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第53話 蜥蜴

 その日、アストラル・ガスティールは溜息を吐き出しながら、ギルドハウスの玄関の前に佇んだ。

半円を描くように折れ曲がった山羊のツノを生やす黒衣の少女は、この日、ギルドの新メンバーとして、ここに訪問するのだ。


「はぁ」と息を吐き出し、呼び鈴を鳴らすと、すぐに玄関の扉が開き、両耳は尖らせた白髪のヘルメス族少女が顔を出した。青い瞳と持つ彼女、フブキ・リベアートは、アストラルの顔をジッと見つめた。


「おはようございます。アストラル。早速ですが、中に入ってください」とフブキに招かれたアストラルは、周囲を見渡すように、首を動かした。


「ムーンとホレイシアは中ですか?」と尋ねると、フブキはゆっくりと首を縦に動かした。

「ふたりは本職のお仕事中です。副業故に、みんなが揃って同じクエストに挑戦する機会は少ないのですよ。あのふたりは午後から仲良くクエストに挑戦する予定です。まあ、本職公休日で暇している私も同行する予定ですが……」と説明したフブキがギルドハウスの玄関扉を施錠する。


「……そうなんですね」とアストラルは納得の表情を浮かべ、ギルドハウスの中へ足を踏み入れた。

 

 そうして、一階の応接室に案内されてアストラルは、彼女に命じられるまま椅子に座った。それに合わせ、フブキもハーデス族の少女と向き合うように腰を落とす。


「アストラル。あなたは本日から私たちのギルド、セレーネ・ステップに所属するわけですが、いくつか確認をします。所長と相談した結果、あなたの本職である錬金術研究機関、深緑の夜明けの勤務が午後からになったようですね?」とフブキが尋ねると、アストラルは首を縦に動かした。

「はい」と元気よく答えたアストラルの前で、フブキが右手の薬指を立て、空気を叩いた。すると、指先から一枚の紙が机の上に落ちていく。


「これが勤務表です。先ほども説明しましたが、ウチのギルドは、副業故に、みんなが揃って同じクエストに挑戦する機会は少ないのです。みんな、勤務形態がバラバラなので、アストラルは基本的に私かホレイシアと組んで、クエストに挑戦することになります。また、ウチのギルドは完全週休二日製を採用しています。最も、あなたの働く職場でも同じ制度があるようですが、この通り、ユピティアとサトティアを休みにした場合、マスターと一緒にクエストに挑む日がゼロになってしまうため、サトティアに仕事を入れてあります。また、一週間の内、一日はまったく働かない完全休日を設定してありますが、スケジュールの都合上、休みが三日になる場合もあります。それでも、二日は休めるように予定を組んでいるので、ご了承ください」


「スケジュールの都合上?」

「新人がソロでクエストに挑むのは酷でしょう?」

「でも、今週のユピティア、フブキがソロでクエストを行う日になってるみたいですよ?」

 勤務表を眺め、気が付いたことをアストラルが指摘する。

 

「さすがに四日間は休みすぎです。マスターにみんな揃って休んだらどうだと提案されましたが、すぐに断りました。他のギルドと比較して、私たちのギルドは労働時間が短いのですから、少しでもお金を稼がないといけないのです。私たちのギルドは、あくまで副業。ギルド活動だけでお金を稼いでいる人たちと比べたら、圧倒的に労働時間は短いです」


「……なるほど。了解しました」と一通り、ギルドに関する説明を聞いた後、フブキは再び右手の薬指で空気を叩き、二枚の紙を召喚した。


「さて、ここにクエストの依頼書が二枚あります。一枚は、サンヒートジェルマン第一地区公園に生息する森蜥蜴の討伐。もう1枚は、サンヒートジェルマン第七地区の地下道に生息するスライムドラゴンの討伐。さあ、どちらを選びますか?」

「えっ、選ぶんですか?」

「初めてのクエストです。本来は今週のクエスト予定を会議で決めていますが、今日は予備日ですので、アストラルに選択権を与えます。因みに、選ばなかった方は午後からマスターとホレイシアにやらせますので、ご安心ください」

「だったら、森蜥蜴の討伐でお願いします」とアストラルが即決する。それに対して、フブキは首を縦に動かした。

「分かりました。では、早速、現場へ向かいましょう」

 席から立ち上がり、応接室から立ち去ったフブキ・リベアートが右手を差し出す。それを見たアストラルは目を丸くした。


「もしかして……」

「下見は終わっています。この手を取れば、今すぐにでも現場へ飛ぶことができます」

 フブキはヘルメス族の特殊能力、瞬間移動で現場へ向かうらしい。そう思ったアストラルは迷うことなく彼女の手を取った。


 ふたりの体が一瞬で消える。瞬く間に彼女たちは森の中へ転移した。緑豊かな地面を踏みしめたアストラルが周囲を見渡す。そこには多くの木々が密集していた。


「アストラル。目の前に大木が見えるでしょう。今回の獲物、森蜥蜴はあの木の上に巣を作るようです」

「その巣をこの公園から一掃するのが、今回の依頼ですね?」

「そうです。今回は私も戦います」と頷いたフブキが右手の薬指で空気を叩き、水色の小槌を召喚した。それを地面に叩きつけると、刀身がひんやりと冷えた剣が召喚される。

 続けてアストラルも武器を召喚した。二又に分かれ槍の長さは一メートルほどだ。お馴染みの槍を斜めに振り下ろし、風を切る。その瞬間、目の前にある大木が揺れ、木の枝から数十匹の緑色のトカゲが飛び出した。その大きさは六十センチほどだった。


「次は私の番です」と告げたフブキが密集するトカゲたちの中心に降り立つ。素早く片手剣を左右に振り、冷たい斬撃を地上に飛ばす。驚いたトカゲたちの体が跳ね、尻尾が切断される。

 ピクっと跳ねたトカゲの尻尾を認識した直後、フブキは左手の薬指を立て、宙に生成陣を記す。


 東に土の紋章


 西に水瓶座の紋章


 南に水の紋章

 

 北に牡牛座の紋章


 中央にも水の紋章


 彼女の左手の指先に鋭い氷が浮かび上がる。それを指に触れさせ、地面に落とす。鋭い氷柱がトカゲたちの体に次々と刺さっていく。


 その一方で 「はぁ」とアストラルが息を吐き出し、持ち手にチカラを込めた。それから、彼女は数メートル先へ駆ける。

 目の前に飛び込んできたトカゲの胴体に槍の穂先を突き刺す。一撃で獲物の生命活動を停止させると、續けて目を光らせ、亡骸から槍を引き抜く。


「逃がしません」

 

 それからアストラルは、半円を描くように武器を動かした。

 逃げようとする周囲のトカゲたちの体に傷が刻まれ、一瞬のうちに亡骸の山が出来上がる。


「ふぅ、このクエスト、一分くらいで終わりそうですね?」

 顔を上げたアストラルが近くにいるフブキに視線を送った。

「それはどうでしょう?」とフブキが呟いた直後、奥から巨大なトカゲが飛び出した。体の色は緑色だが、その大きさは二メートル以上ある。


「まさか、こんなに早く出てくるとは思いませんでした。大将のお出ましです」

「大将って?」

「今まで倒してきたトカゲは、全てあの大森蜥蜴の子どもです。なかなか姿を現さないようですが、子どものピンチに駆けつけたのでしょう。あの蜥蜴を倒すことができれば、本当の意味でのクエスト達成となります」

「なるほど」と短く応えたアストラルが、槍の穂先を大森蜥蜴に向けた。鋭い目つきで睨みつけたトカゲが、素早くアストラルの元へ迫る。その素早さは、先ほどのトカゲのものとは段違いだ。

 仇を取るため、大きな尻尾を叩きつけようとする動きを察知したアストラルは、咄嗟に体を後ろに飛ばした。


「はぁ」と深く息を吐き出し、槍を前に突き出す。その一撃だけで硬いはずのトカゲの尻尾が切断された。続けて、オオトカゲの背中を槍で突く

「アストラル、離れてください!」というフブキの指示に従い、槍の穂先を抜き取り、体を後ろに飛ばす。傷ついたトカゲの背中にフブキの手が触れた瞬間、 傷口が凍り付く。一瞬で体温が奪われると、オオトカゲは動かなくなった。



「流石ですね。アストラル。パイデントがあれば、どんなに硬い肌でも傷をつけることができると信じていました」

 トカゲたちの亡骸を見ていたフブキの一言に、アストラルが照れる。

「それほどでもありません。えっと、これでクエスト達成ですか?」

「そうですね。あとは依頼主である公園の管理人に報告すれば終わりです。では、行きましょうか? 下見に来た時に、管理事務所の場所を記憶しました」とフブキがアストラルに右手を差し出す。

「はい」と明るく頷いたアストラルは、フブキの手を取り、公園の管理事務所に瞬間移動した。


 

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