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第51話 迷猫

 天使の塔でのクエストを達成した翌日のソルディアの午後。ホレイシア・ダイソンはムーン・ディライトが働く刀鍛冶工房を訪れた。

「はぁ」と息を吐き出しながら、事務所の扉を開け、中に入ったホレイシアが首を左右に動かすと、彼女の父親と目が遭った。 薄い緑色の髪を短く生やし、両眉毛の間を覆うように前髪を伸ばしたその男、ペイドン・ダイソンは娘の顔を見て、にこやかに微笑む。


「ホレイシア。ムーンを迎えに来たのか?」

「はい。お父さん。午後からはムーンとクエストする予定だから……」と目深に被っていた黄緑のローブを剥がしながら彼女は答える。赤髪ツインテールのハーフエルフ少女は、素顔を晒すと、周囲を見渡すように首を動かした。

「ところで、ムーンは……」とホレイシアが彼の所在を聞こうとすると、事務室に併設されたトイレの扉が開き、クマの耳を生やした獣人の少年が現れた。幼馴染の少年を見つけると、ホレイシアは右手を左右に振る。


「ムーン、迎えに来たよ!」

「ああ、ホレイシア。もうそんな時間かぁ。ということだ。ペイドンさん。行ってくるぞ!」

 本職である刀鍛冶の仕事を切り上げたムーンは、工房主のペイドンに頭を下げた後、幼馴染の少女と共に、工房から立ち去った。


 一年中温暖な気候が続く街を隣り合って歩くふたり。

「そういえば、今日のクエストの依頼人って、ユリだっけ? 懐かしいな」

「そうそう。クエスト探してたら、ユリの依頼を見つけてね。久しぶりに会ってみたいなって思ったんだ。第五地区の動物保護施設で働いてるんだって」

「ああ、そうか。会うのが楽しみだ」とムーンは楽しそうな笑みを浮かべた。


 刀鍛冶工房から十分ほど歩き、ふたりは動物保護施設に辿り着いた。その建物に入り、ホレイシアが受付に声をかけると、奥の廊下から一人の少女が歩み寄った。茶髪で明るい表情の少女は、受付前に佇むホレイシアを見つけると、すぐに右手を左右に振る。


「久しぶり、ホレイシア」

「はい。今日はよろしくお願いします」と同級生にホレイシアが頭を下げる。その行動に、ユリはクスっと笑った。

「相変わらず、その顔、フードで隠してるんだ。変わってなくて、安心したよ。ところで、ホレイシアの隣にいるのって……」

「ムーン・ディライトだ」

 ユリに視線を向けられたムーンが名を明かす。それに対して、ユリは驚いたように目を丸くした。

「ウソ。ムーンくん? 一体、何があったの?」

「ほら、ニュースで話題になってるあの実証実験の被験者になったみたいで、獣人の姿に変わったんだよ」とホレイシアが事情を明かすと、ユリは納得の表情を浮かべた。

「なるほど。それにしても驚いたよ。ムーンくんがホレイシアを誘って、ギルド活動を始めるなんてね」

「まあ、副業だけどな。それに、俺たちだけじゃなくて、フブキやアストラルも一緒なんだ。アイツらは仕事があって、ここにはいないけどな」とムーンが胸を張る。それに対して、ユリは首を傾げた。


「誰?」と彼女が疑問を口にすると、ホレイシアが補足した。

「フブキはヘルメス族で、アストラルはハーデス族。年齢も私たちと同じなんだけど、すごく頼りになるの。今度、また紹介するよ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、安心だね」

 ユリはムーンの顔をチラリと見た。ムーンは同級生の意図が理解できず、目をパチクリと動かした。

「安心って……どういうことだ?」

「種族に対する勝手なイメージだけどさ。ふたりともすごく賢いんだろうなって思っただけだよ。特に深い意味はないから、気にしないで!」

「そうだぞ。フブキもアストラルもすごく賢くて、強いヤツだ」

 ムーンが自信満々に答えた後、ユリは興味津々な表情を見せる。


「それで、ムーンくんはどんな能力が使えるようになったの?」

 当然のように飛び出した疑問に、ムーンは「ああ……」と口を開こうとした。その直後、ホレイシアが慌てて、ムーンの口を塞ぐ。

「ムーンの説明だと分かりにくいと思うから、私がするね。簡単に言えば、どんな金属でできた剣でも摂氏五千度の炎を放つ火剣に変えることができる能力なんだ」とホレイシアが幼馴染の能力を明かした。本当は未知の物質を生成できる能力だが、それが世間にバレたら狙われる可能性があるからというフブキの助言を受け入れ、真実を隠しているのだ。

 ユリは真実に気が付かないまま納得の表情を浮かべた。

「ふーん。そうなんだ。面白そうな能力だね」


「ねぇ、世間話はここまでにして、依頼について教えてくれるかな?」

 ホレイシアに促されたユリは「じゃあ、早速、依頼内容の確認ね。ついてきて」とふたりに背を向けた。そして、彼らはある会議室へ足を踏み入れる。そこにある机の上には、茶色い毛並みの小猫が座っていた。


「依頼内容は、この子を持ち主に返すことです。これが、その手がかり」と告げたユリはふたりに地図と写真を差し出した。写真は小猫のモノ。地図はサンヒートジェルマン第五地区のモノで、南方エリアの一部に黒い円が囲んであった。その円の中にある商店の場所に赤い点が打たれている。そのことが気になったホレイシアが首を傾げた。

「この点と円は?」

「点は、一週間前、この子を保護した場所で、円は私たちが調査した範囲です。ここを中心にして、百メートル圏内を捜索しても、飼い主は見つからなかったんだ」

「百メートル圏内?」とムーンは彼女の言っていることが理解できず、眉を潜めた。すると、隣のホレイシアが補足する。

「この小猫の行動範囲だよ。一般的な猫の行動範囲は、五十メートルから百メートルなんだ。つまり、その範囲のどこかに飼い主の居場所があるってこと」

「ああ、そういうことかぁ」とムーンは納得の表情で手を叩いた。

「とにかく、この子がどこから来たのかが分かれば、飼い主の居場所も分かると思うんだけど……」

「なるほど。だったら、ここはムーンの出番みたいだね。近隣に生息する動物たちやこの子から話が聞けたら、大体の行動範囲が分かるかも」

 チラリとホレイシアが隣のムーンの顔を見つめる。

「ああ、俺に任せろ!」とムーンは胸を張った。そうして、ゲージの前で座り込み、ジッと中にいる小猫に語り掛ける。



「お前、どこから来たんだ?」

「……気持ちいいところ」

「気持ちいいところ?」とムーンが復唱すると、ホレイシアが幼馴染の彼の隣に並ぶ。

「ムーン。気持ちいいところって言った?」

「ああ、そう言ってたけど、何が何だか分からないぞ」

 悩める獣人の少年の隣で、ホレイシアはユリに問いかけた。


「この子、一週間前のいつ保護したの?」

「午後三時くらいだったかな?」

「他に変わったところは?」

「そうね。強いていうなら、毛にネオシスの花粉が付着してた」

「……そうなんだ。もしかして、あの子、昼寝が好きだったりする?」というホレイシアの疑問に対して、ユリは首を縦に頷いた。

「そうみたい」という同級生の答えに納得したホレイシアは時計をチラリと見つめた。時刻は午後二時三十分だ。小さく頷いたホレイシアは、考え込む獣人の少年に右手を差し出す。


「ムーン。早く行こう。私、確かめたいことがあるの」

「ああ、分かった」とムーンは彼女の手を取り、小猫が保護されたという商店の前に向かうのだった。



「この辺みたいだな」と人々が行き交う商店の前で立ち止まったムーンが隣に並ぶホレイシアの視線を向けた。

「そうみたい」と答えたホレイシアは、何かを探すように首を動かしている。

「ホレイシア、何を探してるんだ?」

「ちょっと、気になることがあって……あっ、見つけた」

 右方に何かを見つけたホレイシアが、一歩を踏み出す。その後とムーンは慌てて追いかけた。

「おい、ホレイシア。何を見つけたんだ?」

「アレだよ。ムーン。この辺りの商店に商品を運んでる馬車だよ。あの小猫はあの馬車の屋根に乗って、ここまで来たんじゃないかって思ったんだ」と推測を口にしたホレイシアの視線の先には、一台の馬車が停車していた。そこから男が積荷を運んでいるのが見える。そんな彼にホレイシアが声をかけた。


「すみません。この小猫に見覚えはありませんか?」と小猫の写真を見せると、男は思い出したように両手を叩いた。

「ああ。一週間くらい前に、この馬車の屋根から飛び降りた子だな」

「一週間前、この商店に到着する前、第四地区に何かを配達しませんでしたか?」

「ああ、第四地区の武器商店に……」

「ありがとうございます!」と感謝の意を伝えたホレイシアは、ムーンの隣に戻り、彼の手を掴み、引っ張った。


「ムーン、第四地区に行くよ」

「えっ、もういいのか?」

「うん。知りたかった情報は手に入ったから」

「俺にも分かるように説明してくれ!」とムーンがホレイシアの隣を歩きながら、説明を促す。それに対して、ホレイシアはサンヒートジェルマン第四地区の地図を召喚した。


「ほら、あの小猫の毛にネオシスの花粉が付着してたって言ってたでしょ? この辺りであの薬草が生えてるのは、サンヒートジェルマン第四地区しかないんだ。でも、あの薬草は第四地区全域で採取可能だから、それだけでは不十分。だから、どうやってあの小猫が第五地区に来たのかを考えるため、保護された現場に向かったの。そこで馬車を見つけて、話を聞いたら、私の仮説が正しいってことが分かった」

「ああ、それが、馬車の屋根に乗って運ばれたんじゃないかってヤツか?」

「うん。そう。あの子、昼寝が好きみたいだから、もしかしたらって思って。私の推理が正しかったら、あの子の飼い主は第四地区にいると思うんだ」

「そうか。だったらそこに行くしかないみたいだな」とムーンは納得し、ふたりは第四地区へと向かった。


 

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