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第55話 休息

「そうなんだ。結局、ふたつともクエストやったんだね」


 薬局の会計場の前で、ホレイシア・ダイソンはフブキ・リベアートからの報告を受けた。その隣にはアストラル・ガスティールの姿もある。

「はい。午後からのクエストは、未定です。マスターと合流して、短時間でできそうなクエストを探しましょう。私は本職の公休日ですから、場所が遠くても問題ありません」

「……うん。分かった!」とホレイシアが意気込む。午後からのクエストの打ち合わせをしているふたりの隣で、アストラルは興味深そうな表情で棚に並ぶ薬草を見ていた。


 そのことに気が付いたホレイシアがアストラルに声をかける。


「アストラル、もしかして、何か探してるの?」

「いいえ。なんでも……」と呟くと、店の奥から赤髪の女エルフが顔を出した。ホレイシアと同じ黄緑のローブを身に纏う彼女は、娘の近くにいる少女に興味を示す。


「あら? 見ない顔ね」とホレイシアの母親、アグネ・ダイソンが首を傾げた。

「この前、話したアストラルだよ。私と同じギルドのメンバーなんだ」

「ああ、この子が……それにしても、スゴイわね。ヘルメス族の子の次は、ハーデス族の子を仲間にするなんて……」と関心を示したアグネが腕を組む。

「そうなの。アストラルって、すごく強いんだよ!」

「そうですね。戦闘力は、私とほぼ互角といったところでしょうか?」とフブキがホレイシアの話を補足する。


 娘のホレイシアのギルドに所属する新メンバーに興味を示したのか、アグネは棚の前に佇むアストラルに右手を差し出す。


「初めまして。私はアグネ・ダイソン。ホレイシアの母親よ。娘がお世話になっているみたいね!」と明るく自己紹介するアグネ。それに対して、アストラルは笑顔で答えた。

「アストラル・ガスティールです。よろしくお願いします」

「こちらこそ」とアグネはアストラルと握手を交わした。


「アストラルって、何かギルドの他に仕事してるの?」とアグネが興味津々に尋ねる。

「はい。普段は錬金術研究機関、深緑の夜明けの研究員をしています」

「そうなのね。それはスゴイわ」とアグネが納得の表情を浮かべると、ホレイシアが首を捻った。

「アストラル、さっき、何、言おうとしたの? 薬草のことで気になることがあるんだったら、私が相談に乗るけど……」


 その問いかけに対し、アストラルが溜息を吐き出す。

「はぁ、気になっているというか、懐かしい薬草を取り扱っていることに驚いているだけです。このシロナザクロの実は、私の故郷に生息する薬草です」

「そうなのよ。シロナザクロの実は、ハーデス山脈から取り寄せてるの。サンヒートジェルマンでコレを取り扱ってるのは、ウチだけよ」

 店主のアグネが自信満々な表情で胸を張る。

「つまり、私の故郷で薬草を仕入れる独自の流通ルートがある?」

「まあ、企業秘密だけど、そういうことね」

 「その企業秘密、娘の私にだけ、こっそり教えてよ。将来的にこの店、継ぐんだから、いいよね?」

 ホレイシアの追及にアグネは右手の人差し指を立て、自身の唇に押し当てた。

「まだダメよ。ホレイシアにも教えるわけにはいかないわ。そんなことより、そろそろ交代の時間よ。午後からムーンくんとクエストするんだよね?」


「そっ、そうだね。 じゃあ、フブキ、ちょっと待ってて。着替えてくるから」

 笑顔になったホレイシアが母のアグネに頭を下げ、店の奥へと消えて行った。その後ろ姿を見送ったフブキが視線をアストラルに向ける。


「アストラルも本職の時間ですね」

「えっ」と声を漏らしたアストラルは、店内の壁時計を見た。あと三十分ほどで、就業時間だ。

「そうですね。では、私もここで失礼します」とアストラルは慌てて店を飛び出した。そんなハーデス族の少女と入れ替わるように、ホレイシアが顔を出す。相変わらず黄緑のローブのフードで顔を隠すハーフエルフの少女は、ヘルメス族の少女の右隣に並ぶと、優しく微笑んだ。


「フブキ、お待たせ。歩いてムーンのトコまで行こう。ふたりだけでゆっくり話したいから」

「了解しました」

 ため息を吐き出したフブキがホレイシアと共に薬局を後にした。


 そうして、横並びになると、ホレイシアは早速右隣のフブキに声をかける。


「それで、アストラル、どうだった?」

「どうだった……とは?」

「クエストの様子だよ。今日、初めて一緒にクエストやってみて、思ったこととかいろいろ聞いてみたいの!」

 そこまで聞き、ようやく彼女の真意を理解したフブキは首を縦に動かした。

「そうですね。安心感のある戦闘能力が魅力的でした。槍を使い、適格に攻撃を当てる戦闘手法は、短期間で二件の討伐クエストを達成できた要因です」

「ふーん。そんなに強いんだ。この前の新人研修で、戦ってるトコ見たことあったけどさ。そんなに強いと思わなかったよ。明日、一緒にクエストするんだけど、フブキの話聞いて、もっと楽しみになってきた」

 フードの下でホレイシアは声を弾ませた。




 そうして、ふたりはムーン・ディライトが働く刀鍛冶工房を訪れた。「失礼します」と声をかけ、事務室に顔を出すが、そこにギルドマスターの姿はなかった。室内でガラスコップに注がれた水を飲んでいた工房主のペイドンは、室内に入ってきたふたりの少女に視線を向け、机に空になったガラスコップを置く。

 

「ああ、ホレイシア、フブキ。ムーンだったら、表で剣を振ってるよ。今日は討伐クエストだって言って、気合入れてた」

 父親の説明に娘のホレイシアが頷く。

「そうなんだ……教えてくれてありがとう」と父親と言葉を交わしたホレイシアは、頭を下げ、フブキと共に事務室から立ち去った。


 事務室と工房の間にある開けた空間で、クマの耳を生やした大柄な獣人の少年が剣を振っている。真剣な表情で鉄色の剣を握った彼にホレイシアとフブキが歩み寄る。


「ムーン、迎えに来たよ」

 その幼馴染の少女の声に反応したムーンは剣を腰の鞘に納め、背後を振り返った。


「おお、ホレイシア、フブキ。迎えに来たんだな。準備運動で剣の稽古してたトコだ。森蜥蜴でもスライムドラゴンでも、なんでも来い!」気合を入れたムーンの前でホレイシアは申し訳なさそうな表情を見せた。

「ごめん、ムーン。そのクエスト、午前中にフブキとアストラルがどっちもやっちゃったみたいなの」

 両手を合わせるホレイシアの隣から、フブキが一歩を踏み出す。

「そんなに討伐クエストがやりたかったら、別のクエスト探したらどうですか?」

「そっか、だったら、遊ぶか! 最初のクエスト会議で、フブキが言ってたぞ。こういう時は束の間の休日を楽しんでもいいって……」


 ギルドマスターの思いがけない発言に、フブキは首を横に振る。

 

「いいえ。それは予備日の場合です。ここは別のクエストを行った方がよろしいかと」

「ん? そうだったか?」とムーンがとぼける。


 「うーん。ムーンの言う通り、このままフブキと一緒に遊ぶのも悪くないかも。この三人で遊んだことないし、たまにはいいかなって」

「ホレイシア、いいこと言った。今日はフブキとも遊ぶんだ!」

 ギルドマスターへの説得を断念したフブキは、ため息を吐き出す。

「はぁ。そういうことなら、仕方ありませんね。ムーン。どこか行きたいところややりたいことはありませんか?」

「行ってみたいとこかぁ。だったら、サンヒートジェルマンでフブキが行ったことない地区へ行ってみよう」


 大都市サンヒートジェルマンには、一から十六までの地区がある。そのすべての地区へ足を運べば、今後のクエストが楽になるだろう。なぜなら、フブキ・リベアートの特殊能力、瞬間移動で行ける場所を増やせば、この街でのクエストの移動時間が大幅に短縮されるからだ。


「そうですね。行ったことのない地区は、第九地区から第十六地区までのエリアです」

「そうだなぁ。だったら第十三地区がいいかもな。フブキ、短期間に二つの討伐クエストこなして疲れてるだろうし、近場で遊んだほうがいいかもしれん」

 そんな結論を出したムーンにホレイシアが同意を示す。

「第十三地区といえば、娯楽施設が多いよね? だったら、そこでみんなでゲームで遊ぶのは、どう?」

「いいな。それ、そうしようぜ!」


 行先が決まると、彼らは行動を開始した。クエスト受付センターのある第八地区の右隣に位置する第十三地区へ歩いて行く。


 サンヒートジェルマン第十三地区には娯楽施設が密集している。地区の裏路地に入れば、カジノもあるが、ムーンたちはそこを素通りした。すると、ムーン・ディライトが眉を顰める。


「うーん。どこで遊ぶんだ?」


「だったら、この商業施設を右に曲がったトコにクレーンゲームの専門店があるから、まずはそこで遊んでみない?」


「へぇー! そりゃいいな! よしっ!」ムーンは腕を伸ばすと勢いよく走り出した。


「あっ! ムーン!」


三人は第十三地区の小さなゲームセンターへ立ち寄ることにした。店内に入ると、様々なゲーム機の音が耳に入る。多くの人々の間を抜け、その中を進んで行くと、クレーンゲームの景品である大きなクマのぬいぐるみが視界に飛び込んできた。


「うわ! でかいな! あのぬいぐるみ」


「本当だ。大きくて可愛いね」


「これがクレーンゲームですか? 初めて見ました」とフブキは興味深そうな表情を浮かべる。


「えっ、フブキ。初めてなの?」


「はい。私が暮らしていた村には、こういう娯楽施設はありませんでしたので……」


「そっか。なら、私たちが教えてあげるね」


「ああ。今日はたっぷり遊ぶぞ!」ムーンが笑顔でそう言うと、フブキは照れくさそうに微笑んだ。

 フブキ・リベアートは、少しずつ心を開こうとしているらしい。そう思ったホレイシアは、嬉しくなった。


「フブキ、やり方、分かる? コイン入れて、ボタンでアームを動かして、中にある景品を持ち上げるんだけど……」とホレイシアが簡単に説明した後で、フブキが初めてのクレーンゲームへの挑戦に挑む。


「……大体、この座標でしょうか?」と呟き、ボタンでアームを操作して、大きなぬいぐるみを持ち上げて見せる。その様子を見守っていたムーンは驚きの声を出した。

「まっ、マジかよ。もしかして、一発で……」

「うん。初めてなのに、スゴイよ。フブキ」とホレイシアも関心を示す。その間に、ぬいぐるみは取り出し口へと運ばれていった。


「結構、簡単なんですね」

 たったの一回の挑戦で手に入れたぬいぐるみを右手の薬指で触れ、異空間へ消し去るフブキ。

「うん。ホントにスゴイよ。フブキ、こういうの得意なんだね!」

「空間認識能力を意識したら、できました。普段から座標を意識して瞬間移動しているので、そういうクセが付いたのかもしれません」と推測を口にしたフブキの近くで、ムーンは明るい表情で拍手をしていた。


「フブキ、お前、スゴイな。何回か挑戦しないと、こういうの取れないんだ。俺なんか、二十回くらいやって、やっとできたんだぜ」

「はぁ。この程度のことでお金を浪費するなんて、私には理解できません。そんなにお金を溝に捨てたいなら、道端に転がっている石を百万ウロボロスで落札してみてはいかがですか?」

 獣人の少年に冷たい視線をぶつけるフブキ。彼女の発言はムーンの心に突き刺さる。

「うっ、相変わらずだな。よし、今度から、何か欲しい景品あったら、フブキに頼むぜ」

「お断りします。欲深き者のために働くほど、暇ではありませんので」

 いつもと同じように見えて、どこか嬉しそうなフブキの横顔をホレイシアはジッと見つめていた。


 それから、ムーンたちは日が暮れるまで第十三地区で遊びつくしたのだった。


 

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