは膝の上の拳をじっと見つめる。


「わ、私だって好きでこんな力持ってる訳じゃないです。それに、殿下のお誘いは前回お断りしました。これからもお断りします」


「生意気な。まだ自分の状況が分かっていないようだな。断れる立場だとでも思っているのか? まあ、お前の父親の命と引き換えにしてもいいのだが……」



 クララはギリリと唇を噛んだ。口の中に血の味が広がる。そこまで言うなら、やってやる。



 クララは意志を持ってエドワードを見ようとした。その瞬間、部屋に誰かが飛び込んできて、クララの目を手で覆った。


「エドワード殿下、クララの対処は私にお任せいただける約束です」




 部屋の中にカツカツカツカツと足音が増えてくる。


「殿下、お引き取りください。これ以上になると、陛下にご報告せざるを得ません」


 小さな舌打ちの音が聞こえたあと、数人の足音が部屋から遠ざかっていく。ダニエルの手が少しゆるんだ。



「全員壁を向け」


 ざざっと足音がする。ダニエルはそっと手を離すと、クララの目をのぞきこんだ。クララは慌てて目をつむる。



「新しい魔道具を作った。額に飾るものと、耳飾りだ。君の母君のメガネの術式を改良した。メガネよりはマシだと思うが……」


 ダニエルはぎこちない手つきで額と耳に魔道具をつける。


「クララ、私を見てごらん」


 クララが目を開けると、ダニエルの心配そうな目とぶつかる。ダニエルは少し赤くなったが鼻血は出ていない。



「うまくいったみたいだ。それに、よく似合っていると思う。……キレイだ。あ、いや、これは魅了されたんじゃなくて、本当に思ったんであって。……遅くなってすまなかった。怖かっただろう。私が守るからもう大丈夫だ」



 クララはダニエルに抱き上げられた。クララは目を閉じてダニエルの胸に顔を隠した。壁を向いて立っている魔道士たちの肩が震えているのを見て、少しおかしくなったのだ。



「な、泣いているのか? 怖かったのだな。まさか殿下があのような暴挙に出るとは予想していなかった。悪かった。もしよければ私の屋敷で暮らさないか? 君の父君もいっしょに。そうすれば安心だろう? 防御の魔道具もたくさん贈ろう。それに、屋敷ならいつでも実験できるから、もっといい魔道具が作れる」



 クララは薄目を開けた。壁際の魔道士たちが、こらえきれず吹き出している。クララもおかしくなって笑いだした。


「今まで色んな人に口説かれたけど。ははは、一番おもしろい」


 ダニエルの首が真っ赤になった。


「褒められると照れるな。女性を口説いた経験がなかったので、これからもっといい誘い文句を研究する」


「ほ、褒めてはない……けど、まあいっか。では、お屋敷にお邪魔しよっかな」


 クララはイタズラ気分で、ダニエルの首に腕を回して頬に唇を押しつけた。


 ダニエルは半笑いのまま後ろに倒れて気絶した。



***



「クララ、私の太陽、今日も魔道具が美しいな。よく似合っている」

「それ、私のこと褒めてなくない?」

「はっ……いや、私にとって魔道具は至高の存在。その魔道具が似合うということは、クララも美の極みにあるということで、つまり褒めている」

「はいはい」



 クララはダニエルの屋敷で暮らしている。父さんは若いふたりの邪魔をしたくないからと、元の家にひとりで住んでいる。もちろんいつだって会いに行けるので寂しくはない。


 普通の貴族なら婚姻前に一緒に住むなんてありえないけど、クララの父さんは普通ではないので大丈夫だ。父さんはクララの魅了を制御してくれたダニエルに全幅の信頼を寄せている。もろ手を上げて大賛成だった。



 ダニエルは大枚をはたいて、大勢の針子を雇った。クララの魅了を抑える魔法陣を、敷物や絨毯、カーテンなどに刺繍させた。


 血で魔法陣を書いたら、絶対に引っ越さないとクララが強く言ったのだ。



 毎朝、クララは水色のリボンで前髪をあげる。引っ越して最初に定まった儀式だ。


 遠くのソファーの後ろからダニエルが顔だけ出して、クララを見つめる。朝は近くでクララの目を見ると、動悸と息切れがするらしい。夜になるにつれて、慣れてくるのだそうだ。


 額飾りはリボンの邪魔になるので、耳飾りと新たに作ってもらった首飾りをする。



 クララがリボンをつけ終わると、そろそろとダニエルが近づいてくる。


「クララ、朝からそんなに美しいとは。私の息の根を止めるつもりかい?」

「スラスラと褒め言葉が出てくるなんて、どうしたのよ」


「兄にこれをもらったんだ」

「なにこの本。『女性をメロメロにする百の言葉』……う、なんかやだ」


「ダメかい? まだまだ使えそうな言葉があったが……。えーっと確か、こんなにキレイな人がいるなんて。私はまだ夢を見ているのだろうか。少しつねってもらえないか?」


「棒読み、ダメ、絶対! この本は没収します。おかしくてもいいから、自分の言葉で褒めてよ。でないと、なんかかゆくなる」


 ダニエルは残念そうだが、ここは譲れない。棒読みで口説かれて、嬉しい女はいない。



「今日はふたりのベッドを買いに行きたいと思う」

「いきなり大きく出たな」

「け、結婚するまでふたりで寝るのはお預けだ」

「それは私が言うことでは」



 身ひとつで来てくれと言われて、割と真に受けて身軽に引っ越してきた。だって、ダニエルと一緒に買い物をするのは楽しいのだもの。魔道具のおかげで、堂々と目を出して街を歩ける。


 

「これはこれは、閣下。わざわざ足をお運びいただけるとは、ありがとうございます。いつでもお屋敷にお伺いいたしましたのに」


 侯爵家御用達の家具屋の店主が満面の笑みで出迎える。


「いずれ、つ、妻となるクララだ」


 店主に負けない誇らしげな笑顔で、ダニエルがクララを紹介する。


「クララ・モスカールです」


 クララはおっかなびっくり挨拶をする。店主はポーッとはしているが、許容範囲内だろう。


「女神! いや、失礼、天使でしょうか。私は天に召されたのでしょうか。神よこれは夢ですか?」


「おい、自然な流れで、スラスラと褒めるな。腹立たしい」


 ダニエルが憮然とした顔で店主に圧をかける。


「大変失礼いたしました。私ではまともにお相手できませんので、女房を呼んで参ります」


 店主はあたふたと店の奥に行った。すぐに優しそうな女性が出てくる。



「まあ、主人が大変失礼をいたしました。閣下、お美しい婚約者でいらっしゃいますわね。比翼連理とはまさにおふたりのこと、お似合いでいらっしゃいますわ」


 ダニエルはわかりやすく機嫌をなおした。大の大人があからさますぎではなかろうか。


「まもなくご結婚とのこと、おめでとうございます。ベッドをお探しとのことですが、何かご要望はございますか?」


「金はいくらかかっても構わない。ふたり用で、王家にも納品できる最高級品をなるべく早く。できれば、今週中……は無理であろうから、来週中……ならいけそうか?」


 奥さんは一瞬白目になりかけたが、なんとか立て直した。


「承知いたしました。見積もりと詳細を改めてお持ちいたします」


「クララ、何か好みがあれば言ってくれ」


「えっと、あまりゴテゴテしてない方が好きです。掃除が大変だし」


「クララ、君は掃除しなくていいのだよ」


「それはそうなんだけど、細かい模様のみぞについたホコリって取るの大変なのよ。かわいそうじゃない」


「かしこまりました。掃除がしやすく、かつ品のある意匠案をいくつかお持ちいたします」


 ふたりはそれは丁寧に送り出された。奥さんがちょっと老けたような気がするが、大丈夫だろうか。



「なにもあんなに急かさなくても」


「まもなく指輪が完成する。指輪が出来次第、求婚する予定だからな。ベッドは早いにこしたことはない」


「あ、そうなのね。そういうの、言っちゃう感じなのね」


「兄が、女性には色々準備があるから、何事も前もって伝えるべきと言っていたのだ」


「そういうことではないような気もするけど。まあ、いっか」


 クララは、まもなく行われるらしいプロポーズに思いを巡らせながら、ダニエルの腕にすり寄った。




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― 新着の感想 ―
[一言] 実にハイスピード!(笑) 逃してなるものか!ってダニエル及び兄上様の行動がハッキリわかっていいですね(笑)
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