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第50話 調査

 天使の塔の最上階で、ムーン・ディライトとホレイシア・ダイソンは荒い息を整えた。見渡す限りの森の中、ふたりの傍に立つフブキ・リベアートの表情にも疲れが宿る。


「一億段の螺旋階段。体力には自信があったのですが、少々疲れますね」

 そう呟いたフブキの隣で、ホレイシアが右手の薬指を立てた。

「そうだね。疲労回復効果のある薬草、準備してるからさ。それ使って、依頼主さんのトコに行こうよ!」

 ホレイシアの指先から、黄緑色の薬草が飛び出す。続けて彼女は、左手の薬指を立て、生成陣を記す。

「マスター。ホレイシアの近くに寄ってください。もうひと頑張りです」

「おう」と短く答えたムーンが、ホレイシアの右隣に立つ。それから、フブキはハーフエルフの少女の傍に寄った。そうして、三人が円のように集まると、彼らの体から疲れが消えていく。



「ふぅ。これで歩けそうだ。ホレイシア。ありがとうな」

「あの螺旋階段を昇らないとシャインビレッジには辿り着けないからね。疲労回復効果のある薬草、準備してたんだよ。帰りは、フブキの瞬間移動で戻るんだよね?」

 尋ねたホレイシアがフブキの顔を見る。それに対して、フブキは首を縦に動かした。

「もちろんです」

「ああ、良かった。帰りもあの階段降りるのかと思ったぞ」

 安心の表情を浮かべたムーンの隣で、ホレイシアが手を叩く。

「ムーン。そろそろ行こっか。依頼人の村長さん、待たせるのも悪いし」

「そうだな」と明るく答えた獣人の少年、ムーン・ディライトは、ふたりの少女と共に、森の中へ向かい歩き出した。



 五分ほど歩いたムーンたちは、のどかな村へ辿り着く。立ち並ぶ商店の横で人々が畑を耕している。

 澄んだ空気を肌で感じ取ったフブキが周囲を見渡す。


「ここがシャインビレッジのようですね」

「そうだよ。村役場はもうちょっと歩いたとこにあるみたい」

「なんかいいとこだな」と呟くムーンが顔を前に向けた。すると、かわいらしい少女が前方からこちらへと歩み寄ってきた。腰の高さに届くほど伸びた後ろ髪を揺らす少女の隣には、サーベルタイガーの体にカラスの羽が生えた怪物がいる。緑色の首輪が嵌った怪物の右の瞳に『EMETH』という文字が光る。


 異形の存在を視認したフブキが、右手で自身の顎を掴む。その仕草を気にせず、村の少女はムーンたちに声をかけた。


「セレーネ・ステップのみなさんですね? 私はこの村の村長の娘、アニー・ダウです」

「おお、依頼人の娘か。俺たちを迎えに来てくれたんだな!」

「はい」とアニーが明るく答えた後で、黄緑のローブのフードを目深にかぶり、顔を隠しているホレイシアが、アニーの隣にいるサーベルキメラを見て、首を傾げた。

「アニーの隣にいるのって……もしかして、サーベルキメラ?」

「はい。そうです」

「やっぱり。珍しいね。あのサーベルキメラを飼ってるなんて」

 アニーの答えに納得したホレイシアの右肩を、ムーンが叩く。

「おい、ホレイシア。サーベルキメラってなんだっけ?」

「あのキメラの名前だよ。外国によく生息してる凶暴なキメラで、空を飛ぶこともできるんだって」

 視線を隣の幼馴染に向けたホレイシアの答えに、ムーンが頷く。

「ああ、そういうヤツか」と納得したムーンの頭に、男の声が響く。


『そうだ。俺はノワール・ロウ。よろしくな』


 突然のことに、ムーンが頭を抱える。


「なんだ? 誰かが俺に直接話しかけてやがる」

「なるほど。そういう能力ですか」

 頬を緩めたフブキに対して、ふたりは首を傾げた。

「能力ってどういう意味だ?」

「さあ、私も分からないよ」

 ホレイシアも肩をくすめると、フブキは溜息を吐き出す。

「はぁ。まだ気が付いていないんですね。あのサーベルキメラの右目に注目してください。あの文字が刻まれているでしょう」


 フブキに言われるがまま、ふたりはキメラの右目をジッと見つめた。その瞬間、EMETHの文字を見つけたふたりが、互いの顔を見合わせる。


「まさか……」

「ムーンと同じEMETH能力者だ!」

「そうです。ハクシャウの泉で私がマスターたちに使った術式と同じことができる能力とは、興味深いです。ところで、その首輪は?」


 フブキからの疑問に、アニーはハッキリと答えた。

「一週間くらい前に、村を訪れた子が生成したものです。獣の本能による暴走を防止するため、あの子はノワールを私の使い魔にしました。五歳くらいの女の子が、これほどの首輪を生成するなんて……村の外には、スゴイ人がいっぱいいるんですね」

 優しく微笑んだアニーが、右手首に嵌った緑色の腕輪を左手で撫でる。

「……なるほど」と口にしたフブキの脳裏には、無表情な銀髪の少女の姿が浮かんでいた。


 アニーに案内されたムーンたちは、村役場を訪れた。目の前に見えた扉をアニーが叩き、村長室へと足を踏み入れる。その先にある机の前には、白い口髭を生やした小太りの男が座っていた。

 黒いスーツに身を包み、紺色のネクタイを首から垂らした男は、顔を前に向け、アニーと共に訪問した三人の姿を認識した。


「ヘルメス族の少女とクマのような獣人の少年……アニー、この人たちが、依頼を引き受けてくれたギルドの人たちか?」


「はい。そうです」と娘の答えを耳にした村長のトーマス・ダウが席から立ち上がり、机の上の地図を差し出す。


「早速だが、依頼内容は、この地図に記されている森の探索だ。明日、子どもたちが探検する前に、危険な箇所がないかを確認してほしい。詳しい場所は、アニーとノワールに案内させる」


「はい」と短く答えたホレイシアが、村長から地図を受け取る。その地図を、彼女の両隣を挟んだムーンとフブキが覗き込んだ。


「半径三百メートル圏内の探索ですね?」 

 地図上に記された大きな赤い円を指でなぞったフブキが首を傾げる。それに対して、サーベルキメラの姿をしたノワールがアニーの隣で言葉を飛ばした。

「ああ、そうだ。他のエリアへ迷い込ませないため、この円を囲むように黄色い縄が張られている」

「了解しました。マスター。打ち合わせはここまでにして、現地へ向かいましょう」

「おお。分かった!」と獣人の少年が元気よく頷いた後で、フードを目深に被ったホレイシアが右手を挙げる。


「その前に、村長さん。交通費は六百ウロボロスでよろしいですか? 私たちは、ノームから天使の塔を昇り、ここまで来ました。帰りはフブキの瞬間移動でサンヒートジェルマンまで戻る予定です」

「そうだな。それくらいが妥当だろう」

「了解しました。ありがとうございます!」

 ホレイシアが頭を下げた後で、彼らは村長室から立ち去った。


 

 村役場から東へ五分ほど歩いた先にある森の中に、セレーネ・ステップのメンバーたちがいた。木々が密集した地面の上で、ホレイシアが地図を広げ、周囲を見渡す。

 右方に見えた木の枝には、既に安全対策用の黄色い縄が結ばれている。


「ここがスタート地点だね。間違って摘んだらいけない毒草も生えてないみたいだから、大丈夫そう」

「そうですね。凶暴なモンスターの巣も見当たりません。残念です。ここにモンスターが住み着いていたら、マスターが駆除したのですが……」

 ホレイシアの隣で、フブキが目を伏せる。それに対して、ムーンは右手の拳を強く握りしめた。

「おい、フブキ。なんか出てきたら、頼りになるってとこ見せてやるからな!」

「はぁ。マスター、冗談ですよ。とにかく、マスターには、マスターにしかできないことをしてください」

「なんだよ。冗談かよ。俺にしかできないことってなんだっけ?」

 肩を落としたムーンの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。すると、フブキは深く息を吐き出した。

「大ヒントです。獣人になったあなたなら、動物の声が聞こえます」

「ああ、そうか。森のことなら、ここに住んでる動物の方が詳しいってことだな!」


 納得したように腕を組んだムーンが、頭頂部に生えたクマの耳を左右に揺らす。

 ホレイシアは、その場で両膝を曲げ、木の根元に自生した緑色の細長い植物をジッと観察した。

 ふたりの近くで、フブキはその場にしゃがみ、右手で草草を掻き分けた。だが、そこには何もない。


 三者三葉の方法で森の安全を調査するムーンたちを、案内人のアニーとノワールは見守っていた。




 三時間ほどで探索エリアを一周し、スタート地点へ戻ったホレイシアたちは、フードの真下で目を輝かせた。


「アニー。あの森、けっこう珍しい薬草がいっぱい生えてたね。状態もよさそうだった」


 声を弾ませたホレイシアが、前方で佇むアニー・ダウに語り掛ける。それに対して、アニーは顔を隠す少女に笑顔を向けた。

「ありがとうございます。村の外から来た人に褒められて、嬉しいです」

「良かったな。危険な箇所が見つからなくて。これで、明日の課外活動も安心だ! あとは、村長に報告したら、終わりだっけ?」

 ホレイシアの隣でムーンが尋ねると、彼の左隣に並んだフブキが頷く。

「そうですね。私の能力で、村長室まで飛ばしましょうか?」

「そうだな。森の中歩き回って、みんな疲れてるし、それでいいだろう。早く報告した方がよさそうだしな」

 フブキの提案に、ムーンが両手を叩き、了承する。その言葉を待っていたかのように、フブキは両手を広げた。


「では、私の周りに集まってください。村長室まで移動します」


 指示に従い、ムーンたちがフブキの周りに集まる。それから、フブキは、右方のホレイシアから次々と飛ばし、彼らは一瞬で森の中から姿を消した。







 村長への報告を終わらせ、無事にクエストを達成したその日の夜、ギルドハウスの自室で、フブキ・リベアートは昨日使っていたヘアゴムを、自分の右掌に乗せた。


 窓辺から差し込む月明りが、彼女の白い髪を照らし、それを眺めたフブキの表情が緩む。


「まさか、あんなところであなたの痕跡を見つけることができるとは、思いませんでした。どうやら、私はあなたを調査しなければならないようです」


 小声で呟いたフブキの脳裏には、五大錬金術師としての名声を手に入れた銀髪の高位錬金術師、アルケミナ・エリクシナの姿が浮かんでいた。


 




 


 第一部完

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