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第63話 配信

 フレアゴブリン討伐クエストを終わらせ、ギルドハウスに戻った頃には既に夕方になっていた。


 娯楽室で獣人の少年、ムーンがソファーに座り寛いでいると、素顔を晒したホレイシアが幼馴染の彼の元へ歩み寄る。その手には石板が握られていた。


「ムーン。ちょっといい? 一緒にダンジョン配信が観たいんだけど……」

 ハーフエルフの少女に声をかけられたムーンは顔を上げる。

「ダンジョン配信って何だ?」と目を丸くしたムーンが首を傾げた。すると、ホレイシアは彼の隣に腰かけ、所持していた石板を見せる。

「冒険者がダンジョンを探検する様子がこの石板で観られるんだよ。最近、ダンジョン内で動画配信するのが流行ってるんだ。それでね。配信系冒険者がアリストテラス大迷宮を探検する生配信動画を見つけたから一緒に観たいなぁ」

「うーん。別にいいけど、珍しいな。ホレイシアがそういう動画に興味持つの」

「ほら、アリストテラス大迷宮って、フブキの職場でしょ? もしかしたら、フブキが働いてる様子が見られるかもしれないから」

「俺もフブキの仕事に興味があるぞ!」とムーンは首を縦に動かす。

「うん。そう言うと思った」とホレイシアが微笑む。

「それで、配信系冒険者ってどんなヤツなんだ?」

「ルシファー・トミオカさん。少し経歴を調べたら、生存率三割といわれている塔をソロで踏破したことがあるみたい。実際にフブキと戦ったら、どっちが勝つのか分からないよ」

 幼馴染のハーフエルフ少女の説明に耳を貸したムーンが、腕を組む。

「そんなに強いヤツなんだな。よし、一緒にフブキ、応援しようぜ!」

「まだフブキと剣を交えると決まったわけじゃないんだけど……」

 ムーンの発言にホレイシアは苦笑いを浮かべた。そうして、ソファーに隣り合って座るムーンは、ホレイシアが両手で持っている石板を覗き込んだ。





 錬金術で財を成した巨大国家アルケアに存在する巨大迷宮。アリストテラス大迷宮を一人の男が訪れた。男の名はルシファー・トミオカ。金髪の若い冒険者で、細マッチョの剣士だ。青い瞳をした彼は石壁を背景に顔を上げ、目の前に浮かぶ黒の四面体に視線を送った。そこにいくつもの黄色い文字のコメントが下から上へと流れていく。



『応援しています』



『幻の実験器具、エルメラを目指して、頑張ってくださいです』


 そんな内容の応援コメントが次々と表示されると、トミオカは嬉しそうな表情になった。コメント欄の右に見える視聴者数も急上昇しているようだ。小瓶を召喚し、回復薬である黄緑色のポーションを飲み込んだ彼が笑顔で手を振る。



「みんな、ありがとう。途中から来てくれた人のために、改めて状況を説明しよう。私は今、未知の物質が生成できるという実験器具の眠るダンジョン、アリストテラス大迷宮にいる。ダンジョン内を徘徊する危険なモンスターやフロアを守るヘルメス族の守護者を倒し、ほっと一息。息を潜めて、周囲を警戒しているところだ!」


 配信系冒険者の男が視聴者たちに状況を説明する真横を、ガイコツのような見た目の剣士が通り過ぎていく。頭蓋骨の傷から黒い気体を漏らす徘徊系モンスターは、近くに冒険者がいることに気が付いていない。


『さっきのヘルメス族の子との闘いで使ったあの剣、もう一度見てみたいです』


 そんなコメントが画面に表示されると、トミオカは首を縦に振り、右手の薬指で空気を叩いた。そうして、鋼鉄の片手剣を召喚し、右手で柄を握った。


「丁度、雑魚モンスターが通過したみたいだ」と呟き、背後からスケルトンに襲い掛かる。


「こういうアンデット系モンスターは銀を使った剣が有効だが……」と説明しながら、剣を力強く振り下ろす。背後から右斜めに斬りつけられ、心臓に埋め込まれた赤球が破壊される。その瞬間、骸骨の体がバラバラになり、動かかなくなった。


「俺ならこんな感じにコアを破壊できるんだ!」と自慢げに語り胸を張る。


『スゴイ』


『なんてパワーなんだ』


『スゴイです』



 視聴者たちにコメントで褒められると、トミオカは照れて頬を掻いた。


「おいおい、お前ら、褒めすぎだ」


 警戒を怠ることなく一本道を前進したトミオカが立ち止まり、視線を浮かぶ四面体に向ける。



「さて、お待ちかねの視聴者投票の時間だな。今、俺はT字の別れ道の前に立たされている。右と左、どっちに行けばいいと思う?」と視聴者に呼びかけると、一分間の投票タイムが始まった。その間に背後から気配を感じ取った配信系冒険者は、剣の束を握ったまま、体を半回転させた。

 その視線の先で、黒いイノシシが牙を光らせている。休む間もなく現れた新たなモンスターは、ものすごいスピードで冒険者へ向け突進。その動きを察知した男は、素早く体を真横に飛ばし、剣を左右に振り、斬撃を飛ばす。だが、イノシシの体は堅く、傷一つ付かない。


 猪突猛進。曲がることの許されないイノシシの頭は、壁へ激突。その威力で硬いはずの壁が呆気なく崩れてしまう。細かい土埃が宙を舞い、トミオカは咳き込んだ。


「ふぅ。油断できないな」と呟く間に、イノシシは方向転換。鋭く赤い目で冒険者を睨みつける。


 あの頭突きをまともに喰らったら、全身の骨が一瞬で崩れてしまう。相手はそれほど強力なモンスターだ。縦にしか動けない弱点もあるが、現在の武器では太刀打ちできないだろう。


 対応策を考える男に救いの手が伸ばされた。左方の突き当りに扉が見えたのだ。


(あの扉……モンスター侵入不可能エリアに繋がってるはず)


 男はイノシシが駆け出すよりも先に、全速力で駆け出す。


「ごめん。投票無視して、左に行くわ!」と宣言した男はイノシシに追いかけ回された。二百メートルの距離を三十秒ほどで走り、扉に手を伸ばす。そして、男は素早く扉を開け、中へ転がり込んだ。



「兵法三十六計。上屋抽梯」

 その少女の声を耳にした配信系冒険者は息を呑んだ。そうして、視線を前に向けると、そこには白髪のヘルメス族少女が佇んでいる。長い後ろ髪を揺らしながら、こちらへと歩み寄ってくる彼女は、白いローブで身を包んでいた。



「人間は追い込まれると左に曲がる習性があります。曲道に強力なモンスターを配置しておけば、必ずこの場にあなたを誘い込むことも容易です。そう、あなたは私の掌の上で踊らされたのですよ」


 冷たい目をしたその少女の特徴的な耳は、ヘルメス族のモノと同じ。男は思わず息を呑んだ。彼女の鋭い視線からは逃げられそうもない。退路は断たれた今、彼女との戦闘は避けられないだろう。

 そう考えた配信系冒険者は、深く息を吐き出した。


「こうなったら仕方ない。この子に勝って、先へ進むしかないみたいだな。みんな、応援してくれ!」


 頭上に浮かぶ黒の四面体に向け、男が手を振る。その姿を見た少女は溜息を吐き出す。

「はぁ、あなたに質問があります。あなたはどうして配信系冒険者になったのですか?」

「アルケアに存在する全てのダンジョンを踏破する夢が叶う瞬間を、世界中のみんなに見てもらうためだ!」と配信系冒険者が胸を張って答える。それに対し、フブキは「なるほど」と呟き、白のローブをその場に脱ぎ捨て、白を基調にした鎧姿を晒す。


「エルメラ守護団序列十六位。白熊の騎士。フブキ・リベアート。参ります」

 腰の鞘から剣を抜き取ったフブキが名を明かす。

「今度の相手は剣士らしい。郷に従って、名を明かそう。配信系冒険者。ルシファー・トミオだ!」


 白熊の騎士と配信系冒険者。ふたりの決戦が始まろとしていた。


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