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第69話 親子

「遅くなりました」


 サンヒートジェルマン第五地区にある薬局、薬の館の中でホレイシア・ダイソンは女性店主に頭を下げた。


「待ってたわ。ギルド関連の緊急会議、無事に終わったみたいね。もう少し遅くなると思ったわ」

 この薬局の店主を務めるエルフの女性、アグネの前でホレイシアは小さく頷いた。

「はい。フブキに瞬間移動で送ってもらいました」

「できるだけ早く出勤したかったから、お言葉に甘えちゃったわけね」

「はい」と短く答えた後、ハーフエルフの彼女は深く息を吐き出し、ローブのフードを剥がし素顔を晒した。


「しゃあ、いつものように薬草の補充からお願いね」

「はい」

 赤く長い髪をツインテールに結った姿を見せたホレイシアがアグネの指示に従い、在庫のある店の奥にある

 倉庫へ向かおうとした時だった。勢いよく店の扉が開き、慌てた様子の獣人の少年が顔を出したのは。


 「おーい。ホレイシア。助けてくれ!」


 馴染み深い少年の声を耳にしたホレイシアは、その場に立ち止まり、視線を入口の前に向けた。そこにいた獣人の少年はハーデス族の少女を抱えている。突然のことに驚いたホレイシアがムーンの元へ駆け寄る。


「ちょっと、何があったの?」

「アストラルが倒れた」

 簡潔な幼馴染の一言に対し、ホレイシアは小さく頷いた。

「うん。とりあえず、休憩室に行こう。アストラルの様子が気になるし、ここだと回復術式が使いにくいから……」とホレイシアがムーンに移動を促しながら、会計機前に佇むアグネに向ける。


「分かったわ。私もアストラルのことが心配だから。そっちを優先しなさい」

 緊急事態であることを察したアグネに対し、ホレイシアは両手を合わせた。

「ありがとう。では、いってきます」

 頭を下げたホレイシアは、フードを目深に被り、店の奥へと足を踏み出した。


 数十秒ほど狭い通路を歩き、右に曲がると休憩室がある。清潔感のある空間で、白い机や椅子が置かれているその場所にムーンたちを招き入れたホレイシアは、幼馴染の彼に視線を向けながら、右手で床を示した。


「ムーン。アストラルを仰向けに寝かせて。様子が知りたいから」

「ああ、分かったよ」

 腰を落とした獣人の少年が、ハーデス族の少女を歩道上に仰向けに寝かせる。そこに近づいたホレイシアは、倒れた仲間の体を観察した。右腕を取りながら、その場に座り込み、脈を計測する。


「うん。脈拍は正常みたい。熱もないみたいだし、顔色も正常。気を失ってるだけみたいだから、しばらく休んだらよくなるよ」

「そうか。それなら良かったぞ」と安堵の表情を浮かべるムーンの隣に並んだホレイシアが首を傾げる。


「それで、何があったの? 詳しい話を聞かせて」

 

「えっと、第五地区で一緒に買い出ししてたら、ステラって子に会ったんだ。あの時から急に体調が悪くなったみたいだった。それから、ステラの連れの女性がやってきてさ。アストラルはその人に声をかけようとしたんだ。お母さんって。でも、その人はアストラルのことを無視して、ステラと一緒にどこかに行きやがった。その後だよ。アストラルが倒れたのは」

「ステラって……」

 ホレイシアは、ステラの名を聞き、眉を潜める。

「ホレイシア、何か知ってるのか?」と尋ねられると、彼女は首を縦に動かす。

「うん。フブキから話を聞いたことがあるんだ。同じ職場で働いてるステラって人が、家族旅行でサンヒートジェルマンに来てるって」

「家族旅行? どういうことだ? アストラルの母ちゃんとステラが家族ってことか? でも、ステラとアストラル、初めて会うみたいな反応だったぞ」

 混乱する幼馴染の少年の隣で、ホレイシアは唸り声を出す。

「うーん。何か複雑な家庭環境みたいだね。これ以上、この問題について踏み込まない方がいいかも……」


「よし、決めた。アストラルの母ちゃん、今から探してくる! まだ遠くには行ってないはずだ」

 彼の決意の声にホレイシアは目を丸くした。

「ちょっと待って。どうやって探すの? フブキの本職の同僚ってことは、ステラもヘルメス族なんだよね? だったら、瞬間移動でアルケアのどこかに逃げられたら、探しようがないよ!」

「違うぞ。ステラは人間だ。フブキとは違う耳の形だった」とムーンが首を横に振るが、ホレイシアは納得しようとしなかった。


「刀鍛冶工房の仕事はどうするの? そんな勝手なことしたら、怒られちゃうよ」

「でも、早く探しに行かないと、どこにいるのか分からなくなるんだ」

「気持ちはよくわかるけど……」

「頼む。一時間、いや、三十分だけでいいから。アストラルの母ちゃん、探しに行っていいか?」

 頭を下げ、頼み込むムーンに対し、ホレイシアは答えを迷った。

「うーん。あんまり遅いと心配するだろうから、買い出しの最中にアストラルのお母さんを探すのはアリだと思う。でも、私はここで薬屋の仕事してるから、一緒には行かない」


「どういうことだ? ホレイシアも一緒に人探しクエストやろうぜ」

 困惑する幼馴染の少年の隣で、ホレイシアは首を横に振った。

 「そのクエスト、やりたくないかも。訳アリっぽいし、家庭の話に首を突っ込みすぎるのもどうかと思うから」

 遠慮するホレイシアとは対照的に、ムーンの瞳にはやる気が満ち溢れていた。

「でも、俺はアストラルを放っておけないんだ。アストラルの母ちゃんを探すのは、俺だけでもいい」


 こうなってしまえば、説得できないだろう。幼馴染のハーフエルフ少女は、溜息を吐き出した。


「そのクエスト、すごく難しいと思うよ。サンヒートジェルマンってすごく広いからさ。闇雲に探したら絶対に見つからないと思う。何か手がかりはないの? 例えば、あそこに行きたくて、サンヒートジェルマンにやってきたとか」


「うーん。なんかの大会に出るって言ってた」

 思い出したようにムーンが呟く。

「フブキだったら何か知ってるかもだけど……」

「アドバイス、ありがとな。まずは、フブキから話を聞いてみるよ」

「うん。フブキ、いつものクエスト受付センターでアストラルのこと待ってるって言ってた」

「そうか。教えてくれてありがとな。じゃあ、行ってくる……」

 ムーンはホレイシアに背を向け、大きく一歩を踏み出した。そんな彼の後姿をハーフエルフの少女が呼び止める。


「ムーン。待って。アストラルが倒れたってフブキに連絡入れたら、ここまで来てくれるかも。いつまでも床の上に寝かせておくわけにもいかないし」

 ホレイシアは床に横たわるアストラルに視線を向けながら、右手の甲に紋章を刻んだ。それを左手で触れると、馴染み深い少女の声が聞こえてくる。


「ホレイシア。何の用ですか?」

「フブキ。大変だよ。アストラルが倒れたの。今、職場の休憩室に運んで、様子を確認したとこ」

 落ち着いた口調で事実を仲間に伝える。その一方で、ムーンはホレイシアの右手の甲を掴み、通信中の仲間に問いかけた。

「おーい。フブキ。ステラってヤツのこと教えてくれ!」

「その声は、マスターですね? 確認です。もしかして、ステラと会ってから、アストラルの様子がおかしくなったのではありませんか?」

「ああ、そうだけど、なんで分かったんだ?」

「はぁ、あの子が家族旅行でサンヒートジェルマンを訪れていると聞いてから、イヤな予感が頭を過っていましたが、まさかそれが現実に起きるなんて……最悪です」


 深い溜息が紋章から漏れた後、獣人の少年はイライラが募り、むき出しになっている額を掻きむしった。


 「何言ってるか全然分かんねぇ。フブキ。もっと分かりやすく説明してくれ! なんか事情知ってるんだろ? 俺、アストラルを助けたいんだ」


「私の口からは言えません。アストラル本人の意向が分からないのに、ペラペラと事情を話す愚か者のようにはなりたくありませんから。その代わり、ステラのことなら話せます」

 淡々とした口調で答えるフブキ。一方で、ムーンは首を縦に動かした。

「ああ、分かった。ステラのことだけでもいいから、教えてくれ」

 

「分かりました。ステラ・ミカエル。彼女はエルメラ守護団序列五位の守護者です。特筆すべきことは、彼女はエルメラ守護団唯一の人間であることでしょうか? あの子とは一度だけ手合せしましたが、完敗してしまいました」

「おいおい。そんなに強いのかよ!」とムーンが驚き声を出す。

「そうですね。ステラは強敵です」

「もう一つ聞きたいことがある。ステラは何かの大会に出るためにサンヒートジェルマンに来たらしい。それが何の大会か分かるか?」

「そうですね。ステラは格闘技の使い手なので、それ関係でしょうか?」

「分かった。教えてくれてありがとな」

 ムーンが頷いた後で、ホレイシアは右手の甲に刻まれた紋章に語り掛けた。


「待って。フブキ。ヘルメス村に戻る前に、ウチの薬屋に来てくれない? いつまでもアストラルを休憩室の床の上に寝かせるわけにはいかないから……」

「分かりました。すぐ伺います」と告げると、通信は一方的に途切れてしまった。


「格闘技の大会かぁ。ホレイシア。何か心当たりないか?」


 薬局の休憩室の中で、ムーンが疑問を口にする。その隣で、ホレイシアは腕を組んだ。


「うーん。私なりに調べてみる。薬局の仕事終わったら、報告するから」

「ああ、分かった。じゃあ、俺はホントに買い出しに行ってくる!」

 そう明るい表情で告げた獣人の少年が、ハーフエルフの少女から離れていく。そんな幼馴染の彼の後姿を見送ったホレイシアは、「ふぅ」と息を吐き出し、床の上で仰向けの横たわるハーデス族の少女を見下ろした。

 

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