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第58話 恐怖

 同じ目的を持つ他のギルドとの同盟関係を結ぼうとしたが、断わられたホレイシアは、あっさりと引き下がった。そうして、彼らから離れたホレイシアが、アストラルの声をかける。



「アストラル、もう少し、頑張れそう?」

「そうですね。少し休んだので、大丈夫だと思います。半径二十メートル以内に、多くの霊が混ざり合っている座標があるようです。探し物はそこにあります」という彼女の答えを耳にしたホレイシアが広げた地図を指でなぞった。


「半径二十メートル……だったら、ここかも。ここと地下水道を挟んだ先にある廃ビルの地下室。この条件ならここが一番怪しいよ。オタブラって、そういう場所に巣を作りやすいって本で読んだことある」

 声を潜めたホレイシアが、地図上の座標を指で示す。

「よくそんなことを知っていましたね」

「ほら、オタブラの毛って、薬にも使われるから覚えてたの。それに、今回のクエストにオタブラが関わってるって直感的に思ったから……」

「なるほど、そうでしたか」とアストラルが納得の表情を浮かべる。



 それから、ふたりは、地図を頼りに、地下道の曲がり角を左に折れる。


「どうやら、これが正しい道のようです。霊が示す道標に近づいています」とアストラルが前方を進むホレイシアに声をかける。

「そうなんだ!」とホレイシアは声を弾ませた。一方で、ふたつの気配を感じ取ったアストラルが背後を振り返り、冷たい視線を背後に向けた。物陰に隠れた色黒の男と茶髪の女は、体を小刻みに震わせた。ふたりはホレイシアたちを尾行しているらしい。


(気づかれた?)と心の中で呟きながら、警戒心を強める茶髪の女、マイ・トッグタフネス。ふたりは自分たちが知らない情報を知っているらしい少女たちを足音を立てず追跡する。何度か物陰に隠れながら、ゆっくりと進んでいく彼らだったが、横道に逸れた通路に足を踏み入れた瞬間、ふたりは体を小刻みに震わせた。


 危険を察知し、背後を振り返ると、そこには闇の精霊、ヴォイドウィスプが立っていた。若い少年のような姿をした闇の精霊は、薄暗い地下道の中で浮遊している。その姿を目にしたふたりは目を見開いた。


「ウソ。どうして、ここに?」とマイは動揺を隠せなかった。

「そうだな。こいつの領域には足を踏み入れていないはずだ」とブルースター・メンデルは咄嗟に右手の薬指を立て、銀色に輝く小刀を召喚し、ヴォイドウィスプに斬りかかる。だが、闇の精霊の姿は一瞬で消え、空振りに終わる。


 透明になった精霊は地下道の景色に溶け込んでいる。不意打ちに備え、周囲を警戒する男の右腕をマイ・トッグタフネスが掴む。

 

「ダメよ。ふたりだけで勝てるわけない。早くここから……」


 逃げなければ、命はない。そう結論付けようとした女の眼前に、ヴォイドウィスプが姿を現す。彼は体を横に一回転させた後、瞳を赤く光らせた。その光が薄暗い地下道を照らす。


「あっ、ああ。もう……ダメだわ」

 光をまともに浴びてしまったマイの身に異変が起きる。得体の知れない恐怖が体を支配し、足が異様に重くなったのだ。心拍数も急上昇し、指一本動かすことができない。

 同じ症状は、ブルースターの身にも表れていた。彼の放つ光により、恐怖が増幅された彼は、武器を地面に落としてしまう。数秒の沈黙の後、ヴォイドウィスプの目の光が消える。それから、闇の精霊は右手の人差し指をっ真っすぐ伸ばした。その指先に漆黒の球体を浮かべると、それをふたりの額に向け、飛ばした。


 飛ばされた球体は、ふたりの額に小さな穴を空ける。そこから、白い霧のようなモノが漏れ出る。


「あっ、ああ」と悲鳴を出すふたりの目は虚ろになっていき、壁を背に倒れてしまった。

 


 


 一方、その頃、アストラルはある違和感を抱きながら、足を進めていた。


(先ほどまで感じていたふたりの気配がありません。追跡を断念したのでしょうか? それとも……)


 前者であってほしいと願いながら、しばらく前進すると、彼らは行き止まりに辿り着いた。

 目の前に飛び込んできた壁の前でしゃがみ込み、観察を始めるホレイシア。


「あった。ここの壁、穴が開いてる。ここから地下道に侵入して、モノを奪ってるんだと思うよ!」

「そうみたいですね。この壁の先に霊が集まっています。大体、五十くらいでしょうか?」

 右の瞳にオレンジの光を宿すアストラルがホレイシアの右隣に並ぶ。

 

 ふたりの目の前にある壁は通り抜けられない。地下水道へと続く扉を通っても、目的地には辿り着けない。

 

 そう考え、壁に背を向けた瞬間、アストラルの視界の端で黒い霧が揺れた。それは横道に逸れて流れている。


(まさか……)と思ったアストラルはホレイシアの右肩を叩く。


「ホレイシア、先に出口へ向かってください。すぐに追いつきます」と告げ、流れる黒霧を追いかけるように走り出す。一方で、その場に残されたホレイシアは困惑の表情を浮かべていた。彼女の目には、アストラルが見ていた黒霧が見えていなかった。



 横道に逸れ、怪しい黒霧を追いかけたアストラルは、奥にふたつの影を見つけた。それは情報を知っているセレーネ・ステップの面々を尾行していた茶髪の女と色黒の男だった。壁を背に倒れる彼らの体からは白い霧のようなモノが漏れ出ている。彼らの目は虚ろで、何かに怯えるように体を小刻みに震わせていた。


「あっ、あああ」と喉を震わせたマイの元へ歩み寄ろうとするハーデス族の少女の背後から透明な影が近づく。その気配を感じどったアストラルが後ろで手を組む。そのまま、背後を振り返ることなく、左手の薬指を立て、指先に生成陣を記す。


 東に土の紋章

 西に増殖を意味するみずがめ座の紋章

 南に水の紋章

 北に凝縮を意味するひしがたの紋章

 中央にエーテルの紋章


 

 続けて、右手の薬指を当て、銀色のナイフと召喚すると、先端で生成陣を突き刺す。気配を頼りに振り替えることなくそれを投げ飛ばす。数メートル飛んだナイフが地下道の床に刺さると、液体が周囲に飛び散る。

 迫りくる影がそれを浴びると、輪郭がハッキリと浮かび上がる。


 露わになった闇の精霊を視認したアストラルは溜息を吐き出した。


「まさか、こんなところに生息しているとは思いませんでした。それとも、私の存在があなたを呼びよせてしまったのでしょうか? いずれにしろ、あなたを倒すのが私の役目のようです」

 戦闘態勢に入ったアストラルが右手の薬指を立てる。そうして、彼女はパイデントと呼ばれる長槍を召喚した。


 それと同時に、十個の漆黒の球体が彼女の周囲を包囲する。真っすぐ飛んでくるそれを一つずつ槍で薙ぎ払う。


「この程度の技で私の魂を喰らえると思っているのですか?」と前方にいるはずの精霊を軽蔑しようとしたアストラルだったが、そこに彼の姿はなかった。透明になった彼は、素早くハーデス族の少女の元へ迫る。

だが、その気配を瞬時に察知したアストラルは、体を半回転させながら、槍の先端をヴォイドウィスプの首に向け、突きを入れる。まともに一撃を受けた闇の精霊にアストラルが追撃を繰り出す。


 素早い突き技の猛攻で、ヴォイドウィスプの半透明な体には多くの傷が刻まれる。

 ヴォイドウィスプが一瞬の隙を読み、体を横に一回転させ、瞳を赤く光らせるが、それは無意味な行動だった。怪しい光を全身に浴びたアストラル・ガスティールの頬が緩む。


「相手が悪かったですね。量産型パイデントには、神の加護を受けた特殊な金属が使われています。その技は私には通用しません。そして、その技には、大きな弱点があります」と凛とした表情で告げたアストラルが、槍の柄でレンガ造りの床を叩く。その瞬間、ヴォイドウィスプが浮かぶ地面の真下から円筒の石柱がせり上がった。一歩も動くことができない闇の精霊は、柱の上に乗り、そのまま天井に体が叩きつけられた。


 その衝撃で、ヴォイドウィスプは動かなくなり、ふたりの追跡者の魂の流出が停止した。



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