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第65話 最愛

 ヘルメス村の一角には、シェアハウスと呼ばれる一軒家がある。夕陽の差し込む部屋の中で、白髪の少女は目の前に見えた茶髪の少年を見て、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


 白髪の少女の髪型はショートボブで、身長も低く、胸も小さい。


 一方で、茶髪の少年の髪は短く整えられており、体型は細身。シミ一つないキレイな肌が特徴的だ。


 耳を尖らせたふたりはヘルメス族と呼ばれる種族で、ふたりとも白いローブに身を包んでいた。


「もしかして、まだフブキのこと考えてる?」と明るく人懐っこい印象を醸し出す少女、ユーノ・フレドールが首を傾げて見せる。

「そうだよ。俺に何か不満があったから出て行ったのか……とか、いろいろ考えちゃうんだ」とシュラム・スクリュートンは頭を抱えた。

「うーむ。そんなふうには見えなかったけどさー」

「大体、ユーノも寂しくないのかよ。あの聖人様と一緒に暮らせなくて」

「神主様の特命を受けてるから、仕方なくね? すべての仕事を終わらせたら戻ってくるみたいだし。あっ、そだっ。そだっ。ダンジョン配信観よー」

「ダンジョン配信?」

 同居人の提案に、シュラム・スクリュートンは首を傾げる。

「有名な配信系冒険者が、アリストテラス大迷宮でダンジョン配信するっぽい。もしかしたら、フブキのかっこいいとこ観れるかもしれないっしょ。フブキがフロアマスターの仕事してるし」

 数週間前まで一つ屋根の下で暮らしていた少女、フブキ・リベアートが戦っている様子を見れば、同居人は元気を取り戻すだろう。ユーノ・フレドールの考えが手に取るように分かり、シュラムの頬が赤く染まる。


 そんな彼を他所にユーノは石板を召喚した。そうして、ふたりは石板に映し出された配信映像を見始めた。一時間ほど退屈な配信冒険者が見慣れたダンジョンを探検する様子を見ていると、遂にその時が訪れた。


 映像の中でフブキと配信系冒険者が剣を交えるようだ。場を支配する彼女の戦い方にユーノは見惚れてしまう。

 退勤時間数分前になっても隙を見せないフブキは、アイスゴーレムを召喚した。


 だが、その後の展開はシュラム・スクリュートンに衝撃を与えた。アイスゴーレムに叩き落とされた配信系冒険者の体を受け止めたのだ。冷酷な彼女像が一瞬で崩れ去る感覚に、シュラムの体が小刻みに震えだす。


「そんなバカな……」

 絶望を顔に刻んだ少年の目の前でユーノが右手を左右に振る。

「おーい」

「こんなの俺が知ってるフブキじゃない! 一体、何があったんだ?」

 絶望から一転し、頭に血を昇らせたシュラムの近くでユーノが両手を叩く。

「ああ。羨ましいとか? お姫様抱っこされたいってことっしょ?」

 からかうようにシュラムの頭をユーノが撫でる。 

「いや、確かにそういう願望あるけど……そうじゃなくて、いつものフブキだったら容赦なく、あの配信系冒険者を殺してた。あんな情けをかけるようなマネするなんて、絶対おかしい!」

 頬を赤く染めながら反論する同居人の隣で、ユーノは思い出したようにポンと両手を叩いた。

「あの子の影響かもねー。サンヒートジェルマンのギルドマスター」

「誰だ? そいつ」

「クマの獣人の男の子。ムーン・ディライト。一度サンヒートジェルマンで会ったことがあるからさー。その子や他の仲間と一緒にギルド活動してるって言ってた」


「そいつの所為でフブキが弱くなったってことか?」とシュラムは眉を顰める。

「そうかもー」とユーノが無邪気に笑う。

「どこに行けば会えるんだ?」

「刀鍛冶工房で働いてるって言ってた。ギルドハウスの住所分かんないけど、ここに張り込んでたら会えるんじゃね?」

 右手の薬指で空気を叩き、白紙を召喚したユーノが、机上のペンを手に取り、刀鍛冶工房の住所を記す。


「ありがとうな。明日、そいつを倒しに行く。そして、フブキを取り戻すんだ」

 ユーノから受け取った紙を握りつぶしたシュラム・スクリュートンは、妥当ムーンを誓った。



 そんな会話を扉を挟んで聞いていた人物がいた。白熊の着ぐるみパジャマのフードを目深に被り顔を隠しているその少女の胸は少し膨らんでいる。


(うそ!)と心の中で呟いたその少女は、すぐに自室へと戻り、木製の机の上に置かれた石板と向き合った。





 その知らせは、フブキ・リベアートを驚かせた。


「間違いないのですか?」とギルドハウスの応接室の机の前でフブキが問いかけると、白熊着ぐるみパジャマの少女は「うん」と間を開けず答える。

「気を付けて。シュラム・スクリュートンがムーン・ディライトの命を狙ってるから」

「教えていただきありがとうございます。その件はこちらで対処します」

「ホントはフブキの手を煩わせたくないんだけど、そうしてくれると助かるぅ」

「分かりました。情報提供のお礼は後ほど」

 石板に右手で触れ、通信を切断したフブキが深く息を吐き出す。その直後、目の前の扉がゆっくりと開き、赤髪ツインテールのハーフエルフ少女、ホレイシア・ダイソンが顔を出した。


「フブキ、何かあった? 深刻そうな声が聞こえてきたんだけど……」

「ところで、マスターは?」

 ホレイシアの疑問に答えず、首を捻るフブキ。それに対し、ホレイシアは視線を彼の寝室に向けた。

「まだ夢の中だと思う。ムーンっていつもこの時間帯には寝ちゃうから」

「なるほど。それは都合がいいですね。ということで、結論から言います。マスターの命が狙われています。このまま何もしなければ、明日がマスターの命日になるでしょう」

「えっ?」とホレイシアは驚きの声を漏らした。


「それってどういうこと?」

「そのままの意味です。明日、シュラム・スクリュートンという男がマスターを暗殺します。動機は私を取り戻すためでしょう」

「ごめん。フブキ。もっと分かりやすく説明して。どうしてシュラムって言う人はムーンの命を狙ってるの?」

 フブキの話を理解できないホレイシアが首を傾げる。

「そうですね。まずは私とシュラムの関係についてから話しましょう。私はこのギルドハウスで暮らすまでシュラムと同居していました。彼は私の傍付き……私の身の回りの世話をする存在でした」

「うーん。でも、フブキはしっかりしてるから、そんな人いなくても大丈夫な気がするけど?」

 腑に落ちないホレイシアの前で、フブキが首を横に振る。


「それがエルメラ守護団の規則です。エルメラ守護団は大きく二つのグループに分かれており、下位グループに属する守護者は上位グループの守護者との同居生活が義務付けられています。特別な事情がある場合は、私の幼馴染が管理人を務めるシェアハウスで暮らすこともできるのですが……」


 白熊の着ぐるみパジャマを好んで着る幼馴染の少女の姿を思い浮かべたフブキの隣で、ホレイシアが頷く。



「そっか。フブキ、私たちの仲間になるまで、その人と一緒に暮らしてたんだ」

「はい。シュラムは今、シャアハウスで暮らしています。このギルドハウスを拠点にする以上、ヘルメス村の住居は必要ありませんから。おそらく、彼は私がここで暮らしていることに納得していないのでしょう」

「……うん。なんとなくだけど事情は分かった。それで、どうするの?」

「作戦は既に考えてあります。マスターには指一本触れさせません」とフブキは自信に満ちた表情を見せた。そんな彼女の冷たい右手をホレイシアが優しく掴み。

「ねぇ、私にできることってある?」

「それなら、用意してほしい薬草があります」

 手元にあった紙に薬草の名称を記入したヘルメス族の少女が、ハーフエルフの少女にそれを手渡す。

 そこに書かれた文字を目で追ったホレイシアは、首を縦に動かした。

「うん。持ってるけど、絶対に戦わないとダメなの?」

「どういう意味ですか?」

 ホレイシアの問いかけの意味を理解できないフブキは、困惑の表情を見せる。

「話し合いで解決できないのかな? フブキがシュラムと話せていたら、こんなことにはならなかった。だったら、ふたりが顔を合わせて話し合う場があったら、戦闘を回避できると思うの」

「……なるほど。話し合いですか」

「そうそう。場所はギルドハウスの応接室がいいと思う。決闘は最終手段にしようよ。私も同席するから」


 ホレイシアの言い分に耳を貸したフブキが目を伏せる。

「では、そうしましょう。ただし、マスターの身の安全は守ります」

 その言葉にホレイシアはホッとした表情を浮かべたのだった。


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