桜姫
高校受験の会場に行くには、在学中の中学の敷地にいなきゃいけなかった。
いざ出発って時に、ひどい腹痛にあって、面接に行けなかった。
今日は母がパートを休んで、家で待ってくれているはず。
なにか悪いものでも食べたのか、って言うと、今日は朝ご飯を食べていない。
緊張のせい・・・?
よく分からない。
妙に冴えた気分だったのに、腹痛は突然やって来た。
泣きたくなったら桜の木の側で、愛でているふりをしていた。
桜がそれを許してくれてる気がして、
護ってくれてる気がしてた。
それなのに私は、悔しさで鉛筆を桜の木に突き立てていた。
「どうしてっ・・・」
母は私がいい高校に行くためにパートをして、やつれた。
父は他界しているから、家事も負担になっていたと思う。
世の中になのか何になのか、むなしくて悲しくて悔しくて、泣いた。
桜の木にもう一度、引き抜いた鉛筆を突き立てると、芯が折れた。
家に帰りたくないけど、ひとりで生きていけるほど器用じゃない。
意を決して帰宅。
そして待ってくれているはずの母の姿がない。
代わりに、居間のソファーに着物美女が座っていた。
「だ、誰・・・?」
「さぁて、誰でしょう?」
「な、なに・・・?」
美女は着物のはわせた部分をざっくりと崩して、胸元を見せた。
そこには傷と、鉛筆の芯。
「私の名前は『さくら』」
ぎょっとする私。
小さい頃からの環境で、まさか桜の木の精霊あたりなんじゃないかと思った。
「そう、私は『桜姫』。桜の来の精霊。姿はアイドルのものを借りている」
「私、アイドルにはくわしくなくて・・・あ。違う、え?ごめん・・・なに?」
桜姫は苦笑した。
「腹痛は、私の気まぐれで起きたことだ」
「・・・はっ?」
そこに母が帰ってきて、桜姫の姿はふと消えた。
桜姫には気づいていないらしき母は私を見るや否や抱きついて泣き出した。
何を言っているのか分からないくらいの号泣だ。
朝も昼もごはんを食べていないせいで、しばらく呆然としていた。
そして母が落ち着いて、テレビのニュースを一緒に見た。
「《今日の午前8時30分頃、丸々高校の校門に車が激突し、受験の面接のために集まっていた複数人が負傷死亡したとのこと。中には行方不明になり捜索願いが出されている模様です》」
丸々高校・・・私が面接のために行くはずだった学校。
そして午前8時30分に、私は校門にいるはずだった。
それが叶わなかったのは腹痛が起きたから。
桜姫が気まぐれで起こした、腹痛・・・?
「高校のことは命あってなんぼだから、気にするな」と母。
後日・・・
私は鉛筆を刺した桜の木の前にいた。
「ご、ごめん、なさいっ・・・」
私は桜の木の幹に抱きついて、泣いてしまった。
「もしも助けてくれたんだったら、ありがとうっ・・・」
桜の木さんが、大丈夫だよ、ってきっと言ってる。
風が優しく吹いて、そこに亡くなった父の声が聞こえた気がした。