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第64話 盤上

 アリストテラス大迷宮。一面が二メートルで構成された正方形の空間に静寂の空気が流れる。それを引き裂くように、鋼鉄の片手剣を構えたトミオカが、前方に佇むフブキに向かって駆け出す。だが、石畳の上に立っていたフブキは一瞬で姿を消てしまう。


「アイスハンド」

 ヘルメス族の少女の囁くような声を聴いたトミオカの左手をフブキが掴む。その瞬間、トミオカは指先から体が冷えていく感覚を味わう。体が小刻みに震えだす中、フブキはトミオカの眼前に姿を現した。


「何をした?」と配信系冒険者が尋ねると、白熊の騎士は淡々とした口調で答える。


「新たなる武器の召喚を錬金術で封じました。しばらくの間、あなたはその剣だけでの戦闘を余儀なくされます。当然のように、回復薬も使用できません」

「……さっきポーションで全回復して正解だったよ。これなら戦えそうだ」

「まだ戦うつもりなんですね。剣術だけで私を倒せる自信はどこから沸いてくるのですか?」

 そう尋ねるフブキに対して、トミオカは首を横に振った。

「悪いが、剣術だけで戦うつもりはない。俺にはコレがあるんだ」

 右手の薬指を立てる配信系冒険者を見た白熊の騎士が目を伏せる。


 東に蠍座の紋章

 西に風の紋章

 南に火星の紋章

 北に火の紋章

 中央に牡羊座の紋章


 それらで構成された生成陣が男の指先に浮かび上がる。その直後、指先から炎の玉が飛び出した。それがフブキの元へ飛んでも、彼女は焦った素振りを見せない。


「はぁ」と息を吐き出し、腰の鞘から剣を抜き取り、火の玉を一刀両断する。


「無駄です。この場に存在する物質や元素から生成可能な錬金術式は全て把握済み。あなたの行動は手に取るように分かります」


「くっ」と男は唇を噛み締めた。この場はフブキ・リベアートに支配されている。圧倒的不利な状況であることは、誰の目を見ても明らかだった。それでも、配信系冒険者は諦めるわけにはいかないのだ。



「ふっ、この状況でお前に勝ったら、チェンネル登録者が急上昇しそうだな。フブキ・リベアート」

「全く、ここまでしても諦めないなんて、私には理解できません。仮にその剣で私を倒せたとしても、あの扉の先には、強力なモンスターがいます。回復術式も封じられた状態で進んだら、あなたは死にます」

 そんな彼女の発言を耳にしたトミオカが腹を抱えて笑いだす。

「はははっ。優しいヤツだな」

「……くだらないことを考える暇があったら、馬鹿の一つ覚えみたいに剣を振ってみてはいかがですか?」とフブキが冷たい視線を配信系冒険者にぶつける。


「うるさい」

 男はフブキに剣先を向けたが、相対する白熊の騎士は一瞬で姿を消してしまう。

「遅いです」という少女の声を背後から耳にした瞬間、配信系冒険者の身に異変が起きた。一瞬で背中に十文字が刻まれた衝撃で、視界が歪んだのだ。



(太刀筋が見えなかった)

 心の中で呟いた配信系冒険者が歯を食いしばり、衝撃に耐える。ヘルメス族の特殊能力、瞬間移動を絡めた剣術を繰り出す白熊の騎士が、再び彼の正面に姿を現す。一方で、片手剣の柄を強く握ったトミオカが素早く間合いを詰め、剣先を強く振り下ろす。


「はぁ」と息を吐き出したフブキは、その動きを読み、体を左方に飛ばした。力強い一撃は、空気を切り裂き、前方へ斬撃を飛ばす。それが壁に激突した直後、フブキの背後に白い影が浮かび上がった。


 新手の気配を感じ取った彼女は、咄嗟に瞬間移動で前方へ体を飛ばす。


「……まだ交代の時間まで七分ありますよ? 脚光の竜騎士」

 顔を上げたフブキは、一メートル先に佇んでいる白いローブ姿の少女に視線を向けた。そこにいるのは、大きな胸を持つ黒髪のヘルメス族少女、ルル・メディーラだ。腰に届きそうで届かない程度の艶がある長い後ろ髪の毛先は、全て半円を描くように曲がっている。


「フブキちゃん。あの子って有名な配信系冒険者なんだよね? だったら、お願い。私も出番が欲しいわ」

「お断りします。あなたの出る幕はありません」

「ええっ、ズルい。七分間、あの子を軽く痛みつけるだけでいいんだよ? そうすれば、私は配信系冒険者との即興劇を楽しむことができる」

「イヤです。あの子は私が倒します」


 口論を始めるふたりのヘルメス族少女に向かうトミオカが、剣を構えて迫る。それでも、フブキは隙を見せなかった。左手の薬指を立て、空気を一回叩くと、指先から小槌が落ちる。

 石畳の上で跳ねたそれは、地面に生成陣を刻み、中心から二十メートルの高さを誇るゴーレムが召喚された。

 白熊を模した透明感のある巨体は氷でできており、周囲の空気を凍り付けせる。


「へぇ、いつものシロクマちゃんで決めちゃうんだぁ。でも……」

 それを見上げたルルが左手の薬指を立てた。そのまま素早く空気を叩くと、配信系冒険者の頭上に緑色の小槌が召喚された。それが男の頭頂部に直撃した瞬間、彼の体に異変が起こる。全身が緑色の光に包まれたのだ。疲労感が一瞬の内に消え、チカラも漲ってくる。


「キミ、かわいいから、プレゼントしてあげる♪」とルルが唇に右手人差し指を押し当て、投げキッス。

 それも直撃したトミオカの胸がドクンと大きく脈打った。彼の目にはピンク色のハートマークが浮かび上がっている。


「投げ銭、ありがとう! おかげでもうちょっと頑張れそうだ」


 笑顔になったトミオカとは対照的にフブキは大きく溜息を吐き出す。


「まったく、対戦相手の体力を回復させるなんて……何を考えているんですか?」

「もちろん、あの子を私の劇団員にするためだよ。体力を完全回復させたら、六分くらい戦えるでしょう。そして、時間が経てば、私と交代。私の即興劇を全世界の視聴者様にお届けできる。それって、最高だよね?」

 フブキ・リベアートは知っている。 ルル・メディーラは目的のためなら手段を択ばない。優しさの中に隠された狂気を肌で感じ取ったフブキは、顔を前に向けた。


 その視線の先で、トミオカは全速力で前へと駆け出している。壁のように飛び出してきたゴーレムの腹を蹴りあげ、空中で体を縦に一回転させるトミオカ。そのまま、白熊ゴーレムの脳天に剣を叩き込む。しかし、ゴーレムの体は傷一つ付かない。


「クソ!」と唇を強く噛み締めた配信系冒険者に、白熊ゴーレムの右腕が迫る。冷えた空気を叩き、高く飛び上がろうとするも、時既に遅く、男の体は白熊ゴーレムに鷲掴みされた。


「ぐわっ」

 

 強く握りしめられた男の体は、ゴーレムの持つ氷の手によって急激に冷やされていく。

 その様を眺めていたルルの頬が緩む。その瞬間、トミオカの握っていた剣先が自動発火を引き起こした。熱により、氷のゴーレムの手が溶けていく。

 水で濡れた黒髪を左手で掻き分けながら、着地するトミオカ。



「なるほどな。この熱があれば、あのゴーレムも簡単に倒せそうだ」

 右手で握った剣の刀身はオレンジ色の炎が宿り、火花が飛び散っている。


「あなたは自分が何をしているのか、分かっているのですか?」とフブキが冷たい視線を隣の同僚に向ける。だが、脚光の竜騎士は反省する素振りを見せなかった。

「さあ、頑張りなさい。五分後に決着が付いてなかったら、代わってあげるから!」

「……その必要はありません。ホワイトアウト」

 フブキが握っていた細身の剣を真横に傾け、体ごと横に一回転させた。そのまま円形の斬撃を波紋のように飛ばす。部屋全体を氷の結晶が舞い、周囲の景色を白く染め上げる。


「クソ、これ、視聴者、何も見えてねぇだろ! 配信系冒険者殺しの全体技、使いやがって!」

 舌打ちしたトミオカが、自動発火中の剣を一心不乱に振ろうとしたが、それはできなかった。

「アイスハンド」囁くような声で唱えた少女の手が、男の右手と重なる。その瞬間、炎に包まれていた剣が一瞬の内に氷漬けにされたのだ。


「ここまで気温を下げておけば、この程度の炎、凍らせることができるんですよ」

 男から手を離したフブキが、壁際に佇むルルの右隣に体を飛ばす。その間に、舞い散る雪は消え、配信系冒険者の顔は絶望の色に染まった。唯一の武器は氷漬けにされ使いものにならない。


 それでも容赦なく、白熊ゴーレムは左腕を伸ばすのだ。動くことすらできないトミオカの体を握りしめる。

 一瞬で体温を奪われ、体が小刻みに震えだすと、白熊ゴーレムは左手を開き、手の中にいた男を床の上に落とした。



 十メートル上空で配信系冒険者は、天井を見上げる。男はゆっくりと背中から地面へと落ちていくのだ。


(体が動かない)


 配信系冒険者の体は悴んでおり、思うように体を動かせない。錬金術も封じられているため、彼の体は成す術もなく地面へと叩きつけられるだろう。

 無事では済まない。最悪の場合、ここで死ぬかもしれない。

 得体の知れない恐怖に支配される最中、男はフブキの声を聴いた。



「……今から旅行に連れて行ってあげます」


 地面に叩きつけられる衝撃を感じることはなく、トミオカは目をパチクリと動かした。

 顔を上げると、敵であるはずのフブキの顔が飛び込んでくる。

 まるでお姫様だっこのように抱き留められた男の顔は真っ赤に染まる。


「惚れてまうやろ!」と男が叫んだ直後、配信系冒険者は一瞬でフブキの腕の中から姿を消した。







 配信系冒険者との一戦から数分後、フブキ・リベアートは「ただいま」とギルドハウスの娯楽室へ顔を出した。その声に反応したムーンとホレイシアが石板から顔をあげる。


「フブキ、お帰り。スゴイ戦いだったな」

 ソファーに腰かけているムーンの一言に、フブキが首を捻る。

「それはどういう意味ですか?」

「さっきまで、この石板でダンジョン配信見てたんだ。フブキが配信系冒険者と戦ってたとこ、ムーンと一緒に見てたの」

 ホレイシアの補足にフブキが納得の表情を見せる。

「なるほど。あの戦いを見ていたのですね」


「ところで、さっきの戦い、どうして相手の小槌召喚をできなくしたんだ? いつものフブキなら、あんな小細工しなくても勝てたんじゃないか?」

 不意に浮かんだ疑問をムーンが口にする。その隣にいるホレイシアも彼の疑問が気になっていたようだった。

「それ、私も同じこと思った」

「短時間で決着をつけるためには、ああするしかなかったんです。時間があったら、小細工なしの真剣勝負をしていたでしょう」

「それってどういうことだ?」

「退勤時刻五分前には、交代勤務の守護者が出勤してきます。それまでに決着を付けられなければ、配信系冒険者の彼は新たな守護者とも戦わなければならなくなります。流石に連戦はキツイでしょう? だから、短期決着が付くように動いていたわけです。最も、体力完全回復は想定外でしたが……」


 そんな裏話を明かすフブキにホレイシアが優しく微笑む。

「そんな気遣いしてたんだ。フブキって優しいね」

「そんなことありません」と否定したフブキ・リベアートの頬が赤く染まる。


 一方で、ホレイシアが手にしていた石板の中では、どこかの砂漠を彷徨う配信系冒険者トミオカの姿が映っていた。




 

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