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第57話 同盟

 サンヒートジェルマン第一地区にある一軒家の呼び鈴を鳴らすと、茶色い短髪が特徴的な女性が顔を出した。


「初めまして。セレーネ・ステップのホレイシア・ダイソンです」とフードを目深に被った姿のホレイシアが頭を下げる。その右隣で、アストラルも名を明かした。

「アストラル・ガスティールです。依頼について詳しい事情を聴きに来ました」

「お待ちしていました」と依頼主はふたりを自宅へ招き入れる。


「どうぞ。お入りください」


「お邪魔します」とホレイシアとアストラルは客間へ移動した。客間に通され、二人はソファへ腰を下ろす。しばらくして、依頼人のエマは口を開いた。


「今回、探してほしいオレンジペンダントは、昨夜、サンヒートジェルマン第一地区地下道を歩いていた際、オタブラに盗られてしまいました。慌てて追いかけても、すぐに逃げられてしまいました。その時思ったのです。セレーネ・ステップの方々なら、奪われたオレンジペンダントを見つけてくささるのではないかと……」

「オタブラ……」と何かを考え込んだ後、ホレイシアが疑問を口にする。

 

「それはどういうことですか?」

「実は、私、ペランシュタイン家で仕様人として働いておりまして、失踪したクラリスお嬢様を見つけてくださったセレーネ・ステップの皆様なら、私のオレンジペンダントを見つけてくださると思い、指名しました」

「そうだったんですね」とホレイシアが納得の表情を浮かべると、クレアが周囲を見渡すように首を動かした。

「ところで、ヘルメス族の女の子と獣人の男の子は?」

「はい。そのふたりは別のお仕事をしています。今回は私と新人のアストラルが対応します」とホレイシアが説明したその隣で、アストラルが右手を挙げる。


「今回捜索するオレンジペンダントはどのようなモノですか? 例えば、大切な人からのプレゼントとか?」

「そうですね。ペンダントはお母さまの遺品です。だから、一刻も早く見つけてほしいのです」

「では、お母さまが大切にしていたモノを何かお見せいただけますか?」

「えっ」

 隣で話を聞いていたホレイシアは思わず声を漏らしてしまった。

「では、こちらをお見せします。お母さまが大切にしていた小刀です」

 右手で空気を叩いたエマが小刀を召喚し、アストラルに差し出した。木製のそれを受け取ったハーデス族の少女が頭を下げる。

「ありがとうございます。因みに、お母さまが亡くなられたのは、三カ月前ですね?」

「えっ、どうしてそのことを……」

 図星だったようで、依頼主は驚きの声を出した。一方でホレイシアも首を傾げる。

「どうして分かったの?」


「彷徨う魂を冥界へ連れて行くハーデス族は、生まれつき霊感が強いです。故に魂の鮮度が一目見ただけで分かります。小刀に宿るお母さまの霊から死後三カ月と推測しました」

「それって、この小刀に霊が宿ってるってこと?」

 そう尋ねたホレイシアは身を小刻みに震わせた。そんな彼女の隣で、アストラルがクスっと笑う。

「とは言っても、本体が宿っているわけではありません。例えば、毎日、同じ剣で素振りをしていたら、剣が体に馴染み、体の一部のように動かすことができるようになります。それは、持ち主の生霊がモノに宿っているということです」

 一通り観察したアストラルは遺品の小刀を机の上に置いた。


「ありがとうございます。霊の波長を記憶しました」と自信満々な表情になったアストラルがホレイシアの右肩を叩く。その動きに反応を示したホレイシアは席から立ち上がった。

 

「それでは、只今より捜索を開始します」と依頼主に挨拶をした後、ふたりは依頼主の自宅から飛び出した。


 サンヒートジェルマン第一地区にある地下道を、ホレイシアとアストラルのふたりが歩いていた。ランタンで周囲と照らしながら進むアストラルの後ろをホレイシアが付いていく。


「アストラル。この辺りが依頼人さんがオタブラにペンダントを盗られた現場みたいだよ!」


 手元にある地図と周囲の景色を見比べたホレイシアの声が地下に響く。仲間の声に反応を示したアストラルがレンガ造りの地下道に立ち止まる。


「なるほど」と短く応えたアストラルの右目にオレンジの光が射しこんだ。煙のように揺れる光線に導かれるように、そこから左方へ進む。


「依頼人のお母さまの霊を感じ取りました。こちらのようです」

「へぇ、そんな使い方ができるんだ。便利な能力だね。これなら、遺失物捜索系のクエスト、簡単にクリアできそう」とホレイシアが感心を示す。だが、アストラルは表情を変えない。

「そう簡単にはうまく行きません。今回のように霊を探知できれば楽ですが……くっ」

 突然、アストラルの体が小刻みに揺れた。驚いたホレイシアが彼女の元へ駆け寄り、倒れそうになる仲間の体を抱きとめる。

「アストラル、大丈夫?」と声をかけると、ハーデス族の彼女が顔を上げた。

「酔ってしまったようです。一度に多くの霊を感じ取ってしまえば、体調に異変が起きます。この体も楽ではないんですよ」

「そうなんだ。もしかしたら、私が気になってたことと関係してるのかな?」

「気になること?」

「うん。今回の依頼について、調べてたら気になる情報が見つかったの。ギルド受付センターにサンヒートジェルマン第一地区で大切なモノを失くしたという依頼が殺到してた。その中には、オタブラに奪われたと書かれてた依頼もあったの」

「つまり、この地下道でオタブラによる窃盗が相次いでいるということですか?」とホレイシアと向き合ったアストラルが尋ねる。それに対して、ホレイシアは小さく頷いた。

「そうだと思う。多分だけど、アストラルは、他の遺失物に宿った霊も感じ取ったんじゃないかな?」

 そのホレイシアの指摘を証明するように、ふたりを四人組の男女が追い越した。彼らは同じ色のローブを身に着けていて、地図を広げながら、周囲を見渡している。


「確か、この辺りで失くしたみたいだな」

「よし、周辺を探してみようぜ」と言葉を交わす彼らは、ホレイシアたちと同じ内容のクエストに挑戦しているようだった。


(あの人たちだ……)と心の中で呟いたホレイシアが彼らの元へ歩み寄る。


 


「すみません。もしかして、この地下道で失くしたモノをお探しですか?」と尋ねると長身の男、マックス・ギャバンが腕を組む。

「ああ、そうだが、キミは……」

「ギルド、セレーネ・ステップに所属しています。ホレイシアです。実は私たちも同じ内容のクエストに挑戦しているんですよ」

 素顔を見せない少女に警戒しているのか、男は興味なさそうな態度を示していた。

「ああ、同業者か。それで、俺達に何の用だ?」

「一緒にこのクエスト、攻略しませんか? 私たちはあなたたちが知らない情報を持っています」と提案したホレイシアは、近くにいるアストラルの手を取った。その少女の姿を見た女が目を見開く。


「この子、もしかして、この子……」

「はい。私の仲間です」とハッキリ答えたホレイシアに対し、茶髪の女、マイ・トッグタフネスはジッと男の顔を見つめた。

「マックスさん。ハーデス族の子が一時的でも仲間になってくれたら、このクエスト、簡単に終わると思います!」

「そうだな。俺も賛成だ。ハーデス族の子は強力な助っ人になるだろう」と色黒の男、ブルースター・メンデル

が頷く。

「しかし、どこの馬の骨かも分からない子たちと組むのはリスクがあります。美味しい話にはウラがあるというではありませんか?」

 長身メガネの男、ニンガマン・サタンの反対意見を耳にしたリーダーの男が腕を組んだ。


「そうだな。ホレイシアちゃん……情報とやらを餌に俺たちの仲間になろうとしているようだが、それでお前らは何の利益を得ることができるんだ? ただ、同じ目的をもつ者同士、一緒にやった方が効率的だって話じゃないんだろ?」


 リーダーの男が確信を突くと、ホレイシアは静かに首を縦に動かした。

「その通りです。この通り、私たちはふたりだけですし、いざという時は人数が多い方が有利です。私たちはあなたたちの遺失物捜索クエストに無償で協力します」と本音を筒に隠さず明かす少女だが、マックスは首を縦に振らなかった。

「ダメだ。同盟は組まない。これが俺達の結論だ!」

 そう断言すると、ホレイシアは反論することなく頭を下げた。

「分かりました。それでは、お互いに頑張りましょう」と頭を下げると、彼女は男たちの元から離れて行った。

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