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第71話 伝言

 サンヒートジェルマン第八地区にある闘技場の外にある広場のベンチに、ムーン・ディライトは連れてこられた。そこにあるベンチにアストラルの母、アズレインが腰かけ、前方に立つ獣人の少年の前で心配そうな表情で首を傾げる。

「質問です。アストラルの容態は? あの子は何かの病気なのでしょうか?」

「いいや。多分違うと思うぞ。ただ気を失っただけで、しばらく休んだらよくなるって言ってた」

 ムーンがあっさりと否定すると、アズレインはホッとしたような表情を見せた。

「そうですか。それは良かったです。ところで、アストラルはあなたのギルドに所属しているのですよね? ちゃんとできているのでしょうか?」

「そうだな。俺はまだ二回くらいしか一緒にやってないけど、頑張ってると思うぞ」


「二回くらいって……」

 ムーンの発言の意図を理解できなかったアズレインが眉を顰める。そんな彼女に対し、ムーンは思い出したように手を叩く。

「そういえば、言ってなかったな。俺のギルドは副業だ」

「副業でギルド活動をしていたなんて、全く知りませんでした」

「そういえば、連絡取り合ってないって言ってたっけ。詳しいこと、本人から聞きたいんだろ? だったら、大会終わってからでいいから、アストラルに会ってくれ!」

 ムーンがアズレインに右手を差し出す。だが、アストラルの母親は、その手を取らなかった。

「でも、私はあの子に会えません」

 一転して悲しい顔になったアズレインに対し、ムーンは首を傾げた。

「なんでだ? やっぱり、アストラルのことが嫌いなのか? でも、今の母ちゃんの顔、ホントに娘のこと心配してるみたいだった。どっちがホントか、全然分かんねぇ!」とムーンが頭を抱える。その様を見た彼女は、クスっと笑い出す。

「私は最低な母親だからです。あの子が倒れたことに気が付きながら、素通りすることしかできませんでした。近くに娘のステラがいたので、母親らしいことができなかったのです」


「ん? どういうことだ?」

 

「私とアストラルが親子であることは、秘密にしなければなりません。もしも関係がバレたら、世間の人々は私のことを避けるようになるでしょう。娘のステラも私から離れていく。それだけは避けたかった。だから、他人のように振る舞ったんです。自分を守るために、もうひとりの娘を助けなかった。思い出すだけで、なんて最低なことをしたんだって、考えてしまいます!」


 顔を俯かせ、泣き顔を両手で隠す。そんな彼女の隣で、ムーンはボソっと呟いた。


「やっぱり、アストラルの母ちゃんなんだな」

「えっ?」

「だって、後悔してるってことだろ? ホントは助けたかったのに、助けられなかったって後悔してるみたいだ。アストラルのこと好きだって、バカな俺でも分かるぞ!」


 明るい獣人の少年の発言に、友達の母はクスっと笑う。


「アストラルは、こんないい子と友達になれて、幸せのようです」

「おお、そうか。だったら、大会終わってからでいいから、ウチのギルドハウスに来てくれ。アストラルが待ってるからな」

 むき出しの額を掻きながら照れたムーンに対して、アズレインは首を縦に振らなかった。

「それはできませんが、今の私にできるのは、これで精一杯です」


 アズレインが左手の人差し指で空気を叩く。その瞬間、指先から二つ折りになった紙が召喚された。赤と青。左右で色が異なる紙をハサミを使うことなくふたつに破り、青の紙をムーンに差し出す。


「これをアストラルに渡してください」

「うん。なんかよくわかんないけど、分かった!」

「よろしくお願いします」とアズレインは、獣人の少年の前で優しく微笑んだ。



 そして、三十分後、ムーン・ディライトはギルドハウスへと戻った。元気よく玄関の扉を開け、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。


「ただいま。アストラル、まだいるか!」

 大声で呼びかけながら、廊下を進むと、娯楽室からフブキが顔を出す。

「マスター、おかえりなさい」

「おお、フブキ。アストラルは……」

「まだ空き部屋で休んでいます」

「それは良かったぞ。アストラルの母ちゃんからコレを渡してほしいって頼まれた!」

 明るい表情のムーンが、フブキに赤い紙を差し出す。それを見たフブキは首を縦に動かした。

「つまり、マスターはアストラルのお母さんと対面を果たしたようです」

「そうだ。武道大会の会場に行ったら、いきなり声をかけられたんだ。近くの広場で少しだけ話したんだけど、分かんねぇことがあるんだ?」

「分からないこと?」

「この紙、なんだ?」


 率直な疑問を口にした獣人の少年の前で、フブキは溜息を吐き出す。

「はぁ。何なのか分からないものを持ち帰ったんですか?」

「これ渡してくれって頼まれたからな」

「……実際に見てもらった方が分かりやすいでしょう。行きますよ。アストラルの部屋へ」

「ああ、そうだな」

 ムーンは頭にクエスチョンマークを浮かべたままで、フブキと共に階段を昇った。階段を昇りきり、左に曲がり、四号室の前へ立つ。そこの茶色い扉を軽くノックしたフブキは、扉の中へ声をかけた。


「失礼します。アストラル、マスターが話したいことがあるようです」

「はい、どうぞ」と部屋の中からアストラルが応答する。その後、すぐにフブキは扉を開き、部屋の中へと進んだ。白くキレイな長い後ろ髪を揺らしながら前進するヘルメス族の少女の背中に、獣人の少年が続く。


 そこはベッドのみで他の家具のない質素な部屋。ひとりで眠るにはちょうどいい大きさのベッドの端には、アストラルが座っており、ジッと扉の前に佇むふたりの姿を見上げていた。



「おお、アストラル。元気そうだな!」

「はい。少し眠ったら、調子が戻りました」

 心配するギルドマスターの少年の前で、アストラルが大きく伸びをする。その姿を目にしたムーンは安堵した。

「それは良かったぞ」

「ところで、話とは何ですか?」

 アストラルが疑問を口にすると、ムーンは小さく頷いた。

「アストラルの母ちゃんに会ってきた。そうしたら、これを渡してくれって頼まれた」

 簡潔に要件だけを伝えたムーンが、アストラルに赤い紙を差し出す。それを両手で受け取ったアストラルは、その紙を天井の灯りにかざしてみせた。


「これをお母さんが?」

「ああ、そうだ」大きく頷いたムーン・ディライトの前で、アストラル・ガスティールは赤い紙の表面を左手の人差し指で触れた。サラサラとした触り心地を感じ取ったまま、紙上で指を動かし、アストラルの名を記す。


 その瞬間、何も書かれていないはずの紙に文字が浮かび上がった。それを目にしたムーンが大きく目を見開く。


「なんだ! これ! すげぇ!」

「はい。私も驚きました。まさか、お母さんがメッセージカードを持っていたなんて……」

 ベッドから立ち上がったアストラルが、ムーンの右隣に並び、驚きの表情を見せる。

「ところで、メッセージカードってなんだ?」とムーンが首を傾げると、フブキが大きく息を吐き出す。


「マスター。アストラルのお母さんは、あなたの目の前で左右で色が異なる紙を二分割したのではありませんか?」

「ああ、そうだ。でも、なんで分かったんだ?」

「あの紙がメッセージカードです。対となる紙を手渡せば、住所が分からなくても手書きのメッセージを送ることができます。あの赤い紙には、送り主が青い紙に記した直筆メッセージが表示されています」

「そんなスゴイモノがあるのかよ!」と獣人の少年が驚く。


 その一方で、アストラルは母親からのメッセージを目で追った。



 アストラル。あなたがギルド活動を副業で始めたと聞き、驚いています。


 優しいあなたが、クエストを通して、どのような経験を積んでいくのか。今から楽しみです。


 愛するもうひとりの娘の成長を、陰ながら応援しています。


 アズレイン・ガスティールより




 実の母親の直筆メッセージを受け取った娘の頬が緩む。その横顔はどこか嬉しそうだとムーンは思った。

 



 



 

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