第54話 地下
公園の管理事務所での手続きを終わらせ、無事にクエストを達成したアストラルは、フブキと共に公園の出口へ向かって歩いていた。
「結構早く終わりましたね」とアストラルが呟くと、右隣を歩くフブキが右手を彼女に差し出した。
「では、次、行きましょうか?」
その一言に、アストラルは思わず「えっ?」と声を漏らした。
「次って……」
「まだ時間が余っていますから、引き続き、次のクエストです」
淡々とした口調でフブキがそう言うと、アストラルは慌てて両手を左右に振ってみせた。
「ちょっと、待ってください。まさか、次のクエストは……」
「スライムドラゴンの討伐です」
予想通りな答えを耳にしたアストラルが目を丸くする。
「それは、午後からムーンとホレイシアがやる予定でしたよね?」
「そうですが……まあ、午後からのクエストは、午後考えればいいでしょう。このままギルドセンターで別のクエストを探すより、最初から受理しているクエストをこなした方が早いです。アストラルの本職の出勤時間まで、まだ時間がありますし、あなたの職場の座標は既に記憶しています。少し時間がかかったとしても、残り時間で討伐可能でしょう。最悪、出勤時間直前で、アストラルを逃がして、ソロでスライムドラゴンを討伐するという選択肢もあります」
淡々とした口調で選択肢を列挙するフブキに、アストラルは力なく苦笑した。フブキは短時間勤務で効率的にクエストをこなすことを優先的に考えているようだ。
「さっきの討伐クエストで少し疲れているんですけど……」
「ホレイシアから体力回復効果のある薬草を受け取っているので、問題ありません」
「いや、そういうことじゃなくて……」と説得しようとしたアストラルだったが、何を言っても無駄だと分かると、諦めたように溜息をついた。
「わかりました。行きますよ」
「そうこなくては……」
楽しそうに頷いたフブキは右手を差しだし、アストラルも静かにその手を取った。そして、ふたりは次の目的地であるスライムドラゴンが出現する、サンヒートジェルマン第七地区の地下道に足を踏み入れた。
問題の討伐対象が出現するのは、薄暗い地下の下水道だった。異臭を放つ水道に沿う薄暗い道をゆっくりと歩くと、アストラルの目に黄色く光る何かが映り込んだ。それは上下に跳ねるように移動している。
「あれって……」
「近くにスライムドラゴンがいるようです」と返したフブキが右手の薬指を立てる。幻想的に光るいくつものそれは、一ヶ所に集まり、四つ足のドラゴンの形を作り上げる。
約一メートルほどの大きさの黄緑色のドラゴンの全身はウロコに覆われていて、神秘的な光を放っていた。
狩るべき獲物を認識したフブキが右手の薬指を立て、空気を叩く。すると、彼女の手の中に湿度計が召喚された。
「湿度五十パーセント……ですか」と結果を確認するフブキの隣でアストラルが長槍を召喚した。
「フブキ、作戦は?」
パイデントと呼ばれる長槍の柄を掴んだアストラルがフブキに尋ねる。
「まずは、私が酸性物質で尻尾のウロコを溶かします。そこを狙い攻撃を仕掛ける。それだけです」
「了解です」と答えたアストラルの視界から、フブキの姿が消えた。
瞬間移動により、一瞬でスライムドラゴンの背後へ体を飛ばしたフブキは、左手の薬指を立て、透明な液体の入った小瓶を召喚。その中身をドラゴンの尻尾に垂らすと、ウロコが白煙を揺らしながら溶けていく。激痛がスライムドラゴンの体を駆け巡った瞬間、黄緑の羽が動かし飛び上がる。空中で体を縦に一回転させたスライムドラゴンは、後方に浮かぶフブキに向け、大きく開口した。そこから火の玉が飛び出す。
(そう来ましたか……)と心の中で呟いたフブキは、火の玉を避け、アストラルの右隣に体を飛ばした。
壁に火の玉が激突すると、そこにいくつものスライムが吸い寄せられていく。顔を上げ、その現象を視認したフブキがため息を吐き出す。燃焼を引き起こした壁が黒く焦げ、ボロボロに砕かれていく。
「あんなのに包み込まれたら、一巻の終わりですね」というアストラルの呟きにフブキは頷いてみせた。
「私なら瞬間移動ですぐに脱出できそうですが、燃焼を引き起こすあのスライムの中からは、簡単には脱出できないでしょうね。だから、注意が必要です」
「そうですね」と同意したアストラルがパイデントの柄を掴んだまま、地面を強く叩き、飛び上がる。
眼前にスライムドラゴンが放つ火の玉が飛び込んでくると、すぐに体を横に回転させ躱し、左手の薬指を立て、宙に牡羊座の紋章を記す。そして、ドラゴンの尻尾を狙って、紋章を飛ばす。ウロコが溶けた尻尾に、二又の槍の先端を紋章ごと突き刺す。
槍の先端が尻尾の中に吸い込まれると、アストラルはすかさず柄を上へ強く引き上げた。体内から引き抜かれた長槍の穂先が赤く輝き、激しく発光した。それが合図だったかのようにスライムドラゴンの体が激しく燃え上がり、地面に落ちてぐじゅぐじゅと音を立てる。
黄緑色のスライムが這うように地下水道へと飛び込む。その動きを読んでいたフブキが右手の薬指を立てた。
「逃がしません」と唱え、空気を叩いた瞬間、指先から水色の小槌が飛び出す。それが地下水道の上に落ちると、一瞬にして水道が凍り始めた。スライムは地下水道に潜ることができず、氷の上を滑っていく。体が急激に冷やされたため、合体もできないようだ。
「ここまですれば、あとは簡単なスライム狩りです」
東に土の紋章。
西に水瓶座の紋章。
南に水の紋章。
北に牡牛座の紋章。
中央に水の紋章。
右手を立てて、指先に生成陣を記したフブキの指先に五つの鋭い氷柱が浮かび上がる。それを次々に指で叩き、動きの鈍いスライムへと飛ばす。氷柱に突き刺さったスライムは一瞬で消滅した。
「何をしているんですか? この状態のスライムドラゴンに再生能力はありませんよ?」
同じ生成陣を刻み、氷柱を補充したフブキが首を傾げる。
「いえ、少し警戒しているだけです。先ほどのクエストみたいに、まだ敵が潜んでいるような気がして……」
「考えすぎです。討伐対象は、あのスライムドラゴンだけです」
「そうでしょうか?」と腑に落ちない表情を浮かべたアストラルは、視界に飛び込んできたスライムを槍で突きさした。それを引き抜き、氷上の下水道の上に飛び乗り、パイデントの柄で氷土を叩き割る。その瞬間、氷の床が小刻みに震えだし、いくつもの石柱が氷の床を突き破るように出現した。その衝撃でスライムたちが飛び散る。完全に氷の床が打ち砕かれる前に、パイデントを握ったまま氷の足場を力強く叩き、下水道に沿うように伸びた道へ飛び移る。
それと同時に、長槍の先端を振りかぶり、その先に残ったスライムに向け、斬撃を飛ばす。
「ふぅ」と息を吐き出しながら、アストラルが着地する。その視線の先には、スライムの残骸が散乱していた。
「ソロクエストは酷だと言いましたが、この実力があるなら、別にソロでも良かったかもしれません。今度からは二手に分かれて、ソロクエストをこなしていった方が、いいのかもしれません」
アストラルの右隣に姿を現したフブキの呟きに、ハーデス族の彼女は慌てて両手を左右に振ってみせた。
「それだけは勘弁してください!」
「冗談です。さて、そろそろ行きましょうか。スライムドラゴンは無事に討伐できたようですし、クエスト達成手続きをしていたら、よい時間になるはずです。その後、報告のため、ホレイシアが働いている薬局へ向かいます」
「了解です」
小さく頷いたアストラルが差し出されたフブキの手を握る。その後、フブキは彼女と共に体をクエスト受付センターに飛ばした。




