第59話 失物
闇の精霊、ヴォイドウィスプを討伐したアストラル・ガスティールは、その場に倒れているふたりに声をかけた。
「大丈夫ですか?」と茶髪の女の両肩を揺さぶると、女はすぐに目を覚ます。
「あなた……確か、ホレイシアって子の仲間の……」
目をパチクリと動かした女の前で、アストラルが首を縦に動かす。
「はい。アストラル・ガスティールです。安心してください。あなたたちを襲ったヴォイドウィスプは、私が討伐しました」というハーデス族の少女の発言に対し、女が驚きの声をあげる。
「ウソ。たった一人で!」
その大声に反応したのか、小太りの男も目を覚ました。
「なんだ? うるさいなぁ」
「聞いて。この子が闇の精霊、ヴォイドウィスプを倒したの。この子は私たちの命の恩人よ!」女の説明に、男は「マジかよ!」と声を漏らした。
「そうですね。私が駆けつけなければ、あなたたちはヴォイドウィスプに全ての魂を吸い取られて、亡くなっていました」
「それにしても、信じられない。ホントに一人で倒したのか?」
疑問をぶつけた男に視線を合わせたアストラルが頷く。
「はい。私が倒しました」
「バカな。相手は闇の精霊だ。体を透明化させ、周囲に溶け込みながら、攻撃を仕掛けることもできるし、恐怖を増幅させ、相手を行動不能にする全体攻撃、レッドアイズが強力なんだ。ひとりで倒せるわけがない!」
「前者は視力に頼ることなく気配を察知して、こちらから攻撃を仕掛けたら、対処可能。後者は、この槍で効果を無効化しました」
「どういうこと?」と女が尋ねると、アストラルは長槍の柄を握った。
「この槍は量産型パイデント。ハーデス族なら誰でも持っている武器ですが、これには神の加護を受けた金属が溶け込んでいます。それと、冥界から来たハーデス族は闇の攻撃に対する免疫があります。量産型パイデントとハーデス族の体。ふたつが合わされば、ヴォイドウィスプの異能力、レッドアイズは無効化できます。あとは、ヴォイドウィスプの弱点を突ければ、ひとりでも簡単に倒せます!」
「弱点だと?」
「はい。レッドアイズ発動中、ヴォイドウィスプは行動不能になります。その隙を狙い、討伐しました」
(この子……すごく強いわ)と女がジッとアストラルの顔を見つめていると、前方からホレイシアが現れた。
「あっ、こんなとこにいた! アストラル。何してるの?」と心配そうな表情で仲間の元へ駆け寄る。
「はい。私にしか救えない人たちを救っていました」
「あっ、この人たち、さっき私が声をかけた人だ! アストラル、この人たちを助けてたの?」
近くに同盟を結ぼうとしたギルドのメンバーたちがいることに気が付いたホレイシアが尋ねる。
「はい。そうです。異変を察知して向かったこの先で、ふたりの魂を吸い取ろうとしていたヴォイドウィスプと遭遇。その後、討伐しました。彼を倒せるのは、私だけだと思いました」
「そうだったんだ」と事情を理解したホレイシアが納得の表情になる。
「事情を説明する時間が惜しく、体が勝手に動いてしまいました。心配をかけたみたいですね。ごめんなさい」
アストラルが頭を下げる。だが、ホレイシアは微笑みながら、首を横に振った。
「ううん。大丈夫だよ。でも、どうして、ヴォイドウィスプがこんなとこにいるんだろう? ここから少し離れた領域に生息しているはずなのに……」
疑問が浮かび、腑に落ちない表情を浮かべるホレイシア。
「おそらく、私の所為です。霊と深く関わりのある私は、魂を喰らおうとするモンスターを呼び寄せてしまいます。私の存在が近くにいることを感じ取ったヴォイドウィスプが、領域から出てしまった。全て、私の責任です」
申し訳なさそうな表情になったアストラルが、ふたりに頭を下げる。そんな彼女に対して、茶髪の女は慌てて両手を振った。
「頭を上げてください。助けてくれて、ありがとうございました!」
口を揃えて感謝の意を示すふたりと顔を合わせたアストラルが恥ずかしそうに目を反らす。
「……私は私にしか救えない人たちを救っただけです。あと、尾行したければ、ご自由にどうぞ」とふたりに微笑みかけ、彼女はホレイシアと同じ歩幅で、出口へ向かい歩き出した。
十分ほどで地下道から外に出ると、ホレイシアが地図とビル群を見比べる。
「うーん。目的地はあのビルの地下みたいだよ!」目的地を見つけ出したホレイシアが、右斜め前を指さす。そこには三階建ての小さなビルがあった。中には誰もいないらしく、灯りも見えない。そのビルをジッと見つめていたアストラルが首を縦に動かす。
「霊が教えてくれました。あのビルで間違いないようです」と口にして、ふたりは人気のないビルの中へ足を踏み入れた。侵入した形跡のなく、手入れされていない一階の廊下を進み、地下室へと続く階段を降りる。
「ねぇ、アストラル。あの時、何って言おうとしたの?」
「あの時?」
「霊を探知できれば楽ですが……の続きだよ。すごく気になるの!」
ハーデス族の少女の隣でフードを目深に被る少女が興味津々な態度を示す。
「ああ、霊を探知できれば楽ですが、霊が憑依していないモノに対しては、この能力は使えません。それに、探索範囲は半径三十メートル以内に限定され、連続使用は三十分が限界です」
「万能な能力だと思ってた。結構、大変なんだね。あっ、扉が見えてきたよ!」
ホレイシアが目の前に見えた鉄の扉を指さす。
「間違いありません。あの扉の隙間から、依頼人のお母さんの霊が漏れています」
あの扉の先に、探していたモノがある。そう確信したふたりは、扉を開けた。
そうして、中に入ると、ホレイシアが周囲を見渡した。薄暗い空間に、キラキラと何かが光る。
「もしかして……」と呟き、ランタンの光で周囲を照らす。その床には、五十を超える宝石が転がっていた。その中には、彼女たちが探しているオレンジペンダントもある。
「あった! コレだよ!」
嬉しそうな表情を浮かべたホレイシアがペンダントを手に取った。そんな彼女の視界の端で、数匹のネズミが動く。三十センチほどの大きさの茶色いネズミが、ホレイシアが持っているペンダントに向かい、襲い掛かる。
その姿を認識したホレイシアは、右手の薬指を立て、空気を叩いた。指先から一枚の灰色の葉が飛び出すと、すかさす左手の薬指を立て、宙に生成陣を記す。
東に双子座の紋章
西に月の紋章
南に牡羊座の紋章
北に天秤座の紋章
中央に火の紋章
その生成陣に召喚した葉が触れた瞬間、灰色の煙が噴き出し、ネズミたちが壁の穴から逃げていく。
「ふぅ。なんとか間に合ったみたい」と胸を撫で下ろしたホレイシアの隣でアストラルが腕を組んだ。
「一瞬でオタブラが嫌がる匂いを嗅がせて、逃走させるとは……流石です」
「うん。褒めてくれてありがとう。今回は討伐クエストじゃないから、無益な殺生しなくていいと思って。そんなことより、これ、どうしよう? これ、他の人が探しているモノだよね?」
「全て回収して、ギルド受付センターへ持っていきます」
「分かった」と頷き、ふたりは地下室に残されたモノを根こそぎ回収した。
彼女たちは、その足でギルド受付センターへ足を運ぶ。
「確認お願いします」とホレイシアが、受付嬢に袋に入った品々を手渡す。それを机の上へ並べていき、依頼があった品々と見比べていく。
「すごいです。最近、第一地区の地下道で失くしたと捜索依頼があった品々が揃っています。しかし、その内の三割は、既に他のギルドが捜索を開始しているモノのようですが……」
「では、その三割の品々を捜索中のギルドの人たちに渡してください。七割はセレーネ・ステップが依頼報酬を受け取ります」
受付嬢の前でホレイシアが一歩を踏み出す。その隣でアストラルは目を丸くした。どうやら、彼女は手柄を横取りしないらしい。そんな彼女に対し、受付嬢は首を縦に動かした。
「了解しました。それでは、そのように手続きします」と受付嬢は明るく答えた。




